中年男は腹七分・健康維持の鉄則

先日、女房と境のヨーカ堂へ買い物に行ったとき、ちょうど昼時にかかったので、ランチにしようと入ったのが「紅虎餃子房」。屋号からも分かるが、ここは餃子が看板の中華料理店。女房は迷わず大餃子定食を注文したが、メニューを見ると回鍋肉がやけに美味そうに感じ、定食を注文した。
10分ほどで料理が運ばれてきたが、先ずはボリュームにびっくり。その名のとおりである大餃子は、大粒の餃子なのに6個も並んでいる。

「全部は無理っぽい」

ひとつもらった餃子を早速頬張ってみると、

「あちっ!」

ギンギンに熱い肉汁が口内を襲った。思わず涙目になったが、味は良かった。いなげやのお総菜売り場にあるものとは一味違う。引き続き甜麺醤の香りが食欲をそそる回鍋肉をいただくとこれもGoo。ご飯との相性ぴったりの味噌辛味は、何度食しても飽きがこないだろう。
ご飯が瞬く間になくなっていく。

「いるでしょ」

女房が茶碗の半分ほどのご飯を分けてくれた。

「餃子だけでおなか一杯になっちゃう」
「これ男性サイズだよ」

なんて話しをしていたら、テーブルひとつおいた、隣の隣へ料理が運ばれてきた。
どこかのテナントの若い女性スタッフ3人が、女房と同じに大餃子定食を注文していたらしい。彼女たちの ユニフォームから察して、エステシシャン、ネイリスト、指圧師、、、か、
いずれにしても、これほどの量の餃子を食べて仕事にさしつかえないのだろうか。指圧しながらゲップでもしたら、お客さんは卒倒だ。
そしてたまげたのは彼女たちの豪快な食べっぷり。お喋りは止まらないのに、ひとつ、またひとつとリズミカルに大餃子を平らげていくではないか。

「すごいね、あの子たち」
「若いんだよ」

生中一杯、小さいご飯茶碗に一杯半、大餃子ひとつ、それにメインの回鍋肉。これで腹パンパン。
味もよく、大満足のランチだったが、これしきの量しか入らなくなったと思うと、やはり歳を感じてしまう。
昔は“痩せの大食い”で、

「いいね、それだけ食べても太らないんだから」

と周囲から羨ましがられたものだ。
中年男は腹七分。健康維持の鉄則である。

わかる歳・秋はもうすぐ

日中は辛うじて30℃を超えるが、やはり9月に入れば猛暑にも陰りが見え始め、ここ1週間は就寝時にエアコンが要らなくなっていた。
こうなるとよく眠れて心身共々軽くなり、あそこへ行きたい、あそこを撮りたいが、日に日に膨らんでいく。
Tenki.jpとGoogle Mapのチェックは欠かすことのないルーティンとなっている。

2年前の市道山ピストン以来、どうも右膝の調子が芳しくない。歩行に支障をきたすことはないが、階段を上る時に僅かだが痛みを感じ、ちょっと不安。ところがこれにかぶせるように、今度は深くしゃがむと、右膝から“ぎしっ”と嫌な感じの音が出るようになった。音だけで痛みはないが、近くにいれば聞こえるほどの音量なので気味が悪い。そのうち消えるだろうと高をくくっていたが、2週間経っても治る気配は全くない。
やはりこの状況は一度医者に診せるべきと、武蔵境にある整形外科を訪ねてみた。

「でますね音。でも関節は良く曲がるな。とにかくレントゲンを撮ってみましょう」

3方向から撮った写真にこれといった問題は見られなかった。
ちょっと安心して、山歩きが好きなので、行っても大丈夫かと聞いてみると、

「この状態なら問題ないです。痛みが出たらサポーターでも試してみてください」

薬の処方もなくあっけなく終了。
ところがそれから3週間経った今も依然と音が出る。しかし医者に大丈夫だと太鼓判を押されれば、控えていた山歩きを再開したいと思うのは人情である。

「どこまで行くんですか」
「刈寄です」

隣に入ってきた白いワンボックスから、体格のいいご主人が降りてきた。ウェアは既に山用を身に着けていて、ザックを背負うと、珍しい木の杖を取り出し、早くも出発のようだ。
あまりに手慣れた感じなので、ここへはよく登るのかと聞いてみると、

「地元が八王子なんで、ちょくちょくね。それじゃ」

聞けば山歩きは定年退職後に始めたようだ。やってみると案外楽しく、特に山の景色に魅了されたとのこと。
それにしてもご主人、とても御年70歳には見えない。腹は出ているが全体的にがっしりとした体躯で、老人にありがちな見た目の衰えが殆ど感じられないのだ。
男も65を過ぎて70を迎えるころになると、悲しいかな、老人と思える特徴が急に目立ち始める。心もとない歩き方、猫背気味で力量感に乏しい後ろ姿、そして体隅々に及ぶたるみや皺である。避けたいのはやまやまでだが、こればっかりはすべての人類に当てはまることなので、諦めるしかない。

この日は残暑が厳しかった。登り始めた直後から体を包むじっとりした熱気で多量の汗が噴き出していた。
用意した水は1.5リッター。のどの渇きに合わせてがぶ飲みすれば、この量だとあっという間に空になる。どうも見当を間違えてしまったようだ。
11年前の夏。伊豆の長九郎山へ登った際、甘く見た登山計画によって、脱水症状寸前にまで陥った苦い経験を思い出す。水は絶えず十二分な余分を考慮する必要がある。ザックの重量が嵩むなどは、理由にもならない。

「おうっ、お疲れさん」

途中にある展望台のベンチでご主人が休憩中だ。

「お疲れさん、失礼して先に行きます」

この時点での休憩はタイミング的に早すぎる。せっかく温まってきた筋肉が冷えてしまうからだ。私の場合、体が馴染んでくるのはスタートから大凡30分から1時間後。刈寄山コースだったら、今熊神社を過ぎる辺りから本調子になる。それにしても久しぶりの山なのにやたらと歩が軽く感じられる。今のところ膝にも違和感は出ていない。

夏の終わりの艶のない森を抜け、南方面が見渡せる尾根に出た時だ、斜面一帯がススキで覆われ、風でゆれる穂が黄金色に輝いている絶景が広がっていた。山にはすぐそこまで秋が迫っていたのだ。
こんな景色が拝めるのも山ならでは。単純な私は、「山に来てよかった」と、ほくそ笑む。

「追いついた!」

その声に振り返ると、下り坂を降り始めたところに、木の杖を高々と掲げたご主人の姿があった。写真を撮ってはまた歩いてを繰り返しているうちに、追いつかれたようだ。

「いや~~、ススキがいいね」

暫し二人並んでこの絶景を眺める。

「こんなの見ちゃうと疲れが飛ぶね」

全くその通り。これがあるから山歩きはやめられない。なんでもそうだが、日常にないものってのは単純に感動する。海なんかはいい例だ。好きな城ヶ島は、訪れるたびに異なる美しさを見せてくれるし、沼津の千本浜になれば、堤防に立って大海原を眺めるだけで、日頃のもやもやが全て消え去るほどのエネルギーをもらえるのだ。

ススキの見渡せるところから刈寄山の頂上は目と鼻の先。到着するとちょうど正午を回るところだった。
標高687mでも下界と較べればかなり涼しい。一般的に標高が100m増すと気温は0.6℃下がると言われているので、単純に計算すれば自宅周辺より4℃近く低くなっているはず。
互いに水と食料をザックから取り出し、ランチを始める。
ご主人、現役時代は一貫して建築業に従事していたとのこと。しかも2年前までバイクに乗っていたらしい。私の職業を説明すると、

「今でも地元の友達二人がハーレーに乗ってますよ。木代さんのこと教えたら一度は店に行くだろうな」

大歓迎である。山で知り合った人とバイクの話ができるなんて初めてのこと。この後結構盛り上がったのはいうまでもない。

「もうちょっと前に会っていたら、CB750に乗って木代さんとこ行けたのにな」

このホンダCB750は現在息子さんの所有になっているとのことので、ちょっと借りて乗ってくればいいじゃないですかと押してみると、

「もう重く感じるんだよね。これからは山で老化防止ですよ」

わかる、よくわかる。わかる歳になった。

「いっしょに下山しましょう!」

おじさん二人がおじさんのペースで、たいそう盛り上がりながら駐車場を目指した。

若い頃・デニーズ時代 80

開店準備は順調に進んでいた。
ランチのフロントメンバーに若干の不足が出ていたが、その他の充足率は概ね問題のないレベルにあり、トレーニングの成果もきっちりと上がっていた。
一方、プライベートの方も、麻美のおなかの子は順調に育ち続け、2月に入ったら出産準備で沼津の実家へ戻ることになっていた。公私双方からプレッシャーが掛かるが、考えてみればそれは大きな楽しみでもあるのだ。

オープン2日前の20時頃。仕事を終えてエンプロイで寛いでいるのは、谷岡、宗川、そして私の3名。

「タイミングばっちりだな。この時期のオープンならハチャメチャにはならないだろう」
「ゴールデンウィークまでには万全な体制を作りましょう」
「これが正月前だったらきつかったでしょうね」

年末年始、ゴールデンウィーク、旧盆休みは、地方の店舗にとって普段の1.5倍から2倍近くまで売上が上がる三大書入れ時だ。スタッフがまだ育ちきれないオープン直後にこのようなピークに突入すれば、まともなサービスができないどころか、クレームの嵐にもなりかねず、そうなれば店の評判はがた落ちとなり、これを取り戻すには大変な労力と時間が必要になる。

ー ピンポ~ン

「誰だ、こんな時間に」
「納入業者じゃないよね」

宗川が難しそうな顔をしながら裏口のドアに手をかけ、そっと開くと、

「店長おるか」

宗川を押しのけるように侵入してきたのは男二人。誰が見ても普通の人たちではない。
一瞬にして高田馬場の悪夢を思い出した。

「私が店長ですが」
「あんたか。これからいろいろと大変やろな」
「はは、なんとか」

本物の迫力に血の気が引く。
一歩後ろに下がっている、子分と思しき若い男の暴力的な視線が、今にも噛みつくぞとばかりに我々に注ぐ。

「なんかあったらいつでも相談にのるさかい、まあ、とりあえず花こうてや」

やはりきたか、、、いわゆる“守代”だ。
弱気になれば、後で手が付けられなくなるのは明白。ここはしっかりと断らなければ。

「すみません。そういったものの購入は本部からきつく禁じられているんです、、、」
「そんなん店長のポケットマネーでかまへんねん」
「いや~、、、そ、それも、、、」
「わかったわかった、また来るわ」

名刺を一枚渡されると、不思議なくらいにあっさりと帰っていった。

「なんですか今の? めっちゃこわいわ~」

谷岡の顔が異常に強張っている。
改めて名刺をじっくり見てみると、金色の菱がしっかりと印刷されているではないか。これはまぎれもなく山口組の代紋だ。

「山口組とは、またずいぶん本格派ですね」
「しょっぱなから頭いてえな」

日本〇〇同盟の佐々木を思い出していた。背が高く蛇の目を持つ陰湿な男。何度も繰り返し店に来ては、金出せを繰り返した。帰るときは必ずレジ台のガムやキャンディーを鷲掴みにしてポケットに入れる。もちろん代金など払ったことはない。
あのムカムカイライラした日々が再び訪れると思うと、正直萎える。

「ここは皆で団結して店を守りましょうよ」
「ありがとう。DMにも報告入れとく」

宗川の一言は心強い。救われる思いだ。そもそもあんな輩に大切な店を踏みにじられたらたまったもんじゃない。
何事も最初が肝心、これは身をもって経験したこと。目白署の刑事に言わせれば、一度でも金品を差し出したり甘い顔をしたら最後、ケツの毛まで抜きに掛かるのがやくざ。怖くても勇気を奮い、毅然とした態度を守り続けなければ、それこそ最悪の結果を招いてしまうのだ。

「まっ、今のことはおいといて、明日は朝からプリパレだな」

谷岡の顔に別の緊張が走る。

「オープニングマニュアルだとかなり多めなようですが」
「かまわない。ロスのことは考えなくていいよ。それより品切れは絶対NGだ」
「ました!」

オープン日は金曜日だが、当然この特別な日は平日も祝日も関係ない。このご時世、平日でも絶対にごった返す。
売上予測が難しい新店に対しては、本部からオープニングマニュアルが提供されていて、パン類や青果の発注量から、日替わりランチ、ピザ、クレオール等々プリパレ量や、ステーキ、ハンバーグ、パティーの解凍量まで、事細かな数量が記載されている。

「そうそう、オープン日にはスーパーバイザーの三頭さんも急遽来ることになったんだ」

スーパーバイザーとは、全店クックの頂点に立つ役職であり、主な職務は新メニューの開発並びにクッキングマニュアルの管理だ。谷岡からすればまさしく雲上の人。

「へー、嬉しいけど緊張しますね」
「三角さんもそうだけど、東京から来てくれるんだからありがたいよな」
「頑張らないと怒られちゃいますね」
「あはっ、ま、そんなところだ」

この仲間達となら、なんとか行けそうだと確信。
急にオープンが楽しみになってきた。

写真好きな中年男の独り言