第二の故郷

 年末撮影会以降、伊豆へは行ってない。ということは二カ月間のご無沙汰だ。
 伊豆は私にとって唯一無二の安らぎの場なので、しばらく訪れないと無性に恋しくなる。西海岸の風景が脳裏にちらつき始め、潮騒までも聞こえてきたら、これは間違いなく禁断症状であり、精神衛生上よろしくない状態に入ったサインといえよう。
 なぜこれほど伊豆の虜になったのか。
 これまで何度か述べてはきたが、<第二の故郷>とまでいえる強い認識に尽きると思う。それは生い立ちの中で育まれてきた、包まれるような優しい空気感であり、千本浜の堤防でも、松崎のなまこ壁通りでも、そして下田のペリーローでも、同様に感じられるものなのだ。
 
 写真はマーガレットラインから望む西伊豆の海岸である。

若い頃・デニーズ時代 ・最終章

「はい、じゃいくよ!ワンコンボ、ワンピザ、ワンクレオール、ワンバーガーシュリンプ、続いてワンパンケーキ、ワンシェフ、ワンPジンジャー!」
「はい!!!」

キッチンコンテストが始まった。
会場に到着した時は、谷岡をはじめメンバー全員が強張った表情を見せ、ちょっと心配だったが、いざコンテストが始まってしまえば、いつもの彼らに戻ったようである。さすがに谷岡のリードは完璧で、同時ディッシュアップを狙った精度の高い指示が連発した。

「大金、パンケーキは横に落とせ」
「はい!」

グリル板は面全体に火が入るように工夫されているが、やはり手前は弱く奥に行くほど強くなる傾向がある。よってパンケーキを焼く際には横方向に落としていく方が焼き色が平均化する。

「ふみちゃん、ピザ出来たら一緒にクレオールも入れて。俺、スピナッチ煽るから。それと大金、Pジンジャー落とす前にシェフな」

サラダは基本的に先に出す。Pジンジャーは火のとおりが早いので、早く落とすと冷えてしまう。
さすが谷岡だ。秒単位で進めている。

「ふみちゃん、エビもっと立たせて。それからバンズええよ」

ハンバーグがマイクロに入り、パティーがターン。ふみちゃんはコンボを作り始めた。

「シェフアップ!」
「よっしゃ、ええで!」
「おあとPジンジャーアップ」

スライスエッグがきれいに盛り上がっているし、パンケーキの焼き加減もばっちりだ。
続いてふみちゃんがハンバーグにデミグラをかける。これと同時に谷岡がライスを2枚上げる。

「バーガーシュリンプアップ!」

オーブンを開いて、クレオールとピザを取り出す。ここで焦るとスパチュラから落下することがあるので、集中が必要だ。
牛刀で丁寧にピザを切り分け、右手を大きく開いてピザを一気に9プレートに乗せる。これも慌てると落下させやすいが、やはりふみちゃんは丁寧だ。きれいにディッシュアップさせた。

「クレオールとピザアップ!」

いい感じのフィニッシュだ。監督の出番はなかったが、盛り付けなどは完璧に近いし、同時ディッシュアップはこれまでのチームで一番だろう。あとは審査員がどれだけ評価するかだ。

「はいお疲れ!よかったよかった」
「ほんま緊張したぁ~~」
「そんな感じじゃなかったぜ、みんなのびのびとやれたじゃん。いい結果が期待できそうだ」

キッチンコンテストに参加できて良かったと思ったことがある。それはKHのふみちゃんや新人の大金に、他店のスタッフ達の動きを見せてやれたことだ。

「私ってけっこうやれると思った。でもな、池田店のおばちゃんは凄いわ。めっちゃ動きええもん。飯田さんにも見せてあげたかった」
「田島店にはびっくりですよ。センターやってたの同期生やもん。ショックぅ~~」

ふみちゃん、やや興奮気味である。自分のレベルの確認ができて発奮したり安心したりだろう。大金も同期生の現実を見てメラメラと燃えるものがあったに違いない。
そして、結果発表である。
固唾を飲むとはこの一瞬。

「ディッシュアップタイム、同時ディッシュアップ、そして盛り付けの総合獲得点で、優勝は西宮中前田店となりました!」

びっくりである。接戦だったことは間違いないはず。しかし僅差であれ優勝をもぎ取ったのだ!

「おっしゃぁ======!」
「やったやったやったぁぁぁ☆」

大はしゃぎの選手達。
ふみちゃんは涙ぐんでいるし、大金は谷岡に肩をたたかれ満面の笑顔だ。

「みんなご苦労さん!やっぱり谷岡のセンターは抜群だったよ」
「マネージャーにいいはなむけができてほっとしました」

谷岡の一言を聞いた途端、これで長かったデニーズでの生活が終わりになると改めて実感。
寂しさがないといったら嘘になるが、正直なところ名残惜しさはない。なぜならこの10年間、青春を思いっきり謳歌しながら突っ走れたからだ。
麻美との結婚は私の人生で最大の収穫だったし、何より社会人として様々なことを学ばせてもらった。そして出会えた多くの人たちに心の底から感謝感謝である。
もうひとついえば、最後の最後に関西で仕事ができたことは本当にラッキーだったと思う。
それまで未知と不安でしかなかった関西が、暮らしてみれば実に肌に合ったこと。旅行で訪れただけではわからない、人々の人情や文化に触れたことは人生の財産といって憚らない。

次期UMとの引継ぎも終わり、残るは来週の引っ越しだけとなった。家族共々東京へ戻れば、待っているのは新生活。

「マネージャー、お客さんです」
「はいはい」

誰だろう。ノーイングの仕入れ業者かな、、、
フロントに出てみると、スーツ姿の若い男性がウェイティングシートに座っている。
あれ? 彼って、、、

「お久しぶりです」

UMとして初めて新店をオープンさせた、立川錦町店のBH、友部くんだ。
それにしてもびっくり。彼は当時、確か工学院大学の3年か4年だったはずだ。まじめでコツコツと働き、友達も多かったが、反面、女性に対してはかなり奥手で、彼女はいなかった。
あらためてじっくり観察すると、目尻が大きく垂れる笑顔は昔のままだ。しかしスーツ姿はなかなか堂に入っていて、社会で揉まれてきたことがよくわかる。

「まさかわざわざ来たんじゃないだろ?」
「僕の勤めているところ、本社が大阪なんですよ。たまたまその本社で研修があったもんで」
「それにしてもよく来てくれたな」
「本社に行くことがあったら寄ってみようと前々から考えてたんです」

友部くんとは立川錦町を出た後も、2~3年ほどコンタクトをとっていたが、それ以降のやり取りはなかった。
ただ、彼の優しい人柄に助けられたことは幾度もあり、忘れられないスタッフの一人である。

「いきなりでびっくりするだろうけど、俺、来週でデニーズやめるんだよ」
「ええっ!ほんとですか?」

結婚したこと、子供ができたこと、将来のこと等々、話が進むうちに、友部くんも単に頷くだけではなく、笑顔がこぼれるようになってきた。退職を決断するまでの心の推移をわかってくれたのかもしれない。

「しかしいいタイミングで来たって感じですね」
「ほんとだよ。一週間後だったら会えなかったもんな」

退職を公表すると、エリアのUM達が梅田で一席設けてくれ、笑顔で送り出してくれた。
店のスタッフ達も早番メンバーが中心になってスナックを借り切り、これまた心のこもった送別会をもってくれた。そして最後の最後に友部くんに合うことができたし、これでもう思い残すことはない。
自分自身にお疲れさん、ご苦労様である。

< あとがき >

 早いもので、“若い頃・デニーズ時代”を書き始めて6年が経ちました。
いいこともあり悪いこともありの10年間でしたが、ある意味“青春真っただ中”だったことは間違いなく、それは私の人生の中でも特別な日々といえるものでした。
 そんなこともあって、ただ回想するだけではもったいない。記憶が薄れる前に文章にしよう。と、ペンを持ったのが始まりです。
 ところが書き始めると、思いがけなく楽しい作業となりました。当時のことが次から次へと浮かび上がり、懐かしさにどっぷりと浸ることができたのです。まるで二十代の自分に戻ったかのように。
 当然ながら文章に書き入れなかったことは山ほどありますし、中には書けない?エピソードも。
 それにしても、過ぎ去ってしまえば、あれだけ劣悪な労働環境下でもがき苦しんだことも、不思議と懐かしい思い出に変わっちゃうから笑えます。
 連載はこれで終了とさせていただきますが、今後も“後日談”としてスポット掲載していく予定ですので、よろしくお願いいたします。
 そしてこれまでたくさんの励ましのお便りをいただき、深く深く感謝しております。
 心より、ありがとうございました。

梅・小金井公園

朝の散歩で町内を回ってくると、いたるところで梅の開花が見られ、春間近を予感させた。
季節を連想する植物は星の数ほどあるが、中でも梅はその代表格といっていいだろう。ランダムに伸びる葉のない枝に、くっきりとした色彩の花弁が付く様は、強い意志表示すら感じてしまうから不思議だ。

朝食を済ませ、リチャードに餌をやると、D600+SIGMA24-105をバックパックに入れ、自転車を漕ぎ出す。行先は小金井公園。

盛大な梅の開花は、途中のサイクリングロードでも見られた。
殆どの樹の下でスマホを向ける人がいるが、気持ちはわかる。これだけきれいに咲き誇っている脇をそのままスルーはできない。
見上げれば青空が広がり、梅とのコントラストが正に春。

向台小学校から左に折れ、鈴木街道を横断して小金井公園へ入る。
ここは井の頭公園と共に度々訪れるお気に入りの場所。何しろ敷地がとても広く、自転車で縦横無尽に走れるところが爽快だ。
梅の咲くエリアはちょうど公園の中央に位置する。車で来ると駐車場の一番西端に隣接しているから便利かもしれない。
遠目でもほぼ満開に近い咲っぷりがうかがえる。
ベンチの近くに自転車を止め、さっそく撮影開始。
平日なのに、見回せばカメラ片手の人は意外に多い。中にはキヤノンの白レンズ、α7等々、本格装備でトライしている人も二人三人といた。
幹には梅の種類を示す札が掛けられていて、とても参考になったが、何より種類の豊富さにびっくり。一見同じように見える白梅でも、札を見れば全部違うものだったりして、撮影とは関係なく、見て歩くだけで興味は沸き立つ。

写真好きな中年男の独り言