エレキバンド・その2

ギターコード

音楽初心者の私にとって、“千本浜ライブ”は正に事件であった。
レコードを何度聴いても決して感じることのなかった演奏者の巨大なエネルギーは驚きの発見であり、これまで裏方だと思っていたドラムやベースが、実はライブパワーの根源であることにも気が付いたのだ。
幾度も襲いかかってくる鳥肌の波を抑えることは最早不可能となった。

ー ギターが欲しい、、、何が何でも、、、

手に入れたくて堪らないギター。
ある日、意を決して親にねだってみると、呆気なくNGを出されて浮き上がっていた気持ちは奈落の底へ。

【ギターは不良の始まり】

当時はわけの分からない風評も流れていて、これも親のだめ出しを煽ったのではなかろうか。
親父は典型的な会社人間で、家族に対してはきちっと毎月の給金を入れ、不自由なく生活させていれば全てOKという考えを持っていたように思う。
恐らく今回の件も深くは考えずに、

「ギターは駄目だと雅敏に言っておけ」

と、母親に指示したのだろう。
親父とまともな会話をした記憶は殆どなく、それは弟も同様だったに違いない。
ねだるのも、不平を言うのも窓口は全て母親だった。

そんなある日のこと。
Kの家へ遊びに行ったら、

「いいもの見せてやる」

含み笑いの彼は、意味深な視線を投げてきた。

「なんだ、何があるんだよ」

果たして押し入れの中から持ち出してきたそれは、黒っぽいカバーで覆われているものの、特徴的なその形は中身を見るまでもなかった。

「ギターかよ!」
「正解」

Kの勝ち誇った表情が悔しくて堪らない。
いつも自分の傍にギターを置けるなんて、今の自分にとっては夢のまた夢だ。

「持たせて」
「いいよ」

初めて抱えたギターはガットギター。いわゆるクラシックギターである。
当時のKや私にギターの知識は乏しく、とにかく弦が6本あって、練習にさえ使えれば文句はなかったから、そのギターはジョンの持つRickenbackerと何ら変ることのない輝きと魅力を放って見えた。

「これ、コードブック」
「なにそれ」

Kのやつ、何だが本格的なものまで手に入れている。やる気だな。

「その印どおりに弦を押さえるとコードが弾けるんだ」
「なるほど」

言うが易。これがやってみるとたいそう難しい。
でも、楽しい!
初めて爪弾いたギター。そのワクワク感は尋常でない。
K宅通いがますます頻繁になりそうだ。

エレキバンド


Mosriteずいぶんと昔の話である。
小学校5、6年の頃だったか、ある日テレビを見ていたら、アマチュアバンドが勝ち抜き戦を繰り広げるという熱き番組が流れだした。
これには自分でも驚くほどに釘付けとなった。

ちょうどその頃は親友Kの影響で深刻なビートルズ中毒に陥っており、何が何でもジョンやポールのように歌えるようになりたくて、一日に最低1時間はイヤホーンを使って自分だけの世界に浸りきっていた。
中学校へ進学しても、頭の中は、ポップス!、バンド!、エレキ!が渦巻いていた。
このままでは本物のノータリンになってしまうのではないかと心配になったほどだ。
今俺は何を考えているかと自分に問えば、75%が音楽、20%が隣のクラスのS子、そして残りの5%が直前の中間テストというありさま。
親はさぞかし心配していただろう。

「ちゃんと勉強しなさいよ」
「やってるって」

苦し紛れの返事が続く。
“ザ・ヒットパレード”、“シャボン玉ホリデー”等々、音楽心を刺激するテレビ番組は毎週欠かさず見ていたし、Kの家に行ってはシングル盤をテープレコーダーへ録音、急速に増え続けるビートルズコレクションをこれでもかと貪っていた。
もう勉強どころではない。

そしてとどめは下校路の千本浜に現れた。

ー なんだ、あの音?

突如、彼方から風に乗って腹に響く音が聞こえてきた。
耳を澄ますとドラムのような打音も聞こえる。

ー まさか、バンド?!

心臓の高鳴りが刺激の大きさを物語り、反射的に音のする方角へと歩き出した。
西高を過ぎた辺りからギターの音色もはっきりと確認できるようになり、どうやら音の出所は松林の中だと見当をつけた。
近付くにつれ、音は徐々にちゃんとした音楽となって迫ってきた。
まさに初体験の“ライブ”である。
数メートルまで近付くと、想像を超える大音量が瞬く間に体全体を痺れさせ、特にバスドラとベースがシンクロした重低音は強烈で、真夏なのに鳥肌まで立ってしまったのだ。ライブの刺激はものの一分間も経たないうちに固い決心を生んだ。

ー 絶対エレキバンドやる!!

見事脳内でスパークした。

3~4曲の演奏が終わった時、ギターを弾いていた背の高い彼が、私に向けて声を掛けてくれた。

「バンド、好きか」

呆然としていて、すぐに反応することができなかったが、何とか落ち着きを取り戻すと、思い切って聞いてみた。

「これ、何の曲ですか?」
「ベンチャーズだよ」

ー これがベンチャーズなんだ。

カルチャーショックが炸裂した。
聞くもの見るもの全てが凄すぎで、混乱状態はなかなか収まらなかったが、それと並行してエレキバンドをもっと知りたいという欲求も大きく頭の中にもたげてきた。

我が青春のエレキバンド。
ここがスタートとなったのだ。

奥多摩むかし道

+_DSC06718月15日(金)。T君と【奥多摩むかし道】を歩いてきた。
今回で4度目となる馴染みのハイキングコースだが、手軽に森林浴ができたり、ちょっと寄り道をすれば、ハイカーの気配がないひっそりとした渓流が楽しめたりと、その内容は魅力的だ。

「そこ右ね、入ると右側が駐車場だから」

いつもの鳩ノ巣無料駐車場である。

「駄目ですよ、空いてないみたい」

今までお目にかかったことのない光景である。
利用するのはいつも平日だから、何となく嫌な予感はしていたのだが、ここまでぎっしりとは思ってもみなかった。旧盆注意すべし。

「先へ行こう、氷川に有料駐車場がある」

当初の計画は、鳩ノ巣へ車を置いたら、電車に乗り換えて奥多摩駅までいき、そこからむかし道のフルコースを歩くというものだったが、昨今の山ブームと旧盆休暇を甘く見ていたようだ。
奥多摩駅入口を左折し、橋を渡るとすぐに氷川駐車場があるのだが、やはりここも満車であった。
特にこの日は天気が良かったので、アウトドア好きが一斉に郊外へと飛び出したのかもしれない。

「それじゃ奥多摩湖に車を置いて、そこから逆コースで行こう」
「最後は奥多摩駅からバスで戻ってくるわけか」

非常に大きな駐車場をもつ奥多摩湖。さすがに余裕の空きがあった。
むかし道の登山口に近い水根バス停前の駐車場へ車を置き、V2を首から提げてR411を横断、初っ端から斜面のついた車道を上がっていく。

「ここも山なんだね、涼しいや」

日陰に入ると途端に冷やっとした空気に包まれ、夏真っ盛りを忘れさせてくれる。日頃酷暑に苛まれているT君にとって、これもありがたいご馳走なのだろう。

青目立不動尊まできた時、カーブの脇に立つ“注意書き”が目についた。
読めば愕然、むかし道は大雪による崩落の為、9月いっぱい通行止となっているらしい。いきなり出鼻をくじかれたが、崩落の原因が雪ならば、年頭からずっと人が入り込んでないということだ。
未曾有の大雪はまだ記憶に新しく、時々歩く鳩ノ巣~御岳山もずいぶんと長い間通行止めになっていた。

「駄目だ、戻るしかないですよ」

ルール違反は分かっていた。しかし、何度も歩いて様相を知る道だけに、どのくらいの規模の崩落があったのか、無性にこの目で確認したくなったのだ。

「崩落ヵ所まで行ってみようよ」
「マジすか」
「見たいんだよ、どんな感じか」

+_DSC0790人が入ってこないから、道はけっこう荒れていた。工事に携わる人が行き来するだけなので、そこらじゅうに落石がごろごろだし、大小の折れた枝が散乱していたりと、いつものハイキングコースとは少々様子が異なっている。但、山道への直接的なダメージは既に補修されているようなので、最後まで歩きに支障はなかったが、崩落跡は数カ所にものぼり、最終的な改修にはまだ相当な日数を要すると思われた。

たまたま登山口から一緒だった年輩のご婦人が、草むらでこごみ、小さな花にカメラを向けている。
奥多摩山系を中心に、花の写真を撮るのが好きとのことだ。
写真好きが3人集まると面白い。気が付けば各々がそれぞれのターゲットにレンズを向け、会話が殆どないのに気分だけは盛り上がっている。

「この花きれいだな」

コケがびっしりと覆う大きな岩に小さくて可憐な花が咲いていた。

「それ、イワタバコって言うんです」
「詳しいですね」
「この辺じゃ、けっこう珍しいと思いますよ」

こんなやり取りをしながら中山集落まで登ってきた。
我々二人は周囲の山々や斜面に佇む家並みの撮影を行うことにしたが、ご婦人は留まらずに先へ進むとのこと。
ここでお別れである。

「ありがとうございました」
「とんでもない、気をつけて」

ここから先は下るだけ。車も通る林道を、ひたすらゴールであるJR奥多摩駅を目指すのだ。
“逆コース”は初めてだが、こっちの方が楽かもしれない。緩い上りを延々と行く“正コース”は、ハイキングコースと言えども意外にタフである。

二本目の吊り橋に近付くと、橋の半ばに二人の若い男性ハイカーが目に入った。
橋から渓谷を撮影しようと踏み出せば、注意看板に“橋を渡る際の定員は3名まで”と記してある。

「俺だけ入れないじゃん」

とは、T君。

しかし若い二人はすぐに対岸へ渡り姿を消した。
それに合わせてT君が入ってくる。
暫し橋の上から渓谷の撮影に没頭する。

ー あっち側に何かあるのかな。

+_DSC0692カメラを構えているT君をよそに対岸へ渡ってみると、そこには多摩川へ注ぐ支流があったのだ。その小さな流れが醸し出す冷たい空気は、汗をかいた頬や首筋へ何とも言えない心地よさを与えてくれる。

「おーい、こっちにも川があるよ」

すぐに飛んできたT君は、開口一番、

「ここ、いいじゃないですか!」

既に川縁にしゃがみ込み、下流に向かってレンズを向けている。
大小の岩、緑鮮やかな苔、そして清冽な流れ。
正に被写体だらけである。

ー ちょっと時間をかけるか。

奥多摩は広くて奥が深い。何度か訪れたむかし道でも、ちょっと枝道へ入ってみれば眼前に広がる素晴らしい光景が広がっているのだ。

写真好きな中年男の独り言