教養と冷静さ

おかげさまで昨年めでたく還暦を迎え、そして早くも1年が経とうとしている。
“光陰矢のごとし”とはよく言ったものだ。
一般的な会社に勤めていれば、正に定年退職を果たし、ついに“リタイヤ”という文字が現実としてのし掛かってくるところだろうが、幸いなことに、老人でも己に鞭を打ち続けさえすれば就労させて貰える環境に甘んじている為、もう少々現役で突っ走ることが許されている。
但、1978年3月。代々木オリンピックセンターで行われた株式会社デニーズジャパンの新入社員研修が、ついこの間の出来事のように思い出される中、これはある意味、衝撃的な現実であるとも解釈している。

ー こんな長い間、一体俺は何をしてきたんだろう?!

過去に戻ることはできないから、“れば”、“たら”は口にしたくないが、あと二つまみの教養と冷静さを身につけていたなら、もう少々潤いと厚みのある人生を歩めたと思うことがある。

もともと内向的な性格の私は、いざ外へと目を向ける時、視野が狭まりがちになることが多く、どっしりと構えて俯瞰的に状況を見ることは今でも苦手としている。よって仕事もプライベートも初めてやることに成功した例しがない。
『君子危うきに近寄らず』
とても意味深いことわざであるが、私の場合、教養が足りないが為に“危うき”の実態をうまく掴めず、且つ冷静な状況観察ができないから、知らず知らずのうちに餌につられて危うきに脚を突っ込んだり、危うき自体に翻弄されてしまうことがある。そして気が付くと取り返しの付かないところに立たされ、最後は必ず大きなしっぺ返しを食らうのだ。
この流れは日常生活の中でも当てはまることが多々あり、ひとつひとつを思い出すたび、

ー 俺って、本当に馬鹿だよな…

と、溜息が出てしまう。
これまでの半生は、“身から出た錆”でむせ返るだけだったのかもしれない。

教養がないのは、努力ができないから。
冷静さに欠けるのは、先を急ぐから。

これを踏まえて、残された後半戦を、少しでも有意義にやれたらなと思っている。

横着撮影

開花

最高気温が15℃を越える日が続くと、春本番を実感できる。井の頭公園の桜も開花が始まったようだ。
馴染みの散歩コースでも様々な花の開花が目に止まり、辺りの雰囲気は日々春めいてきてカメラは欠かせない。
但、散歩中は左手でロックのリードを掴んでいるから、撮影は右手だけで操ることが多く、手ぶれの危険性は高い。その都度リードを腰ベルトに繋ぎ換えて、トイレバッグを地面へ置けば両手でがっちりと構えられるが、その分シャッターチャンスは逃しやすくなるし、実際はどうも面倒だ。
結局手抜きして片手撮影で済ましているが、こんな時でもV2の手ぶれ補正機能はきちっと働いてくれ、結果的には意外といけてしまう。カメラ設定は手ぶれ補正ONと、800上限のISO感度オートにしてあるので、昼間の散歩ならよほど薄暗いところでなければ安全圏に入るシャッタースピードを稼げ、更に手ぶれ補正も加わるから、狙った画は高い確率で安全に切り取れるというわけだ。
撮影に横着は禁物だが、散歩しながら気軽にやれるのもスナップの面白さではなかろうか。

エレキバンド・その12・高校進学

ファーストアルバム1970年。高校へ進学すると自分を取り巻く音楽環境は一変した。
新しくできた友達の中には、ギターを弾いたり、既にバンド活動も行なっている者が結構いて、彼らと話をするだけで多くのTipsを得られ、特にギターの演奏方法とアンプのセッティングについてはかなり参考になるものがあった。
さすが一学年だけで450名がひしめく日本大学第二高等学校(日大二高)だけのことはある。
そんな頃、毎年9月末に開催する文化祭では、ロック、フォーク合わせて4~5組のバンドがステージに立つことを知り、バンド結成はおろかマイエレキもない現実なのに、なぜか焦りに似た、地に足が付かない妙な気分に取憑かれてしまったのである。

ー 今すぐにバンドを結成しても本番まで半年もないのか…

但、日大二高は建前としての校則は厳しかったものの、キャンパスはいつも大らかで自由な気風に満ち溢れ、バンド活動へ対してもこれといった具体的な規制はなく、そんな諸々が“文化祭デビュー”を実現しようとする気持ちを大きく後押しした。

ー よっしゃ、やるか!

本格的な音楽活動を始めるには、マイエレキがなければ話にならない。
進学早々の身ではあったが、ここは一日でも早くエレキギターを手に入れたかったので、細々と溜め込んできた購入資金を懐に忍ばせ、親には内緒で週末の楽器探しをスタートさせた。

ギターの選択には悩ましい現実があった。もちろん可能であれば、ピーター・グリーンの使っているギブソン・レスポールや、ジミー・ページが格好良くかき鳴らすフェンダー・テレキャスターが欲しかったが、当時の価格で20万円、30万円もする楽器は大人にだって高嶺の花であり、況して高校生では逆立ちしたって手に入るものではない。
現実は2万円の軍資金で何とかいい一本を探すことしかない。
先ずはクラスメイトの仁藤に付き合ってもらい、秋葉原へと出掛けてみた。

当時の秋葉原は正しく電気の街で、改札を出て周囲を見渡せば、目に入るのは電気器具屋と電気部品店のみ。食べ物屋ですら見つけるのは難しい。

「目星はつけてあるの」
「大通りを渡って細い路地に入ると小さな楽器屋があるはずだ」

因みに仁藤はフォークギターを欲しがっていた。

間口が狭く、店内もやや薄暗らい古めいた楽器屋のショーウィンドウには、どの角度から見てもまんまテレキャスターという、黒いボディーにトレモロアームの付いたスタイリッシュな一台がスタンドに掛けられ飾ってあった。

「これ、いいかも」
「どう見てもテレキャスだよ」

初っ端から大物にヒットした感じである。
早速店に入って話を聞くと、ノーブランドだがつい最近発売された製品で、軽くて弾きやすく、何より本物のフェンダーそっくりなので人気が出ているとのことだった。
値段も12,000円で予算以内に収まる。まだ一軒めだったが、マイエレキを喉から手が出るほど欲しかった自分には、もはや冷静な判断はできなかった。

「これ、下さい」

衝動買いである。
ソフトケースはサービスでもらった安物だったが、それに入れた“テレキャス”を提げて秋葉原の街を歩けば、なんだかいっぱしのバンドマンになったようで楽しくてしょうがない。
当然だがこの日から新たなギターの猛練習が始まったのである。

写真好きな中年男の独り言