滑沢渓谷・2018年

R136を南下していくと、大仁を過ぎる辺りから天城の山々が少しずつ見え始める。嫌な予感だが、全くと言っていいほど紅葉が進んでいない。
これではお目当ての滑沢渓谷も同様ではと消沈するが、果たして現地に到着してみると、消沈どころではなく、それに落胆が重なった。
ウェザーニューズの“色づき始め”を鵜呑みにしたのがそもそも間違いか、、、
地元もそうだが、今年は例年と比べて若干紅葉の進み方が遅いような気がする。
2年前、同じウェザーニューズで“見ごろ”と出たので、張り切って天城の八丁池へ登ってみると、なんとピークはとっくに過ぎていた。よって、その時の塩梅を今回の予定に加味したのだ。
まっ、いずれにせよ、季節の変化をジャストタイミングで狙うとすれば、地元でないと難しいかもしれない。

6時少し前。車をスタートさせて井の頭通りに出ると、それに合わせたようにムズムズが走り、鼻水が垂れ始めた。鼻水だけならまだ我慢もできるが、同時にくしゃみも連発して安全運転もままならない。
アレルケアのおかげで何とか鎮静化していたのに、この秋は異常なレベルでアレルギー物質が飛び交っているのだろう。
ドアポケットに常備しているタオルが瞬く間に鼻水で湿り切り、重くなっていく。
そしてこの症状は丸一日続いた。
私の鼻、どうなっている?!

浄蓮の滝を過ぎて間もなくすると“滑沢渓谷バス停”が見えてくる。駐車スペースはそこから僅か50mほど入ったところだが、車から降りると包まれる空気感は深山そのもの。さっそく撮影機材を持ち出し、川へと下って行った。

橋を渡った左側に僅かな紅葉樹がある。しかしボリュームは小さく、また発色も良くない。
紅葉撮影は素直にあきらめて、渓流撮影にスイッチした。
往復の高速代、そしてガソリン代と食事等々、東京からこのくんだりまで来れば優に10,000円は掛かってしまう。
もう少し下調べを行うべきだったと反省。

滑沢渓谷は一枚岩が織りなす変化のある流れが特徴的で、エリアはそれほど広くない。よってじっくり腰を据えて様々な構図を狙うことができる稀有な場所だ。
時間はたっぷりあるので、こんな時は同条件でD600とV2の撮り比べをしても面白いかもしれない。
V2にもクイックシューを装着し、流れのすぐ傍へ近づいて行くが、岩に生える苔が非常に滑りやすいので、注意して踏み場を選ばないとバランスを崩す。
D600と共に川へざぶんでは洒落にもならない。

上流から流れを追うと、川幅が微妙な周期で広くなったり狭まったりしているのが分かる。
水の流れはそれに従い、緩やかになったり急になったりと、視点によって川は大きく表情を変える。
暫しファインダーの世界に没頭していると、近づく足音に気付き振り返った。
すると私と同じようにカメラを固定した三脚を背負った年配男性がすぐ傍まで来ていた。

「こんにちは。紅葉はまだっぽいですね」

なるほど。彼も私と同じ目的で訪れたようだ。
笑顔いっぱいの優しそうな紳士である。

「ほんと参っちゃいますね。私なんか東京からですよ」

三脚に固定しているカメラを見ると、FUJIFILMのミラーレス一眼である。恐らく“X何じゃら”とかいう巷で評判の高性能機だろう。
これからの主流は間違いなくミラーレス。D5や1D等々のごっつく重いプロ機は時代の流れとともに消え去っていくのだ。

渓谷での撮影を早々に終わらせ、狩野川の支流となる本谷川へと移動した。移動と言っても合流点から僅か十数メートル下流にある小さな滝がお目当てだ。
坂をジグザグに下って川岸へ出ると、更にひんやりとした空気が待っていた。
三脚を立て、装着したD600をライブビューへ切り替え構図を練る。
それにしてもこのライブビュー、一度使ったらその便利さは癖になる。水平出し、フォーカスポイント決定、そして露出補正という一連の作業が流れるようなテンポで行えるのだ。但、気を付けなければならないのはバッテリー。ライブビューを連発していると、凄い勢いでバッテリーが消費していくので、車から遠く離れる際には必ずスペアバッテリーを持参しなければならない。

紅葉には恵まれなかったが、一枚岩の上で飛沫を上げる清流に撮影意欲は喚起され、それに乗じてあっという間の2時間が過ぎていた。
行動や経験に無駄というものはなく、動いて見聞きして得られた情報には間違いなくヒントときっかけが存在するのだ。

猿橋

11月7日(水)。予想を超えるお気に入りとなった“タムロンSP70-300mm”を使いたくて、やや紅葉ピークには早すぎたが、大月市の猿橋へと車を走らせた。
猿橋は岩国の錦帯橋、木曽の棧と並ぶ日本三奇橋のひとつだそうで、国の名勝に指定され、紅葉のメッカとしても著名である。これまでその脇を通ったことは幾度かあるが、訪れるのは今回が初めてだったので期待は膨らんだ。

中央道・上野原ICをおりて国道20号を西へ17Kmほど走ると、右手にその入り口が見えてくる。あまり下調べをせずに来たが、猿橋脇にある駐車場は意外と狭く、車6台で満杯だ。ラッキーなことにちょうど一台抜けるところだったので良かったが、紅葉ピーク時の週末だったら、その手前にある十数台入る駐車場以外にも、有料駐車場を考えておくべきだろう。
D600+70-300mmと広角側フォローにV2と、2台のカメラを肩に下げさっそく猿橋周辺を見て回った。

先日の浅草ではないが、ここでも外人観光客が非常に目立った。このような傾向は日本の隅々にまで至っているのであろうか。日本の良さが認められているようで、個人的には大いにウェルカムである。私も負けじとディスカバリーJAPANを進めていきたいものだ。
猿橋は刎橋(はねばし)という特殊な構造がその魅力となっている。一昔前の乗用車やトラックのリアサスペンションに使われるリーフスプリングのような形状であり、力学的にもその要素を利用していると思われる。
上流側にある新猿橋からは、その美しさを存分に観察することができた。

「カメラマンさん、シャッターいいですか」

“カメラマンさん”と呼ばれても不思議はないか、、、
仰々しく2台のカメラを肩から下げている者は、周りを見回しても私以外にいない。
70歳代と思しき二組の老夫婦が、にこやかな笑顔を振りまきながら近づいてきた。

「これでお願いします」

渡されたのはEOS Kissである。
猿橋をバックにファインダーを覗くと、顔認証システムの赤いマークがバッチリと4人を捕らえているではないか。
D600にも装備されるが、普段使わない機能だけにこれは新鮮。昨今デジイチの機能全てを使いこなせば、撮れない被写体はないのかもしれない。

場所替えということで、猿橋公園へ至る階段を下っていく。
今は枯れ果てているが、沿道はアジサイが延々と植えられているので、季節が当たれば見事な景観を楽しめるのだろう。
川縁まで来ると、足が止まった。
何故ならそれまでの好印象からは想像もできない光景が広がっていたからだ。
見ればここは夏にバーベキューや川遊びができるところなのだろう。その残り香ともいうべき、多くのごみが至る所に散乱しているのだ。特にペットボトルの多さには目を見張った。
利用者のモラルのなさにも呆れるが、それより国が名勝地としている場所のすぐ傍の管理もろくにできない大月市の姿勢には憤りを感じてしまう。
外国人観光客が“おもてなしの日本”に来てこれを見たらどう思うだろう。首都圏だけのパッチワークではなく、東京オリンピックをいいきっかけに、この辺の問題を地方都市にまで広げ、改善していってもらいたいものだ。

浅草・昼飲み

これまで浅草と言えば、浅草寺へ初詣するところでしかなかった。
仲見世商店を岸に見立て、濁流となった人波にもまれながら本堂へと辿り着き、新年の安泰を願ったら境内の出店で一杯やる、ただそれだけの場所だった。
ところが訪れる度に個性的な街の景観が妙に気になり、一度は普通の日にじっくり歩いてみるのもいいかなと思っていた。

10月26日(金)。予定していた用事がキャンセルになって、急遽大好きな“昼飲み”を兼ねて、浅草まで出かけてみることにした。
三鷹からは中央線で神田まで行き、そこから銀座線へ乗り換えて六つ目という、自宅から徒歩も含め、1時間弱で行けるという気楽さがいい。
ホームへ降り立つと雷門方面を確認しながら階段を上がる。
地上の光と共に視界へ入ってきた浅草の街は、多勢の外国人観光客に埋め尽くされ、初詣の時には感じることのなかった異種な雰囲気を放っていた。
中国人系はもとより白人も結構見かけ、雷門周辺をざっと眺めただけでも全体の8割以上が外国人で占められている。
初詣の人波とまではいかずとも、平日でこの活況ぶりは、観光名所として天下一品であることの証拠だろう。
仲見世を浅草寺へ向かうと、派手な着物を着た女性を多数見かける。最近流行りの“観光地着物レンタル”だろうが、さすがに着物マジックは大したもので、女性のかわいらしさを無理なく際立たせ、華やかな街の雰囲気作りに一役買っている。そしてこの女性達、その殆どが外国人観光客である。
本堂前まで来ると外国人率はさらにアップ。日本人といえば修学旅行と思しき女子高生くらいだ。それにしても白人のグループが真剣な顔つきで線香の煙を浴びている姿は何とも可笑しく笑みを誘う。

参拝を済ますと喉の渇きを覚え、そろそろ昼飲み処でも探そうと、浅草寺から目と鼻の先にあるホッピー通りへと向かった。ここはあらかじめGoogleマップで位置関係を調べておいたので迷うことはなかった。
主に煮込みを看板とする居酒屋が軒を並べ、昼間から活況溢れる云々がどこのサイトを見てもアピールしており、かなり楽しみにしていたのだ。
通りの入り口まで来ると、左手にちょっとキュートな呼び込みのお姉さんが立っている「浅草酒BA岡本」が目に入り、腹も減っていたので深く考えずに入店、ビールラックで作られた椅子に腰を据えた。
見ればスタッフは全員女性である。カウンターの向こうで調理をしている年配の女性が店長か?!

「お飲み物は何にしましょう?」
「じゃ、黒ホッピーで」

ホッピー通りに来たらやはりホッピーを飲まないことには始まらない。

「あと、煮込みとチジミを下さい」
「はい」

スタッフはみな動きが良く、第一印象はマル。

「これはお通しです」

ちっちゃながんもどきの煮物が出てきた。
早速いただくと、甘い出汁が口いっぱいに広がった。
隣の席では50歳代と思しき男性二人が、モロキューを肴に同じくホッピーをやっている。通りかかった女性スタッフに何やら注文をしたのだが、そのやり取りからして恐らく常連客だろう。しばらくすると先ほどのスタッフが男性二人の前に琥珀色の液体が入ったスリムなショットグラスをおき、何やら説明を始めた。聞き耳を立てれば、どうやら“電気ブラン”のようだ。
男性の一人がふんふんと頷きながらグラスを口に運ぶ。
電気ブランとは様々な酒類と薬草をミックスさせた一種のカクテルだが、その味を表現するなら、“アルコール入り今治水”が最も近いと思う。今治水を知る諸兄なら、ちょっとびっくりだろうが、実はこの味がいつの間にか癖になってしまうのだ。
初めて飲んだ時は何だこりゃと思ったが、不思議にまた飲みたくなり、特にソーダ割りは堪らなく後を引く。

間もなくして煮こみとチジミが出てきた。
早速食してみるとどちらも美味い。特に煮込みは好みの味付けであり、とろとろに煮込んだスジがホッピーを誘って止まない。ホッピー通りには煮込み自慢の店が軒を並べているというから、次に訪れるときは是非他の店に行ってみたいものだ。

「中、ください」

家を出るとき、ワークシャツ一枚ではやや寒いかと、コーデュロイのジャケットを羽織ってきたが、10月末とは思えないほど暖かく、汗はかくわ、喉は乾くわで冷たいホッピーはガンガン進んだ。
真昼間に美味いものを食してほろ酔い加減になる贅沢さ。やっぱり昼飲みはやめられない。

ところでこの昼飲み。
単純に昼間に酒を飲むことではない。
不可欠なものはSituationである。店には大衆酒場ムードが漂っていなければならず、洒落たバーやスナック、そして居酒屋チェーンなどは不適当。ここ浅草・岡本のように、間口側に壁がなく、露天席が数席あったなら更にGoo。
そしてメニューに焼き鳥、もつ煮込みは必須。でも、廉価でなければ駄目。煮込みは500円位まで、焼き鳥は一本120円が上限。もちろんドリンクにホッピーは欠かせない。
そして最後は、文庫本を片手に小一時間ちびちびやりたいので、一人でも寛げる雰囲気が欲しいところ。
休日にふらっと寄って、ほろ酔い加減で文中の世界へ浸かりきるのは、この上なく贅沢な時の流れなのだ。