数馬の湯・大多摩湯めぐり

「温泉でもいかない?」
「えっ、うん、いいけど」
 うちの女房、木曜といえばフラの練習があるはずなのに、何故か出かけない。聞けば年末年始はお休みとのこと。だったら、最近ぐっと気温も落ち、それに伴い慢性鼻炎も辛くなってきたので、豊富な湯気に包まれながら体の芯から温まりたいと、誘ってみたのだ。
「どこの温泉?」
「数馬の湯」
 数馬の湯は檜原村の西端。奥多摩周遊道路の南秋川入口手前にある。三週間前に歩いた浅間尾根登山口からは目と鼻の先だ。だいぶ昔になるが、実は一度だけ利用したことがあり、豊富な湯量が印象に残っていた。女房の奴、さっそくスマホで数馬の湯を検索している。
「ここよさそうじゃない。それにコロナになってから一度も行ってないし」
 夫婦共々温泉は大好きで、以前は山梨や奥多摩の日帰り温泉へちょくちょく足を運んでいた。

 十二月二十二日(木)。朝からあいにくの雨模様だったが、予報によると雨は午前中に上がり、午後は陽が出るとのこと。朝食をささっと済ませ、九時半に出発した。
 雨のせいか、甲州街道、新奥多摩街道は流れが悪かったが、それも曙橋通りへと左折するまでで、檜原街道に入ってまもなくすると、前後に車の影はなくなった。
 
 二時間あればと思ったが、到着したのはほぼ十二時。早く浸かりたい気持ちを抑えつつ、車を降りようとして、ある事に気がついた。
「やばっ!バッグ、家に置き忘れた」
「なにパパ、財布も免許証も?!」
「まいったぁ~~」
 女房に聞くと、現金は夕飯の買い物ていどしか持ち合わせがないという。
「でも、カード使えるかも。あたし持ってるから」
 期待薄だったが、一応受付で聞いてみると、
「カードは扱ってないですね。PayPayならOKですが」
 入浴料だけではなかった。楽しみにしていた食事処も現金のみとのこと。近くにコンビニでもあれば現金を下ろせるのだが、ここは深山。20Km以上戻らなければならず、現実的ではない。
「いいじゃない。今回は温泉だけにして、食事は帰り道で」
 てなことで、大人二人分の入浴料を払い、浴場へ向かった。

 お湯はよかった。まずは湯温が私好みの三九度。感触は柔らかく、体の芯まで温まる。浴室には三つの湯船とサウナ室、そしてもちろん露天風呂だ。入浴客は私を含めて六名だったので、湯船ではゆったりと手足を伸ばせた。女房と約束した一時間はあっという間に過ぎていく。
 しかし面白い。現金がなく、入浴後ここで食事ができないと思うと、無性に腹が減ってくる。

「いい湯だったな」
「ほんと。お肌つるつるだし、寒くて手足にかゆみが出てたんだけど、すっかり良くなった」
 受付にロッカーの鍵を戻すと、カウンターに並べたパンフレットが目についた。手に取ると<大多摩・湯めぐり・スタンプラリー>とある。一年以内に指定された日帰り温泉すべてを回ると、ペアで利用できる入浴無料券をもらえるという内容だ。こんなイベントでも出かけるきっかけは作れるもの、さっそく次はどこの温泉に行こうかと話の花が咲いた。


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