CELSIUS W520 カスタム

画像加工用のPC「富士通 CELSIUS W520」。
年に一度はケースを開けて丹念に埃の除去を行っている。このPCはカメラ機材と共に、私の写道楽を支える大事な相棒なので、とても大切にしている。かれこれ20年、これまでに画像用のディスクトップPCは、とっかえひっかえ使ってきたが、このW520が最も安定感のある動きを見せ、作業の効率はすこぶる上々だ。
昨年。高い動作環境を求めるLuminar3を導入した関係で、CPUをそれまでのIntel・I3からI5へとバージョンアップ。グラフィックボードもCELSIUSのメーカーオプションリストを参考に「NVIDIA Quadro K600」へと交換したことが、より一層安定感を向上させる決定的な要因となったようだ。
そして今年はさらに手を加えた。メモリの増設である。気に入っている機械だからこそ、更にパワーアップしたくなるのは人情である。
現況でもメモリの搭載量は8GBあって、具体的な問題はまったく出てこなかったが、“Photoshop使い”のサイトを見まわすと、安定した作業を求めれば、メモリは16GB以上積んだ方がいいとの記事が目立っていた。W520は最大で32GBまで増設可なので、とりあえず16GBへと増やすことにした。
メーカーはこれまで使っていたのがサムスンなので、相性を考慮して同じメーカーを選んだ。今度は豪華に4GBの4枚刺しである。本格的にPCを扱うようになったのはWindows98が出たころなので、すでに20年以上のPC歴があるが、メモリを16GBまで積んだのは今回が初めて。どのようなパフォーマンスを見せてくれるか期待は膨らんだ。
ところが、どうせやるならもう少々といつもの悪い癖が出てきて、使い始めて1年しかたっていないCPU(I5)を、この際だからと純正オプションリストにあった「Xeon E3-1275 V2」に交換したのだ。このXeon、発売は2012年と古いが、まだディスコンされていない現役CPUというところが惹かれるポイントだった。Xeonはもともとサーバーマシン用に設計されたもので、一般的にハイパワーなCPUを奢るといえば殆どI7になる。しかしW520はもともとサーバーマシンだから、それ用のCPUは相性がいいはずだし、オプションにもなっている安心感から無性に試したくなったのだ。
今回もヤフオクで探してみたところ、7,500円で良さそうなものが出ていたので、即ゲット。品物が到着すると、何はともあれ即メモリ&CPUの交換作業に入った。

主観での説明ではいまいち伝わらないと思うので、サムスンのSSD管理ソフトである「SAMSUNG MAGICIAN」を使い、デバイスのベンチマークを測定してみた。

Samsung SSD 850EVO 250GBシーケンシャル(MB/s)ランダム(IOPS)
<2.3TB書き込み済み>読み出し書き込み読み出し書き込み
I5 2320+8GB232227485737344677
Xeon E3-1275 V2+8GB350432477714861767
Xeon E3-1275 V2+16GB366134958447264697

この結果を見る限り、CPUの性能差は歴然である。
オリジナルのI3の時はデータを取っていなかったので何ともコメントし難いが、I5とXeonの差は予想していたよりも大きかった。
実際にPhotoshopの起動は速くなったし、プラグインであるLuminar3を使っての変換時間は確実に短縮された。
これだけで現像~レタッチの作業は快適になり、それをやりたいがために写真を撮りに行くという、本末転倒なこの環境が実に楽しいのだ。

若い頃・デニーズ時代 88

とにかく菅村DMには、参ったものだ。
なにからなにまで、すべて自分流に合わせないと気がすまない男だから厄介この上ない。しかし、このような状況に苦しめられているのは私だけではない筈なので、エリアには相当なストレス禍が渦巻いていると思われる。
過度な異動、マニュアルでがんじがらめにされる毎日、理解できない上司、不安定な人員体制、そして先の見えないキャリアプラン等々、デニーズジャパンという会社は、相変わらず心を揺らす要素の宝庫である。

「マネージャー、DMからお電話です」

嫌な予感。

「おはようございます」
「できたか?報告書。どうだよ、内容は」
「結果としては、いまいちといったところですかね」
「なにいってんだよお前。そんなんじゃ営業部へもってけねえだろうが」

この男。データを捏造させる気か。
エリアの改革テーマとして<パンの適正発注>を推進しているが、各店とも成果は芳しくない。だから菅村DMはイラついているのだ。
成果の芳しくない理由は簡単である。それは新発注法を使っても、従来の簡便法を使っても、在庫管理にそれほど大きな差が出ないからである。そもそもデイリーの売上を高い精度で予測するなんてことは不可能に近いこと。天候、キャンペーン、季節変動、近隣の催事、はたまたお客さんの嗜好の変化等々、予測に立ちはだかる要因は果てしない。だからこそ、年間を通して得られたデーターを基にした従来の方法こそ現実的であり、これをわざわざいじる必要などないのだ。
生産性に基づいた新発注法は決して間違いではなく、数式的にいうなら理想かもしれない。しかしその元となる売り上げ予測の精度が上がらない限り、実際的なメリットは出てこない。
そもそも店舗の運営責任者であるUM達は馬鹿じゃない。クックからマネージャー、そしてUM昇進へ至るまでに、これでもかと体を張った経験を積んできているのだ。
モーニングの傾向がパンケーキからホワイト寄りになれば敏感に察知するし、逆にホワイトがだぶつき気味になれば、エンプロイにフレンチトーストや、特に女子にはライスの代わりにトーストを勧めたりと、自然のうちに微調整を行うものだ。もっとも、LCやKHとの連携がうまくできていることが前提になるが、当エリアのUM達はそろってベテランだし、その辺のハンドリングは平均以上のものを持っている。
そんな中、新発注システムと呼称だけは仰々しい愚策を、ひたすら「改革します!やってます!」とアピールを続ける菅村DMであるが、営業部だって報告書をきちんと精査すれば、いかに中身の薄いものかはわかるはず。

「そう仰られても、簡便なパーストックで行ったって、発注精度は変わりませんから」
「変わりませんじゃなくて、精度を上げようっていってんだよ。わかるだろ」
「趣旨はわかりますが、結果的にそこまでつめる必要はないように思いますけどね」
「やっぱわかってねえよ、おまえ」

その言葉、そっくり返してやるよ。
歯車が合わないことは、何もパンの新発注システムに限ったことではない。来店してはオペレーション全般に渡り難癖をつけてくるのだ。人の意見は絶対に聞かない。すべて自分流。何のためのエリア、何のための組織なんだろうか。

「だめだな、あのMD。早く替えちまえ」

阪本紀子へ向けて、不躾な目線を投げつけている。
たしかに阪本紀子は愛想の良いタイプではないが、非常に生真面目な性格を持っていて、一生懸命仕事へ取り組むほどに顔がきつくなってしまうのだ。しかしうちにとっては任せられる数少ない従業員のひとり。その彼女へ対して、その場判断でこのような無礼な発言をするこの男。既に上司とは思えなくなっていた。

関西入りして約1年、秋が深まった頃。日々成長していく絢子の姿を見るにつけ、このままでいいのかと自問自答することが多くなった。
あたりまえだが、家族は一緒に暮らすのが本筋である。ところがデニーズジャパンの止めを知らない出店攻勢は、相変わらず頻繁な異動を生み出していて、ナショナル社員は会社の意向に従い、いつ終わるか分からないジブシーのような生活を強いられていた。よって所帯持ちは家族共々転々とするか、はたまた単身赴任という、厳しい選択肢に悩まされていたのである。もっともナショナル社員を辞退して、エリア社員に収まればそんな心配もいらないだろうが、そこまで考えるならば、“転職”。そう、この言葉がちらつき始める。
独身の頃は、知らない土地へ赴任していくことなど、それほど抵抗もなく、むしろ親元を離れて羽を伸ばせるメリットに惹かれたものだった。しかし一家の大黒柱となった今、もはや羽を伸ばせるゆとりはない。

2020年・年末撮影会

12月に入るとコロナ禍はますますの拡大を見せ、苦肉の策であるGoToキャンペーンを一時凍結。東京都ならびに政府は、年末年始に於ける不要不急の外出は抑える旨を、連日のニュースに露出させた。
何となく後ろ髪を引かれる形となった2020年年末撮影会だったが、行き帰りは車を使うし、行った先々では人気の少ない自然の中ということで、自己納得。年に一度の楽しみを止めることはなかった。
だが、今年も厳しい天気予報が流れていて、富士五湖方面、伊豆方面共々、雨と強風に見舞われる2日間となってしまったのだ。

4:30、自宅を出発。この時点では雲も少なく、これから降りだすのかと疑いたくなるような星空だったが、中央道大月分岐を河口湖方面へ入った途端、パラパラと落ちる雨粒がフロントウィンドウの視界を遮り始めた。河口湖ICを出る頃には本降りとなり、当初は本栖湖方面へ進む予定だったが、急遽御殿場へ降りることにした。

「2年連続の雨とは、日頃の行いが悪かったんすかね」
「かもよ」

先回の年末撮影会もこんな感じのスタートだったので、出鼻をくじかれた感は強かった。

「早いとこチェックインしちゃってさ、一杯やるってのもいいよな」
「ははは、ですね」

とはいっても、この時点でまだ10時である。
ジムニーは、御殿場~三島~下田街道~天城峠と軽快に走り、下田松崎線が目前に迫ってきた。

「次のT字路さ、右行くと松崎、左は下田なんだけど、どっち行く」
「まかせますよ」
「じゃ、久々に爪木崎で水仙でも撮るか」

若干早めだったが、時間調整も兼ねて、下田駅近くの中華料理店で昼食を取ることにした。
例年だと下田の前周辺は、年末年始を温泉で迎えようとする観光客の車でごった返すが、さすがに自粛のシュプレヒコールが効いたのか、びっくりするほど車が少ない。恐らく年末年始のGoToキャンペーン凍結で、多数の予約キャンセルが出ているのだ。宿泊施設を中心とした観光業への打撃は大きいと思われ、案の定、水仙まつり開催中の爪木崎も同様だった。広い駐車場を見回してもガラガラで、出店も一軒のみという寂しさである。

「全然咲いてないね」

水仙も張り合いがないのか、五分咲きまでにも至ってない状況で、白い花が斜面を埋め尽くす従来の勢いは感じられない。それでも1,000円の駐車場代を払ったのだから、元を取らねばと暫し辺りを歩き回る。
まばらな水仙と旬を過ぎたアロエの花には見切りをつけ、たまたま岩場に見つけた黄色い花を撮っていると、すぐ傍にはちょっとした洞窟を見つけたので、躊躇なく潜り込み、なんとか面白い1枚を切り取ろうと躍起になった。
そもそも年末撮影会は真剣な作品づくりの場ではない。いわば同好の士が集う忘年会であり、お祭なのだ。1年間の写真活動の締めくくりに、飲んで食べておしゃべりして、その前後にちょこちょこっと撮影を楽しめれば大満足!これがイベントの趣旨なのだ。

浮島海岸の大屋荘に着いたのはちょうど15時。
温泉に入って、ちょこっと一杯、そして夕陽の撮影の準備に取り掛かるというのが本来だったが、午後から強くなりだした風は、もはや烈風と化し、撮影どころか、海岸にも近づけない状況になっていた。
ここはあきらめるしかなく、夕方早々から酒盛りが始まったのである。

翌朝。障子を開けると、雲ひとつない青空が広がっていた。ただ、依然と風はやむことがなく、夕方に予定している田子の浦からの富士山撮りが心配になった。

「西海岸はパスしよう」
「じゃ、どこ行きます?」
「かなり走るけど、白糸の滝に行ってみない」
「OK。時間はたっぷりあるからね」

沼津まで行けば、あとはR1バイパスに乗ればいい。ここは十中八九流れるから、富士まではあっという間だろう。更に富士からは西富士道路一本だ。

富士に訪れると思い出す。まだ中学1年の頃、親に買ってもらった5段ギア付きのスポーツ自転車を駆り、友人と3人で挑戦したのが白糸の滝。自宅から片道42km、標高差約500mのゴールは今思い出しても遠かった。若かったとはいえ、真新しい自転車で真夏の灼熱ロードをフルマラソンの倍の距離を走り切るのだから、しんどいことこの上ない。長い上り坂をクリアし、白糸の滝に着いた時は、ひたすらジュースを買って飲みまくったものだ。

十数年ぶりになる白糸の滝は、相変わらず豊富な水量で見る者を圧倒した。昔はなかった展望台も設置され、ここからは滝と富士山を同時にファインダーへ収めることができるのだ。ただ、残念なことに午後の斜光が強く、富士山に露出を合わせると、滝周辺は真っ暗になってしまう。時間帯を考慮し、ハーフNDは必須ということで再度望みたい。
この後は、最後の撮影地である「田子の浦みなと公園」へと向かった。

みなと公園は、富士市の製紙工場越えの富士山が撮れることで有名なところで、いわゆる工場夜景のメッカになっている。

「だめだめ、風が強すぎる」

公園のシンボルである富士山ドラゴンタワー。丘の上に立つ約38mからの眺望は抜群だ。ところがあまりにも強い風で、三脚に安定感がない。辛うじて立てたとしても、重り等の固定処理をしなければ、この風では長いシャッター速度は使えそうにない。あきらめて運河沿いまで降りてきたが、ここでも風は相当なもの。
夜の帳が下り始めるのを待って試し撮りを行ったが、モニターするとブレのオンパレードである。

「ここでも駄目だ。ISO上げなきゃ撮れないよ」
「ISO800でぎりぎりかな」

過去の年末撮影会を振り返っても、これほど撮影コンディションに泣いたことはなかったように思う。
本音をいえばもう少し撮りたかったし、何より浮島の夕陽を見たかった。
しかし欲をいいだしたらきりはない。年末撮影会はあくまでもお祭りであり、Tくんと私にとっては楽しみな忘年会なのだ。
2020年。振り返れば本当に色々なことがあったが、頑張ってやり通せた自負はある。
アルコールに弱くなり、すぐに眠くなってしまう私。ふたまわり太って、降圧剤も飲むようになったTくん。
とにかく健康だけには留意して、また来年も無事に年末撮影会を迎えることができればと祈るところだ。

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