バイク屋時代58 若かったね~

 最近はコンスタントに下取車が入ってくるので、仕上げや納車整備を依頼するために、週に一~二度はPモーターサイクルへ足を運んでいた。
 その日は日曜だった。店前の駐車スペースにトラックを入れようと歩道へ乗り上げると、近江くんがお客さんとなにやら立ち話中。中断してすぐにトラックの脇へ来ると、運んできたバイクの固定を外し始めた。
「GSX-Fですね」
「二週間ほど時間をもらってるよ」
「そりゃありがたい」
 作業を眺めているお客さんと目があった。
「あれ、久しぶり!」
「ご無沙汰してます」
 モト・ギャルソンの古いお客さん、Kくんだ。その昔、カワサキのゼファー750を新車で買ってくれ、その後も大事に乗り続けて、今日は車検整備が上がったので受け取りに来たそうだ。
「何年ぶりだろう」
「ビッグツーリングに行ってた頃が懐かしいですよ」
「ビッグね、はは、大昔だ」

 確か入社して二度目のビッグツーリングである。本当に大昔だが、Kくんが絡むエピソードは鮮明に思い出す。大人げない冷や汗ものの行為だったと共に、愛車ヤマハ・RZ250で参加した唯一のビッグツーリングだったから。

 宿泊先はみなかみ町の猿ヶ京温泉。Cグループを大崎社長と組んだ。RZは古くて壊れやすいからツーリングに使っちゃだめだと釘を刺されていたが、一度でいいから青春の愛車RZを駆って参加したかったので、メカの海藤くんに点検を依頼、お墨付きをもらった旨をごり押しして、不承不承了解を得たのだ。
 社長が先頭、俺がケツ持ちで、三国街道を軸とした周辺のワインディングを流していた。ところがすぐ前を走っていたKくんが突然ペースを落とし始め、しまいには路肩に停ってしまった。その時はまだゼファー750を所有する前で、スズキ・250Γで参加していた。先行する他のメンバーは、このアクシデントに気づかなかったのか、俺たち二人を残して走り去ってしまう。
「だめかい?」
「エンジンはかかるんですが、アクセルを開けると止まっちゃうんです」
 おそらくキャブのトラブルだと思うが、俺が対処できる範囲を越えている。まだ携帯電話などない時代だったので、途方に暮れていると、右手に広がる森の奥から、バイクらしき排気音が聞こえてきた。もしやと思ったその直後、前方にある林道の出口と思しきところから、ヤマハ・DT200に乗った松田さんが現れ、次から次へとオフロードグループの面々が飛び出してきたのだ。最後はカワサキ・KDX200Rの吉本くんだったので、こっちへ来るよう大きく手を振った。

 彼のKDX200Rはつい最近手に入れたばかりの新車である。今回のツーリングが初の林道走行になると言っていた。やかましい排気音を吐き出すこのオフ車、実は通常なら一般公道走行不可の本物のエンデューロレーサーなのだ。ところが世の中にはそんな競技専用車に保安部品を取り付けて、登録代行までやってくれる業者がある。そこへ大枚をはたいてナンバープレートを手に入れたわけだ。レーサーなので性能は半端でなく、たとえば俺のRZ250は“ナナハンキラー”と呼ばれるじゃじゃ馬マシンで通っているが、重量139kg、最高出力30馬力と、発売当時はスーパースペックだった。ところがKDX200Rは、重量100kg、最高出力37馬力と、比較にならないほどの性能を有していた。
「どうしたんですか?」
「KくんのΓがさ、突如止まっちゃったんだよ」
「わかりました、見てみます。松田さ~~~ん! おれ修理やるから、先行ってて!!」
「了~~~解!」
 さっそく携帯工具を取り出し調べ始めたが、五分、十分と時が進む。
「これ、一度キャブをばらさないとだめかも」
「トラック隊呼びに行ってこようか」
「いいや、応急でやってみますよ」
 それからさらに十分ほど作業を行い、なんとか完了。ちょっとアイドリングが高いが、スロットルに反応するようになった。
「じゃ、ぼくが先導するんで、ゆっくりついてきてください」
 吉本くんがバイクにまたがり走り出す。その後に俺、Kくんと続いた。しばらく行くと三国街道に出たのでそこを左折。ここからはラリーの集合場所であるドライブインまで緩い上り坂が続く。
 のんびり走っていると前方に観光バスのテールが見えてきた。俺たちの速度も低かったが、喘ぎながら坂道を上る大型バスはさらに低速だ。しかも二台連なっている。
 もしやと思ったその瞬間、吉本くんが右車線へ出た。ここは黄色ライン、追い越し禁止だが、連なるバスを追い越すというのだ。引っ張られるように俺も続いた。フルスロットルで加速、車速は瞬間的に上がった。二台の2ストマシーンの咆哮が森にこだまする。と、その時、
「前のバイク止まりなさぁ===い!!」
 反射的に目が行ったハンドルミラーに赤色が点滅している。パトカーが左脇から出てきたのだ。目線を元に戻し、前方の様子をうかがうと、
「おいおいおい、加速かよぉ!!」
 吉本くん、問答無用でぶっちぎる気だ。反射的にスロットルを全開にしている自分も恐ろしい。
 パリィ~~~~~ン、パアァ~~~~ン、パリィ~~~~~ン、パアァ~~~~ン!!
「おりゃぁぁぁ!!」
 パトカーに追跡されているという危機的状況下なのに、2ストサウンドに酔いしれるクレージーさ。

 中速コーナーと緩いのぼりが続いた。バイクにとって最も有利になるシチュエーションだ。リズムにも乗ってきてどんどん速度が上がる。回り込むS字コーナーをクリアした直後、後方を確認すると、パトカーとの距離が開き始めている。それにしてもKDXの立ち上がりは鋭い、さすがオフ車、さすがレーサーだ。しかし俺のRZも捨てたもんじゃない。ぎりぎりだが、このレベルならなんとかついて行ける。
 パトカーとの距離は徐々に開いていった。そろそろドライブインが見えてくる頃だ。
「いるいる!」
 無数のバイクが駐車場に溢れかえっている。ラリーのスタート地点に参加客が集合してるのだ。
 吉本くんそして俺と、続いてドライブインへ飛び込む。俺は敷地の最も奥へバイクを入れ、その脇に隠れるように身を潜めた。道路の方へ目をやると、吉本くん、赤色を回しながらパトカーが通過する様を路肩で何食わぬ顔して眺めている。リバーシブルのジャケットを裏返しに着なおし、地味なモスグリーンから、目にも鮮やかなオレンジに変わっている。いやはや堂々としたもんだ。まっ、いずれにしても逃げ切れたのは間違いないだろう。しかし大人げないことをしでかしたもんだ。ただ、あの痺れるエキゾーストサウンドと暴力的な加速には、一瞬のうちに人を飲み込む魔力がある。いやはや、俺はのまれやすいたちなんだと、よぉ~~くわかった。

「あまりに一瞬のことだったし、木代さんたち、あっという間に見えなくなって、なにが起こったのかわかりませんでしたよ。そんなことがあったんですね」
「いや~、お恥ずかしい」
「木代さん、若かったね~」
 近江くん、なんだか嬉しそう。

十年ぶりの江の島

 α7ⅢとVario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSSのコンビは軽くて軽快だ。もっと色々なシチュエーションへ持ち出したくなり、今度は十年ぶりとなる江の島へ出かけてみた。重量級のニコンD2Hをぶら下げ、ひたすら被写体を求めて歩き回ったあの日が昨日のように思い出される。

 二月二日(月)。今回はPOLOで出かけたが、江の島の周囲に点在する駐車場はどこも料金が割高だ。一級観光地であるが故、致し方ないのだろう。しかし少しでも安く上げたいのは人情。このような時は、駐車場予約サイト“特P”がおすすめだ。サイトを開くと、小田急線の片瀬海岸駅から徒歩で二分という好立地でありながら、十二時間440円という格安な情報が載っていた。島内の駐車場はどこでも一時間400円なので、今回のように十四時から十八時まで四時間も利用すれば1,600円の出費になってしまう。

 弁天橋を進み鳥居が見えてくると、いるいる、うじゃうじゃと。平日なのに驚くほどの活況だ。大半が若い人たちで、特にカップルが目立つ。それと、中国人観光客は本当に減っているのか?と疑いたくなるほど、チャイニーズトークが飛び交っている。
 最も混雑する仲見世を通過しても、人いきれは収まらない。シーキャンドルを中心に、時計回りで稚児ヶ淵を目指した。
 撮影ポイントを見つけようと集中するが、あまりの混雑ように気が散る。階段の途中でいざ撮ろうとすれば、濁流の如く次から次へと歩行者がやってくるので、ぎりぎりまで端によって、手すりに密着しながらカメラを構えなければならない。見晴亭へ下る階段は人気の撮影ポイントなので、立ち止まってスマホを構える女の子が多大勢いて、しかもそのモデルになる友達も階段の途中でポーズをとるから、先へ進むのにも一苦労だ。やっとの思いで稚児ヶ淵まで下ってくると、広々とした海原が目に飛び込み、一息抜けた気分である。遊歩道の端に腰かけ、暫しの休憩を取った。ここまで来るには急な階段をずいぶんと降りてきたので、戻ることを考えると気が重い。右膝のトラブルは治癒することがないのだ。

 鳥居まで戻ってくると、さすがに疲れた。有名飲食店“とびっちょ”の真裏にある喫茶店で一服。ホットコーヒーが体に染み渡る。
 店を出ると、辺りは早くも夜のとばりが落ち始めていた。気温も急降下である。防波堤へ出ると、きれいな夕日が広がっていた。西に向かって歩いていくと、かわいらしい女子高生二人が、夕日をバックに自撮りをしている。二人ともにこにこしてとても楽しそうだ。
 あっという間に陽が落ちてきたので、腕時計を見ると十八時前を指していた。
 弁天橋の途中から振り返ると、夕日とアイランドスパのネオンが相まって幻想的なムードを醸し出している。こんなところがカップル受けするのだろうか。
 
 さて、α7Ⅲにもだいぶ慣れてきた分、操作上での不満点も見えてきた。
 構えるたびに行う操作に露出補正があるが、上部にある露出補正ダイヤルを「±0」にしておかないと、前方ダイヤルへ割り振った分の露出補正機能が効かなくなること。メーカーとしては上部ダイヤルをメインとして行うように設計したのだろうが、これオンリーでは、とてもじゃないが使いづらい。
 それと、お世辞にも見やすいとは言えない電子ファインダー(EVF)。下位モデルのα6000とまるで変わらないのだ。一応フルサイズという上級モデルなので、その辺のところは考えて設計して欲しかった。

ソニー α7Ⅲ

 先日、以前から気になっていたソニーのミラーレスカメラ“α7Ⅲ”を手に入れた。合わせたレンズは、Vario-Tessar T* FE 24-70mm F4 ZA OSS。年金暮らしゆえにどちらも中古品だが、程度のいいものに巡り合ったことから、一気に入手へと走った。

 カメラは二〇〇三年にD100を購入して以来、ずっとニコン製品を使ってきた。特に小型ミラーレス“ニコン1・V2”は、登山の際に重宝した。小型軽量で、インチセンサーの割には映りがよかった。ただ、小さいとは言え、レンズ部分が飛び出しているので、それなりの荷物感がある。そんな時、ソニーのサイバーショット・RX100Ⅲに着目。ジャンル的にはコンパクトデジカメに入るので、レンズの出っ張りがなく、おまけにファインダーまで装備されている。肝心なセンサーも、V2同様のインチセンサーだ。馴染んだV2を手放すのは惜しかったが、RX100Ⅲのスペックは見逃せなかった。今では登山のお供はこれ一本である。

 こんなことも…
 長らくニコンのD100、D1、D2H、D7000と使ってきたが、ボディーサイズと重量が重荷に感じるようになり、ソニー製品に着目していた背景もあって、高性能かつコンパクトなAPS-C機として人気を集めていた“α6000”を思い切って手に入れることにしたのだ。合わせたレンズは、ツアイスのVario-Tessar T* E 16-70mm F4 である。この組み合わせは、ニコン機で不満に感じていた点をすべて解消し、今ではメインで使っている。よって、ほとんど出番のなかったD7000は手放すことにした。ちなみにD100、D1、D2Hは、屋根裏部屋で眠ったままである。
 こんなことだから、カメラの操作は断然ソニーの方が手馴れてきた。たまにニコンD600を持ち出すと、
「あれ? 露出補正はどれだっけ?」
 なんて、操作に戸惑いが出るしまつ。

 一月二十九日(木)。天候条件が揃ったので、レインボーブリッジ周辺で試し撮りを行った。ちょうど四年前、α6000+Vario-Tessar T* E 16-70mm F4を持参して、同じくレインボーブリッジでトライしたことがあるので、これはAPS-Cとフルサイズの興味深い比較ができるのではと胸が躍った。

■ 2022年12月18日 レインボーブリッジ

 コンパクトからフルサイズまで、ソニーのカメラは操作が基本的に同じだから、α7Ⅲも問題なく初期設定を行え、準備が整った。
 JR田町で下車し、南口からひたすらまっすぐ進めば、レインボーブリッジのエレベーター乗り場へ出る。ただ、冬場に限りだが、遊歩道は十八時で閉まってしまうので注意が必要。先回はサウスルートからお台場や品川埠頭方面を狙ったので、今回はノースルートで東京タワーを含む都心方面を中心にした。いつもながら実に眩い夜景が広がっている。
 湾岸食堂を過ぎるあたりから撮影スタート。レインボーブリッジでは三十分という短い間だったが、納得の計六十数枚を撮ることができた。

 α7ⅢのRAWデータレベルは、もはや圧倒的である。案の定、α6000のそれとは一段も二段も格上だ。高感度ノイズを避けるため、ISOは6400を上限と設定したので、被写体によってはシャッター速度が1/20秒になってしまうが、α7Ⅲの強力な手振れ補正のおかげで、ブレミスは皆無。ちなみに絞りはF4で固定した。仕上げはPhotoshopCS5で、トーンカーブ、色温度、彩度を調整したが、劣化はまったく感じられなかった。いやはや、今どきのフルサイズはイージーに撮れて、これほどの高画質画像が得られるのだから、もう笑うしかない。

バイク屋時代57 デュアルパーパスの魅力

 モト・ギャルソンに入社して以来、三十年という長い間、ひたすら店の責任者として収益を確保、お客さんには満足のいくバイクライフを提供できるよう常に努力してきた。それに俺はバイクが大好きだから、様々なツーリングイベントでお客さんと共に走り、時には酒を酌み交わしながらのバイク談議はとても楽しく、ついつい仕事だということを忘れてしまった。だから、なんていい会社に入ったもんだと心底感じていたし、同時にやりがいも大きかった。
 そんな職務の毎日が、BF勤務となった途端、顧客関係が大きく様変わった。特にツーリングを通じてお客さんと接する機会がなくなったことは、俺にとって就労意義を喪失したに等しい一大事であり、正直なところ気落ちした。ただ、個人的なことも含め、バイクライディングについては還暦を待たずして卒業を決めていた。ワインディングが好きという、ただそれだけの理由でバイクを乗り続けてきわけだが、加齢の影響により、徐々に動的視力が落ちてきたことを自覚、最後に走ったスポーツランド那須では、下車後に“目が回る”という摩訶不思議な症状に当惑した。これが潮時だと結論付け、きっぱりバイクライフの幕を閉じたのだ。
 バイクは二十代のころからずっと乗り続けてきたので、「もうおなか一杯だ!」と自分に言い聞かせ、バイクは乗って楽しむものから、生活するためのビジネス商材へと見方を切り替えた。だからBF勤務はタイミング的にも合っていたかもしれない。すべて自分のコントロール下において、仕入れ、販売準備、利益構築と駒を進める醍醐味は、お客さんと共に歩んだバイクライフに匹敵、いや、それ以上と感じ始めたのだ。
 BFのスタッフは俺一人。同僚や部下のいない環境ってのは初めてのこと。なにからなにまで自分でやらなければならないが、軋轢がないし、人間関係で悩むこともないので意外や楽しい。しかもモト・ギャルソンから仕入れる中古車は、社長の意向で最低限の利益しかのせてないから、売れさえすれば儲かり充実感も覚える。

 先日もHD東村山で、下取車がヤマハ・セロー250になる商談が入り、お客さんの欲しいモデルが入荷数が少なく、近隣のディーラーにも在庫ならびに入荷予定もない車体色のXL1200Xだったので、営業マンも強気に出たわけだ。ただ、下取り価格をあまり低く提示してしまうと、バイク王などの買取り業者へ持っていかれる危険があるので、すぐにオークション相場を調べ、ころ合いの価格をアドバイスしたのだ。商談は成約し、おまけにオークション相場より二割強ほど低い価格で下取れたのだ。セロー250は人気車種なので、グーバイクへアップするとその日のうちに見積もり依頼が入り、こちらも数日後にはめでたく成約である。
「木代くん」
「なんですか」
「十中八九、今期のBFは黒字転換になりそうだ。何年ぶりだろう」
 わずかな利益だろうけど、嬉しいことに変わりはない。それより、webを駆使した無店舗商売の可能性を証明できたことの方が俺にとっては大きかった。

 この頃、下取車が入るハーレーの商談には、面白い傾向が二つほど見られた。
 ひとつは、憧れで手に入れたスーパースポーツだったが、実際の乗ってみると、あまりのパフォーマンスの高さに持て余し気味になり、期待していたほどの満足を得られないと言った声。ZZR1400、GSX-R1000、YZF-R1、パニガーレが、ほとんど似たような理由でハーレー購入の際の下取り車として入ってきたのだ。どれも市場では人気車だったので、全車一か月以内に商談成約となった。特にカワサキ・ZZR1400は、スズキのGSX1300R隼と並んで超のつく人気車。オークションではとてもじゃないが高くて買えない。昨今レーサーレプリカの人気はかなり落ち込んでいたが、両車のカテゴリーであるロングツアラーは根強い人気が長く続いており、キャブレター仕様のホンダ・CBR1100XXでさえ高値で取引されていた。
 もうひとつも興味深い。
 若いころからのバイク仲間たちも歳を重ねるうちに、動力性能重視のスポーツモデルから、ツーリングユースで楽な国産ネイキッド、BMW、はたまたハーレーへと乗り換えが続いたのだ。
「いや~、全然楽」
「ツーリングの疲れ方が半分だね」
 周囲からそんな言葉が聞こえてくると、やはり考え出すのだろう。KTMの排気量が1000ccもあるスーパーモタードから、BFでドゥカティのディアベルへと代替えしていただいたお客さんが、その後、上記のような流れがさらに加速し、ついにはハーレーに興味を持つようになり、一番親しい仲間の方が、他ディーラーだが、ハーレーFXDL・ローライダーを購入したのだ。

「ぜったい買い替えた方がいいよ」
 と、強く押されようで、うちでディアベル下取りに出して、同じFXDLを購入してくれたのだ。同様なパターンがその後も二件あり、バイクライダーの高齢化による売れ筋の変化が窺えた。
 性能重視でストイックなモデルは、バイク好きなら一度は憧れるもの。まして三十代、四十代なら、その魅力を全身で感じながら、箱根や伊豆で丸一日遊べるだろうが、これが五十代を迎えるころになると、余りある高性能と、攻撃的なライディングポジションが次第に負担になってくるのだ。そんなタイミングでハーレーに試乗してみれば、それまで眼中になかったジャンルのバイクが、びっくりするほどフィットすることに気がつく。食わず嫌いとはこのことだ。
「木代さん、ローライダー正解だったよ」
「そりゃよかったです」

 カワサキZXR750は最高の相棒だった。こいつを駆って伊豆へ出かけるのは、日常のすべてを忘れるほどの楽しみであり、特に峠で一体感を覚えた時の快感は病みつきになる。尾根に沿って延々と伸びる伊豆スカは、音の反響が小さいから、USヨシムラの咆哮は混じりっ気のないストレートなサウンドを奏で、否応なしにスロットルは開くのだった。よって国産バイクを売っていた頃は、毎度のビッグツーリングに、メーカーからの試乗車貸与がなければZXR750を使っていた。それがビューエルの正規ディーラーになってからは、当然ながらS1W、X1を乗っていくことになり、アップライトなバイクのツーリングにおける優位さが体を以ってわかるようになってきたのだ。峠のみで使うのだったらZXR750は十分な満足を与えてくれるが、多くのお客さんを従えてのツーリングとなれば話は別になる。
 ドゥカティを扱うようになると、イベントの脚はもっぱらポジションの楽なモンスターをチョイスし、挙句の果てには、エンジンパワーもおとなしく、アップライトなポジションが際立つGT1000が定番のイベント用バイクになった。よくお客さんに言われた。

「店長、今度のビッグツーリングはスーパーバイクに乗ってきてくださいよ」
「いやいや勘弁、いじめないでよ」
 歳を取ってくると間違いなくこうなる。
 それぞれに好みはあるだろうが、俺の思うに、やはりバイクっていう乗り物は、軽くて取り回しが楽で、かつ峠道でもスポーツモデルと同等かそれ以上に走れる性能を有して欲しいもの。
 1991年とずいぶん昔のことになるが、ビッグツーリングが間近に控えていたある日、
「店長、ヤマハから電話入ってます」
 ツーリングに使う試乗車を依頼していたので、その返事だろう。
「はい毎度、木代です」
「お世話さま。面白い試乗車がありますよ」
「なに?」
「アルテシアです。ぜひ乗ってみてください」

ヤマハ アルテシアとカワサキ KLE400

 SRX400のエンジンを搭載したデュアルパーパスモデルだ。一年先に出ていた欧州向けXT600Eの日本版である。まだまだレプリカ人気が衰えてない時代なのに、カワサキもKLE400を発売して好調だったから、何気にそのジャンルが気になっていた。しかもカワサキがそのKLE400を同じく試乗車として出してくれたので、面白い比較もできそうである。
 結果は目からうろこ。なんと、楽、面白い、速いの三拍子が揃っていたのだ。そもそもアルテシアは車体の基本ジメオトリがオフ車なので、サスペンションストロークが長くて乗り心地がいい。しかもSRX譲りのエンジン性能は、立ち上がりなどで後続を離すことなど容易い。サスペンションもよく動くから、コーナー時のトラクションを確認しやすく、安心してバンクできるのだ。

 ちなみに、2007年にヤマハから発売になったWR250Xは、モタードというジャンルを確立し、まさに操って楽しいバイクの最右翼。250ccというキャパではあるが、躍動感あふれるエンジンパフォーマンスは、ツーリングユースでも十分な満足を得られるだろう。

春~よ来い、早~く来い

 ここへきて急に冬が本格化してきたようだ。朝夕がとにかく寒い。
 一月二十六日(火)。夕方から友人のHさんと一杯やろうと約束していた。ちなみに、西久保日記ではHさんと称する男性がよく登場するが、Hさんは二人いて、今回待ち合わせをしたのは、五十をちょっと出た若い方のHさんである。もう一人は私より二つ上の元ジャーナリスト。

 場所と時間は三鷹駅北口十八時半だが、早めに家を出て駅周辺を三十分ほどスナップしながら歩いてみた。北口右手の一角は、以前からスナックや居酒屋が多いところだが、入れ替わりが頻繁なのだろう、知った店はほとんどなかった。中道新道からガードの方へ折れ、ホーム沿いに駅へ向かうと、すぐ右側にある居酒屋がえらく繁盛している。外から店内を覗くとほぼ満席。周辺の店とくらべると圧倒的な差だ。

 待ち合わせの駅前交番まで来ると、Hさんがちょうど階段を下りてきたところだった。
「おう、ひさしぶり」
「寒い中、待っちゃいました?」
「俺もいまきたとこだよ。カメラ持ってその辺をぶらぶらしてたから」
「どこ入ります?」
 さっそく先ほどの繁盛店のことを伝えると、
「魅力があるから混んでるんですよ。そこ、行きましょう」
 店内に入ると人数を訊かれた。
「奥に進んでください、空いてます」

 ラッキーである。店の名称は“かぶら屋”。チェーン店のようだ。
 注文はスマホからと今どきだが、メニューの価格はどれも今どきにはない超安価。とりあえず煮込みとおでんをたのんでみた。
 おでんは煮込まれて味が染み込み、静岡おでんのように黒っぽい。煮込みはそれほど特徴はないものの、ハズレではない。焼き鳥、フライ、ニンニク焼き等々、次々に注文したが、どれも丁寧な調理がされていて酒が進む。いつもはビールスタートだが、あまりに寒いので今回は初っ端から熱燗である。喋っては飲んで、食っては飲んでで、この頃にしては珍しく五合もやってしまう。すいすい入る日本酒は、ほんと危険だ。それにしてもいい店を見つけられてよかった。

「桜の季節になったら、近江八幡へ行こうと思ってさ」
「へー、いいですね。でも桜だったらやっぱ道後温泉ですよ」
 Hさんの地元は愛媛である。
「四国はまだ行ったことがないからさ、手始めにこの夏“剣山”に登ろうと計画中なんだ」
「はいはい、徳島のね。木代さんは悠々自適だからいくらでも計画できるじゃないですか」
「まあね。俺はさ、こーゆー生活をね、首を長くしながら待ってたんだよぉ」
 春~よ来い、早~く来い。

写真好きな中年男の独り言