調布市・小型機墜落事故

墜落事故

7月26日(日)。調布市で起きた小型飛行機墜落事故。警察の捜査が進むほどに、航空会社そして調布飛行場等々のずさんな運営管理が露わになるという、憤慨この上ない内部事情に世の中の厳しい目線が集まっている。

調布飛行場は職場の目と鼻の先にある。この日、ショールームでお客さんと談話していると、突如味の素スタジアムの東側に黒い煙が立ち上がり、その尋常でない様に、何らかの事故ではないかと直感した。

「あの煙、味スタの広場から上がってるぞ」
「カートがクラッシュか?!」

味パンダ広場ではフォーミュラバトルというカートスクールが定期的に開校されているので、最初はそこで何らかの事故が起きたと思ったのだ。
ところが数分も経たないうちに夥しい数の消防車が集結し始め、これはカートレベルなどではなく、明らかにもっと大規模な事故によるものだろうと、先ずは手元にあるPCでYaHooニュースを開いてみたのだ。
そこのトップに掲載されていたのが今回の惨事である。

墜落の原因は分からない。しかし、調布飛行場では禁止されている筈の遊覧飛行が、パイロットの訓練と称して日常茶飯事で行なわれていたこと、提出されていたフライトスケジュールでは必要としない多量の航空燃料を積んでいたこと、当該機を含め全ての保有機に対して慢性的な整備不足があったこと等々、〝果たして運営管理は存在したのか?!〟と疑ってしまうような、どす黒い要素が次々と明らかになってきたのだ。これはどうみても起こるべくして起きた【過失】と言わざるを得ない。

〝これまでなかったのだからこれからもない〟

もしもこんな身勝手きわまりない風潮があったとしたら、これは紛れもない犯罪だ。
日常生活の頭上を飛び交う航空機と道路を走る車とでは、危険を考える上での尺度があまりに異なる。道路にはガードレール、防護壁、更には民家との間に壁がある。一方、空へ向けては風雨を凌ぐだけの屋根しかなく、大きな質量へ対しての防御力はあまりにも小さい。

〝機械は壊れる〟

これ、真理。
私もオートバイ業界に30年近く従事している経験上、機械というものに対し、様々な角度から接し考えてきたつもりだが、世界で最も生産クオリティーが高いといわれるホンダのバイクでさえも、壊れる時は壊れるのだ。
だからこそ、日頃の車体管理が何より大切であり、壊れる前に先手を打てる環境作りこそが安全運行の基本になる。

事故後、プライベート飛行は禁止されたというが、今でも定期便運行は従来通りに行っている。
近隣住民の恐怖心と複雑な胸の内は十二分に分かるところであり、関係各所には〝機械は壊れる〟という考え方、そして眼下にはノーガードの市民生活があるとの現実を再度噛みしめていただき、真摯な運営管理の構築を心から願うものである。

若い頃・デニーズ時代 5

新社会人となり、早くも二週間が経った。小金井北店での生活にも良い意味で慣れが出始め、上司から細々とした指示を貰わなくとも、ほぼ一日の仕事を各自が能動的に取り組めるようになってきた。
但、同時に能力の差や仕事への意欲については、明らかに個々に差が見え始め、特に山口に関しては就労続行に危うさが感じられるようになってきた。

「春日さ、なんでスノコをそこまで白くするんだよ」

スノコはキッチンの床に敷くものだ。油が飛んだり食材が落ちたりと、その汚れ方はけっこう酷く、衛生上のことを考慮して、各シフト毎の磨きと交換は厳密なマニュアルとなっている。
フォワードという青い液体洗剤を使って、デッキブラシで表裏をごしごしとやるのだが、この作業はけっこうな力仕事。スノコの材質は木材だから油汚れは染み込んでしまう。だから表面だけ簡単にサッサとはいかず、何度もフォワードをつけては力いっぱいにゴシゴシとやらなければならない。
充分に汚れを落としたら、あとは外で乾かす。

「なんだよいまさら。ここまできれいにしろって教わっただろ」
「だけどさ、、、」

やる気の無さ、見え見えである。
山口のスノコ磨きは私や春日の倍の時間を費やして仕上がりは半分といったところだ。これについては何度も先輩クック達に注意されているのに、なぜかこの様な愚問が出てくる。

「ハンバーグは解凍するだけだしさ、毎日便所掃除だし」
「なに言ってんだよ、今はスノコの話をしてるんだろ!」

ファミレスはどうせレンジで“チンッ”だろと冷ややかに見る人は多い。実は私もその一人だった。
ところがこうして現場に入り、ファミレスの舞台裏が分かってくると、理にかない、安全で美味しく、そして限りなくシステマチックな現代のレストランマネジメントが明白になる。
“食い物屋は料理”という発想だけではファミレス戦略の核は見えてこない。もちろん料理は最前面に違いないが、それを彩る様々な付加価値を盛り込むことによりリピーターを増やし、その延長として固定客化を計っていくのだ。きれいで居心地の良い店内、何倍でもおかわりのできるアメリカンコーヒー、そして笑顔いっぱいのスタッフ等々、味だけで勝負を掛けるそれまでの食い物屋とは一線を画く世界がデニーズにはあったのだ。

それから一週間後、たまたま加瀬UMと山口が事務所の中で向かい合っているのを目にした。
何やら深刻そうなので、足を止め、様子を窺おうとすると、

「おい、なに覗き込んでるんだ」
「あっ! 濱村さん」

いきなり背後から声を掛けられ、びっくり仰天。
濱村さんは一年先輩で、つい先日UMITの辞令が出た、同期では出世グループに属する有望株である。まあ一年先輩といっても、私は大学を留年しているので、年齢的には同級であるが。

「いや~、なんか気になっちゃうんですよ」
「ははー、山口のことか」

この頃ではアルバイト達も含めて、山口は続かないのではとの話題があちこちで出ていたのだ。だらしない奴とは感じていたが、いちおう研修センターから一緒にやってきた仲間なので、心配でもあったのだ。

「辞めるみたいだよ、彼」
「やっぱり」
「うちの仕事にだって向き不向きはあるけど、判断、ちょっと早いかな」

私も駆け出しの社会人だが、入社してひと月もしない間に、この仕事が向くか向かないかなんて絶対に分からないと思った。退職の理由に、仕事内容、対人関係、肉体的問題、その他諸々があったとしても、これは逃避以外の何ものでもなく、熟思の上での判断とは言いがたい。
“石の上にも三年”という言葉があるが、せめて1年間位は馬車馬となって突き進まなければ、見えるものも見えてこず、人生を泳ぐ為のTipsやノウハウの類はひとつも得られない。
難しいことは考えず、スノコ、トイレ、窓はとにかくぴかぴにすることだ。

「そうそう、マネージャーから直接話があると思うけど、君たち来週からクック始めるからね」

いよいよか。

「二人とも早番からやるんで、朝が早いからな」
「ました!」

石廊崎

石室神社

ご存じ石廊崎は伊豆半島の先端だ。
突端に立てばアールしている水平線を見ることができ、そのドデカイ眺めはこの上なく気分を爽快にしてくれる。

ー 海は広いな大きいな。

広くて大きいだけではない。
石廊崎は個性的なロケーションに囲まれているところも大きなポイントなのだ。石廊崎港はその良い例だと思う。
断崖絶壁に囲まれる深い入り江に造られた港は、それ自体が既に画として成り立っていて、季節そして時間帯毎に変化する陽光が辺りを幻想的なムードに彩る。
一方、入江の西側に当たる石廊崎灯台バス停から出発するハイキングコースでは、スナップ魂に火が付く“寂れ感”を味わうことができる。入口左側にある朽ち果てた土産物屋跡を目の前にしたら、瞳を閉じて数十年前に思いを馳せてみよう。そこには溢れんばかりの観光客で活況を帯びる駐車場のシーンが広がる筈。そう、ここは紛れもない人気スポットだったのだ。

ジャングルパーク跡の脇を抜けて突端に向かって歩いていくと、道は下っていき、終いには階段となる。降りるほどに白波を上げる荒々しい磯が眼前に広がり、最も石廊崎らしい姿に思わずカメラを向けたくなるが、ここは注意が必要だ。凪ることが滅多にないこの突端周辺は、強風と激しい波が常に押し寄せてくるので、ややもするとレンズはたちまち潮でベトベトになってしまうのだ。撮影にはこの点を考慮して臨みたい。
そんな中、更に石段を下っていくと、切り立った断崖に建つ神社が忽然と現れる。
海の守り神“石室神社”だ。

ー こんなところにね。

初めて訪れたときは、ずいぶん凄いところへ建てたものだと感心したが、見慣れればこの大海原の景観に妙に溶け込んでいることに気がつく。この神社と更に先へ進んだ突端にある祠、熊野神社を構図に入れて何度も撮影にトライしたものだ。
因みに熊野神社には縁結びの御利益があるそうで、以前ショップのツーリングで寄った時、CBRのHさんが手をすり合わせて、

「結婚できますように」

とやっていたが、いまでは幸せな家庭を築いているので、これは“本物の力”ありと言っていいかもしれない。
伊豆は本当にいいところだ。

写真好きな中年男の独り言