最近はコンスタントに下取車が入ってくるので、仕上げや納車整備を依頼するために、週に一~二度はPモーターサイクルへ足を運んでいた。 その日は日曜だった。店前の駐車スペースにトラックを入れようと歩道へ乗り上げると、近江くんがお客さんとなにやら立ち話中。中断してすぐにトラックの脇へ来ると、運んできたバイクの固定を外し始めた。 「GSX-Fですね」 「二週間ほど時間をもらってるよ」 「そりゃありがたい」 作業を眺めているお客さんと目があった。 「あれ、久しぶり!」 「ご無沙汰してます」 モト・ギャルソンの古いお客さん、Kくんだ。その昔、カワサキのゼファー750を新車で買ってくれ、その後も大事に乗り続けて、今日は車検整備が上がったので受け取りに来たそうだ。 「何年ぶりだろう」 「ビッグツーリングに行ってた頃が懐かしいですよ」 「ビッグね、はは、大昔だ」
確か入社して二度目のビッグツーリングである。本当に大昔だが、Kくんが絡むエピソードは鮮明に思い出す。大人げない冷や汗ものの行為だったと共に、愛車ヤマハ・RZ250で参加した唯一のビッグツーリングだったから。
宿泊先はみなかみ町の猿ヶ京温泉。Cグループを大崎社長と組んだ。RZは古くて壊れやすいからツーリングに使っちゃだめだと釘を刺されていたが、一度でいいから青春の愛車RZを駆って参加したかったので、メカの海藤くんに点検を依頼、お墨付きをもらった旨をごり押しして、不承不承了解を得たのだ。 社長が先頭、俺がケツ持ちで、三国街道を軸とした周辺のワインディングを流していた。ところがすぐ前を走っていたKくんが突然ペースを落とし始め、しまいには路肩に停ってしまった。その時はまだゼファー750を所有する前で、スズキ・250Γで参加していた。先行する他のメンバーは、このアクシデントに気づかなかったのか、俺たち二人を残して走り去ってしまう。 「だめかい?」 「エンジンはかかるんですが、アクセルを開けると止まっちゃうんです」 おそらくキャブのトラブルだと思うが、俺が対処できる範囲を越えている。まだ携帯電話などない時代だったので、途方に暮れていると、右手に広がる森の奥から、バイクらしき排気音が聞こえてきた。もしやと思ったその直後、前方にある林道の出口と思しきところから、ヤマハ・DT200に乗った松田さんが現れ、次から次へとオフロードグループの面々が飛び出してきたのだ。最後はカワサキ・KDX200Rの吉本くんだったので、こっちへ来るよう大きく手を振った。
彼のKDX200Rはつい最近手に入れたばかりの新車である。今回のツーリングが初の林道走行になると言っていた。やかましい排気音を吐き出すこのオフ車、実は通常なら一般公道走行不可の本物のエンデューロレーサーなのだ。ところが世の中にはそんな競技専用車に保安部品を取り付けて、登録代行までやってくれる業者がある。そこへ大枚をはたいてナンバープレートを手に入れたわけだ。レーサーなので性能は半端でなく、たとえば俺のRZ250は“ナナハンキラー”と呼ばれるじゃじゃ馬マシンで通っているが、重量139kg、最高出力30馬力と、発売当時はスーパースペックだった。ところがKDX200Rは、重量100kg、最高出力37馬力と、比較にならないほどの性能を有していた。 「どうしたんですか?」 「KくんのΓがさ、突如止まっちゃったんだよ」 「わかりました、見てみます。松田さ~~~ん! おれ修理やるから、先行ってて!!」 「了~~~解!」 さっそく携帯工具を取り出し調べ始めたが、五分、十分と時が進む。 「これ、一度キャブをばらさないとだめかも」 「トラック隊呼びに行ってこようか」 「いいや、応急でやってみますよ」 それからさらに十分ほど作業を行い、なんとか完了。ちょっとアイドリングが高いが、スロットルに反応するようになった。 「じゃ、ぼくが先導するんで、ゆっくりついてきてください」 吉本くんがバイクにまたがり走り出す。その後に俺、Kくんと続いた。しばらく行くと三国街道に出たのでそこを左折。ここからはラリーの集合場所であるドライブインまで緩い上り坂が続く。 のんびり走っていると前方に観光バスのテールが見えてきた。俺たちの速度も低かったが、喘ぎながら坂道を上る大型バスはさらに低速だ。しかも二台連なっている。 もしやと思ったその瞬間、吉本くんが右車線へ出た。ここは黄色ライン、追い越し禁止だが、連なるバスを追い越すというのだ。引っ張られるように俺も続いた。フルスロットルで加速、車速は瞬間的に上がった。二台の2ストマシーンの咆哮が森にこだまする。と、その時、 「前のバイク止まりなさぁ===い!!」 反射的に目が行ったハンドルミラーに赤色が点滅している。パトカーが左脇から出てきたのだ。目線を元に戻し、前方の様子をうかがうと、 「おいおいおい、加速かよぉ!!」 吉本くん、問答無用でぶっちぎる気だ。反射的にスロットルを全開にしている自分も恐ろしい。 パリィ~~~~~ン、パアァ~~~~ン、パリィ~~~~~ン、パアァ~~~~ン!! 「おりゃぁぁぁ!!」 パトカーに追跡されているという危機的状況下なのに、2ストサウンドに酔いしれるクレージーさ。
中速コーナーと緩いのぼりが続いた。バイクにとって最も有利になるシチュエーションだ。リズムにも乗ってきてどんどん速度が上がる。回り込むS字コーナーをクリアした直後、後方を確認すると、パトカーとの距離が開き始めている。それにしてもKDXの立ち上がりは鋭い、さすがオフ車、さすがレーサーだ。しかし俺のRZも捨てたもんじゃない。ぎりぎりだが、このレベルならなんとかついて行ける。 パトカーとの距離は徐々に開いていった。そろそろドライブインが見えてくる頃だ。 「いるいる!」 無数のバイクが駐車場に溢れかえっている。ラリーのスタート地点に参加客が集合してるのだ。 吉本くんそして俺と、続いてドライブインへ飛び込む。俺は敷地の最も奥へバイクを入れ、その脇に隠れるように身を潜めた。道路の方へ目をやると、吉本くん、赤色を回しながらパトカーが通過する様を路肩で何食わぬ顔して眺めている。リバーシブルのジャケットを裏返しに着なおし、地味なモスグリーンから、目にも鮮やかなオレンジに変わっている。いやはや堂々としたもんだ。まっ、いずれにしても逃げ切れたのは間違いないだろう。しかし大人げないことをしでかしたもんだ。ただ、あの痺れるエキゾーストサウンドと暴力的な加速には、一瞬のうちに人を飲み込む魔力がある。いやはや、俺はのまれやすいたちなんだと、よぉ~~くわかった。
「あまりに一瞬のことだったし、木代さんたち、あっという間に見えなくなって、なにが起こったのかわかりませんでしたよ。そんなことがあったんですね」 「いや~、お恥ずかしい」 「木代さん、若かったね~」 近江くん、なんだか嬉しそう。