久々に風邪をひいた

喉が痛い。久しぶりに風邪をひいたようだ。
昨日(5/4)の夕方から急に痛み出した喉だが、一夜明けたら症状は悪化し、体もだるくなってきた。
熱は36.8度とそれほどでもないが、典型的な風邪のひきはじめに間違いはない。
アレルケアを愛飲するようになってから、嘘のように風邪とは無縁になっていたが、恐らくここにきて疲労が溜まって抵抗力が落ち、その隙にウィルスが侵入したのだろう。

「薬あるよ」

朝から何度もうがいをしていると、見るに見かねたか、女房が薬袋を差し出した。

「ありがとう。でもこれ古くない?」
「2月にもらったんだよ」

そうか。女房がインフルエンザに罹ったのは2月だった。
これはインフルエンザの検査結果がでる前に処方された薬なのだ。インフルエンザは症状が出てからある一定の時間をおかないと、罹患しているかどうかの判断が難しいらしい。

まず袋から出てきた白いカプセルは、裏面に“ポンタール”と記してある。
これはナイス。風邪の諸症状や発熱に対して、これほど効能のある鎮痛・消炎・解熱剤は他にない。特に市販の風邪薬に頼っている人がこれを一度でも服用したなら、「やっぱり医者の薬は違うな~」と感心する筈だ。
但、私の場合、一度でも風邪をひくと、気管支が弱い故にどうしても咳が残ってしまい、今回も怠さは徐々に楽になっていったが、咳は一向に治る気配がない。
実は先日、引き出しの整理をした際に、定番の気管支拡張剤である“フスコデ”を見つけたが、処方から2年以上経過していたので、思い切って破棄した。この薬、喘息の咳には効果が薄いが、風邪が原因となる咳だったら実によく効く。
そしてポンタールと合わせ入っていたのが“セフジトレン”。定番の抗生物質で、だいたいポンタールと共に処方される。
用法は朝昼晩、ポンタール250mg×2とセフジトレン100mg×1を水などで服用する。

若い頃・デニーズ時代 37

心配していた従業員の気質に問題はなく、むしろ“明るくて良く動く”というのが第一印象だった。各職種の頭数も充足していて、ランチや週末のディナーも難なくクリアできるところは、フォーメーションができあがっている証拠だろう。なんだかんだ言っても梅本UMの人事管理はさすがなものだ。
但、ファミレスはこの時代の高校生、大学生にとって人気のアルバイト先であり、本部の募集広告だけで月に4~5人の面接があったので、私の知る限り、どこの店でもそこそこの充足度はキープできていたように思う。
あとは採用者をいかに短期間で戦力として育て上げるかが最大のポイントになる。
アルバイトの教育は、マネージャーによる接客サービスの基本や就業ルールの説明から始まり、次は担当職やアルバイトスタッフに預け、マンツーマンで具体的な仕事の手ほどきを受けるのが一般的。この際、教えるのが上手なスタッフがいると当然ながら効率は良い。
この点、東久留米にはベテランBHの栗原浩二が非常に光った存在となっていた。大学を卒業後、専門学校に通いながらのアルバイトだったので、週の出勤日数も1~2日程度、一度の就労時間も4時間を上回ることはなかったが、新人のBHへ対しての指導はとても詳細なもので、彼に任せておけば、20時間から30時間ほどでBH全ての仕事を教え込むことができた。
BHはとかく縁の下の力持ちと言われるが、実はこの縁の下の力持ちこそ、デニーズの健全な営業の要となっている。
< レストランの基本 = クリーンリネス >は言うまでもなく、駐車場のごみ拾い、雑草除去、トイレ掃除、窓ふき、グリーストラップの清掃、食器洗い、食器補充、バッシング補助等々、あげればきりがないほど大切な仕事を担っているのだ。

「マネージャー」
「はい」

さっきから皿洗いをしていた栗原が、仏頂面を下げて事務所へ入ってきた。

「フォワード、もうないんですけど」
「そうか、すぐ発注しとくよ」
「こないだも同じように君澤さんへ頼んだんですよ」
「そうか、ごめん」
「ほんと、お願いしますよ」

不機嫌さがもろに出ている。
生真面目さは買うところだが、アルバイトの中では最長老であること、前UMに可愛がられていたことなどが、増長を生んでいるようで、正直なところ、使い勝手のいい従業員とは言えなくなっていた。先週の日曜日などは、MDの食事回しの指示を勝手に行い、それを咎めた君澤と激しい口論になり、危うくつかみ合いになるところだった。

「もっと早く回さないとピークに間に合わないじゃないですか」
「そんなこと分かってるよ」
「分かっててなんでやらないの」
「なんだお前、その口の利き方は!」

前UM、そう、梅本さんは35歳だ。私と君澤UMITは同い年の25歳、そして栗原は23歳。
ベテランUMに鍛えられながら切磋琢磨してきた栗原にとって、殆ど年の差のない新米マネージャーの仕事ぶりは、認められるものではなく、また歯痒いものとして映ったのだろう。
そもそも若いマネージャーが人を使うのは、想像以上に難儀だ。特に主婦を中心とする平日のランチメンバーの殆どは年上で、それなりに経験を積んできた人生の先輩だ。よって作業のアドバイスをするにも、注意をするにも常に気を使わなければならず、年長者やベテランを重んじる気持ちを多少なりともアピールしていかないと、思うように動いてくれないことが多々あるのだ。
ちょっとした指示も、“俺はマネージャーなんだ!”とばかりの命令調では反発や反感を食らい、店の統制がぐらつきかねない。

「マネージャー」
「うん、どうした」

さっきからエンプロイテーブルで食事をとっていたMDの石田早紀である。
ちらっとディッシュウォッシュの方へ目をやると、おもむろに声を潜めて、

「栗原さん、なんか最近イライラしてるみたいですね」
「そうみたいだね。なんかあったの?」

どうせ私が原因なのだろうが、何気に訊いてみると、

「分かりませんけど、最近になって“この仕事、もういいかな”って、何度か漏らしてました」

アルバイト歴も3年を過ぎれば、人によってはマンネリを感じるだろう。そんな時、新しい仕事を考えたりもするだろうが、慣れた職場は捨てがたいし、仮に他へ移っても、新しい仕事を一から覚えるのは容易なことではない。
彼もその辺の葛藤に苦しめられているのかもしれない。

「それより、マネージャーの歓迎会をやろうと思うんですが、来てくれますよね」
「おおっ、そりゃ嬉しいね」
「私と香苗ちゃんと、そのほか3~4人ですけど」
「ありがとう、行かせていただきます!」

UMになったばかりで不安が大きい中、こうしてスタッフの方から一席設けてくれるなんて、感慨ひとしおである。

「香苗ちゃんの家はスナックなんで、そこでやります」
「そうなんだ、それは知らなかったな」

こんなやり取りから一週間ほど経ったある晩、MD時田香苗の実家である“スナックLULU”に、私を入れて7名が集まり、歓迎会がひらかれた。
盛り上がる宴の中、発起人の石田早紀と、唯一の年輩、DWの立川さんは共によく飲みよく喋った。彼女達は年齢が親と子ほど離れているのだが、気が合うみたいだ。

「早紀ちゃん、彼氏いるんだったらそろそろ結婚じゃないの」
「いるようないないような、結婚したいようなしたくないようなって感じかな」
「なにそれ、わけ分かんない」

石田早紀は20歳代半ばで独身。以前にOLの経験があるそうだが、大人っぽく、中々の男好きするタイプである。これまで浮いた話も多々あっただろうが、本人曰く、独り身の気軽さが一番らしい。恐らく立川さんはそんな彼女が無性に心配なのだろう。確か立川さんには同じ年頃の娘がいたはずだ。そんな立川さんの心情が石田早紀には分かるから、自然にこんなやり取りができるのかもしれない。
それにしてもデニーズという職場は興味深い。
高校生から上は60歳代までの男女が仕事を通じて切磋琢磨し、そしてコミュニケーションする、れっきとした一社会を形成しており、学校生活だけの学生や専業主婦には到底味わえない人の絡みに溢れ、個々にとっては人生勉強となったり、楽しさにもつながっていく。
但し、職場でできた友人、職場で芽生えた恋と、その社会は良い意味での広がりも見せる反面、問題も多々発生する。特に恋愛沙汰には様々な落とし穴が口を開いて待ち受けており、日頃から十二分な人事管理が必要となっている。
しまったり、MDとBHの恋愛が壊れて、ふたり共々アルバイトを辞めてしまったり、ひとりのMDを巡って、二人のアルバイトが取り合いとなり、負けたKHがそれっきり店に来なくなったり、更には何と社員と主婦MDが駆け落ちして裁判沙汰と、営業体制に支障の出ること屡々なのである。

「マネージャー、、、送ってくれますか」

突然のひとことに場が騒めいた。

「ヒューヒュー、やりますね新店長!」
「おいおい勘弁してくれよ」

それにしても頬を染めた石田早紀、ちょっと危険な艶めかしさを放っている。今日は車で来ているのでアルコールは飲んでいないが、若しも酔っていたら、自制心との戦いになりそうだ。

「だって私スクーターで来ちゃたから、、、」
「マネージャー、送ってあげてくださいよぉ」

傍にいた立川さんがすり寄ってきた。彼女もけっこうな酔い加減で、石田早紀よりもむしろ危なそうだ。場は相当に盛り上がっていたが、腕時計を見ると午後10時を回るところだった。

「それではみなさん、今夜はありがとうございました。これでお開きにしますので、気をつけて帰ってください」

よろけながら立ち上がった石田早紀にMDの時田香苗が声をかけた。

「早紀さん、気をつけてね♪」
「何言ってんだお前!」

スタッフ達との関わり合いも、UMITやAMの頃とくらべて、自然体でできるようになった気がする。
以前はコミュニケーションやトレーニングに際しても、絶えず総責任者である店長のフィルターを意識しないわけにはいかなかったが、その店長の立場になってみると、個々のスタッフとより深まった内容がストレートに交わせ、良いにつけ悪いにつけやり易くなった。しかし裏を返せば、全ての責任がのしかかっているのだから、今まで以上にタガを締めていかなければならない。

「早紀、行くよ」
「お願いしま~す」

初っ端 2018

五日市小学校

4月19日(木)。二連休の初日は快晴との予報がでた。今シーズン初っ端の足慣らしにはもってこいと、急遽山行を計画。もちろんコースは馴染みの御岳山である。
先回は鳩ノ巣~城山コースを使ったので、今回は久々に古里から大塚山経由で登ってみることにした。

毎度のことだが、初っ端は足ができていないので、膝痛との戦いになる。持病の腸脛靭帯炎だ。少しでもこれを和らげようと、日々ストレッチングにいそしんではいるが、それがどれほどの効果を得られるか、今回の山歩きには期待が掛かっていた。
鳩ノ巣駐車場へは8時半に到着。青梅街道の流れが頗る良く、予定より30分も早く着けたので、余裕をもって青梅線8:54の上りに乗ることができた。ちょうど通学時間帯なのか、小学生7名が一緒に乗り込み、また同じく古里で下車した。ということは鳩ノ巣に小学校はないのだろうか。
準備運動を終え、古里の御岳山登山口を出発したのは9:15。快晴で風もなく、地元よりやや肌寒い気温は、山歩きを快適にさせてくれそうだ。

久々の山は例外なく手厳しい。
歩き出しから上りの連続で、どうにもこうにも息が乱れ、一気に汗が噴き出してきた。30分もすると何とか体が慣れ始めたが、悲しいかな、負荷から遠ざかっていた体を再び山慣れさせるのは、年々難しくなってきたようだ。
出発から1時間弱で大塚山へ到着。いつ訪れても賑やかな山頂なのに、今日は人っ子一人いない。それではと、一番きれいで日当たりのいいテーブルを独り占めにし、セブンイレブンの新商品“ソースが決め手!コロッケパン”を取り出し早速いただく。パンはややパサついていたが、ソースがよくきいたコロッケとの相性はGoo。パッケージには“温めて美味しい”と書いてあったので、まあ、パサつきはしょうがないところか。
風が出てくると急激に汗が冷やされ、寒さを感じる。
大凡15分の休憩で出発。日の出山を目指す。

今回は己に厳しくいこうと、常用グッズのトレポは終始使わないと決めていた。弱った足腰はとかくバランスを失いがちだが、そんな時トレポはとても役に立つ。しかし、裏返せばごまかしがきいて、本来のバランス感覚が戻りにくくなるという弊害もある。
更に今回は“歩き方”にも工夫を入れた。膝に負担がかからないよう、なるべく足をまっすぐ前へ出す歩き方だ。私の歩き癖はつま先を外側に向ける外股だが、一方方向へしか動かない膝関節にとってこれはやや重荷。360度方向、つまりピロボールのような動き方をする肩関節とは構造的に異なり、一方方向以外への動きに対しては、股関節がそれを補っているのだ。肘と肩、膝と股間という関係である。

日の出山山頂直下まで来ると、何やら上の方から子供の声が聞こえてきた。
歩きづらい石段を一気に上がると、そこには大勢の子供たちがいるではないか。すぐに座りたかったので、あちらこちらのベンチを見回したが、一番手前にはおじさん三人組が、そして東屋の向こう側は全て子供たちに占拠されていた。ところが東屋には引率の先生らしき男性一人しかいなかったようなので、手前のベンチに腰掛けた。

「こんにちは」
「遠足ですか」
「はい、五日市小です」

ざっと見まわして生徒40名、引率の先生5名といったところか。今日はとりわけ人影に乏しい山中だったから、この賑やかさは新鮮である。

「何年生ですか」
「6年生です」

6年生と言っても、5年生が進級したばかりなので、皆小柄で幼く見える。特に男の子は顕著で、どちらかと言えば女の子の方が平均して体格がいいのでは。

「これから金毘羅尾根を下って帰るんです」
「へーっ、結構距離ありますよね」
「8kmくらいですか」

その時、一番年かさのいっている先生が近づいてきて、

「そのカメラ、ニコンなんですね」

見ればその先生、バッテリーグリップを装着したニコンD7200を首にかけている。聞けば、D800も所有している根っからのニコンファンらしく、フィルム時代は色々なところへ出かけては撮影を楽しんだそうだ。しかしこの頃の被写体はもっぱら生徒達らしい。

「これNikon1のV2ですけど、すでに販売は終わってます」
「私、手が小さいので、これしっくりくるな~」

この先生、かなり機械ものが好きなようだ。細かく観察しているし、目が真剣である。

「山歩きにはもってこいですね」

そう来ると思った。もはや山歩きにV2は欠かせないのだ。

歩き方に工夫をしつつここまで来たが、そのせいか、下半身の疲労度はいつもの“初っ端”より低いような気がした。但し、残念ながら左膝には相変わらずの違和感が発生していたが、全体としては上々だと思うし、少なからず日頃のストレッチング、そして歩き方の工夫による効果が表れたのだろう。

下山にかかると、日の出山の東側は再び人影がなくなり、先ほどまでの喧騒が嘘のような静けさに包まれた。
実は私、こんな樹林帯歩きが好きだ。植林だろうが自然林だろうが構わない。木々に覆われ日差しが届きにくい樹林帯には、真夏でも爽やかで冷っとする空気が必ず流れていて、それが体にまとわりつく感触がたまらないのだ。
こんな一瞬、山へ来て良かったと思う。

この後、いつもなら愛宕尾根を下って二俣尾に出るのだが、今回は吉野梅園を通り、日向和田へ出るルートを選んでみた。距離感的にはほぼ同じだが、こちらは一般道へ出てから駅までの距離が長く、幸か不幸か、カンカン照りに見舞われたことが体に響いた。やっと町へ出たというのに、汗が噴き出して止まらない。たまらずザックから最後の500mlリットルミネラルウォーターを取り出し、グビグビと流し込む。

「ふ~~、生きかえる」

多摩川に反射する西日がやけに眩しく、それは山行の終わりを告げていた。

写真好きな中年男の独り言