生藤山・花の山

 二か月ぶりの山行である。春めいてくると気持ちがうずうずして、膝問題や花粉アレルギーがあろうとも、自然と山へ目が向くようになる。
 四月十一日(木)。季節に合わせようと、桜の山として広く知られている上野原の“生藤山”を歩いてきた。

 生藤山は山稜上の小さなピークで目立たないが、山頂に達する登山道に桜の木が多く、四月中旬には登山客でいっぱいになる。(山と渓谷オンラインより抜粋)

 そう、生藤山はズバリ今が旬のはず。どれだけ賑やかな雰囲気を味わえるかと期待は膨らんだ。ところが週末には満車必至と言われる県立鎌沢駐車場に車の影はなく、さらには10Km弱の行程をすべて回りきったが、見かけたハイカーは五名のみ。肩透かしを食らった感じではあるが、今年は桜の散るのが早かったことと、カビが原因とされるテングス病被害が大きく出ているという問題が重なったようなのだ。

 駐車場を出発すると登山口までは舗装路の急坂が続いた。膝に負担をかけぬよう歩幅を小さくしているので、ちょっとした距離でもやたらと時間がかかる。
 桜のプロムナードまでくると、なるほどテングス病によるものか、本来は桜並木になるはずのところが、見れば一本の樹木に対して開花はほんのわずかしかなく、被害の深刻さをものがっていた。

 地味な上りが延々と続くが、山道はよく整備されているので不安はない。しばらく行くと三国山に到着。ベンチで年配男性が休憩中である。こちらもタイミング的に小休止とした。二言三言話をすると、調布市在中で登山は月に三~四回出かけるという。しかも今日は陣馬山まで回るとのこと。
「いやぁ~健脚ですね」
「ははは、そんな大したもんじゃないですよ」
 若い人ならいざ知らず、いやいや、実に大したものだ。

 生藤山の頂上直下は岩登りチックな急登が待っていた。こんな時はトレポが邪魔だ。左手をフリーにして一気に登る。
 ここにもベンチがあったので、ちょっと早いが昼食にしようと、ザックを下ろして中身を出す。今回は久しぶりに好物の“カレーメシ”を持参した。
 ところが、
「あれ?」
 スプーンを忘れた。
 代用できるものを考えてみたが、なかなか手ごろなものが思いつかない。じかに口へ流せば火傷必至。あきらめて菓子パン二つとプロテインバーのみで済ませた。これだけでは間違いなくあとで腹が減る。

 生藤山東峰の急坂を下ると、今度は気持ちのいい尾根が続いた。桜は残念だったが、初夏を思わせる芽吹きが山全体に緑のアクセントを与え、小さな花々がいたるところに開花している様は、季節の移り変わりを強く感じさせるものだ。それとラッキーだったのはカタクリを発見したこと。可憐な花弁は心身ともに癒される。

 道標に従い和田へ下っていく。せせらぎが聞こえ始めると間もなく集落に入った。どこの家も桜を中心に様々な花のつく木々を植えているので、とても明るく賑やかだ。道端にはしっかりした無料休憩所も建てられていて、観光への配慮が垣間見れる。

 花粉アレルギーと膝痛にはやられっぱなしだったが、やはり春先の山はいいものだ。GWを過ぎると低山は徐々に熱波が押し寄せてくるので、近々にあと二座ほどは回ってきたい。

歩行距離:9.3Km
所要時間:5時間18分

河津桜と伊豆の山々

 なかなかすっきりと治らない右膝痛。発症当初よりは良くなっているが、その歩みはあまりに遅く、苛立ちを覚える。
 そんなことで、とりあえずどのあたりまで我が右膝は耐えられるのだろうかと、見切り発車を決断。そう、逆療法、荒療治である。症状が悪化したら下山して整形外科へ飛び込めばいいと、毎年恒例の河津桜撮影行へ、山歩きを二本組み入れてみたのだ。
 日程はいつも通りの一泊二日。宿は松崎伊東園ホテルに予約を取った。スケジュールは以下の通り。
 二月十三日(火):青野川で河津桜撮影。その後、高通山(標高519m)へ登頂。
 二月十四日(水):長九郎山(標高995.7m)登頂

 いいか悪いかは別として、伊豆縦貫道が拡張したことで、南伊豆は本当に身近になった。ひたすらハンドルを握り、前方に注視していれば、あっという間に下田の町に到着、疲労感も格段と小さくなった。
 昼飯は南京亭の炒飯と決めていたが、着いてみると駐車場は満杯。更には店頭にウェイティング客の姿もちらほら。時計を見れば午後一時。ランチピークは過ぎているはずだと、カチンときたが、飲食店を探している時間的余裕はなかった。致し方なくセブンで食料を調達した。
 はやる気持ちを抑え、“みなみの桜と菜の花まつり”の会場へと向った。他県ナンバーがやたらと目についていたので、ちょっと嫌な予感がしていたが、見事的中。平日なのにメインの駐車場三カ所はすべて満車。たまたまだが、最初の駐車場へ戻ってきたとき、満車の看板が見当たらなかったので、ウィンドウを下ろし、顔を突き出して声を放った。
「空いてます?」
「どうぞ!」
 平日なのにこの混雑ぶりはなに?!完全に想定外である。

 さんさんと降りそそぐ陽光に河津桜は眩いばかりに輝いていた。正真正銘の満開だ。ただ、近くに寄ると花弁はやや萎び始めていて、いいころ合いに来られたと胸をなでおろす。それにしても天気が良すぎるのか、気温が異常に高い。持参したウィンドブレーカの出番は最後までなかった。一時間弱で撮影を切り上げると、そのままR136を走り、高通山へ向かった。

 車が多かったのは下賀茂まで。その後は快調に飛ばし続け、三十分弱で登山口のある“雲見地区ふれあいパーク駐車場”に到着。さっそく出発準備にかかったが、はたして右膝は最後まで耐え続けられるのか。
 高通山は低山には違いないが、スタートから延々と階段が続き、しかも平らなところが殆どない急登の連続である。いきなりの高負荷は当然膝に厳しいが、同時に心臓も踊りだし息が荒くなる。鈍痛が早くも出てきて、こんな低山で!と、落胆。なるべく痛みを抑えるため、ペースを極端に落とし、特に右足を接地するときには優しく足の裏全体に体重をかけるよう集中した。
 中盤になると背中いっぱいが汗びしょになった。ただ、森の中なのにけっこう風が通っていて、フリースを脱げば今度は冷えすぎるはず。この辺のレイヤリングは難しい。
 頂上へ出ると案の定強い風が吹き荒れていた。ところがここも気温が高く、撮影中もウィンドブレーカーを着用することはなかった。楽しみにしていた富士山は、残念ながら雲に覆われていたが、広がる駿河湾と西伊豆の荒々しい海岸線は何度見てもいいものだ。
 一応予定どおりに下山までこぎつけ一安心。鈍い痛みは出ていても、酷くなった感じはなく、流れ的には快方へ向かっていると実感。明日の長九郎山もなんとかやれそうと、ホッとする。

「久々に行ってみるか」
 ホテルから歩いてすぐのところにある食事処“民芸茶房”は、これまでに何度も利用したことのある馴染みの店だが、夕飯時に訪れるのは十五年ぶりだ。
 なのに、
「ありゃ~、やってない」
 店内真っ暗。午後五時半でこれでは、臨時休業かもしれない。ここはそもそも定休日はなく、不定休となっていたので、たまたま当たってしまったのだ。刺身定食、食べたかったぁ~
 さて、猛烈な空腹にせかされ、急いでホテルへ戻ると、今度は車で仁科に向かった。歩いていけない距離でもないが、腹が減りすぎて脚に力が入らない。行先は大好きな“ぱぴよん”。この店の何の特徴もない、家庭で揚げたような豚カツが、実は旨い。ぱぴよんへ来たら、だいたい豚カツ定食か生姜焼き定食を注文する。

 翌日はホテルを七時過ぎに出発。昨日に引き続き、朝から青空が広がり、否応なしにテンションが上がった。
 R136から下田松崎線へ入り、しばらくして山へ向かって左折。延々6Kmほど曲がりくねった道を上がって行く。車止めが見えると左側が大きな駐車場になっていた。見回すと車はおろか人っ子一人いない。今日は貸し切りになりそうだ。
 ブーツに履き替え足踏みをする。調子は悪くない。宝蔵院へと上がる石段では多少の鈍痛が出たが、脚の運び方を工夫すれば、昨日より痛みは小さい。
 上りきると眼前に無数の苔むした石仏が並び、一気に写欲が湧きたった。一体一体の表情が無性に興味を引く。あとで調べると、ここは「伊豆横道三十三観音」の第七番霊場になっているとのこと。
 境内を抜けると、凛とした空気感のある森が待っていた。ちょっと奥多摩の鶏冠山のスタートに似ているところがあり、歩きやすく優しさを感じる森は好感度抜群。難しいこともなく、ひたすら歩くにはこの上ない。
 膝の具合はよく、なんだか気持ちが弾んでくる。
 小さなアップダウンを繰り返すと、新たな道標が見えてきた。
 <長九郎登山道・健脚コース>と記してあり、見上げると尾根に向かって道はいきなり急坂になっている。よっしゃぁ!と褌を締めなおしたが、歩き始めるとそれほどきつくない。やはりメンタルが上向きになっているからだ。
 三時間弱の行程を経て到着した長九郎山の山頂。傍らには頑丈そうな造りのスチール製鉄塔が十五年前を思い出させる。
 準備もろくにせず、なめてかかった低山での脱水症状。脚がどうにも重くなり、古い切り株へ腰かけて体力の回復を待とうと目をつむった。しばらくした時、ふと動物のうごめく気配を感じ、恐る恐る周囲を窺うと、突如谷側斜面から黒い物体が恐ろしいスピードで駆け上がってきたのだ。腰を抜かしたが、目線はそれを追っていた。正体は猪。まさに鼻先を通過し、山側斜面へと吸い込まれるように姿を消していったのだ。

 鉄塔からの眺めは言うことなしの百点満点。富士山の雄姿から始まり、伊豆の山々、南アルプス、大海原とダイナミックな光景が三六〇度から迫り、しばし見惚れた。これまでの疲れはすべて吹っ飛び、この二日間の素晴らしい締めとなった。右膝も大事に至らず、ホッとすると同時に、何とか今年も山歩きを楽しめそうだと思うと嬉しくて、昨今あまり耳にしない言葉を、富士山へ向かって思いっきり叫んでみたのだ。
「ヤッホォ~~~!!」

 腹がグーグーと鳴り響き、下山後はまっしぐらに仁科の“河津屋食堂”へと向かった。昨年末の恒例撮影会で、立ち寄った際に食したのが看板メニューの“肉丼”。こいつにやられた。ラーメンとのセットで千円(税込)はお値打ち感あり。個性的な若社長不在は残念だったが、女将さんが作ってくれた肉丼&ラーメンは変わらずの味わいで、箸が進んだ。どうもごちそうさん。

 逆療法、荒療治は、あながち間違いでもなさそうである。帰宅後、膝の動きに軽さが加味され、痛みも明らかに薄らいできたように感じる。これからは無理をせず、少しづつ様子を見ながらウォーキングの負荷を増していき、元の膝に戻れるよう努力したい。 

春の息吹・吾妻山

 “早咲きの菜の花”。
 朝起きてスマホのニュースをスクロールしていたら、こんなキャッチが目に留まった。冬本番はこれからというタイミングに、春を想起させる文言に出会うと、途端に体の中で小さな暖が生まれた。
 文を追っていくと、神奈川県の二宮町にある吾妻山公園にて、【吾妻山 菜の花ウォッチング2024】と称するイベントが開催中で、公園の主体である、標高136.2mの吾妻山山頂部分の菜の花畑が見頃を迎えているようだ。しかも山頂は三六五度の展望があり、富士山や丹沢の山々、そして相模湾へ目を向ければ、海に浮かぶ伊豆諸島の島々が見渡せるとのこと。

 一月二十六日(金)九時。小田原厚木道路を使えば、現地まで一時間半だろうと、遅い朝食を済ますと、すでに充電済みのα6500をバッグに入れ、POLOに乗り込んだ。ウェザーニュースから快晴且つ微風との予報が出ていたので、急遽撮影へ出かけることにした。


  サイトに記載のあった、ラディアン花の丘公園脇の無料駐車場に到着。周囲を見回すと、目の前に小高い丘、右手には散策路の入口を指す標識を見つけた。
―ここなのかな。
 イベントを行っている割には辺りが静かだし、駐車場にも自分のPOLOを含めて五台のみ。
―平日はこんなもんだろう。
 いつもの悪い癖は自覚しつつ、脚は勝手に散策路へと向かっている。


 結果から述べると、吾妻山とは全く異なる丘へ足を踏み入れてしまったのだ。それほど考えなくても、“ラディアン花の丘公園脇の無料駐車場”に車を止めたのだから、その裏手にある丘は吾妻山ではなく、ラディアン花の丘だと普通の人だったら分かるはず。
 ここでも“山のロスト王”は健在だった。

「ちょっとお尋ねしますが、吾妻山の登山口っておわかりですか?」
 丘を一周して一般道へ降りおりると、右手から四十代と思しき女性が坂を下ってきたところだった。
「駅の方になりますね」
「駅って、二宮の?」
「そうそう。ここから十五分くらい歩きますけど、途中までご一緒しましょうか」
「ありがとうございます。助かります」


 国道七十一号線が二宮の町を東西に分けているが、ラディアン花の丘は東側、肝心な吾妻山は西側だったのだ。無料駐車場のマップコードをカーナビに入れるだけではなく、サイトに載っていた地図も確認しておけば、こんな無駄足はなかったのだ。生まれ持っての早とちり癖は中々治らない。

 吾妻山の登山口は三カ所あったが、ロスタイムが出ていたので、最短で頂上へアクセスできる梅沢口を選んだ。低山でも相変わらず右膝の痛みが解消してなかったので、カタツムリの如くゆっくりと歩を進めたが、それでもズキズキくるから、いささか腹が立つ。症状が出て、すでに二か月が経とうとしているのに……


 頂上広場へ到着すると、サイトに記載されていたとおりのワイドな眺望と、平日とは思えない大活況にびっくり。小学校低学年の遠足から、観光ツアーと思しき二十数名の高齢者団体まで、ざっと見まわして百名以上がうごめいている。さすが“関東の冨士見百景”に選ばれるだけのことはある。


 頂上での撮影がひととおり終えると、下山は駅近くへ出られる役場コースを選んだ。周囲には菜の花だけでなく、梅やスイセンも開花していて、まるで山全体が春の息吹に満たされたかのようだ。