旧盆ウィークになると、街中に他県ナンバーの車が溢れかえった。特に東名沼津インターからR414に至る道には、「沼津」や「静岡」などの地元ナンバーより、東京方面のナンバーの方がはるかに多くなっていた。それだけ多くの観光客が押し寄せているということだ。
朝6時過ぎ。出勤しようと車を走らせると、インターチェンジから吐き出された車が数珠つなぎとなり、既に渋滞を作り出していた。夏の間、私も含めて地元の人達はグルメロードを使うことはない。他県の人にはそれほど知られていない裏道、R405があるからだ。グルメロードとほぼ平行に走るこの道は、沼津市街地から沼津インターへ至る際、最も時間の読める道と言っていい。
「それじゃ開けるよ」
7時ジャストに店を開けると、既に入口で待っていたお客さん十数人がなだれ込んだ。
「いらっしゃいませデニーズへようこそ!」
瞬く間に1ステと2ステが満席になった。しかも駐車場へ入ってくる車のペースを見れば、3ステもすぐに開けるようだ。
オーダーの殆どはモーニングだが、子供のいる家族連れからはファウンテンのオーダーも結構入っている。ファウンテンはMD自ら作らなければならないので、経験の浅い子だと、慌てふためいて作業の順番がめちゃくちゃになりパニックを起こす。
「あ~~、シェークが掛けられない」
安井みのりが早くも助け船を出してきた。
「なになに、いくつ作るの?」
「チョコ3つです」
「分った。やっとくから、それより早くモーニング運べよ」
「は~~い、ありがとうございま~す」
シェークはそれほど手のかかるメニューではないが、シェークマシーンは2機しかないので、手早くリズミカルに作ることが肝心だ。それと背の高いロンググラスを使うので重心が高く、一度に運べるのは2つが限界である。
朝一からMD3名、キッチン3名の体制を取っていたのでので、それほどぎくしゃくすることなく回転した。更に8時になればDW1名、BH1名が加わり、ランチまでにはMD5名、キッチン4名、BH2名、DW1名という完璧な布陣となる。
「マネージャー」
陽子さん、いつも以上に溌溂と作業をしている。
「どうした」
「よかった~、ホワイトいっぱい発注しといて」
「そうか。普段の日曜の1.5倍だぜ。いけそう?」
「うん。でも、これでもぎりぎりかな」
旧盆の経験がある陽子さんと水島の意見を参考にした発注量は正解だった。沼津店UMとの連携で貸し借りはフリーだったが、デイリー商品はさすがに余剰はないので、完璧に自店で賄えるよう正確な発注が必要不可欠になる。
「そのほかはどうよ」
「パンは大丈夫だけど、ランチ終わったら、トスサラ多めにやっとく。あとは井上さんが来たら打合せしときます」
モーニング~ランチの準備は陽子さんに任せておけば間違いない。ディナーは新人ながら奮闘している社員クックの井上と相沢の二人が頼みの綱である。リードクックはいないが、その辺は佐々木が十二分に働いてくれるので安心だ。
10時過ぎになると3ステが空きだしたが、その後も再び埋まってランチへと突入した。
「小野田さん、アイスコーヒーダブルで落としといて」
「は~い、ました~」
さすが盛夏。アイスコーヒーが飛ぶように出る。
MDの小野田さんは主婦である。二人いるお子さんの内、下の息子さんが今春から中学生になったので、手間もそれほどかからなくなり、人手が足りない時などは週末や休日でもスケジュールに入ってくれるのだ。既に2年選手のベテラン選手なので、新人MD達には目の届かないところへのフォローも完璧である。彼女のようなMDが一人いるだけでフロントの安定感はぐっと向上する。
「いらっしゃいませデニーズへようこそ。何名様ですか?」
「子供入れて6名だけど」
「お席はごいっしょの方がいいですよね」
「そうだね」
「それではお名前よろしいでしょうか」
ここ数年、一般家庭が所有する乗用車は、セダンからワンボックスへと急速に変わりつつあった。一家4人が乗る場合、その居住性と積載性はセダンとは比較にならないほど良いからだ。たくさんのお土産を抱えて帰省し、再びたくさんのお土産抱えてUターンするこの旧盆などにはもってこいの車ではなかろうか。
それと運転者のアイポイントも高くなるので、長距離を走ってもセダンより疲れが少ないと聞く。
そんな背景もあるのか、休日には4名以上、時には10名を超えるグループ客が非常に多くなってきた。そんなお客さんが一同で座るとなると当然テーブルは限られてくる。空いている席へバラバラで入ってくれれば苦労はないが、全員一緒を固持するお客さんは少なくない。
こうなると回転が悪くなり、更には入口周りに人が膨れ上がって、せっかく駐車場まで入ってきた車が、それを見て引き返すなんてことも屡々だ。
そう、このようなピーク時にはDLの配置が不可欠。DLとはデニーズレディーの略で、仕事はご案内。とは言っても単にお客さんを案内するだけではなく、全テーブルの状況を掌握し、どこがそろそろ空きそうだとか、MDやBHと連携して、滞在時間が長いテーブルへの中間バッシングの指示を出したりと、いわば司令塔的な役割を担うのだ。
よってDLは積極的な性格を持ち、コミュニケーション能力に長け、そして皆に好かれるキャラがなくてはならない。
てなことで、このポジションを麻美にやってもらった。
「萌ちゃん、4番3名様行くね」
「ありがとう!」
「仲居くん、18番バッシングお願い」
「ました!」
「小野田さ~ん、24番4名様いいですか」
「どうぞ~!」
実に見事である。
任せられるDLがいれば、マネージャーはより細かなフロントのチェックや、ディッシュアップのフォローも可能になり、より一層のサービス向上が図れるのだ。
しっかりとした準備が功を奏したのだろう。嬉しいことに、旧盆ウィークに入ってからというもの、連日前年を超える売上を叩き出していたのだ。
店全体がリズムに乗ると、どれだけ忙しくても全く疲れないから可笑しくなる。