デニーズOld Boy’s 新年会

 早朝はまだまだ身震いするほどの寒さであるが、昼が近づくにつれて陽光は熱を帯び、久々に春到来を感じさせる陽気となった。
 二月十二日(水)はデニーズOBの新年会。今回はいせや公園店で行うので、ちょっと早めに家を出て、井の頭公園を散歩してみた。周囲に目をやれば、なるほど公園を闊歩している人たちに薄めの装いが目立つ。これで梅も一気に開花だろう。
「このお湯割り、ずいぶん濃いね~」
「だね、けっこう酔いが回ったぁ」
 シュウマイ、焼き鳥、餃子に焼きそばと、舌鼓を打ちつつ、ついついアルコールが進んでしまう。
「すみませ~~ん、お湯割りふたつとハイボール!」
 ん~、真昼間からいい気分でござんす。

福家・女房とランチ

 酒飲みの私は、毎夕の晩酌がなによりの楽しみになっている。
 好んで飲むのは麦焼酎と日本酒。夏は焼酎のソーダ割をロンググラスに一杯と、冷酒を一合強ほど。冬になると焼酎はお湯割り、日本酒は燗へと変わる。焼酎をいただく際は、夏冬問わず柑橘系の果汁を入れることが多いが、最も好みなのは女房の友人からいただく“花柚子”。普通の柚子より一回り小さく、一杯分に一個と、素晴らしい香りと共に使い勝手がいい。ただ、あくまでも年に一度のいただき物なので、常時味わえるものではない。よってまじめな話、苗木を手に入れ、自宅の庭で収穫できるところまで育ててみようかと考えている。
 そんなことで通年使っているのは、シークワーサーかレモンの瓶詰果汁だ。
「紀ノ国屋行ってくるね」
「駅の店?」
「ああ」
「だったらついでにご飯食べに行かない?」
 オーガニックレモン果汁一本が、突如として“女房とランチ”に化けた。

 三鷹南口駅前にある【福家】。とんかつの老舗である。
 ランチタイムはいつ行っても満席なので、待つ覚悟が必要。ところがこの日はたまたまテーブル席が空き、すんなり腰を据えることができた。
「とんかつ定食とヒレかつ定食で」
「はい、お待ちください」
 十分少々で運ばれてきた揚がりたてのカツからは、たまらなくいい香りがわき立っている。ここのとんかつは奇天烈一切なしのザ・スタンダード。安心して食せるところが最大のポイントであり、リピーターが多いのも頷ける。

バイク屋時代 21 ご紹介

 店の売り上げは順調に推移し、新たな固定客も少しずつ増えてきていた。週末ともなれば馴染み客のたまり場と化し、それはそれは賑やかだ。ただ、これも度が過ぎると、新規客が外から見て“入りにくい店”と思わせてしまう危険性があり、この辺の塩加減は難しい。
 そこで、店頭で何気にバイクを見ている人を発見したら、何はともあれ営業マンがショールームを飛び出し、声掛けをしてみるという流れを考えてみた。つまりのこと、“お出迎え”である。ところが徹底しようと鼻息を荒くしていたら、いきなり営業マンの青木くんがギャラツーへ異動になってしまう。こうなると営業マンは俺一人、手が離せない時は声掛けも難しい。メカニックに頼んでもいいが、職務上手が離せないことが多くチャンスを逃しそうだ。そんなことを考えていたある日、常連の竹上くんが自分の彼女である“なおちゃん”をアルバイトとして紹介してくれたのだ。まさに渡りに船だ。
 なおちゃんの主な仕事は接客とレジ上げだったが、仕事を始めて一週間もすると、俺が商談に入っても、見事なまでに彼女が他の客の相手をしてくれるのだ。
 女子大生の彼女はキュートなうえに愛想がよく、どんな客相手でも満面の笑顔で接し、常連の間では瞬く間にアイドルとして祭り上げられた。彼女とお喋りしたさに来店する男性客が増えていったことは言うまでもない。自宅が川崎とやや遠方だったので、閉店前の十八時には上がってもらっていたが、几帳面な性格ゆえに、レジ上げは正確且つスピーディー。違算金等々の報告も合わせて、退店までにはきちっと終了させた。
「じゃ店長、お先に失礼しま~す」
「おつかれ! 気をつけてな」

 新規客が常連の群がる店内へ足を踏みこむには、かなりの勇気が要る。そこに“お出迎え”が現れると客も安心するのか、常連客がたむろする人口密度の高い店内の商談カウンターまで進み入り、腰を据え購入についての話を聞いてくれるケースが明らかに多くなった。
 そもそも専任の営業マンを置くバイク屋は、当時モト・ギャルソン以外にはなかった、はず。これは大崎社長の戦略であり、バイク屋に四輪ディーラーレベルの接客対応を導入すれば、必ず差別化ができるという考え方が基本になる。たいがいのバイク屋は商談が発生すると、メカニックがその都度作業の手を休めて対応するのが一般的だった。

「レプリカって、やっぱいいですか」
 ギアオイルの交換で来店していた大田くんが突然問いかけてきた。
「どうなんだろう。いいか悪いかじゃなくて、好みだと思うよ」
 大田くんは警備会社に勤める独身男性で、つい最近ヤマハのニューモデル“R1-Z”を購入してくれた。ツーリング好きで、帰りにはたいがいお土産持参で店に寄ってくれた。他の常連客とも少しずつ交流が増えていたが、その親しくなった客の多くがレプリカを所有していたので、色々と考えるようになったのかもしれない。
 R1-ZはエンジンこそレプリカのTZR250のものを搭載しているがスタイルはネイキッド。スポーツ性能を極めるレプリカに対して、高パフォーマンスを殺すことなく、シーンを選ばない乗りやすさを加味したオールランダーモデルに仕上がっている。奥多摩が好きな彼は、ワインディングランに興味を持つようになり、やはりレプリカへと目が行くようになったのだろう。
「TZRはどうですか?」
「俺の弟が持っててさ、一度ビックツーリングで使ってみたけど、RZとの比じゃなかったな。とにかくすべてが軽く感じて、S字の切り返しが気持ちいいよ」
「そんなこと聞いちゃうと、欲しくなりますね~」
「でもさ、R1-Z買ったばっかじゃん」
 んっ!
 そうだ、弟が持ってるじゃないか、TZR250。
 あいつのを大田くんへ売ればいいんだ。弟は手入れがいいから状態に問題はない。
「大田くん、実はよさげなTZRがあるんだけど、すぐに手に入るかわからないんだ」
 彼にその旨を説明すると、びっくるするほどの勢いで乗ってきた。
 そしてひと月後。弟はTZR250を下取りに出して、ZXR750の現行車を新車で買ってくれた。もちろん大田くんはめでたくTZR250を手に入れ、まさにウィンウィン。ちなみに、うちの社員販売規定には家族割引もあり、弟はずいぶんと安く手に入れられたのだ。

 TZRの納車日。
「近いうちに会社の同僚を連れてきますよ」
「ありがたいね~」
 常連客の紹介は、侮れないほど売り上げに貢献する。もちろんその都度会社から謝礼を出していたが、常連達はそんな謝礼よりも、馴染みの店に貢献し、立ち位置を上げたこと、そして新たなバイク仲間ができたことを純粋に喜んでくれるのだ。本当にありがたい!
 二週間後、大田くんは約束どおり、ひとりの男性を連れてきた。背丈は小さいものの、さすがに警備保障勤務だけあってがっしりとしている。大田くんよりふたつ年上だが、一応後輩だそうだ。名前は冨沢くん、高知県の出身である。
「勤め先にバイク乗る人が多いんで、俺も乗ろうかなと思って。ほかにも欲しい人は何人かいるみたい」
「だったらみんな連れてきてよ、バッチリお礼するからさ」
 このパターンは往々にして話半分が多いが、警備保障一派は久々の満塁ホームランだった。なんとこの後、次々に二名の紹介をもらい、さらに冨沢くんと同棲している彼女が、やはりバイクに興味があって、現在教習所へ通っているとのこと。
「ところで冨沢くんは、車種、もう決めてるの?」
「ん~~、アクロスがいいかなって」

 アクロス。スズキが昨年(1990年)発売した250cc四気筒のロードモデルである。レプリカ全盛の時代に、ラゲッジスペースを備えたアーバンモデルということで、発表当初はちょっとした話題になった。ベースとなったのはGSX-R250。このモデルは本格派スポーツを目指し過ぎた嫌いがあり、ふつうに通勤通学や街乗りに使うと、パワーバンドの狭さや、時にはエンジン始動の困難さが目立ち、ライバル車のホンダ・CBR250Rやヤマハ・FZR250と較べて今ひとつ人気が出なかった。
 これは俺の持論だが、排気量250ccで四気筒っていうエンジンは、欠点こそ多々あれども、長所や面白みなどは殆どない。結論を言えば、ぶん回さなければ走らない非常にピーキーなバイクになってしまう。初心者が初めて購入するのであれば、比較経験がないので気がつきにくいと思うが、ベテランライダーが試しに乗ったら、誰しも「これ、走らねーな―」と苦笑するだろう。
 さて、そんなエンジンが載っているアクロスであるが、納車前の試乗をすると、これがびっくり。回転の伸びはGSX-R250と比べておとなしいが、低速から中速までの常用回転数域では、明らかにトルクが増していて乗りやすいのだ。さすがにメーカーの行うリセッティングである。ガソリンタンク部分がラゲッジスペースになっているので、通勤通学の際も荷物が簡単に収納できるし、日帰りツーリングなら、カッパや財布はもちろん、お土産だって入れられる。メットインスクーターの利便さをロードバイクに加味したスズキのアイデアには拍手喝采だ。
 ただ、レプリカ全盛という時代背景と、ラゲッジスペースを置いたことでガソリンタンク容量が減ってしまったという欠点があり、実際の販売台数は寂しいものだった。

写真好きな中年男の独り言