ノスタルジア

 尾鷲の旅は楽しかった。思い切って遠出にトライしたが、そこで感じた旅情はすべて宝物になった。
 地方都市の魅力の一つに、ノスタルジアを発見しやすいことがある。人は過ぎ去った過去を懐かしんだり恋しく思うもの。なにかのきっかけで古き良き時代を感じたとき、気持ちがほっこりしたり、妙に嬉しくなったりするものだ。

尾鷲 純喫茶・磯

 最終日の朝。モーニングセットが食べたくなり、駅前の喫茶店・磯へ行ってみた。昨日の夕方、養老の滝を利用した際、隣が喫茶店であることに気がついた。さっそく店名をググると、開店は朝七時、モーニングセットの提供もある。
 扉を押し、店内に足を踏み入れると同時にタイムスリップ。貝殻を並べた背の高い仕切り、シャンデリア風の薄暗い照明、こげ茶色のソファ等々、三鷹北口にあった喫茶店・有磯を思い出す。学生時代、コーヒー一杯で三時間も四時間もK子と駄弁った懐かしの店だ。
 隣りは一人で新聞を広げているお爺さん、向かいでは作業着姿の男性四名が、仕事の打ち合わせだろうか、関西弁を捲し立てている。
「いらっしゃいませ」
 八十に届きそうだが、ここのオーナーと思しきハイカラなお婆ちゃんが水とおしぼりを持ってきた。
「じゃ、モーニングセットください」
 おしぼりを手に取るとびっくり。質のいいタオル地で、しかも温めてある。顔を拭くとさっぱりした。なかなかの心遣いだ。
 十分ほどすると、カウンターの中で忙しく動いていた四十代ほどの男性が、トレーにのせたモーニングセットを運んできた。コーヒーを一口やると、なるほど、まさしく喫茶店の味と香りがする。ゆで卵は絶妙な茹で加減で、ぱらりと塩を振って口に含むと、これまた懐かしい喫茶店を彷彿とさせた。何気に伝票を裏返すと、驚きの500円。今どき、コーヒー一杯だけでもそれだけする。
 まっ、値段はさておき、朝にこんな喫茶店でまったりできたこと自体、なんだか嬉しいのだ。

福山 純喫茶・ルナ元町店

 去年春の福山で、ホテルのすぐ近くに似たような喫茶店があって、いい一日のスタートが切れたよう記憶している。

バイク屋時代66 心に残るバイク ビューエル X1

 ビューエル。予想と実態がこれほどまでにかけ離れたバイクはなかなかお目にかかれない。

 以上は、<バイク屋時代28 BUELL その1>からの抜粋である。

 “いくらスポーツモデルと言ったって、エンジンはハーレーなんだろ?!”
 当時、ハーレーは純粋なツーリングバイクであり、スポーツライドとは縁のないカテゴリーだと頑なに思っていた。さらにハーレーだけでなく、4サイクルエンジンのシングルやツインは、味はあっても、いざ動力性能となれば、マルチエンジンの高性能には遠く及ばないとも思っていた。
 この認識はある意味まちがいではないが、頭の片隅にあった<高性能=いいバイク>という公式が、歪んだ価値観を生み出していたことは確かだった。

 ビューエルを初めて峠に持ち出したとき、驚きと落胆が入り交じる複雑な印象を持った。試乗車として準備したS1 Lightningはシートがオフ車のように幅が狭く、御殿場ICを降りるころから尻が痛み始めた。
 旧乙女に入ると同時にペースアップ。すぐに頭打ちになるエンジン、つるつる滑って二―グリップがままならないシート等々、まったくリズムに乗れない。箱スカからは速度を上げてみたが、やはり頭打ちが早くてどうにもコツをつかめない。俺のレベルでは乗りこなせるバイクじゃないと諦めかけてきたころ、マルチのようにエンジン回転をぶわーっと上げて速度やリズムに乗るのではなく、ギアを一段上げてイエローゾーン手前の最もトルクが乗ってフレキシブルな回転域をキープすると、Vツインの鼓動感がもりもりと出てきてやけに気持ちがいいのだ。コーナーでトラクションがかかりやすくなり、フルバンク時の安定感もグンと増した。芦スカに入るころには、なんとなくツインの乗り方が掴めてきて面白さが倍増。そのまま伊豆スカへと突入、気がつけば亀石を通過していた。東名高速では時速130kmを超えると、スピードがまったく伸びずがっかりしたが、峠道での速度域では笑っちゃうくらいに楽しい。
 三年後の一九九九年。大幅な改良を施したX1 Lightningが登場。見た目はやや個性に乏しくなったものの、問題のあったライディングシートやフロンフォークが改善され、乗りやすさは格段に向上した。サスの動きがスムーズになった分、荒れた峠道でも恐怖を感じることはなく、アグレッシブなライディングが可能になった。S1やS1Wはサスが固く、特に荒れた道でのコーナーではサスがついていかず、車体が暴れることが屡々あったのだ。これが改善されたのは大きい。翌年に那須スポーツランドでモト・ギャルソン主催のサーキット走行会を開催、もちろん我々スタッフも大いに走り楽しんだが、一周1kmのテクニカルコースで、X1の扱いやすさがより深く体感できた。
 日本向け車両にのみ、フューエルラインが加熱してエンジンストールするというトラブルが出て、十月発売予定が年越しの三月になったのは参ったが、ハーレーのエンジンを使ってこれほどまでに心躍るスポーツバイクに仕上げたことは称賛に価する。ちなみにX1はこれまでのキャブレターからFIへ変更になったが、トラブルや変な癖もなく、ビューエル社の技術力を再確認した。
 二〇〇三年になると、フルモデルチェンジしたXB9Rが発表されたが、コンパクトさを狙いすぎた超ショートホイールベースな車体は、高速域で安定感に欠け、俺個人としては、どうしても馴染むことができなかった。なんと言っても、ホンダの125ccスクーター“PCX”のホイールベースとほとんど変わらないのだから。
 ただ、感心するポイントもそれなりにあった。筆頭はやはり軽さ。S字コーナーなどは、大げさな体重移動は無用、ステップ加重だけでスイッスイッと小気味よくバンクしていく様はとてもリッタースポーツとは思えない。この後、ハーレーエンジン搭載のビューエルはXB12Ssで終焉を迎えるが、この最終型は、フレームとスイングアームの見直しで、異常なまでに短かったホイールベースを一般的なサイズに戻したのだ。個性は薄くなったが、反面、バイクとしてのまとまりはよくなった。ワインディングでは、あのドゥカティモンスターと較べても、何の遜色もない走りを披露する。
 X1は、粗削りだが個性溢れるS1と、完成度が光るXBシリーズのちょうどいいとこ取りであり、ハーレーエンジンの魅力を堪能しながら、本格的なスポーツ走行を可能にしてくれた歴史に残るモデルだと思う。

 二〇〇九年十月。世界的な金融危機などの影響を受けたハーレーダビッドソン社が「経営資源の選択と集中」を理由に、傘下であったビューエルブランドの生産終了を突如発表。ビューエルオーナー並びに我々正規ディーラーにとってはまさに青天の霹靂ではあったが、長期在庫になっていたXB12R三台が、このニュース発表の後、たったの二週間で完売になった。購入を検討していた方々からすればまさにラストチャンスだったろう。
 ビューエルの終焉により、関東圏のビューエル正規販売店が設立した組織、BuellDOK(ブルドック)も存在意義を失い解散が決まった。よってBuellDOKが定期的に開催してきた人気のオーナーイベント゛“ワインディングハント”もこの夏を最後に幕を閉じた。
 ワインディングハントは、ビューエルオーナー各々が開催場所に集まるのだが、モト・ギャルソンでは毎回十五~六台のグループを作り、マスツーリングを行ってきた。いつも先導は俺の役目だ。しかしこの最終回には、試乗車も含めビューエルはすべて売りつくしていたから、その代わりに昨年発売されたばかりのハーレーニュースポーツモデル“XR1200”に乗っていくことにした。鳴り物入りで登場したモデルだったので、ビューエルとの差はどんなものか、実際に峠道を走って確かめるチャンスでもあった。
 ツーリングコースは、中央道の韮崎ICを降りて、茅ヶ岳広域農道からR23へ至るもの。前半は殆どが中高速のワインディングになる。
 高速道路でのパワー感は、ほとんどスポーツスターと変わらず、ややがっかり。しかも安定感重視にしているようでレーンチェンジの軽快性もまんまハーレーである。ワインディングへ入ると、この傾向は顕著になる。中速のS字コーナーではしっかり体重をかけないとアンダーが強く出てヒヤッとする場面も。やはり一般的なハーレーの味付けとなんら変わらない。ただ、ブレーキング時の安定感はビューエル以上と思えるほどで、制動力も悪くなかった。しかしだ、“XR”を冠する割には、ほとんどスポーツスターと変わりがないし、お茶濁し感は否めない。ビューエルはエンジンこそスポーツスター1200のものを使ったが、エンジンヘッドを独自技術で作り直し、60馬力にも満たないスペックを100馬力を絞り出す別物に仕立てた。車体に至っては、真のスポーツバイクを目指すため、“0”から考えた別次元の設計によるものだ。改めてErik Buellの拘りと凄さがわかるところである。

大台ケ原・尾鷲の旅

 7月8日(水)から10日(金)までの三日間、三重県の尾鷲を旅してきた。三重と奈良に跨る大台ケ原を歩いてみたいと、前々から計画を立てていたのだ。ただ、大台ケ原並びに尾鷲市一帯は本州最多雨地帯のため、ウェザーニューズと睨めっこをしても、なかなかタイミングがとれず、当然宿の手配も必要なので、スタートが切れなかったのだ。そして待つこと二週間。梅雨の合間に晴れ時々曇りのマークが三日連続で現れたのだ。
 尾鷲までは約510Km。尾鷲から大台ケ原登山口まで約100Km。往復で1,220Km、トータルで16時間という超ロングドライブを強いられる。ちなみに尾鷲まで公共交通を使うと、車より時間がかかり、交通費も若干かさむ。

 8日は自宅を6時に出発、POLOは快調に新東名を進んだ。浜松SAでトイレ休憩、昼食は伊勢道の安濃SAで取った。フードコートを見回すと、さすがに地域色満点のメニューが目立つ。選んだのは“味噌焼きうどん定食”。オール炭水化物の関西風だが、これがなかなかいけた。変に塩っ辛くなく、味噌に旨味があり、ご飯のおかずにちょうどいい味付けなのだ。

 その後も快調に歩を進めたが、尾鷲を直前にした紀勢道で事故が発生、おおよそ一時間弱の足止めを食らってしまう。単独事故のようだが、センターライン上に並ぶポールと、それを繋ぐ太いスチールワイヤが20m近くもなぎ倒され、突っ込んだ白いワンボックスのフロントは見事なまでにグシャグシャ。ドライバーの無事を祈る。

ビジネスホテルフェニックス

 宿は尾鷲の駅からも近い【ビジネスホテルフェニックス】。到着したのは13時半だが、チェックインは15時半からなので、一応場所だけ頭に入れて、撮影予定地の須賀利町へ向かった。

 須賀利町は尾鷲市に属するが、一九八二年に県道が開通するまでは陸の孤島だったそうだ。その後も過疎化が進み、一九九七年から二〇〇一年にかけて、地元の小学校、中学校が相次いで廃校となり、現在子供は一人も住んでいない。そんな町だが、入り江に面した町並はノスタルジック溢れる佇まいで、朝日新聞社・森林文化協会共催の「にほんの里100選」に選ばれている。その雰囲気を少しでもカメラに収められればとテンションは上がった。

 車を須賀利小学校に置いてスナップ開始。
 とにかく静か。人の気配をまったく感じない。耳を澄ますと、どこからかわずかにTVかラジオの音が流れている。
 小学校から背後の山へ通じる石段を見つけたので、街並みを俯瞰できるのではと上がっていくと、なかなかどうして絵になる景観が広がっていた。さらに進むと普済寺という寺院があり、脇に「にほんの里100選」の碑が立っていた。
 撮影に集中していた時、突然上方の斜面にガサッという何かが動く音が聞こえ、目をやると、なんと鹿のお出ましである。熊が出てもおかしくないようなところだから、一瞬肝を冷やした。

 住宅密集地から踵を返し、入り江の最深部へ向かった。
 三艘ほど漁船が停泊しているので、おそらくここは港なのだろう。それにしても驚くほど水が澄んでいて、それが一般的な漁港とは全く異なる雰囲気を醸し出している。道路端から海面を覗くと、コバルトスズメを中心に無数の小魚が群れをなしている。暫し観察していると、岩陰からゆらりと大物の魚影も現れ、思わず目を見張る。子供たちがいたら、日がな釣りに興じられる絶好の場所になるだろうと、少年時代の沼津を思い出す。

 スナップが長引いてしまい、ホテルへチェックインしたのは17時近くになった。シャワーを浴びてさっそく町へ出た。喉はカラカラ、腹はペコペコだ。
 あらかじめwebで何件かの店を下調べしていたが、ホテルから出ると、はす向かいに、ビール、餃子の文字を記したのぼりを出した居酒屋があったので迷わず入ってみた。店の名称は“居酒屋 可笑〜かしょう〜”。
 真正面のカウンターの中から、年配ママさんが満面の笑顔で迎えてくれた。店舗名そのままだ。
「尾鷲は観光ですか」
「ええ、明日は大台ケ原へ行こうかと」
「今日が梅雨明けだったようなんで、明日はいい景色見られますね」
「そうなるといいな~、じゃ、とりあえず生を」
 品書きを開くと、肉餃子と特製鶏の唐揚げがおすすめとなっている。
「このおすすめ、両方とももらおうかな」
「はいありがとうございます」

 ギンギンに冷えたビールが体に染み入る。熱々の餃子や唐揚げとの相性は言うまでもない。しかもこの唐揚げ、揚げ方、味付け、肉のジューシーさ、どれをとっても一級品。これまで食べてきたどの唐揚げよりも好みだ。ママさん、なかなかの腕前である。
「いらっしゃい」
「おう、生ちょうだい」
 常連と思しき年配男性が入ってきた。カウンターへ腰かけると、すぐにママさんと何やら打ち合わせのような会話を始めた。金額のこと、貸し切りのこと、はたまたビールサーバーのレンタル等々の文言が聞き取れた。一段落したところで、口を挟んでみた。
「お祭りとかやるんですか?」
 するとママさんがわかりやすく説明してくれた。まず、この男性とママさんは地元小学校の同級生同士。ちょうど五十年前、クラス全員が卒業時にタイムカプセルに様々なものを入れて、校庭に埋めたそうだ。そしてこの夏、ついにカプセルを掘り起すのだ。これは卒業生が大勢集まって盛り上がること間違いなしだ。男性は実行委員長で、日が迫るにつれ、決裁ごとが多々出てきて、本業そっちのけで奔走中とのこと。しかしタイムカプセルなんて、なんだかドラマのようだ。
 これを皮切りに、三人のおしゃべりが始まった。ママさんにはお子さんが四人いるが、全員独立したタイミングで、以前からやってみたかった居酒屋を開業。今年で五年目になる。男性はクリーニング店を営んでいて、若いころからめっぽうバイク好き。今でもヤマハ・RZV500を所有し、奥さんもRVF400に乗っているというマニアぶり。そこで私が「元バイク屋ですよ」と言ったら、待ってましたとばかりに、いろいろなバイクのエピソードが出てきた。居心地のいい店と楽しい人たちに巡り合えば旅のテンションは上がる。

 翌日9日は朝から青空が広がり、絶好の登山日和になった。大台ケ原ビジターセンターにナビをセットしPOLOを走らせた。市街地を出るとすぐにくねくねの山道になる。バイクで走ったらさぞかし面白そうなコーナーが次から次へとやってくる。前後に車の気配がなかったせいか、気がつくとアベレージ80kmほどのスピードで流していた。しかし軽快と思われたドライブも最初だけ。なんとこの状態が終点まで続いたのだ。バイクだったらまだしも、車だと、肩、背中、そして腰が悲鳴を上げだし、けっこうな苦痛を強いられる。
 8時過ぎに大台ケ原ビジターセンター駐車場に到着。見回すとすでに三十台を超える車が停まっている。ちゃちゃっと支度を済ませて出発。
「うぉー!空気がうまい!」
 大台ケ原一帯は観光資源として地域が本腰を入れているのだろう、登山道は整備が行き届き、樹林帯を抜けて尾根筋に出れば、きれいな木道が延々と延びている。

 大台ケ原の最高峰である日出ヶ岳(標高1,695m)は日本百名山のひとつ。頂上には美観を損なわないよう丁寧に組み上げた木製の展望台が設置されていて、ここからの眺めは360度の大パノラマ。近畿最高峰の八経ヶ岳(1,915m)から大普賢岳など、雄大な稜線がくっきりと見渡せ、さらに熊野灘の海原が眼下に広がるという、ここならではの壮大な自然美に暫し時を忘れた。
 写真を撮ってもらった同年代の男性Aさん、住まいは大阪の堺。ここへは何度か訪れたことがあって、夏もいいが、紅葉シーズンの大蛇嵓は圧巻なので、ぜひまた来てみた方がいいと熱くアドバイスされた。その大蛇嵓(だいじゃぐら)へこれから向かう。大蛇の頭に似た巨大な岩塊の突き出しは、崖下まで約800メートルあり、そこへ立てば、まさに空中から山々を眺めているかのような錯覚に陥るとのこと。

 アップダウンのあまりない山道を一時間弱ほど行くと、お目当ての岩塊が見えてきた。
 スタートからずっと同じルートを巡っている年配三人組が、先に到着して岩の先端にいるではないか。滑落防止のためにポールと鎖が張られているが、正直ここは怖すぎる。久々に金玉が浮き上がった。もしポールがなかったら一歩も近づけないレベルだ。
「いやぁ~~、怖いですね~」
「私なんか四つん這いですよ」
 落ちたら確実にあの世行。

 計画したコースを回り切り、無事駐車場まで戻ってきたが、これからまたあの山道を二時間も運転しなければと思ったらうんざり。一息入れようと、食べ忘れたおにぎりを頬張ったら、徐々に眠くなってきた。車のエアコンが十分効き出した後、十分少々目を瞑ていたら、ちょっとだが疲れが抜けた。
「さっ、戻るか」
 観念して車をスタートさせた。

 ホテルへ到着するとすぐにシャワーを浴びた。すっきりすると無性に冷たいビールが飲みたくなり、尾鷲駅前へ行ってみた。養老の滝の看板を見つけると、反射的にドアを押していた。
「生ください」

 登山の後で飲む冷たいビールは格別だ。枝豆と焼き鳥が出てきたところで、
「生おかわり」
 疲れているので二杯でけっこう酔いが回る。この後、あらかじめwebで調べておいたラーメン専門店“DISHDREAM天天”へ向かう。養老の滝からは徒歩で五分ほどだ。
 表から見ると一見暗い感じの店だが、入ってみると女性スタッフが小気味よく動き回り、活気を感じた。
「じゃ、特製醤油ラーメンください」

DISHDREAM天天 特製醤油ラーメン

 特製醤油ラーメンはここの看板。1,200円とやや高いが、食してみてすぐに納得。スープの色は濃いものの、意外やあっさりしていて、うまみが十分出ていてる。麺との絡みもよく、一瞬のうちに完食。おそらく海が近いから、出汁には鶏だけでなく、鰹とか昆布なども入っているのだろう。
 この晩は、心底ぐっすり眠れた。今回も登山がメインだったが、地域の漁村を見て回り、地元の味を堪能し、多くの人達との触れ合いもあったりして、これまでにない充実感に満たされたように思う。今後もこんな旅ができればさぞかし楽しいことだろう。

バイク屋時代65 心に残るバイク ヤマハ・XJR1200

 一九九四年春。モト・ギャルソン本店にて。

「今度のは他社製品と比べても遜色ないし、絶対売れますよ」
 昼前にヤマハの三沢さんが来店し、新しく発売されたJOGの派生モデル“アプリオ”の売り込みに必死である。より大きくなったラゲッジスペースと、6Lの大容量ガソリンタンクがアプリオの特徴ではあるが、丸みを帯びたボディーフォルムは、現行のJOGと比べてより多くのユーザーに支持されそうだ。

「とりあえず五台はお願いしたいんです」
「マージンは?」
「新発売キャンペーンをやってるんで、五台入れてもらえれば一本つけさせていただきます」
「でもさ、はっきり言ってスクーターは儲からないよね」
「そんなこと言わないで」
 結局押しに押され、五台のまとめ買いを承諾した。
「五月のビッグは蓼科か、いいですね~。ところで木代さん、今回はなにに乗っていくんですか?」
「まだ決めてない」
「だったらうちのをぜひ!」
 ビッグツーリングは参加者が毎回百名近くにもなるモト・ギャルソン最大のイベントだ。一泊で行うから、お客さん同士、またはお客さんとスタッフが親密になれるチャンスも多く、固定客化の効果としては抜群の実績を上げている。なんと言っても百台のバイクとオーナーが集まるので、バイクの大見本市の様相があり、いろいろな機種を近くで確認したり、直接オーナーから感想を聞けたりと、代替えのきっかけ作りとしては大いに役立つ。ツーリングが終わると、たいがい各店一~二台の代替え商談が発生するのも頷けるところ。
「なにを貸してもらえるの?」
「先月発売されたばかりのXJR1200です」

 今話題のリッターネイキッドである。すでにホンダはCB1300、カワサキはZRX1200を発売し好評を得ている。ネイキッドはどんな用途にでも対応できるオールラウンダー性が魅力であり、購入後の満足度は往々にして高い。
 CB1300、ZRX1200共々、高性能の水冷エンジンを搭載しているのに対し、XJR1200は数値的には劣る水冷エンジンを採用した。これには開発のポリシーが関わっている。
 ネイキッドには最高速がなんぼとか、サーキットでどうかなんてことはほとんど意味がない。それより乗って操作してみたら、「へ~、いいバイクだな」と、わかりやすく感心させる要素が必要だ。しかしこの“よさ”を数値で表すのは難しく、一般的に工業製品は、まず数量的な計画がなければ、作り出すことはできない。そこでヤマハの開発陣が考えたのが、ヒューマノニクス手法。大勢のスタッフ達が実際に乗ってみて、ここがいいとか悪いとか、あれこれどうなのこうなの等々、試行錯誤しながら徐々に完成形へと煮詰めていく方法だ。時間はかかったが、この手法で作り上げたのがXJR1200である。

 ビッグツーリングの前日。貸与されたXJR1200を店から自宅まで乗っていくと、びっくりしたのは、すぐに馴染んでくる不思議な感覚だ。それと操作全般でリッターバイクとはとても思えないほど軽いこと。この手のバイクとしてはサスが柔らかくストローク感がつかみやすいのだ。制動時はややフロントダイブが大きいが、安定感は抜群。明日からの二日間、どんな走りができるのか、期待は膨らんだ。

 中央道は予想より交通量が少なく気持ちのいいクルージングができた。トイレ休憩で双葉SAに寄ると、
「木代さん、高速降りるまで交代OKですか?」
「もちろんだよ。これ、ちょっとびっくりするぜ」
 言い寄ってきたのはゼファー750を駆るKさん。吉祥寺時代からの常連さんで、すでに三台購入いただいている。ナナハンとリッターバイクとのパフォーマンス差は、ややもすると250と400ほどの開きがある。どんな感想が飛び出てくるか。
「やっぱでっかいな~」
 Kさんは小柄なので、XJR1200に跨ると脚がつんつんである。立ちごけが心配されたが、そこはKさん、さすがベテランライダー、不安気なしに扱っている。

 本線に戻るとゼファーの非力さに愕然。スロットルを開けても車速が付いてこない。バランスのいいバイクには違いないが、唯一の弱点が高速域のパフォーマンス。もっとも空冷ナナハンにこれを求めたら可哀そうだ。ジムカーナのチャンピオンマシンにとって高速域は無用の領域である。
「別物だね~」
 須玉ICでのKさん開口一番である。その気持ち、よぉ~くわかる。
 清里から八ヶ岳高原ラインへ入ると、XJR1200は水を得た魚となった。すべてがソフトなのに安定感に溢れ、速度を上げても不安はまったく感じない。下手なレプリカよりハイペースで行けそうだ。途中かなり回り込むコーナーに侵入したとき、カリンっとステップが路面を擦った。慣れない借り物のバイクでここまでやれるのは、深くバンクしても揺るぎない安定感のおかげだ。これだけ使いやすさを感じるのは、なにもエンジンや足回りだけではなく、絶妙なフィット感のあるシートも大いに関与している。やや幅は広めだが、長く乗っていても疲れないし、スポーツランの時もしっかりと腰を支えてくれる。そしてなにより鉄板なのは絶妙なアップライトポジション。デザインバランスに富んでいるとともに、バイクという乗り物の原型たる操作感を与えてくれる。ヒューマノニクス手法の目視するところが、なんとなく理解できたような気がした。
 性能とは関係ないが、駐車場に置いたXJRを遠目で眺めれば、空冷エンジンの冷却フィンがネイキッドのかっこよさを引き立てているのがわかる。CBやZRXに搭載の水冷エンジンは、性能こそいいが、無機質な外観とラジエターの存在が、ネイキッド本来のシンプルな美しさの邪魔をする。
 XJR1200は発売から四年後にXJR1300へと進化し、さらにヒューマノニクスぶりを進化させた。
 残念なことは、新たな排気ガス規制に合致することができず、2017年にはカタログ落ちとなってしまう。ただ、バイク本来の楽しさを提示してくれた稀有なモデルであったことは間違いない。

いなば和幸 武蔵境店・女房とランチ

 我が家では四年前から観賞魚のグッピーを飼っている。その前はメダカだったが、グッピーは産卵ではなく稚魚をそのまま生むので手間いらず。当初はメダカとグッピー混合の水槽だったのが、いつのまにかメダカの姿は消えた。メダカは卵を産むと、成魚が食ってしまうから、数を増やそうと思ったら別水槽へ移すなどの管理が必要だ。
 水槽のメンテは私の仕事。水替えは十日毎に行っている。水質劣化も理由だが、髪の毛のような緑の藻や黒っぽい藻が盛大に繁殖し、肝心なグッピーが見えなくなる。水槽のガラス面、ろ過機、流木、石、水草と、どこもかしこも藻だらけになるが、この除去がちょっとした一仕事。特にろ過機の吸い込み口と内部は頑固に張り付いていて、歯ブラシと小型のタワシでゴシゴシやるのだが、もっと腰の強いブラシだったら効率も上がるのではと常々思っていた。頭に浮かんだのはダイソー。あそこならば安くて頃合いのいいものが見つかるはずだ。

 六月二十七日(土)。この日は十一時からリチャードのトリミング予約が入っていた。ロックの頃からずっとお世話になっているトリマーの山田さんが三鷹市新川で経営する店【Sarlly’s Style】へ預けに行く。作業には二時間半ほどかかるので、その間にヨーカドーへ行って、ダイソーでの買い物とランチを済ませばちょうどぴったりだ。
「まだ昼前だから、空いてると思うんで、最初にご飯食べちゃおう」
「どこいく?」
「そうだな、和幸にするか、とんかつ」

 暖簾をくぐると愛想のいい年配女性のスタッフが席まで案内してくれた。見回せば他にも三つほどテーブル席が空いている。注文はいつも決まっていて、女房はヒレかつ定食、私はロースかつ定食。
「ごはん、キャベツ、お味噌汁はお代わりができますのでお申し付けください」
 数年前までは間違いなくすべてお代わりをしていたが、加齢のせいか、今ではえらく腹が減っているときでも、お代わりをたのむことはほとんどない。
「お代わりはいかがですか」
「いやけっこう」
「麦茶、お注ぎしましょうか」
「ではお願いします」
 ちゃきちゃきと動きのいい年配女性スタッフ、満面の笑顔を絶やすことはない。ちなみに和幸のとんかつは値段の割に美味しい。私は好きだ。

 ダイソーはアイテムが恐ろしく多く、売り場は迷路のようだ。欲しいものにたどり着くまでは難儀だが、いいものが安く買えるのでちょくちょく利用している。台所コーナーと浴室コーナーで、よさげなブラシ一~二点を発見。形状からろ過機の清掃に使いやすそうなものを一つ選んだ。300円なり。
 さらに売り場を回るとダイソーマジックにかかってしまう。塩の容器、ニトリルグローブ、ストッキングと予定になかったものが次々とバスケットに入っていく。それでも1,000円でおつりがくるのだから、もはやレジャー。

写真好きな中年男の独り言