無念

 つい先日、高校時代の友人が亡くなった。
 死因は膵臓癌。昨年に手術を行い、その後は入退院を繰り返していたようだ。一年半ほど前に会った時はすこぶる元気そうだっただけに、何とも複雑な気分に陥る。
 私は医者ではないので断定はできないが、彼は大学を卒業すると、ひたすら営業の道を歩み続け、接待等々、飲みたくない酒を飲むのが常事だった。また愛煙家でもあり、終身やめようとはしなかった。当然強いストレスにも苛まされてきたことだろう。こんな環境が続けばいくら屈強な者であっても成人病へとまっしぐらだ。
 家庭を守り、仕事は定年まで勤めあげ、これから人生の後半戦を謳歌するべくスタート台に立った直後の悲劇だけに、その無念さは計り知れない。
 享年六十八歳。好きだったゴルフや魚釣りはもちろんのこと、生きがいとまで豪語していた女遊びも、まだまだやれたはずだ。

大汗!!白岩の滝コース

 七月二十七日(水)。おおよそ一か月ぶりに山を歩いた。
 気温が高く、終始汗が噴き出るしんどい山行だったが、やはり森の中は別格の居心地だ。馴染みの麻生山へはいつも白岩の滝スタートなので、上り始めはずっと渓流沿いだから涼しくていいが、麻生平の光が見え始める頃になると、瞬く間に熱気が襲ってくる。ポリエステル100%のKappaのポロシャツは、既に乾いた部分が全くない汗みどろ状態。絞れば間違いなくジャーっと滝のようになる。いくら速乾性とはいえ、これだけ汗を吸い込めば、山にいる間に乾くことなんてありえない。ただ、百八十度の視界が広がる麻生平へ出ると、山々を舐めまわす風が体を包み、スーッと冷えていき気持ちがいい。

 空にはいかにも夏らしい雲が広がって、これを眺められただけでも価値ありと思った。そもそも夏の空っていうのはアートなのだ。入道雲をはじめ、うごめく生き物のようだ。夕方になればそれに茜色が加わり、大空はまさにキャンパスと化す。
 麻生山から日の出山に向かう尾根を歩いていると、辺りが急に薄暗くなりはじめた。やばいと思いつつ歩を進めていると、案の定ポツリポツリと落ちてきた。雲の低さと黒さから、夕立並みの雨になるのではと、急いでカッパを取り出すと、殆ど同時に大粒の雨が森を騒めかすほどに振り落ちてきた。一瞬視界が薄れる激しさだったので、山道から逸れ、枝葉が密に折り重なっている場所を探して、暫しやり過ごすことにした。すでに北の空には明るさが戻ってきている。ほんの十分ほどで振りはだいぶ和らいできたので、水たまりを避けながらふたたび歩き出した。

 日の出山分岐まで来ると完全に雨は上がり、新たな青空が広がった。分岐にあるいつものベンチに腰掛け、休憩である。それにしても静かだ。ここまで会った人といえば、スタート直後に下山してきた年杯男性一人だけ。ところがさすがに人気の日の出山だけあって、おにぎりにかじりついていると、二組の親子連れが頂上方面から降りてきた。

「こんにちは。雨、やられませんでした」
「おかげさんで、その時は頂上の東屋で雨宿りですよ」
 どうりで、涼しい顔をしているわけだ。親子連れはそれぞれ別組で、最初に降りてきたのは、お父さんと中学生ほどの娘さん。その後の組がお父さんと小学校中学年ほどの男の子だ。夏休みにお父さんと一緒に山歩きなんて、仲の良さがうかがえる。ふとうちの娘を考えた。虫が大の苦手で、疲れるのは嫌と、女房と全く同じ性分。山へ誘ったことはないが、どうころんでも無理っぽい。あと十年たったら、ラストチャンスで孫娘を誘ってみるか。その時まで山へ入れるように、体を鍛えておかないと。まじめに考えると、こりゃ大変だぁ!!

 白岩の滝コースは、休憩と途中の写真撮りを含めても、四時間あれば回れるハイキングレベルだが、渓流あり、尾根歩きありと、そこそこの変化も楽しめる。体への負担が小さいから、ちょっとした運動不足の解消手段としても刈寄山と並んでおすすめだ。ところが今回、慢性化している膝痛は全く起こらなかったのに、右の股関節に嫌な痛みが出始めた。あそこが治れば次はここと、これも加齢の宿命なのだろうが、ここは真摯に受け止めて、少しでも悪化しないように対策を講じる必要がありそうだ。

元気な方たち・刈寄山

 六月二十三日(木)。休日にやっと晴れ間が訪れた。それも“大晴れ間”だ。午後には気温がグッと上がって35℃に達するという。ただ、午前中は雲が垂れ込め、猛暑など予想もできない過ごしやすい空気感。こうなると森の緑が恋しくなる。時刻を確かめると既に七時を回っていたので、こんな時は馴染みのマイトレーニングジムである刈寄山が一番と、POLOを走らせた。

 睦橋通りへ入るころには、気温も28℃まで上昇、雲の合間から青空も出始め、朝の天気予報が現実味を帯びてきた。それにしても数日前までは梅雨冷さえ感じる毎日だったのに、この大きな変化はやはり体に堪えそうだ。数年前の八月、大楢峠経由で御岳山へ登った際、びっくりするほどの大汗をかいて、下山までに総量4L近くの水を必要としたときのような状況になったら、今の自分が果たして歩き続けられるかどうかは微妙なところだ。
 今日のいで立ちはショートパンツと速乾Tシャツ。素足は虫刺されや恐ろしいマダニの脅威、そして転倒時の怪我等々と、リスクも大きいが、猛暑に対抗するにはこれが一番と判断。遥拝殿からは軽快な足取りでスタートを切れた。

 先回の刈寄山は冬枯れの残る二月上旬だったので、先ずは山中の様変わりにびっくり。緑はより濃くなり、行先を阻むようにこれでもかと草木が伸びだしている。この時点でショートパンツは失敗だったと後悔。脛や腿にその草木が触れて、痛いやら痒いやら。しかも山道のいたるところに蜘蛛の巣が張っていて、顔、腕、脚にくっつき不快この上ない。まるで昨年夏の臼杵山のようだ。やはり山歩きには長ズボンとアームガードは必須。それでも花や小動物が目を楽しませてくれ、生命の季節が到来したことがよくわかる。
 
 今熊神社を過ぎるころからTシャツは土砂降りにでもあったかのようにぐっしょぐしょの汗まみれ。気温も気温だが、それ以上に湿度が高く、予想以上に体力を奪っていく。慣れた山道だし、ゆっくり歩いても往復四時間弱の行程なので不安はないが、やはり実年齢は絶えず念頭に置かねばと痛感。ちびりちびりと頻繁な水分補給を行い、脱水症状にならぬよう気をつける。
 今年からペットボトルの水は買わずに、550ccと1000ccのリバーズのボトルを利用しているが、今回のように35℃に近づく猛暑日には、少なくともあと1000ccほどは必要になってくると思う。

 スタートから人影なしの静かな山行だったが、頂上へ到着すると一組の年配夫婦が休憩中だった。
「こんにちは」
「こんにちは。いきなりすみませんが、ライターお持ちですか?」
「ありますよ。どうぞ」
 どうやらストーブの点火部分が壊れているようだ。
「助かりました。これで暖かいものが食べられます。ありがとうございました」
 このやりとりで会話の口火が切れた。夫婦共々山好きで、特に奥さんは同好会に所属していて、多い時は月に五回も登るという。ご主人はキャリアが長く、今でも夏はアルプスを歩くが、メインの遊び方は“藪漕ぎ”。道なき道を突き進むことが大好きで、ザックの中にはロープも忍ばせていた。そんなことで、山地図に載ってないルートにはめっぽう明るく、今熊神社へ戻るルート上から、金剛の滝へ至る獣道がある等々、鼻息の荒い話が飛び出した。

 ご主人、御年七十六歳、近々喜寿を迎えるという。奥様は恐らく一回りほど下ではなかろうか。元気で仲の良いご夫婦である。
 それにしても大したものだ。八十間近というのに、このパワーはどこから湧き出してくるのだろう。リタイヤしてしょっちゅう山へ入っているとは言っても、凄いことに変わりはない。ふたこと目には「もう棺桶に片足突っ込んでますからね~」を連発するが、その表情からは結構な余裕をうかがえた。

写真好きな中年男の独り言