越前岳

 久々に心揺さぶる絶景を目の当たりにした。
 
 四月二十六日(金)。GW直前で快晴とくれば、何をおいても出かけたくなる。ウェザーニューズ、YaHoo天気共々、関東一円は晴れと出た。
 前夜から山地図を広げ、どこへ登ろうかとビールを飲みつつ考えていると、
「実家、いつ行こうかな」と、女房の呟き。
 彼女の実家は静岡県の沼津である。とても元気とはいえ、八十代になる義母は一人暮らしなので、やはり心配だ。すると義母から沼津のキラキラ光る海が連想され、行き先が決まった。富士山と駿河湾の間に広がる愛鷹山山系にそびえる越前岳(1504m)である。初めての山なので期待も膨らんだ。

 珍しいことに環八~東名はスイスイ。八時過ぎに十里木高原駐車場へ到着。雄大な富士山を背にしての出発はなんとも気持ちのいいものだ。ただ、のっけから丸太の階段が延々と続き、簡単には歩を進ませてくれない。
 展望台に到着し振り返ると、富士山とその裾野が大展望となり迫ってきた。この迫力は竜ヶ岳以来だ。これを見られただけで今日来てよかったと思う。

 山道が徐々に樹林帯になると、周囲の雰囲気がガラッと変わった。若葉、新芽のオンパレードで、まるで森全体がうごめいているように感じるのだ。それにしてもほとんど風がないため、体が火照りだし、ついには大量の汗が吹き出した。タオルを首に巻いての登攀である。それでも途中から右膝の痛みが徐々に軽くなってきたので、とりあえずホッとした。

 メインとなる山道が雨水による侵食で歩きづらくなるほどえぐられているため、それを避けるようにバイパス路が幾本も作られているが、どこを歩いて行ったらいいか一瞬迷う。バイパス路はメイン路を真ん中に置いて左右に走っているのだが、西側、つまり上りでは右側、下りでは左側を使うとわかりやすいかもしれない。私自身、下山に右側のバイパスを使っていたら、危うくロストしそうになった。

 約一時間半で頂上へ到着。やはり人気の山か、そう広くない山頂に男性六名、女性一名のハイカーが集い、ちょっとした人いきれである。先ずはじっくりと景色を堪能した。予想以上にワイドな眺望に思わずニンマリ。富士山から反時計回りで視線を動かしていくと、南アルプス、富士宮、富士の町並み、広大な駿河湾、そして沼津の町並みと静浦、西伊豆と見渡せた。若いころ、沼津の町から毎日のように見上げた愛鷹山。それを今、逆の立ち位置から俯瞰しているという事実が、深い感慨を呼び起こした。
 そのうちハイカーの動きがあり、空いたベンチに腰掛けて、早めの昼食とした。急登の連続で腹はペコペコだ。

「いやいや道を間違えたようです」
 黒岳方面へ通ずる山道から、年配男性が苦笑いしながら現れた。
「スタートはどこですか?」
「十里木の駐車場です。途中、左に折れる道があったんで、そっちへ行ったんですよ」
 ん? そんな道、あったかな……
「じゃぁ、時間かかったでしょうね」
「それがそれほどでもないみたいです」
 この男性、バイパスのそのまた先のバイパスへ紛れ込んだのかもしれない。あり得ることだ。年齢は見たところ私と同じくらいか。自宅が所沢なので、登山は奥多摩、秩父をメインにしているようだが、キャリアは長く、遠く北海道の山も歩いた経験があるとのこと。目の前をヒグマが横切ったときには腰を抜かした等々の武勇伝も面白おかしく聞かせてくれた。彼もザックからおにぎりやパンを取り出して食事休憩としていたが、早々に、
「じゃ、お先に下ります」
「おっ、もう出発ですか」
「自宅まで下道を使うんで、四時間かかるんですよ。高速代、もったいないじゃないですか」
 年配のハイカーには意外とこの高速代節約派が多い。浮いた分をガソリン代へと考えているのだろうか。
「じゃぁ帰りの運転、気をつけてくださいね」

 汗をかきかき登ってきたこの道も、下山は至極容易だった。お昼が近づいてくるにつれ、厚い雲が広がり体感温度がずいぶんと落ちたのだ。そのせいで汗をかくこともなく快適に歩くことができた。こう考えると、GW以降は気温も真夏並みになってくるだろうから、低山歩きがきつくなるのは目に見えている。山選びが難しくなる。

赤ぼっこ

JR青梅線・青梅駅

 四月十九日(金)。関東は早朝から広範囲で快晴との天気予報が出たので、先週に引き続き山歩きを楽しんできた。
 行き先は“赤ぼっこ”。名称が面白ので、以前から気になっていたのだ。ちなみに名称の由来は、関東大震災の際、このあたりの山々のいたるところで大崩落があり、赤土がむき出しになったため、その名がついたと言われている。標高は409mと低山の部類ではあるが、スタートのJR青梅駅からゴールであるJR宮ノ平駅までの総距離は9km弱ほどあり、ルートの殆どが青梅市と日の出町の境界線に沿う“長淵山ハイキングコース”にあたるので、十分な山深さが期待できた。ちょうど昨年のGWに、多摩川の北側に広がる“青梅丘陵ハイキングコース”をフルに辿ってみて、ハイキングコースとは言え、けっこうな山歩きになったことが頭に残っていたのだ。

 青梅駅から秋川街道を十五分ほど下っていくと右手に鬱蒼とした森が現れ、間もなくすると長淵天祖神社の鳥居が目に入る。ここが登山口である。いきなり百五十段を超える石段が待ちかまえ、右膝を庇いつつ一段々々ゆっくりと上がっていく。社殿の右わきからは本格的な山道となり、一歩足を踏み入れると街の雑踏はきれいにシャットアウト。東屋を過ぎるとミヤマツツジがいたるところに開花していて、新緑の淡い緑と相俟り、単調になりがちな山道に色を添えてくれた。
 歩き始めて三十分、年配男性がカメラを構え、木々へ向かって何やら撮影中だ。


「こんにちは。何かいるんですか?」
「野鳥をね」
 固有名は失念したが、野鳥仲間から珍しい鳥の目撃情報が入ったので来てみたとのこと。つられて上方へ視線を向けたが、埋め尽くした枝葉の中から小さな鳥を見つけるのは容易でない。

 旧二ツ塚峠を折れ、馬引沢峠に到着。あと一息で赤ぼっこ。それにしてもこのハイキングコース、人の気配がほとんど感じられない。本日出会った人は先ほどのバードウォッチャーただ一人である。

 小さいながらも繰り返しアップダウンが巡ってくるのがしんどく思え始めたころ、赤ぼっこの道標が目に入る。右へ折れると、いたいたハイカーが。年配男性二名、若い男性三名の五名で全員単独。各々休憩中だ。ベンチが一つ空いていたが、遮蔽物がなく強風が吹き荒れていたので、ここは撮影のみとし、先へと駒を進めた。それにしても眼下には青梅の市街が新緑に萌える山々に囲まれている様子がよく見え、赤ぼっこが人気のスポットと言われるのは頷ける。とにかく広々とした眺めに圧倒される景勝ポイントなのだ。
 山地図によると、これに続き<多摩川と青梅市街の眺望がすばらしい>とのコメントが添えられる“天狗岩”がある。
 天狗岩の道標からは一旦下って、その先にある岩場を越えると、なるほどここも市街地方面を見下ろせる岩の先端に出る。確かに眺めはいいが、赤ぼっこと同方向なので新鮮味はない。座って休憩できそうだったので、ここで昼食とした。

 相変わらず右膝はいまいちの状態。上りも下りも負担がかからないよう意識する必要がある。不用意に脚を運ぶと痛みが走り、気が抜けない。

 愛宕山への道標以降は下山路となり、民家が見えてくると間もなく吉野街道へ出た。ここからゴールのJR宮ノ平駅までは舗装路歩きになる。途中、和田橋から多摩川を見下ろすと、いつも以上に澄んだ川の流れが山歩きの疲れを癒してくれた。

総歩行距離:8.8Km
所要時間:四時間二十分

生藤山・花の山

 二か月ぶりの山行である。春めいてくると気持ちがうずうずして、膝問題や花粉アレルギーがあろうとも、自然と山へ目が向くようになる。
 四月十一日(木)。季節に合わせようと、桜の山として広く知られている上野原の“生藤山”を歩いてきた。

 生藤山は山稜上の小さなピークで目立たないが、山頂に達する登山道に桜の木が多く、四月中旬には登山客でいっぱいになる。(山と渓谷オンラインより抜粋)

 そう、生藤山はズバリ今が旬のはず。どれだけ賑やかな雰囲気を味わえるかと期待は膨らんだ。ところが週末には満車必至と言われる県立鎌沢駐車場に車の影はなく、さらには10Km弱の行程をすべて回りきったが、見かけたハイカーは五名のみ。肩透かしを食らった感じではあるが、今年は桜の散るのが早かったことと、カビが原因とされるテングス病被害が大きく出ているという問題が重なったようなのだ。

 駐車場を出発すると登山口までは舗装路の急坂が続いた。膝に負担をかけぬよう歩幅を小さくしているので、ちょっとした距離でもやたらと時間がかかる。
 桜のプロムナードまでくると、なるほどテングス病によるものか、本来は桜並木になるはずのところが、見れば一本の樹木に対して開花はほんのわずかしかなく、被害の深刻さをものがっていた。

 地味な上りが延々と続くが、山道はよく整備されているので不安はない。しばらく行くと三国山に到着。ベンチで年配男性が休憩中である。こちらもタイミング的に小休止とした。二言三言話をすると、調布市在中で登山は月に三~四回出かけるという。しかも今日は陣馬山まで回るとのこと。
「いやぁ~健脚ですね」
「ははは、そんな大したもんじゃないですよ」
 若い人ならいざ知らず、いやいや、実に大したものだ。

 生藤山の頂上直下は岩登りチックな急登が待っていた。こんな時はトレポが邪魔だ。左手をフリーにして一気に登る。
 ここにもベンチがあったので、ちょっと早いが昼食にしようと、ザックを下ろして中身を出す。今回は久しぶりに好物の“カレーメシ”を持参した。
 ところが、
「あれ?」
 スプーンを忘れた。
 代用できるものを考えてみたが、なかなか手ごろなものが思いつかない。じかに口へ流せば火傷必至。あきらめて菓子パン二つとプロテインバーのみで済ませた。これだけでは間違いなくあとで腹が減る。

 生藤山東峰の急坂を下ると、今度は気持ちのいい尾根が続いた。桜は残念だったが、初夏を思わせる芽吹きが山全体に緑のアクセントを与え、小さな花々がいたるところに開花している様は、季節の移り変わりを強く感じさせるものだ。それとラッキーだったのはカタクリを発見したこと。可憐な花弁は心身ともに癒される。

 道標に従い和田へ下っていく。せせらぎが聞こえ始めると間もなく集落に入った。どこの家も桜を中心に様々な花のつく木々を植えているので、とても明るく賑やかだ。道端にはしっかりした無料休憩所も建てられていて、観光への配慮が垣間見れる。

 花粉アレルギーと膝痛にはやられっぱなしだったが、やはり春先の山はいいものだ。GWを過ぎると低山は徐々に熱波が押し寄せてくるので、近々にあと二座ほどは回ってきたい。

歩行距離:9.3Km
所要時間:5時間18分