新しい店のサーチは思いのほか難航した。大崎社長は自称“店探しのプロ”?なので、不動産屋はもちろん、銀行、損保、組合と、広範囲に網を張っていたが、食指が動くような物件はなかなか出てこなかった。ただ、DJとの契約は完了していたので、モト・ギャルソン本店にはすでにイタリアンレッドのドゥカティが並んでいた。妥協してへんちくりんな店で苦戦するよりは遥かにマシである。
「それにしても996ってかっこいいですね~」
常連の大田くんが、コーヒーカップ片手に深紅のボディをしげしげと眺めている。ビューエルコーナーの向かいにドゥカティコーナーを作り、とりあえずスーパーバイク996とモンスター900の二台を展示した。特に996はレーシングスタンドを使うと、そのレーサー然とした美しさが際立ち、俄然目を引く。モンスターもジャンル分けすればネイキッドなのだろうが、フレームを中心にバランスよく配置されたタンク、シート、サイレンサーは、傍に展示してあるヤマハのXJR400と比べると、どうしたって美的なまとまりは数段上だ。
「ドゥカティ、欲しいの?」
「ん~~、今はお金ないけど、一度は所有してみたいな」
よく来店するスポーツバイク所有の常連客に、ビューエルやドゥカティの感想を聞いてみると、興味があるとないとでほぼ半々に分かれた。1992年にホンダCBR900RRが発売されてから、スーパースポーツ好きユーザーは、頂点性能を売り物にしている国産リッタースポーツへと視線が向いているのも改めてはっきりした。それこそ一昔前のGP500マシーンに迫るスペックは、難しいこと抜きに魅力的だ。ただ、ドゥカティのデザインについては、揃って「かっこいいね」が飛び出した。
一方のビューエルも予想以上の健闘である。二年目に入ってからもモト・ギャルソンの販売台数は全国トップを継続し、週末に訪れる常連客の大半はビューエルオーナーと化していた。G GLIDEの会員数は二十名を超え、ツーリングのみならず、飲み会なども頻繁に行われるようになり、仲間の輪は着実に広がっていた。
南伊豆・奥石廊駐車場にて
「こんちわ~」
春先に逆輸入車のホンダCBR1100XXを新車で購入してくれた原島くんだ。
「おうっ、ツーリングの帰りかい?」
「いやいや、ちょっとお話があって」
彼はカスタムに興味があるから、マフラー交換の相談かもしれない。
「どこのマフラーにするか決まったんだ」
「違うんです。実は代替えしようと思って」
「えっ、ブラックバード買って半年ちょっとしかたってないじゃん」
詳しく話を聞くと、先回のビッグツーリングへ参加した際に、刺激的なVツインサウンドを放つビューエルに一目惚れしてしまい、しかも愛車を囲み、和気あいあいとしたメンバー達を見ていたら、どうしてもビューエルが欲しくなり、つい最近発売したばかりのX1に買い替えたいとのこと。
X1 LightningはS1の後継モデルで、発売は1998年9月。ハーレーでいうところの1999年度モデルである。フルモデルチェンジと称して憚らない内容は、エンジン本体がスポーツバイクであるビューエルに最適化された新設計になり、排ガス規制に対応するため、キャブレターからフューエルインジェクション(DDFI)へと変更になった等々、大幅な変更が図られた。実際に乗ってみると、エンジンマウントとフレームの強化によって、コーナリング中の安定感は格段に向上していた。
「ブラックバードみたいにはスピードでないよ」
「いいんですって。それともうひとつお願いがあるんですけど」
「なに?」
「入れてください、ギャルソンに」
原島くん、学校を卒業してからも進むべく道が見つからず、アルバイトをしながらいろいろと考えていくうちに、好きなバイクを扱える仕事がいいのではと、つい最近決心が固まったようである。
「わかった。とにかく社長に話してみる」
「よろしくお願いします!」
小太りで色白、くりっと目が大きく、いかにもいいところの家庭で育ったボンボン。そんな雰囲気剥き出しの彼。大崎社長の好きなタイプではなかったが、ビューエル&ドゥカティの新店要員として採用が決まり、一か月間の研修が調布店で始まった。
調布から本店へ本配属されると、当初の予想を覆す頑張りをみせ、コンスタントに売り上げを伸ばしていった。
「原島くん、けっこう売るね」
「だめですよ。新店要員なんだから」
社長も笑みが出る。もともと原島くんは俺のお客さんだったから、採用に際しては社長にやや無理を通してもらった。だから彼の働きぶりを見てひと安心である。販売に慣れてくると、今度はG GLIDEの世話係を買って出て、ツーリングコースの選定から飲み会の段取り等々、積極的に動いてくれた。いい意味でまだお客さん感覚が抜けていないから、このような仕事が楽しくてしょうがないのだろう。久々に頼りがいのあるスタッフが育ちつつあり、新店への展望が開けてきた思いだ。
外車の色が濃くなるにつれ、当然のように国産ユーザーの店離れが進んだ。独立して修理メインの店を出した近江くんに連絡を入れると、アフターサービス等々を求めて来店してきたギャルソンのお客さんはそれほど多くなく、ほとんどの方たちは他店へ鞍替えしたと見るべきか。致し方ないとは言え、週末ごとに遊びに来てくれた国産ユーザーの面々が、ことごとく離れて行ってしまう現実を目の当たりにすると、言いようもなく寂しいものだ。
そんなある日。社長からまたまたとてつもない話が飛び出した。
「木代くん、こんどね、ハーレーダビッドソン沖縄を出すことにしたよ」
びっくりである。いくらハーレービジネスに勢いが付いてきたと言っても、こう立て続けでは、はたして人員体制やら資金やらが追い付いていくものなのか。三十坪のバイク屋を出すのとはわけが違う。しかも店名にハーレーダビッドソンを冠するということは、正規ディーラーである。
「ハーレーダビッドソンって、それ、LTRじゃなくて正規ディーラーなんですか」
「ふふ」
HDJ社長の奥村さんと取引をしたのだそうだ。
ハーレーネットワークは順調に全国へと広がり、今や都道府県下で正規販売店がないのは沖縄県のみ。これを何とかしたいのが奥村さん。そこで沖縄に明るい大崎社長へ白羽の矢が立ったわけだ。子会社のゴーランドが運営するダイビングショップ“ムーバ”が、一年前に沖縄でプレジャーボートを手に入れ、ダイビングツアーを始めており、開設まで至るに当たって、現地に多くの人脈を作っていた。そんな背景を考慮され、声がかかったのだ。
「でも社長、沖縄ですよ。遥かかなたの店をどうやって管理するんですか。そもそも開業資金は大丈夫なんですか?」
「まあまあ、これがね、いい条件付きなんだよ」
沖縄に正規ディーラーを出店してくれれば、その見返りに調布と東村山の二店を同時にLTRから正規ディーラーへと昇格させるというのだ。新規獲得力や既納客の満足度などを考えれば、これはとてつもなく大きい。当然、HDJとは直接取引となるので、トータルマージンは増え、利益は大幅に増えるはず。しかも正規ディーラー三店舗体制でだ。資金さえ何とかなれば、またとないチャンスかもしれない。
「肝心のスタッフは、だれが?」
「茂雄がなんとかウンと言ってくれたよ」
茂雄とは、大崎社長の長男である。俺が吉祥寺店担当になったころ、ちょくちょく店に遊びに来ていて、メカたちにアドバイスをもらっていたのを覚えている。彼はバイクいじりが大好きで、現在は練馬にある某ハーレーカスタムショップにメカニックとして勤めている。ただ、新店の店長ともなれば、当然バイクいじりだけでは済まされず、人をコントロールしての店舗運営が求められる。
「よかったじゃないですか。まっ、俺はドカとビューエルで頑張りますけど」
「なんだか冷たいね」
冷たいと言われてもしょうがない。頭の中はドゥカティ&ビューエルでいっぱい。これこそ俺の進む道なのだ。