バイク屋時代68 心に残るバイク ホンダ スーパーカブ

「だいじょうぶそう?」
「日曜は十時ごろまで寝てるよ」
 K吉は手慣れた様子でロックを外すと、音をたてないようにそ~っと母屋脇からカブを引き出した。朝の七時前だというのに太陽は照り付け、緊張感も相まってすでに汗でびっしょりである。K吉の父親は北口の工場で働いていて、通勤にはホンダのカブを使っていた。
 二日前、通学している小学校のプールでK吉と会ったとき、バイクの話が出てきて、夏休み中に一度乗ってみないかと盛り上がり、今日が決行の日となっていた。釣り好きな俺が、夏休みに朝早く家を出ることは日常である。釣竿さえ持っていれば、どこへ行くの?、誰と遊ぶの?等々、疑われることはなかった。

 道路まで出し、一旦サイドスタンドを出す。自転車とくらべて大きく丈夫そうだ。
「どこで乗る?」
「小学生がその辺でバイクに乗ってたら目立ってすぐに捕まっちゃうじゃんか、だったら学校の校庭にしよう」
「夏休みだけど先生や用務員もいるぜ」
「あの広い校庭だったら逃げ切れるよ」
 あまりに突飛な考えだが、妙に納得する。それにK吉の家は小学校の目と鼻の先だから、誰にも見つからずに乗り入れはできるだろう。
 K吉がハンドルを握り、俺は後ろから押した。カブは軽いので、小学生でも二人で押せば小走りくらいのスピードは出る。ものの一~二分で体育館脇の西門を潜ることができた。日曜早朝の港町に人影はまばら。この日を選んで正解だった。
 一旦、給食棟とプールの間で一息つける。今日は一際暑い。近くにある蛇口を開いて、かわりばんこに水をがぶ飲みする。
 K吉は物凄く頭のいいやつだ。塾に行かなくても成績はいつもクラスで三番以内。勉強ができるだけじゃなく、周囲を驚かせるアイデアマンでもあった。物を作るのが好きで、これまでに乳母車を改造したゴーカート風乗り物、発泡スチロールをふんだんに使った筏、そしてK吉風ピンボール等々、いずれも発想にキラリ光るものがあり、小学生が考案したものとしては抜きん出たレベルだった。

 カブに近づいたK吉は、慣れた手つきでキックレバーを出すと、続いていとも簡単にエンジンをかけて見せた。
「すげー!」
「父ちゃんに教わったんだ」
 シートに座りなおすと、ギアを入れ鮮やかに走り出す。すぐに止まって後ろを振り向き、
「どうだい、乗ってみる?」
「なんもわかんないから、怖いよ」
「大丈夫だって」
 これがアクセル、これとこれがブレーキ、とにかくアクセルはゆっくり開ける等々の説明を受け、いざ跨ってみると、自転車とはまるで違う存在感に圧倒された。それでも憧れのバイクをこれから操作すると思うと嬉しさも湧きたつ。
 ギアを入れ、恐々とアクセルを開けていく。
「うぉっ!!」
 この走り出した時の感覚は、六十年経った今でも鮮明に思い出す。自分の力ではなく、動力を使って走る乗り物を初めて操作した一瞬だ。その後さまざまなバイクに乗ってきたが、あの時の感動を上回ることは一切ない。
 なさけないが、ビビりが入り、直線を20mほど走って終わりにした。そのあとK吉と交代、後ろに乗って校庭を一周したとき、なんか天下を取ったような気分だった。

 K吉は中学を卒業すると、地区でナンバーワンの県立進学校であるN高校へ進学。その後は音信不通だが、あの頭脳と行動力で大活躍していることは間違いないだろう。

昜木屋・Oさんと二人で

 昼前、札幌のOさんからLINEがあり、急遽出張で上京するという。
 さっそく飲み会をセットしようとHさんへ連絡すると、週末はたまの会議やらサッカーの審判やらが入っていて、時間が取れないとのこと。残念だが今回はひとまずOさんと二人で飲むことにした。

 八月一日(土)十八時。三鷹駅の改札で待ち合わせると、北口ロータリーにある居酒屋【昜木屋・ようきや】へ行ってみた。ここは初となる店だ。外からだとカウンターしかないように見えるが、店内に入ると左手にテーブル席が並んでいた。
「二人だけど、あとからもう一人増えるかもしれないんで」
「じゃ、奥のテーブルへどうぞ」
「とりあえず生二つと唐揚げを」
 ちなみに隣にあるたこ焼き屋は、中でここと繋がっていた。
 カウンターに空き二席、テーブルは一席と繁盛している。今日はこの夏一番と思えるほどの酷暑、冷えたビールは染み入るようにうまい。ビールは“お疲れセット”(550円)で注文すると、隣で焼いている熱々のたこ焼きが三個付いてくる。ただ、気をつけて口に入れないと、火傷するほど熱い。

 LINEのアラームに気がつき開いてみると、Hさんからだ。
― 今、雨がめっちゃ降っていて、ちょっと時間が読めないです。
 雨? 窓へ目をやると、稲光まじりの豪雨である。まったく気がつかなかった。
「なっ、すごい雨だぜ」
「うわっ」
 Hさん、こっちへ向かおうとしたようだが、激しい雨降りで足止めを食らっているのだ。まあ、夕立だろうからそのうちやむだろうと思った瞬間、ドッカァ~~~ン!!と近場に落雷。やむどころか、雨脚はさらに強くなり、なんだかんだ一時間近く降り続けた。
 一杯目の生を飲み干したあたりから酔いが回り始め、二杯目を開けるとけっこういい気分。時計を見るともうすぐ二十時半だ。この店は時間制なのでそろそろお開きである。
 再びLINEが鳴った。
― 店の前にいます。
 会計を済ませ、表に出ると、濡れた髪のHさんが立っている。
「今日は会議場まで自転車で行ったんで、さっきまで雨宿りですよ」
 そりゃそうだ。自転車であんな滝のような降りの中を走ったら、パンツまでずぶ濡れになるし、そもそも危険極まりない。
「今日は残念だったけど、また次だね」
 真っ黒に日焼けした顔から、健康的な白い歯をちらつかせるHさん。
「あの~、これ」

 Oさん、ショルダーバッグに手を入れてごそごそやり始めた。恐らく手土産だ。彼は律儀深い男だから、必ずちょっとしたお菓子などを土産として持ってくる。
「ありがとう。でも次からはいいからな」
「それじゃおやすみなさい」
「気をつけて!」
 Oさんは明日十七時の飛行機で涼しい札幌へと帰る。

膝の具合 Part 11 走り方が安定

 右膝の根治は、とうの昔に諦めている。ただ、毎日続けているジョギングのおかげか、状態は安定していて、顔をしかめるような痛みからはおさらばできたようだ。登山の際も一歩一歩注意して歩くことを念頭に置き、四~五時間ほどの行程であれば、よほどの急登や下りが続かない限り、心配ご無用となった。

 ジョギングは武蔵境方面をぐるりと3Km回る。この頃は走り方も安定し、しんどさはだいぶ軽減。むしろ体調のいい時などは楽しく感じる。
 酷暑続きなのでスタートは陽が落ちてから。汗っかきな体質なので、事前事後の水分補給には十分気を使っている。夕方になっても気温が下がらない日は、単に水ではなく、粉末のポカリスエットで500cc分を作り、塩分糖分の補給も忘れないようにしている。
 先日、玉川上水の遊歩道から境橋へ向かっていると、突如黒い雲がかかりだし、冷たい風が吹き出すと共に、遠くの空で、かすかな遠雷が響きだした。これはヤバイと、境橋から六中方面へUターン。自宅までの最短距離を急ぐが、早くもポツリポツリと落ちだしてくる。
 夕立は降り始めたら一気。案の定、いちょう橋から西久保へ入った頃には全身ずぶ濡れになった。
「ただいま~、いやぁ~まいった~~」
「いつも大汗かいてるから同じじゃない」
 同じじゃないが、まっ、そんなもんか。
「早くお風呂入れば。会社から持ってきたビールが冷えてるよ」

 そう、SUNTORYの“MASTERS DREAM”である。貰い物でなければ口にすることはないビールだ。冷やしたジョッキに静かに注ぐと、いつものトップバリュとは異なる香りが鼻腔を満たす。ジョギングして風呂を浴びれば喉はカラカラ。グビッ、グビッと喉を通過していく。
「うまい!!」
「よかったじゃない」
 これを皮切りに夏の晩酌が始まった。庶民のささやかな幸せだ。

バイク屋時代67 心に残るバイク ドゥカティ モンスターS4

 ドゥカティの扱いが決まったとき、嬉しさと期待で心は躍った。それはそうだ、なんてったってドゥカティは憧れだったから。

 モト・ギャルソンへ入社する以前に、静岡県の沼津に住んでいた時期があり、休日は雨さえ降らなければ、愛車ヤマハ・RZ250を駆り、日がな一日伊豆スカを走りまくっていた。
 ある日、快調に飛ばしていると、バックミラーに写った黒い点が見る見るうちに大きくなり、凄まじい排気音を吐き散らしながら、もんどういわずの追い越しをかけられた。スイッチが入った俺は、体をさらに伏せて、離されまいと追いかけた。ところがじわじわと車間は広がるばかり。こりゃ駄目だと諦めたとき、やつは左へウィンカーを出して、吸い込まれるように亀石PAへと入っていった。俺も続き、ちょっと離れた場所へ停めた。黒のヘルメットに黒のツナギと、全身黒づくめの彼が乗っていたのは、同じく黒のドゥカティ900SS。しかもベベルだ。

 当時伊豆スカの常連たちの殆どは、ハングオンスタイルで攻めていたが、彼はシンプルなリーンウィズ。美しいフォームで深々とリーンしていく様は見惚れるほどだった。センスタをかけてヘルメットを取ると、白髪混じりの年配男性である。実にカッコいい。俺もいつかはあんなおやじになって、ドゥカティを操れればと真剣に思ったほどだ。 
 この一件以降、ドゥカティは俺にとって特別なバイクに位置付けられた。
 それから何年かが経ち、国際レース界でスーパーバイク選手権が開催されると、なんとドゥカティ851レーサーは強力なメイドインジャパンの各車を抑え、圧倒的な走りを見せたのだ。これには驚きだけでなく、正直なところ感動で胸がいっぱいになった。
 ちなみに、同じイタリア生まれのフェラーリとドゥカティは、四輪と二輪の差こそあれ、非常に共通点が多く、国民性そのものを具現化した工業製品でもある。息をのむデザインとプレミアム性、独自技術、レース命、そしてイメージカラーがロッソ。両社製品は定量的な評価だけでは語れない、この上なく深い魅力を湛えているのだ。

 ドゥカティジャパン(DJ)の担当営業マンが初めてモト・ギャルソン本店へ訪れたとき、まずは実際にドゥカティに乗ってみて、その魅力を体感してほしいとアドバイスされた。SS900ならデモ車としていつでも貸し出せるとのことなので、早速納入してもらった。
 その戦闘的なスタイルは、ワインディングを連想させ、思わずニンマリしてしまう。さっそく井の頭通りから女子大通り、そして新青梅と走らせてみた。ところが感想を言えば、何とも例えようのない不可解な乗り物だったのだ。正直なところ、ビューエルに親しみ、ツインエンジンの魅力を知っていなかったら、マイナス面しか見えなかっただろう。
 まず街乗りには向いてない。下のトルクが細いので、速度を落とすとすぐにガクガクッと車体が揺れだし、それではとギヤを落とせば今度は神経質なレスポンスになったりと、スロットルコントロールがシビアすぎる。女子大コーナーに持ち込み、S字の切り返しにトライするが、パワーバンドが狭く俺のテクニックではスムーズにクリアできず、思いがけなかったマイナスイメージの連発に落胆したものだ。以前にちょっとだけ乗ってみた、キャブの頃のSS900はもうちょっとましだったような記憶があったから猶更である。
 乗り物としてのドゥカティに難しさを感じつつも、商談はコンスタントに発生し、モンスター900を中心に予定通りの売上を推移した。そして一年が経った頃、センセーショナルなニューモデルが発売された。水冷のモンスター、S4である。

 スーパーバイク916と同型のエンジンを搭載した新生モンスターは、一斉試乗会でも上々の評価を得られ、それまでの人気車モンスター900の商談が殆ど「0」になったほどだ。実際に乗ってみても、空冷900で泣かされた難しさがほとんどなく、ビューエル程ではないにせよ、低中速でのトルクは十分確保されていて、街中でも四苦八苦することはない。ただ、開きすぎたハンドルは改善の余地ありで、案の定、カスタムパーツメーカー各社から、すぐに良好なポジションが得られる製品が発売になった。特にアエラ製のテーパーハンドルはフィット感がよく、うちの試乗車に取り付けると、S4の新規購入者の殆どが、クラッチレリーズシリンダーと一緒にオプションとして取り付けてくれた。
 ドゥカティ製品への印象が打って変わって急上昇し、それではとS4を伊豆スカに持ち込むと、もう笑いが止まらない。初っ端の旧乙女ではまだ操作に慣れてないはずなのに、連続するタイトなコーナーをひらりひらりと自在に操れ、箱スカへ出るとさすがに水冷エンジン、スピードの乗りが俄然いいのだ。ドゥカティ車全般に共通することだが、ブレーキ性能はピカイチなので、どのようなコーナーへでも安心して突っ込め、あっという間に足スカを通り越し、伊豆スカへと入っていった。
 ハンドルをアエラへ交換したことにより、ツーリングでの疲れも殆ど感じず、様々な用途で万能性を発揮できるのではと感じた。三年後にはスーパーバイク996のエンジンを搭載するS4Rが発売され、最高出力も13馬力アップと大幅に向上したが、俺個人としてはS4の方がトータル的に扱いやすいと今でも思う。
 ビッグツーリングの下見で、ヤマハ・FZ750を駆る大杉くんと二人で走った“奥利根ゆけむり街道”を思い出す。中速コーナーが延々と続くこの道は、S4の特性にとてもマッチし、永遠に走り続けたいと思うほど気持ちがよく、メーターの警告灯が点滅するまで、少なくなっていた燃料残に気がつかなかったほどである。

カヤシマ・酷暑はまだまだこれから

「次回はさ、カヤシマって店行ってみよう」
 元常連客のHさんとは、定期的に一献くみあう仲である。互いの住まいが中央線沿線なので、飲み屋はいつも三鷹か吉祥寺界隈になる。
 ネットで見つけたカヤシマは、人気TVドラマシリーズ【孤独のグルメ】の舞台にもなった味自慢の店。昼はランチメニューがそろった食堂、夕方からは様々なアルコールを提供する居酒屋へと変身する。
 七月二十一日(火)。約束の十八時半に到着。今回は人気店ということで予約を入れていたが、見回すと埋まっているテーブルはおおよそ半分。壁や天井には昭和を匂わせるノスタルジックなポスターがいたるところに貼られ、窓際に立てかけられたギターはGibsonのES等々と、オーナーの嗜好と年代がわかりやすく伝わってくる。

「生中と朝日の炭酸割、それと牛筋大根にフライドポテト、かな」
「あっ、鶏皮ポン酢もおねがいします」
 少年サッカーの審判をやっているHさんは、あいかわらず陽に焼けて真っ黒。ショルダーバックのストラップが当たっていたところが汗で滲んでいる。「たまらない暑さですね」とビールグラスを傾けた。
 十分ほどで料理が運ばれてきた。順番に箸をつけていくと、どれもいい味付けだ。味自慢は頷ける。隣のテーブルでは、若いカップルが孤独のグルメで一躍有名になった“ナポリタン”をうまそうに頬張っているが、手に持つのはフォークではなく箸である。

 話が弾み、気がつくとすでに四杯目の炭酸割を飲んでいた。トイレに行くにも足元が怪しい。
「そろそろおひらきにしましょうか」
 Hさんは明日も仕事だ。
 会計を済ませ歩道へ出ると、一気に汗が噴き出る。腕時計を見れば二十一時半。こんな時刻なのに恐ろしい熱波だ。猛烈な酷暑はまだまだこれからだ。

写真好きな中年男の独り言