ソニー α7Ⅲ

 先日、以前から気になっていたソニーのミラーレスカメラ“α7Ⅲ”を手に入れた。合わせたレンズは、Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS。年金暮らしゆえにどちらも中古品だが、程度のいいものに巡り合ったことから、一気に入手へと走った。

 カメラは二〇〇三年にD100を購入して以来、ずっとニコン製品を使ってきた。特に小型ミラーレス“ニコン1・V2”は、登山の際に重宝した。小型軽量で、インチセンサーの割には映りがよかった。ただ、小さいとは言え、レンズ部分が飛び出しているので、それなりの荷物感がある。そんな時、ソニーのサイバーショット・RX100Ⅲに着目。ジャンル的にはコンパクトデジカメに入るので、レンズの出っ張りがなく、おまけにファインダーまで装備されている。肝心なセンサーも、V2同様のインチセンサーだ。馴染んだV2を手放すのは惜しかったが、RX100Ⅲのスペックは見逃せなかった。今では登山のお供はこれ一本である。

 こんなことも…
 長らくニコンのD100、D1、D2H、D7000と使ってきたが、ボディーサイズと重量が重荷に感じるようになり、ソニー製品に着目していた背景もあって、高性能かつコンパクトなAPS-C機として人気を集めていた“α6000”を思い切って手に入れることにしたのだ。合わせたレンズは、ツアイスのVario-Tessar T* E 16-70mm F4 である。この組み合わせは、ニコン機で不満に感じていた点をすべて解消し、今ではメインで使っている。よって、ほとんど出番のなかったD7000は手放すことにした。ちなみにD100、D1、D2Hは、屋根裏部屋で眠ったままである。
 こんなことだから、カメラの操作は断然ソニーの方が手馴れてきた。たまにニコンD600を持ち出すと、
「あれ? 露出補正はどれだっけ?」
 なんて、操作に戸惑いが出るしまつ。

 一月二十九日(木)。天候条件が揃ったので、レインボーブリッジ周辺で試し撮りを行った。ちょうど四年前、α6000+Vario-Tessar T* E 16-70mm F4を持参して、同じくレインボーブリッジでトライしたことがあるので、これはAPS-Cとフルサイズの興味深い比較ができるのではと胸が躍った。

■ 2022年12月18日 レインボーブリッジ

 コンパクトからフルサイズまで、ソニーのカメラは操作が基本的に同じだから、α7Ⅲも問題なく初期設定を行え、準備が整った。
 JR田町で下車し、南口からひたすらまっすぐ進めば、レインボーブリッジのエレベーター乗り場へ出る。ただ、冬場に限りだが、遊歩道は十八時で閉まってしまうので注意が必要。先回はサウスルートからお台場や品川埠頭方面を狙ったので、今回はノースルートで東京タワーを含む都心方面を中心にした。いつもながら実に眩い夜景が広がっている。
 湾岸食堂を過ぎるあたりから撮影スタート。レインボーブリッジでは三十分という短い間だったが、納得の計六十数枚を撮ることができた。

 α7ⅢのRAWデータレベルは、もはや圧倒的である。案の定、α6000のそれとは一段も二段も格上だ。高感度ノイズを避けるため、ISOは6400を上限と設定したので、被写体によってはシャッター速度が1/20秒になってしまうが、α7Ⅲの強力な手振れ補正のおかげで、ブレミスは皆無。ちなみに絞りはF4で固定した。仕上げはPhotoshopCS5で、トーンカーブ、色温度、彩度を調整したが、劣化はまったく感じられなかった。いやはや、今どきのフルサイズはイージーに撮れて、これほどの高画質画像が得られるのだから、もう笑うしかない。

バイク屋時代57 デュアルパーパスの魅力

 モト・ギャルソンに入社して以来、三十年という長い間、ひたすら店の責任者として収益を確保、お客さんには満足のいくバイクライフを提供できるよう常に努力してきた。それに俺はバイクが大好きだから、様々なツーリングイベントでお客さんと共に走り、時には酒を酌み交わしながらのバイク談議はとても楽しく、ついつい仕事だということを忘れてしまった。だから、なんていい会社に入ったもんだと心底感じていたし、同時にやりがいも大きかった。
 そんな職務の毎日が、BF勤務となった途端、顧客関係が大きく様変わった。特にツーリングを通じてお客さんと接する機会がなくなったことは、俺にとって就労意義を喪失したに等しい一大事であり、正直なところ気落ちした。ただ、個人的なことも含め、バイクライディングについては還暦を待たずして卒業を決めていた。ワインディングが好きという、ただそれだけの理由でバイクを乗り続けてきわけだが、加齢の影響により、徐々に動的視力が落ちてきたことを自覚、最後に走ったスポーツランド那須では、下車後に“目が回る”という摩訶不思議な症状に当惑した。これが潮時だと結論付け、きっぱりバイクライフの幕を閉じたのだ。
 バイクは二十代のころからずっと乗り続けてきたので、「もうおなか一杯だ!」と自分に言い聞かせ、バイクは乗って楽しむものから、生活するためのビジネス商材へと見方を切り替えた。だからBF勤務はタイミング的にも合っていたかもしれない。すべて自分のコントロール下において、仕入れ、販売準備、利益構築と駒を進める醍醐味は、お客さんと共に歩んだバイクライフに匹敵、いや、それ以上と感じ始めたのだ。
 BFのスタッフは俺一人。同僚や部下のいない環境ってのは初めてのこと。なにからなにまで自分でやらなければならないが、軋轢がないし、人間関係で悩むこともないので意外や楽しい。しかもモト・ギャルソンから仕入れる中古車は、社長の意向で最低限の利益しかのせてないから、売れさえすれば儲かり充実感も覚える。

 先日もHD東村山で、下取車がヤマハ・セロー250になる商談が入り、お客さんの欲しいモデルが入荷数が少なく、近隣のディーラーにも在庫ならびに入荷予定もない車体色のXL1200Xだったので、営業マンも強気に出たわけだ。ただ、下取り価格をあまり低く提示してしまうと、バイク王などの買取り業者へ持っていかれる危険があるので、すぐにオークション相場を調べ、ころ合いの価格をアドバイスしたのだ。商談は成約し、おまけにオークション相場より二割強ほど低い価格で下取れたのだ。セロー250は人気車種なので、グーバイクへアップするとその日のうちに見積もり依頼が入り、こちらも数日後にはめでたく成約である。
「木代くん」
「なんですか」
「十中八九、今期のBFは黒字転換になりそうだ。何年ぶりだろう」
 わずかな利益だろうけど、嬉しいことに変わりはない。それより、webを駆使した無店舗商売の可能性を証明できたことの方が俺にとっては大きかった。

 この頃、下取車が入るハーレーの商談には、面白い傾向が二つほど見られた。
 ひとつは、憧れで手に入れたスーパースポーツだったが、実際の乗ってみると、あまりのパフォーマンスの高さに持て余し気味になり、期待していたほどの満足を得られないと言った声。ZZR1400、GSX-R1000、YZF-R1、パニガーレが、ほとんど似たような理由でハーレー購入の際の下取り車として入ってきたのだ。どれも市場では人気車だったので、全車一か月以内に商談成約となった。特にカワサキ・ZZR1400は、スズキのGSX1300R隼と並んで超のつく人気車。オークションではとてもじゃないが高くて買えない。昨今レーサーレプリカの人気はかなり落ち込んでいたが、両車のカテゴリーであるロングツアラーは根強い人気が長く続いており、キャブレター仕様のホンダ・CBR1100XXでさえ高値で取引されていた。
 もうひとつも興味深い。
 若いころからのバイク仲間たちも歳を重ねるうちに、動力性能重視のスポーツモデルから、ツーリングユースで楽な国産ネイキッド、BMW、はたまたハーレーへと乗り換えが続いたのだ。
「いや~、全然楽」
「ツーリングの疲れ方が半分だね」
 周囲からそんな言葉が聞こえてくると、やはり考え出すのだろう。KTMの排気量が1000ccもあるスーパーモタードから、BFでドゥカティのディアベルへと代替えしていただいたお客さんが、その後、上記のような流れがさらに加速し、ついにはハーレーに興味を持つようになり、一番親しい仲間の方が、他ディーラーだが、ハーレーFXDL・ローライダーを購入したのだ。

「ぜったい買い替えた方がいいよ」
 と、強く押されようで、うちでディアベル下取りに出して、同じFXDLを購入してくれたのだ。同様なパターンがその後も二件あり、バイクライダーの高齢化による売れ筋の変化が窺えた。
 性能重視でストイックなモデルは、バイク好きなら一度は憧れるもの。まして三十代、四十代なら、その魅力を全身で感じながら、箱根や伊豆で丸一日遊べるだろうが、これが五十代を迎えるころになると、余りある高性能と、攻撃的なライディングポジションが次第に負担になってくるのだ。そんなタイミングでハーレーに試乗してみれば、それまで眼中になかったジャンルのバイクが、びっくりするほどフィットすることに気がつく。食わず嫌いとはこのことだ。
「木代さん、ローライダー正解だったよ」
「そりゃよかったです」

 カワサキZXR750は最高の相棒だった。こいつを駆って伊豆へ出かけるのは、日常のすべてを忘れるほどの楽しみであり、特に峠で一体感を覚えた時の快感は病みつきになる。尾根に沿って延々と伸びる伊豆スカは、音の反響が小さいから、USヨシムラの咆哮は混じりっ気のないストレートなサウンドを奏で、否応なしにスロットルは開くのだった。よって国産バイクを売っていた頃は、毎度のビッグツーリングに、メーカーからの試乗車貸与がなければZXR750を使っていた。それがビューエルの正規ディーラーになってからは、当然ながらS1W、X1を乗っていくことになり、アップライトなバイクのツーリングにおける優位さが体を以ってわかるようになってきたのだ。峠のみで使うのだったらZXR750は十分な満足を与えてくれるが、多くのお客さんを従えてのツーリングとなれば話は別になる。
 ドゥカティを扱うようになると、イベントの脚はもっぱらポジションの楽なモンスターをチョイスし、挙句の果てには、エンジンパワーもおとなしく、アップライトなポジションが際立つGT1000が定番のイベント用バイクになった。よくお客さんに言われた。

「店長、今度のビッグツーリングはスーパーバイクに乗ってきてくださいよ」
「いやいや勘弁、いじめないでよ」
 歳を取ってくると間違いなくこうなる。
 それぞれに好みはあるだろうが、俺の思うに、やはりバイクっていう乗り物は、軽くて取り回しが楽で、かつ峠道でもスポーツモデルと同等かそれ以上に走れる性能を有して欲しいもの。
 1991年とずいぶん昔のことになるが、ビッグツーリングが間近に控えていたある日、
「店長、ヤマハから電話入ってます」
 ツーリングに使う試乗車を依頼していたので、その返事だろう。
「はい毎度、木代です」
「お世話さま。面白い試乗車がありますよ」
「なに?」
「アルテシアです。ぜひ乗ってみてください」

ヤマハ アルテシアとカワサキ KLE400

 SRX400のエンジンを搭載したデュアルパーパスモデルだ。一年先に出ていた欧州向けXT600Eの日本版である。まだまだレプリカ人気が衰えてない時代なのに、カワサキもKLE400を発売して好調だったから、何気にそのジャンルが気になっていた。しかもカワサキがそのKLE400を同じく試乗車として出してくれたので、面白い比較もできそうである。
 結果は目からうろこ。なんと、楽、面白い、速いの三拍子が揃っていたのだ。そもそもアルテシアは車体の基本ジメオトリがオフ車なので、サスペンションストロークが長くて乗り心地がいい。しかもSRX譲りのエンジン性能は、立ち上がりなどで後続を離すことなど容易い。サスペンションもよく動くから、コーナー時のトラクションを確認しやすく、安心してバンクできるのだ。

 ちなみに、2007年にヤマハから発売になったWR250Xは、モタードというジャンルを確立し、まさに操って楽しいバイクの最右翼。250ccというキャパではあるが、躍動感あふれるエンジンパフォーマンスは、ツーリングユースでも十分な満足を得られるだろう。

春~よ来い、早~く来い

 ここへきて急に冬が本格化してきたようだ。朝夕がとにかく寒い。
 一月二十六日(火)。夕方から友人のHさんと一杯やろうと約束していた。ちなみに、西久保日記ではHさんと称する男性がよく登場するが、Hさんは二人いて、今回待ち合わせをしたのは、五十をちょっと出た若い方のHさんである。もう一人は私より二つ上の元ジャーナリスト。

 場所と時間は三鷹駅北口十八時半だが、早めに家を出て駅周辺を三十分ほどスナップしながら歩いてみた。北口右手の一角は、以前からスナックや居酒屋が多いところだが、入れ替わりが頻繁なのだろう、知った店はほとんどなかった。中道新道からガードの方へ折れ、ホーム沿いに駅へ向かうと、すぐ右側にある居酒屋がえらく繁盛している。外から店内を覗くとほぼ満席。周辺の店とくらべると圧倒的な差だ。

 待ち合わせの駅前交番まで来ると、Hさんがちょうど階段を下りてきたところだった。
「おう、ひさしぶり」
「寒い中、待っちゃいました?」
「俺もいまきたとこだよ。カメラ持ってその辺をぶらぶらしてたから」
「どこ入ります?」
 さっそく先ほどの繁盛店のことを伝えると、
「魅力があるから混んでるんですよ。そこ、行きましょう」
 店内に入ると人数を訊かれた。
「奥に進んでください、空いてます」

 ラッキーである。店の名称は“かぶら屋”。チェーン店のようだ。
 注文はスマホからと今どきだが、メニューの価格はどれも今どきにはない超安価。とりあえず煮込みとおでんをたのんでみた。
 おでんは煮込まれて味が染み込み、静岡おでんのように黒っぽい。煮込みはそれほど特徴はないものの、ハズレではない。焼き鳥、フライ、ニンニク焼き等々、次々に注文したが、どれも丁寧な調理がされていて酒が進む。いつもはビールスタートだが、あまりに寒いので今回は初っ端から熱燗である。喋っては飲んで、食っては飲んでで、この頃にしては珍しく五合もやってしまう。すいすい入る日本酒は、ほんと危険だ。それにしてもいい店を見つけられてよかった。

「桜の季節になったら、近江八幡へ行こうと思ってさ」
「へー、いいですね。でも桜だったらやっぱ道後温泉ですよ」
 Hさんの地元は愛媛である。
「四国はまだ行ったことがないからさ、手始めにこの夏“剣山”に登ろうと計画中なんだ」
「はいはい、徳島のね。木代さんは悠々自適だからいくらでも計画できるじゃないですか」
「まあね。俺はさ、こーゆー生活をね、首を長くしながら待ってたんだよぉ」
 春~よ来い、早~く来い。

フォルクスワーゲン西東京にて

 車を所有すれば二年に一度の継続車検は避けられない。周知のように、これにはかなりな費用がかかる。うちのPOLOのような小型車でも、なんだかんだんで12~3万円ほどの出費は覚悟しなければならない。しかも、タイヤとかブレーキシューとか、部品の交換が必要となれば、さらに2万円から10万円の追加になる。少しでも安く済ませたいなら、整備工場へ依頼するのではなく、自分で陸運支局へ持ち込んで検査を通せば半額ほどで済むが、車の安全を考えるとお勧めはできない。車を所有した者の必要経費と諦めたほうが無難である。

 うちのPOLOも三月で車検が満了するので、先日にフォルクスワーゲン西東京へ依頼した。担当のフロントマンAさんはとても感じのいい方で、いろいろと話を聞いてくれる。
「木代さん、お久しぶりです」
 Aさんと顔を合わせるのは先回の車検以来だ。
「Aさんも元気そうじゃないですか」
 概算見積もりが出来上がるまで、おおよそ一時間ショールームで待機である。今回は文庫本を持参したので、いただいたココアを飲みながらじっくりと文中に没入できる。
 そのうちひとりふたりとお客さんが来店し始め、人の動きが多くなり、店内全体に活気が出てきた。商談コーナーでは、若い男性客が営業マンとやり取り中である。この店、ずいぶんと繁盛してそうだ。
 POLOはとても気に入っているので、代替えの予定はないが、ここへくると現行車の外装や内装をこまごまと観察できて、ついつい興味が湧いてしまう。実に目に毒だ。
「どうもお待たせしました」
 Aさんが戻ってきた。一時間はあっという間だ。

「なにかありました?」
「バッテリーがやや弱いですが、消耗パーツはすべてOKですね。ただ、右側のかじ取りのブーツに亀裂が入っているので、これは交換となります」
「まっ、しょうがないですよ、長く乗りたいから」
「次の車検時には、おそらく左側が同じことになると思います」
「その時はその時ですよ」
「では恐れ入ります、法定諸費用が53,650円ですね」
 これだけは現金で前払いだ。
「いつ完了かな?」
「一週間後ですね」
 Aさん、社会へ出てからは一貫して車関係の仕事に従事してきたとのこと。車好きが会話の中から窺える。還暦は過ぎていて、あと数年で定年を迎えるが、
「この先どこで働くにしても、車畑と決まっていますから」
 と笑顔で答えていた。

物価高

 二十一日付の読売新聞朝刊。コーナー『気流』の冒頭に掲載された、八十六歳になる男性からの投書“ラーメン価格に国憂慮”に興味を覚えた。
 
 先日昼、久しぶりにラーメン店に入り、一杯千二百円もするので驚いた。
 学生時代は五十円、現役時代に親しんだラーメンは長らく五百円だった。確かに種類も多く、味も良くなったが、「気軽にラーメンでも」という時代は終わったようだ。ラーメン一杯で世の中の物価高の現状を知りえた気がした。同時に我が国の行く末が大いに心配になった。

 一部割愛したが、以上のような内容だ。
 男性は私よりひと回り以上も先輩なので、五十円時代はさすがによくわからないが、現役時代の五百円云々は大いに頷ける。物価高と言われて久しいが、現況は真に憂慮すべきレベルに達していると思う。ラーメンの高級化、高価格化は業者の自由だが、やはりラーメンは庶民食の筆頭であり続けてほしいもの。シンプルな作りでかまわないから、ワンコイン、つまり五百円前後で提供できるような店が多く現れてくれると嬉しい。ただ、同様な考え方を持つ業者はいるはずだが、物価高による原材料の高騰に阻まれ、簡単には実現できないのだろう。

「解散を考えている暇はない!」と繰り返し、政策の柱である【総合的な国力の強化】を推し進めてきた高市早苗首相が一転、衆議院の解散を決めた。恐らく現行の体制に限界が見えてきたのであろう。自民党のみで過半数を取れれば政策が容易に進められるのは言うまでもなく、この対策として“食料品の消費税率を時限的にゼロにする”を選挙公約に掲げれば、現況を鑑みて勝算ありと判断したのだと思われる。
 やり方の是非は問わない。一日でも早く物価高を抑え、総合的な経済成が達成できるようお願いしたいものだ。

 写真は、サバと舞茸とブロッコリーを材料にし、塩、コショウと豆板醤で味付けをしたパスタである。簡単に作れて栄養もあるし、サバ缶一個百七十九円なので、財布にも優しいのである。
 ご馳走さまでした☆

写真好きな中年男の独り言