西湖から眺めた富士山

富士山

皆に愛され、皆がレンズを向ける富士山。私もこれまで様々な富士山を撮ってきたが、その雄大で美しい姿は眺める度に姿を変え、常に新たな魅力を放ち続けている。とうぜん被写体としての可能性は無限大であり、写真はもとより、あらゆる芸術に対して多大なる影響を及ぼしていることは歴史が証明している。

さて、写真仲間が楽しみにしている“恒例年末撮影会”。実施前には宿泊地や撮影ポイントの打合せがあり、この段階からイベントとしての盛り上がりを見せる。
但、参加者に希望を募ると、毎度、

「おまかせします」

とくる。

「そっか、それじゃ今回も宿泊地は寒くない伊豆だな」

こんな流れで十数年間、変らずの場所に落ち着いてしまうのだ。
ところが撮影ポイントの話に及ぶとちょっと様子が変ってくる。

「やっぱり富士山は撮りたいかな。あとはおまかせでいいけど」
「朝霧に入る手前も魅力だよね」

これは分かる。
その年を締めくくる撮影イベントに富士山は最も相応しい被写体だからだ。
山中湖北岸、三国峠、西湖、本栖湖、朝霧高原、富士山スカイライン、伊豆半島西海岸等々、これぞと思う画を求め、何度となくトライはしているが、納得できるものは意外や少なく、何れもベタで面白さに欠けてしまう。しかしそんな中、6年前に西湖からレンズを向けていたときの出来事は興味深かった。沸き上がってきた雲や、その隙間から差し込む光りの影響で、それまで平凡だった富士山に自然の絵筆が加わり、瞬く間にPhotogenicな光景ができあがったのである。
連写したのは言うまでもなく、無我夢中で10枚ほど撮った中の一枚が冒頭の写真だ。

関東の奥入瀬・照葉峡

照葉峡

“関東の奥入瀬”、それが照葉峡のキャッチだ。
数年前、バイクツーリングを頻繁に行っていた頃に見つけた渓谷で、危険な脇見運転までも誘発するその美しい流れは、一度写真撮影で訪れる価値ありと瞬時に感じたものだった。
奥利根ゆけむり街道に沿って延びる渓谷は、本場の奥入瀬と較べれば規模も画的深みも30%といったところだが、力感と美が強力に張り出す本家奥入瀬に対して、親しみやすい要素である、光、虫、花、臭いが心を和ませる照葉峡は、子供の頃の心象風景であり、汗を流して遊びに遊んだ夏を彷彿とさせたのだ。
岩にしがみつき川の流れを撮ろうとしたらレンズの上にトンボがとまり、茂みの中へ入り込めば草の臭いが全身を覆う。そして左岸の森には蝉時雨がわき起こり、ふと空を見上げれば、真夏の象徴である入道雲がむくむくと青空キャンパスを覆っていく。
これが無性に嬉しかった。

照葉峡の総延長は10km弱にも及ぶが、その間にこれといった駐車場はない。幅員に余裕のあるところを見つけては路肩に車を停め、そこから沢に降りるポイントを探すという地道なプロセスを繰り返す。注意しなければならないのは紅葉時期だ。赤や黄の見事な景観を撮ろうと、写真好きが休日平日問わず大挙押しかけ、数km走っても駐車スペースが見つからないなんてことが屡々起きる。

一旦車へ戻って水分補給をしようと道路へ上がっていくと、首からカメラを提げた年輩女性二人が、沢の様子を窺いながらこちらへと近付いてきた。
いきなり草むらの中から現れた私にちょっとびっくりした様子だったが、互いのカメラで同好の士と安心したか、

「あら、こんにちは。そこから下へ降りられるのですか」
「ええ、だけど足元が悪いから気をつけた方がいいですね」

彼女達は高崎市に住んでいて、古くからの写真仲間。持っていたデジイチが入門者向けのEOSKissだったので、写真を初めてまだ日が浅いと思ったら、既に20年を超えるキャリアがあり、つい最近になってフィルムからデジタルへと切り替えたとのこと。
人生の後半戦で仲間と趣味を楽しめるなんて、これ以上ナイスなことがあるだろうか。

炎天下の元、3時間に及ぶ照葉峡歩きはけっこう体にきつかったようだ。下流で見つけた日陰の駐車場ではついうとうととしてしまった。両サイドの窓とサンルーフを全開にし、山間の涼しい空気を車内へ流し込めば、これも無理のないことか。

西久保公園

西久保公園

二日間の連休は生憎の空模様となってしまったので、ここは休養に徹することにした。なぜかこの頃疲れが抜けることがなく食欲や気力も衰退気味だ。単なる疲労の蓄積なのか、はたまたどこか内臓でも悪いのか、何れも定かでないが、これまでに経験したことのない体調であることに間違いはなさそうだ。
この朝も少々怠さが残っていたが、NHKの連続テレビ小説「まれ」は見逃せないので、8時前には起床しTVの前に陣取った。世界一のパティシエを目指し、横浜で厳しい修業にトライするうら若き女性の物語にはついつい見入ってしまう。
朝食後、一旦は朝刊を広げてみたが何となく気乗りがせず、近所の西久保公園に咲くアジサイでも眺めに行こうかと、V2を片手に家を出てみた。

この西久保公園、実は旭化成の社宅跡地であり、遙か昔、私が小学校へ入学する頃は立派な建物が何棟も並び、企業規模の大きさを誇示するかのような雰囲気があったことを覚えている。
そしてここへ来ると、胸にチクリとくる“事件”を思い出すことがある。

小学校入学後、最初にできた友達“瀬戸くん”はこの社宅に住んでいた。
ある日彼の家に遊びにいった時のことだ。

「いいもの見せてあげる」
「なに」

差し出されたものは、虫籠に入った小さな蛇だった。
焦げ茶でテカリを発するきれいな体表が印象的で、見た瞬間から釘付けになってしまった。

「凄いね!」
「お父さんが捕まえたんだ」

そんな大昔でも、近所で蛇を見ることは珍しかった。トカゲやヤモリは屡々目にすることができたが、蛇は探して探せるものではなかった。
小さい蛇は篭の中で動き回り、どこかに隙間があれば脱出を試みそうな雰囲気を感じ取れた。
観察を続けるうちに、なぜかふとある思いが閃いた。
篭の中でなければどの様な動きを示すのだろうかと、、、

「篭から出してみない」
「やだよ、逃げられちゃう」
「こんなに小さいし、僕たち二人が囲んでいれば大丈夫だよ」

最初は頑なに拒否していた瀬戸くんだったが、徐々に私のアイデアに頷くようになり、終いには社宅の庭に放ってみることにも同意した。
私と瀬戸くんが向かい合ってしゃがみこみ、その真ん中に篭を置いてそっと蓋を開ければいくら蛇でも逃げ通せることはないのだ。

「大丈夫かな」
「こうして囲っているから平気だよ」

緊張が走る指先で、ゆっくりと蓋を開けた。
とその時である。
小さな蛇はそれまで一度も見たことない俊敏な動きを見せ、あっと言う間に近くの生け垣の中へ姿を消したのである。

「うわー、どうしよう」
「探そう!」

いくら俊敏だって今の今だ、それほど遠くへ行けるわけもない。
急いで生け垣を両手でかき分け蛇の行方を追ったが、呆然とする我々をよそに、既に蛇は完全に気配を消していた。
それは一瞬の出来事だった。
気が付けば、傍で肩をふるわせ、しゃくり泣きをする瀬戸くんの声だけが、いつまでもいつまでも頭の中を回っていたのである。

写真好きな中年男の独り言