真夏か?!そう思えるほどの熱波が山肌を覆った。
四月十三日(水)。連休唯一の晴れと出たので、新たな山でも歩いてみるかとPOLOを走らせた。
何度立ち寄ったか覚えてないほど馴染みのある日の出山頂。御岳山~日の出山~梅ノ木峠と、縦走の一通過地点ではあるが、眺めがよく、小さいが東屋もあるので、格好の休憩ポイントとしてよ常々利用してきた。西武ドームから新宿副都心、条件が良ければスカイツリーまで望める大展望は飽くことがない。ただその際、右手に円錐状で形の良い山がいつも気になっていた。逆にその山から日の出山を眺めたらどんな感じであろうかと、その山、つまり麻生山へ登ってみた。
スタートは白岩の滝。路肩だが町が指定する駐車スペースがあり、五~六台なら問題なく停められそうな広さだ。“白岩の滝遊歩道”と称する山道は、渓流に沿って延びているので、涼しく快適。また目を楽しませてくれる変化にも富むのだ。
最近どうにも調子がいまいちな膝。こいつをカバーするため、トレポを最初から使うことにした。連続する上りで大汗をかきながらも、両腕が疲れてくるほどグリップへ力を込め続けた。
渓流沿いの道が終わり、一旦林道に出て再度森へ入り込むと、途端にムッとする空気感に変わる。とてもではないが四月の中旬とは思えないほどの強い日差しだ。樹林帯は日陰で涼しいが、尾根筋に出ると、すぐさま汗が噴き出てくる。ここまで気温が上がるとは思わなかったので、用意した水は500ml×三本。この汗のかきようだと恐らく足りなくなるのではと、ちょっと心配になってきた。
六名のオフローダー達がが休憩していた麻生平を通過すると、まもなくして麻生山への道標が現れた。頂上直下からはどこでもそうだが、急登になる。斜度がきついうえに乾いた土なのでスリップしやすい。
頂上からの見晴らしは日の出山のそれと甲乙つけがたい素晴らしいもの。その日の出山や梅ノ木峠が真正面に見える。相変わらず日差しは強いが、ここは風が通るので多少過ごしやすい。奥多摩の山々へはけっこう分け入っていると思っていたが、まだまだ良いところはたくさんあるのだ。
大昔に一度歩いたことのある金毘羅尾根から日の出山へと向かった。東側が開けているので、山々の斜面に開花真っ最中の山桜がよく見える。しばらく行くと日の出山の取りつきに出た。あとひと踏ん張りだ。
七名の男性グループ、単独男性一名、夫婦者三組、年配女性ペア一組と、相変わらず日の出山の山頂は賑やかである。梅ノ木峠方面、五日市方面、そして御岳山方面と、様々なルートがここで交わり、且つ眺めの良い休憩ポイントだからこの賑わいにも頷ける。うまいこと東屋のベンチが空いたので、涼しい日影で昼食をとることができた。南へ目をやるとさっき登った麻生山が見える。結構な距離感があるのだが、山道が良く整備されていて歩きやすく、ここまでストレスなく辿り着けた。それにトレポのおかげか、膝に痛みは全く感じず、脚の筋肉疲労もすこぶる小さいので、気分的にはずいぶんと余裕が生まれた。
日の出山登山口バス停まではひたすら下りである。露出する木の根は若干多いものの、山道に荒れたところはなく非常に歩きやすい。膝の好調もあっていつになくペースが上がった。
一時間もしないうちに山道が終わり、舗装路に出ると、道沿いにたつ小屋が目に入った。通過する際に入口へ目をやると、何やら焼き物の食器が無造作に置かれていて、“どれも100円”と記した札がある。興味を惹かれて入ってみると、ありきたりな食器ばかりでどれもろくなものではない。ところがふと左手を見ると、魚や亀の形をした、楊枝入れ?、はたまた箸置き?のようなものが籠にたくさん盛られている。ぱっと見には面白そうだったが、よく観察すると奇怪である。買おうかどうしようか一時悩んだが、ザックをおろして財布を出すのも面倒だし、またここへ来ることがあればその時は買ってみようと、再び歩き出した。
あとは私を待つPOLOを目指して一直線だが、この舗装路歩きが単純で面白くない。救いは道に沿ってきれいな川が流れていたので、時々その流れに目をやり気を紛らわした。
しばらくすると大きい道路との交差点に出た。案内表示があり、左へ折れるとつるつる温泉とある。実はここで大きなミスを犯してしまったのだ。“つるつる温泉はR184沿いにある”と、何故か鼻っから思っていたのだ。だからこの交差点を左折し、つるつる温泉の先にある日の出山登山口バス停を目指したのだ。ここまですっと下りだったのが、左折してからは一転上りに変わった。この時「上り?」と、ちょっと違和感を覚えたが、頭の中にある<つるつる温泉~日の出山登山口バス停~白岩の滝入口>は確固たるものだった。長く歩いた後の上りは正直きつかったが、もうすぐゴールという一念で最後の力を振り絞った。
ところがである。視線の先に遮断機が現れたのだ。もちろん通行止めのそれである。ちょっとだった違和感が膨らみ始めた。「ちょっと休憩しよう」。残っていた最後の水を飲み干し、ポケットから地図を取り出す。老眼なのでA3まで拡大した見やすい地図だ。落ち着いてルートを辿ると、「え?! マジかよ」。確信していた“つるつる温泉はR184沿いにある”が実は間違いだったのだ。このままずっと行くと、九十度の方向ミスになり、な、なんと梅ノ木峠へ至ってしまう。何のためにこんな見やすい地図をわざわざ作って持ってきたのか、あまりに情けない自分に嫌気がさしてきた。こんなことではいつか遭難してしまうに違いない。
十分間ほど道にへたり込んだ後、一度深呼吸してから立ち上がり、今上がってきた道を今度は下って行ったのである。