バイク 事故

事故

11月22日(日)早朝6時頃。井の頭通りで大型スクーターが絡む交通事故があった。
もちろん経緯は定かでないが、現場の状況を察すれば、その結果が軽度でないことは容易に想像できた。

拡声器から発する人間の声で目が覚めると、閉じたカーテンを通して赤色灯の明かりが寝室内を照らしていた。反射的に起き上がり、道路に面する高窓を開けてみた。
目に飛び込んできたのは大型スクーターの無惨な姿だった。車体色は黒、その大きさから250ccクラスだろう。フロント部は完全に潰れ、バラバラになったカウル類が十数メートルの範囲で飛び散っているところを見ると、衝突時の衝撃はかなりのものだったろう。
飛散物に混じり、開口部を上にして佇む薄汚れた白っぽいジェットヘルが、事故の緊迫度をアピールしていた。
救急車は去った後だったが、道路上では数人の警察官が現場見聞の真っ最中である。
更に観察を進めると、事故の“相手”らしき車やバイクが見当たらない。現場は長い直線道路であり、ここで単独事故が起きるとは考えにくく、飛散物の落下範囲から見て単純な追突ではない筈だ。恐らくフロント部の損傷は、手前の交差点を通過しようとしたときに、左側の路地から車又はバイクが飛び出てきてそれにぶつかったものと思われる。
その後は転倒して外装をまき散らしながら十数メートル転がっていったのだ。
そう、この交差点には信号機があるので、どちらかに信号無視があったことは確かだろう。

先ほども述べたが、自宅前の道路は長い直線で見通しも悪くない。しかしここは昔から事故が頻発する、鬼門と呼ぶべきエリアでもあるのだ。
井の頭通りは三鷹中央通りを境に車の流れが異なる。東側、つまり吉祥寺を抜けて環八までは比較的交通量が多く流れが滞ることがも屡々だが、反面、西久保から武蔵境へ向けての西側になると途端に流れが良くなる傾向がある。しかも沿道には、境浄水場、畑等々が点在して開放感があるので、無意識にアクセルが開いてしまうのかもしれない。
何れにせよ、バイクで事故を起こしてしまえば最低でも怪我は免れず、運が悪ければ重傷または死亡にまで至る。
ガッチャーンっとぶつかって、

「馬鹿やろ====!!!」

と、叫べるのは車だけなのだ。

若い頃・デニーズ時代 11

「皆に紹介する。今日からうちでクックをやる槇君だ」
「槇です、よろしくお願いします」
「彼は29歳、所帯持ち、お子さんもいる。石澤君と木代は充分面倒を見るように」
「ました!」

それにしてもいけ好かない笑顔の持ち主である。口は笑っているが、目が笑ってない。
これは要注意人物の特徴であり、何か含むものがなければこの様な表情は作れないものだ。
背は低く釣り目で額が広い、おまけに髪型はオールバック。誰が見ても、どの角度から見てもまんまキャッチである。

「明日からは木代と組んで遅番をやってもらう」
「えっ!」
「何かあるのか?」
「い、いえ、何も、、、ました!!」

参った。最悪である。

「今日はクンロクで、石澤リードクックに基本を教えてもらうように」
「よろしくお願いします」

小金井北店のキッチンは、石澤さんを中心に、春日と私、そして元気のいいキッチンヘルプの面々でなかなか良好なチームワークを築いている。
そんな中、精神的にも頼りにしていた春日に転勤が決まり、よりによってその穴埋めにキャッチが入ってくるなんて、これは不運以外の何物でもない。

「じゃ、槇さん、さっそくフライヤーの油交換をやってみようか」
「ました」

二人がキッチンの奥へ入っていくと、さっきからこのやり取りを静観していた春日が口を開いた。

「おい、いい相棒ができたじゃないか」
「あははは、最高最高!」

春日の奴、小金井北店での勤務は今日までだから、好きなことを言ってくる。意識はとっくのとうに新店へ向いているから、こんなやりとりは他人事のように映るのだろう。

「俺も早いとこ異動したいよ」
「大丈夫、もうすぐさ。それにしても彼、癖がありそうだな」
「おまえもそう思うか」
「仲良しにはなれないタイプだね」

正直、憂鬱である。明日からマンツーマンでキッチン業務を教えていかなければならないと思うと胃が痛む。そもそも、この役は私より石澤さんの方がはるかに適役なのだ。なのに、なぜ加瀬UMは私にキャッチを押しつけたのだろうか。

「まっ、それはおいといてさ、新店じゃ頑張れよ!」
「うん、ありがとう。お前には世話になったな」
「同期の桜さ」

研修からずっと一緒だった春日とも今日を最後に離ればなれとなる。
正直寂しかったが、これを機に一本立ちできるような気もするし、一人前のクックへと成長する為には避けて通れない節目のようなものなのだろう。
槇さんの面倒であれこれと思い悩むより、未来を見据えた自分の立ち位置を一日でも早く作れるように、より多くの努力をつぎ込むべきなのだ。

新しい“相棒”との遅番業務が始まって、早くも2週間が経とうとしていた。
仕事の流れを掴むにつれ、槇さんは意外や活発な動きを見せるようになり、相変わらず目は笑ってないものの、MDやミスター達とも徐々に連携が取れるようになってきた。

「槇さんの作るシェフサラダ、すごくきれい♪」
「ありがとう」

褒めているのは、少々ぽっちゃり体形ではあるが、笑顔を絶やさない女子大生MDの井村さんである。口癖は“彼氏、欲しいなぁ~”だ。
彼女の言うように、槇さんの仕事は実に丁寧だった。プリパレーション(下ごしらえ)は何をやってもきれいに上げるし、すのこ磨きをやらせれば誰よりも汚れを落としていた。唯、慎重すぎるのか、時間が人一倍掛かるところにネックがあった。
シェフサラダは基本のトスサラダへ細切りにしたスライスチーズとハムをトッピングしたものだが、このチーズとハムを細切りするにもやたらと丁寧に行う為、きれいに切れても時間が掛かってしまう。確かに料理としてはお客さんに喜んでもらえるだろうが、先週末の繁忙時間帯では、ディッシュアップが大幅に遅れてしまい、クレームが出てしまったのだ。きれいな盛り付けとスピードはどちらも落とせない重要なポイントである。

その時ディッシュアップカウンターに近付いてきたのは、そのクレームをもらってしまった当事者、大学生であるミスターの近藤君だ。

「槇さん、もうちょっと早く上げてくださいよね」
「この間はごめんな、頑張るからさ」

近藤君はアルバイトながら責任感が強く、MDの井村さんと同じく遅番シフトには欠かせないメンバーである。2年間も続けているので小金井北店ではもはや古株だ。

「そんなねちねち言わなくてもいいじゃない」
「ねちねちなんて言ってないよぉ~」

ちょっとのことでも言い合いになるこの二人だが、それぞれ満更でもないムードを持っているのは周知のこと。若い人達の多いデニーズでは、恋の花咲くことも屡々なのだ 。

「木代さん、びしびし鍛えてください」
「遠慮しないですよ」

こっちにも満更でない遅番チームが生まれようとしていた。

若い頃・デニーズ時代 10

デニーズへ入社した1978年は、すかいらーく、ロイヤルホストなど、競合他社も本格的な出店攻勢を掛け始めていた頃で、業績はどこもうなぎ登りであった。
デニーズは首都圏の地固めはもちろんのこと、北関東や東海地区までへも出店エリアを広げ、各社のドミナント戦争は凄まじい様相を呈していた。
春日が話していた新店オープンに伴う人事異動の話はいよいよ現実味を帯び、いつマネージャーに呼ばれるかと、気が気ではない日々が続いた。

そんなある日のこと、遅番で出勤してきた春日が含み笑いで私へ相づちを打つと、
いきなり放ったのである。

「俺の行き先、決まったようだ」
「異動か?!」
「ああ」

言い切った後の意気揚々とした表情が何だか眩しく感じた。

「どこ?」
「蒲生だ」

案の定、埼玉地区である。

「そりゃ寂しいな」
「おいおい、感傷に浸っている暇はないぜ。どのみちおまえもそろそろだ」
「まあね」

クックの仕事には大部自信が付いてきたので、その辺の心配はなかったが、新店という環境下、しかも未知のメンバーとうまくやっていけるかどうかは、大いに不安だった。
新店へ行けばトレーニーの立場はない。1クックとして構成され、大きな責務を背負うことになるのだ。

一週間後。社内メール便に春日の辞令が入っていた。

“蒲生店ショートオーダークックを命じる”

エンプロイエリアに張られた一枚の辞令は、緊迫感を発しながら私に語りかけてくる。

ー お前ももうすぐだってことね、、、

「木代さんも行っちゃうんですか」

食い入るように辞令を見ていたせいか、いつの間にか傍にいたMDの久光さんに気が付かなかった。

「びっくりした==!」
「そんなに驚かないで下さいよ」

口は半開き、茫然自失とした顔をしてたんだろうな、、、格好ワル、、、

「いなくなったら寂しい?」
「なにそれ!」

ちょっと鎌をかけてみたが、どうやら空回りだったらしい。

「そうなんだ、俺もそろそろ異動だよ」
「社員さんは大変ですね。でも頑張らなきゃ♪」

全くその通りである。
異動はしんどいが、新店ならば身につけた実力を発揮しやすいし、評価もされやすい。横一線で並んだ同期達に差をつける絶好のチャンスになるかもしれないのである 。但、この頃では夢の中にまで辞令がちらついてくる始末で、ともかく大きなプレッシャーになっていたことは間違いない。

春日の小金井北店での仕事が残り二日間と迫ったある日、突然キッチンへ入ってきた加瀬UMが皆に告げた。

「明日から中間社員が一人入ってきます。皆で良くフォローするように」

春日の後釜だろうか?!

「ました!」

中間社員とは中途採用の正社員のことである。
昨今の急激な出店ペースで絶対的な人員が不足しているのか、本部は中間社員を積極的に採用しているようだ。新人の私でさえ人手が足りないなと感じるほどだったので、全社的な状況は相当に切羽詰まっていたのだろう。
多くの中間社員には前職があり、しかも接客業や飲食業出身が多いから、入社後の戦力化には新卒ほど時間が掛からない。これは会社にとって大きなメリットになっただろうが、我々学卒組にとっては難儀の種でもあったのだ。
彼らの多くは年齢的に年上であり、レベルの大小こそあれ実社会経験を持っている。ところが加瀬UMは後輩として指導しろと言ってくるからやり辛い。

ー あ~、、どんな奴が入ってくるのやら、、、

写真好きな中年男の独り言