もうすぐ新年

29日から年末年始休みに入った。年明け4日までの7日間だ。
例年なら「やっと休養できるな~~」って感じでリラックスモードに入り、まずは年末撮影会の準備を行い、次にはPOLOの洗車、そして昼から酒をちびりちびりとやり始める。小市民の喜びというのか、一時の開放というか、、、
ところが、今年から嘱託社員となり、週休3日の生活がちょうど1年経った。これに慣れてしまうと、やや様子が変わてくる。
3日間を連休で取れば、休養目的ならそこそこの充電ができるし、遊ぼうと思ったら2泊3日の旅だってできる。これが日常となっている現在、7日間の休みのありがたさは、心なしか小さくなった。
ただ、“年の暮れ、年の初め”というお祭り感は健在だ。新年を目前にすると何かと心機一転を欲する自分がいて、「来年こそは四国へ行くぞ」とか、「DTM始めるか」などなどが次から次へと湧き出してきて、気分は大いに沸き立つ。しかし年末になると「なんにもやらず、あっという間だったな」となるのがおちだ。

夕方のリチャードの散歩にD600を持ち出した。年末撮影会の準備で同機の設定確認をしていたら、無性にシャッターを切りたくなったからだ。
夕暮れの住宅街にはこれといった被写体は見つからず、いつもどおりに野鳥の森から飯田産業、そしてホスピタルメント武蔵野と反時計回りで歩いて行くと、この時に限ってガストの灯りが気になった。駐車場を横断し、ガストの正面入り口に差しかかると、テラスの照明がいい感じではないか。
1枚ぐらいは撮っておこうとシャッターを切った。

若い頃・デニーズ時代 87

「なんか決まってないっていうか、ダサいっていうかさ」

菅村DMが、雁首並べたUM達をじろじろと見まわす。
それも頭から足の先まで丹念にである。

「もっとさバッチリ決めようぜ。大阪西は着ているものも揃えてかっこよくいこうよ」

急に何をいいだすかと思ったら、身なりのことらしい。
しかし、見回しても全員スーツまたはブレザーで、変哲もない装いである。

「新田さあ、Yシャツの襟がクルっと上向いちゃってるけど、気にならないか」
「カッターシャツの襟ですか」
「そうだよ。それから近藤。お前の靴、汚ったねえしヨレヨレじゃんか」
「すいません、新しいの買いました」

確かに近藤さんの靴は汚い。もっとこまめに磨いた方がいい。しかしUMの職務上、キッチンへのフォローも多々あるので、靴はどうしても油やソースで汚れがちになる。週末のピークに1時間もセンターへ立てば、間違いなくドロドロだ。

「前のエリアでもバリッと揃えてたんだよ。シャツは白のボタンダウン、そして革靴はウィングチップでね」

なにそれ?しかも強制?!
場にざわめきが立った。

「つい最近、靴買ったばかりですよぉ」
「つべこべ言うな。靴なんて腐りゃしない」

改めて菅村DMのいでたちを見ると、確かにシャツはボタンダウンだし、靴もウィングチップである。

「“なんとかチップ”って、どんな靴ですか」
「俺のを見ろよ、こういうデザインだ」

さっと立ち上がって一歩引き、皆がよく見えるようにポーズをとった。

「決まってんだろ、この感じ」

どうやら単純にトラッドスタイルが好きらしい。
ところがどんなに装っても、この猿面では台無しだ。やはりこの男、生理的に受け入れられない。

「1ヵ月後の全店会議にはさ、バッチリ揃えてかっこいい大阪西を見せてやろうぜ」

菅村体制となって最初の全店店長会議が迫っていた。
他地区のUMとも交流でき、社会全般の景気、外食産業の動向、そしてその中で我デニーズジャパンがどれほどのポジショニングとなっているかがプレゼンされるこの会議は、結構楽しみなところもある。西宮から浜松町まで赴くのは大変だが、帰りは同僚たちと缶ビールを片手に、ああでもないこうでもないが、実に楽しいし盛り上がる。
しかしどうだろう。確かに春本DMの時は誰もが和気あいあいを感じていたが、新体制になってからは、UMが集まると決まって菅村さんの悪口が始まった。
シャツと靴の件などは、その話題の最たるものになっていた。

「見え見えだよ。外観からエリアの統制がとれてるようにアピールするわけでしょ」
「やり方が子供っぽいんだよ」
「いってることは無茶苦茶だし、あんな品のないDMってのも珍しいんじゃないの」

こうなるとチームワークもへったくれもない。DMにまとめる力がないとエリアはぐらつき出す。
何れにしても、ボタンダウンとウィングチップは命令だったので、致し方なく貴重な休みを使って三宮まで調達に行ったのだ。

「三宮まで出るとやっぱりにぎやかだね」

家族3人で三宮見物である。
麻美の育児ストレスが少しでも解消できればと、休みには必ず家族で出掛けるようにしていたが、そのほとんどがマンションから近いところだったので、たまには繁華街へ出て、おいしいものでも食べようと、今回は阪神電車に乗って繰り出した。
朝夕には秋の気配も感じられるこの頃。神戸の街並みも落ち着きを取り戻し、歩いているだけでも清々しい気分になってくる。ベビーカーに乗る絢子も何気に楽しそうだ。
目的の買い物は早々に済まして、美味いものを探しに南京町へと向かった。
ご存じのとおり南京町はチャイナタウンである。但し、横浜中華街の雰囲気を想像すれば大分寂しい感じだ。
先ずは規模が小さいし、メインロードから枝のように伸びる路地は狭く暗く、小さな店はあるにはあるようだが、ちょっと足を向け辛いムードが漂っている。

「ほら、あそこの屋台、豚まん売ってる」

豚まんとは、いわゆる肉まんのことだが、ここのはサイズが小さいのが見た目の特徴だ。しかし肝心の味は極めて評判がいい。

「あれ買ってさ、そこの広場で食べようよ」
「いいかも」

南京広場だけは人の往来があり活気に満ちている。東屋の石のベンチに腰掛け、豚まんを広げた。いい香りが立ちこめる。

「おいしい!」
「いくらでも食べられそうだな」

人事異動で越してきた新天地。最初は不安だらけだったが、意外や住んでみると空気感が妙に合った。
先ずは街のサイズがちょうどいい。東京は如何せん大きすぎ。そして身近に自然があって癒されるところも大きなポイントだった。六甲山系は目の前だし、その反対側には海もある。ショッピング等々だったら、東の梅田、西の三宮と、どちらも近くて便利この上ない。

「新しいDMはどうなの」
「相変わらずさ。ほかの店長もみんなぼやいてるよ」
「DMも必死なんじゃないの、評価を上げようって」
「そりゃ分かるけどさ、やり方がね……」

三つ目の豚まんを口に放り込むと、何気に西宮へ赴任するまでの経緯が頭の中に浮かんできた。
沼津店、そして沼津インター店での業績を評価され、再び新店オープンを任されることになったが、この頃思うに、これは純粋な評価からの抜擢ではなく、あくまでも便宜上の意味合いが濃いのではなかろうか。
高田馬場店から芽生えた会社不信、上司不信、そして結婚して子供を授かり、家族への責任が大きく圧し掛かった今の立場を考えると、これからのことをまじめに考え直さなければならない時期にきているのではと、常々思うようになっていた。

「それよりさ、西宮はどうよ、馴染めそう?」
「親切にしてくれるご家族もいるけど、どうかな」

デニーズの組織人だからこそ、地元東京から遥か遠方の西宮で生活を営んでいるのだ。しかし組織から離脱すれば、何の関わりもない土地になる。
振り回されている。そう、これまで完全に振り回されてきたのだ。

若い頃・デニーズ時代 86

「菅村です。これからよろしくお願いします」

身長は170cm以上ありそうだ。体格も均整がとれていて、一見さっそうとした印象を受けるが、よく観察すると、地黒のうえに顔が怖い。額が妙に狭く、深いしわが何本も横へと伸び、おまけに鼻はつぶれ気味なので、よくあるボクサー面だ。しきりに笑顔を出そうとしているが、目は笑ってない。
恐らくこのタイプ、性格的に合いそうもないし、なんとなく嫌な予感もしてくる。

「みんなで成果上げて、本部をあっと言わしてやろうよ」

先ほどからしきりに士気高揚すべくアプローチをかけてくるのだが、空回り感は否めない。見回せばUM達の表情は固いままだ。空気の読めないやつは、本当に弱ったものだ。

「おいおい、元気ないな~、大丈夫かよ」

このあと菅村DMの簡単なプロフィール紹介と、関西地区全体の現況数値の説明があり、続いてUM達からは簡単な自己紹介と自店の現況報告が行われた。

「そうか、パンの発注ね」

たまたま二人のUMより、パンの鮮度に関しての話が出たのだ。パンは食材の中でもダントツに鮮度管理が難しく、発注過多ならコストが上がるし、コストを考えれば、新鮮さに欠ける品が提供される。もちろん発注が足りなければ、ご法度である品切れが発生してしまう。

「新田のところはパンの発注、どうやってる」

池田店のUMだ。

「パーストックですかね。ホワイトはまあまあの回転ですが、ディナーロールとライブレッドが難しいかな」
「近藤のとこは」

次は田島店UM。

「うちもパーストックですが、ホワイトも上下幅が大きいですかね。さき入さき出に反しますけど、野菜サンドには新しいもの、ホットサンドにはやや時間が経ったものを使って調整してます」

我中前田店もほぼ同じである。平日、土曜、日曜祝祭日それぞれのパーストックが決められており、在庫と照らし合わして適量を発注するのだ。

「月並みだな。もう一歩進めてみようよ」
「だったら一度、現況を数値化して、対策案のヒントにするってのはどうでしょう。曜日別でパンの実使用料をカウントしてみるとか」

いきなり谷田さんから意見が出た。しかし自店の正確な数値を把握することは、いずれにしても無駄にはならない。
MDが上がる際に行う伝票のカウント。この時にパンの使用量を別表に記入してもらえば造作もないことだ。

「実使用量から個別のパンの生産性を算出すれば、売上予測をベースに発注量を決められるんじゃないですか」

さすがエリアの知恵者。谷田さんの意見は的を得ている。

「谷田、いいこというね~」

菅村DMの細い目が一瞬パッと開き、光った。

「それやろうよ。大阪西の柱でいこう。バッチリ成果出してさ、本部長から評価もらおうぜ!」

突発的な成り行きでパンの発注改革が始まったが、会議後、谷田UMはバツの悪そうに、「ついついノリで言っちゃってすみません」を皆に連発していた。自分のせいで、各店に仕事が増えたことへの陳謝だろう。
それにしても菅村DM、実に分かりやすい男だ。“本部長から評価もらおうぜ!”は、まさに己の為。見え見えである。
それはさておき、手始めとして各店2週間、正確なパンの実使用量をカウントして、毎日DMへ報告を上げることになった。

さて、前述の“パンの生産性”について少々ご説明しよう。
これはいたって単純なもので、その算出法は以下となる。
【一日の売り上げ:30万円、実際に使ったバンズの数:8個】だったとすると、
30万円÷8個=バンズ1個当たりの生産性:37,500円となり、
明日の売り上げ予測が50万円だったとしたら、50万円÷37,500円=バンズの必要数:14個
本日夕方のバンズの在庫が3個なら、あと11個必要となり、バンズは1パック6個入りなので、発注量は2パックとなる。
生産性の値は平日と祝祭日、そして各店舗によって異なってくるので、カウントは正確性を要する。
そして最も大切なのは売上予測だ。予測の差異が大きければ、今回の発注計画はうまくいくはずもない。
中前田店は安定した売り上げがあったので、比較的予測はやり易かったが、やはり天候には少なからず影響をうけるので、天気予報には留意しなければならない。

今回のパン発注法は極めてベーシックであり、そもそもパーストック量はこの生産性に基づき設定される。
それをわざわざ毎日売上予測のうえ発注量を決めると、その都度DMへ報告をしなければならず、はっきりいって面倒極まりない。もっとも祝祭日の発注に関してはメリットありと思っているが、反面平日の売り上げに大きな凹凸はないので、誰が考えたってパーストックの方が絶対に利口なやり方であることは明白だ。そのせいかエリアの士気は全く上がらなかった。
この発注法を必要以上にアレンジ誇張させ、「私達は画期的なことをやってますよ!」と、その意気込みを本部に伝え己の評価を得るという、組織人の嫌らしさだけが見えてならないのだ。

「新発注法から2週間がたったけど、どうよ、各店」

鋭い眼光がUMの面々を舐め回した。
しかし各店共々それほど評価できる結果は出ていなかったのだ。

「木代んとこはどんな感じ」

きたか。

「新発注法に代えてパンの鮮度が上がったとはまだ言い難いです」
「なんで」
「売上予測が難しいですね」

急にDMの表情が険しくなった。

「谷田はどう」
「同じですかね。今のところ大きな改善はありません」
「そうか……」

更に表情が険しくなり、爆発しそうにも感じてきた。

「お前たちさ、まさか俺に黙ってパンの貸し借りや、他から調達なんてしてないよな」

みんなうつむき加減だ。

「おかしいじゃねえか。おいっ、川野辺。お前んとこのホワイトの発注量と在庫カウント、どうみたって辻褄が合わないよ。俺には分かるけど、2回や3回の品切れは起こしてるはずだ」
「そんなことないですよ」
「なにいってんだ、品切れ報告したら俺に怒鳴られるって思ってんだろ。今の段階はさ、そんなケチなこと考えないで、まずはシステムを完成させることが先決だろうに。これがうまくいくようになれば、次は野菜やデイリー物へ広げられるだろ、そうなりゃ営業本部長賞もんよ!」

最後の“本部長賞もん”。いわなきゃよかった。
再三の話だが、ふたこと目には必ず“評価”が入る彼の言い方は、血気盛んな新入社員相手なら頷けても、我々ベテランUM達を手懐けようとするならば、あまりにも薄っぺらいのだ。

写真好きな中年男の独り言