春・野川公園

 
4月6日(木)。春本番を思わせる暖かさにじっとしていられなくなったのか、

「ねえパパ、リーちゃん連れて野川公園へ行こうよ」

普段、余り動きたがらない女房でさえ、この開放感には負けたようだ。それにロックと違ってリチャードは車に乗せてもおとなしいから、どこへでも連れていける。
定期的に通院治療しなければならないおふくろの送り迎えが済んだ午後、トイレバッグとD600を持って車へ乗り込んだ。
女房の膝に座ったリチャードは、動く車窓の景色をひたすら追っている。こんな時、犬は何を思い巡らせているのだろうか。

平日でも花見客が大挙していると予想したが、意外や公園の駐車場はガラガラ。正に肩すかしである。
公園が好きなリチャードは、車から降りた途端に強くリードを引き出した。嬉しくてしょうがないのだ。
売店手前には満開直前の桜が連なり、 大勢の人々が思い思いのスタイルで楽しんでいる。

「あっ!わんちゃんだ!さわりたーいぃ」

保育園児だろう、ちっちゃな男の子二人が、怖々と近づいてきたが、びびりーのリチャードはひたすら距離感を保つ。子供たちも必死に追いかけてはみたが、その内に様子を見ていたお母さんに呼ばれ、残念そうに戻ていった。
風はやや強かったが、冷たさはなく、空気感はまさしく春。思わずリチャードと駆け足すれば、すぐに汗が滲みだしてきた。公園の解放感はやっぱり気持ちがいい。

「写真、撮るんでしょ」
「そうだね」
「リーちゃんと売店のところにいるから行ってきたら」

東八道路に渡す陸橋手前に花壇があり、赤と黄のチューリップが今が盛りと咲き誇っていた。
ここから北側を眺めると、やや被写体に乏しい印象を受けたので、陸橋は渡らずにそのまま道路沿いを進むことにした。すると間もなくして連なる桜が見えてくる。
広場からかなり離れているからだろう、さすがにここでビニールシートを広げている人は見当たらない。誰にも邪魔されず桜を狙うには最高だが、残念なことに、今日時点での開花度は8割ほどで、たわわと言うまでのボリューム感にはまだ達していない。
何と言っても、桜の撮影タイミングは満開に限るのだ。
こう述べるとあたかも桜撮影が得意といった印象を受けるだろうが、実は、被写体としての桜はあまり好きではない。季節の花の代表選手だから、カメラやスマホを持っている方々なら、開花すれば最低でも一枚は撮るだろう。しかし真剣になって作品作りにトライするとなると、これが悩ましいほど難しい。
桜単体ではベタになりやすく、見栄えをアップしようとすれば、どうしても人や神社仏閣、川の流れ、ライティング等々の脇役が欲しくなる。しかし、この組み合わせはそう簡単に見つかるものではないのだ。
まっ、写真はあまり難しく考えても面白くないし、考えればいい画が切り取れるというものでもないので、肩の力を抜いてあくまでも楽しみ第一で行っている。

更に風が強くなったのか、木々のざわつきが耳に付きはじめた。若干だが気温も下がってきたようだ。
西の端、いこいの広場まで来たので、そろそろ女房とリチャードの待つ売店へと引き返すことにした。
コンクリートを避けて、選んで土の上を歩いた。スニーカーから伝わる感触がなんとも心地よく、すぐに山歩きを連想させ、シーズンまでもう少しと、無性に心が浮き立ってきた。
今年こそはテン泊で一杯やらねば。

売店が見えてくると、私に気付いたリチャードが、しきりにしっぽを振りながらこちらを見ている。

「お疲れさん。桜餅食べる?」
「おっ、うまそう」

ちょっぴり塩味の葉っぱが、甘いあんこと相まり、いかにも春らしい味わいが口の中一杯に広がっていった。

晩酌ばんざ~い♪

晩酌無くして一日は終わらない。
どんなにへたりきっても、帰宅して風呂を浴び、ちょいと肴をつまんで焼酎のお湯割りをくくっとやれば、身も心も完全復活。
そう、私は自他共に認めるアルコール好き。自慢にはならないが休肝日は存在しない。

中学生の頃、うちは大家族だった。爺さん、婆さん、叔父さん二人に叔母さん、そして、おやじ、おふくろ、弟と、時として総勢9人が夕飯を囲んだものだ。そんなある日、上の伯父さんが、「もう大人なんだからビールでもやれや」と真っ赤な顔をしてグラスを差し出すのだった。

「ダメじゃない中学生なんだから!」
「まあまあ義姉さん、一杯くらいいいだろ」

と言いながら、既に注ぎ始めている。おやじの方へ振り向くと、ニヤニヤしているだけだ。
そうだ、たかが一杯なのだ。
躊躇なく口へ運ぶと、ほろ苦さの中にも甘さがあることに気付く。
こいつ、、、案外うまいかも。

「おっ、いけるくちだな」
「もうダメだからね!」

いきなり酔いが回りはじめ、叔父さんとおふくろのやり取りもうわのそらである。
あ~いい気分、、、
この頃からか、アルコールが気に掛かるようになったのは。

晩酌の中心は焼酎だ。冬はお湯割りでぽっかぽか、汗かく季節が来れば、きりりと冷たいレモンハイで楽しんでいる。ビールはそれほど好んで飲まないが、肉系で濃い味のつまみが手に入ったときは350mlを一本だけやる。ジューシーな鳥カラを流すときなど、やはりビールはいい仕事をするものだ。
さて、好みなアルコールブランドを羅列してみよう。
麦なら“いいちこ”、イモは“さつま白波”、日本酒は“澤ノ井”、ウィスキーなら“ニッカ”、そして泡盛だったら“久米仙”ってところか。この他、バーボンも時々やるが、イチオシは“JWダント”だ。
但し、ここまで書いても晩酌でよく飲むのは焼酎甲類である。お湯割りでも炭酸割りでも、味付けにはレモン汁を使い、先ずはこれでスタートする。長らく続いている私流だ。
そもそも甲類は財布にやさしいし、バリエーションを楽しめるから毎日飲んでも飽きがこない。
甲類については、樹氷、純、大五郎、キンミヤ等々といろいろ試してきたが、ここにきて落ち着いたのが“イオン・トップバリュー焼酎甲類25度”だ。癖がなく、まろやかな口当たりで、甲類にありがちなアルコール臭が小さいところがGooである。
これに加えてつい最近、好きなレモン汁に新しいバージョンを発見。これにより割のグレードがぐっと上昇した。
晩酌でいちいちフレッシュを使うのは面倒なので、これまではもっぱらポッカレモン100を愛用してきたが、ある日いなげやの棚で目に付いたのが“ポッカレモン有機”。健康的なキャッチに誘われて買い物かごへ入れたのだが、これが大正解。フレッシュに近い酸味はコクを作り、のど越しの際もしっかりとレモンの風味を放つのだ。もちろんお湯割りでも炭酸割りでも効果は同じなので、レモン好きの諸兄には、ぜひ一度試していただきたい。
桜が終わり、初夏の空気に包まれ出したら、炭酸をケースで仕入れてこなければ、、、

銭湯・三谷浴場

2月23日(木)、夕方。

「パパ、お湯が出ない!」

女房の一声に嫌な予感。実は2~3日前から給湯器が非常に怪しくなっていた。突如リモコンの電源が落ちたり、唸るような音が出たりと、寿命間近と思しき症状の連発だ。
昨年秋には二世帯住宅の親父側の給湯器が壊れて新品へと交換していたので、こっちもそろそろだと覚悟はしていたし、そもそも新築から既に20年、給湯器としての耐久年数はとうに過ぎている。

「裏に行ってコンセント見てくるよ」

もしかすると単純に接続が緩んでいるのかもしれない。駄目元でも一度は確認の必要がありそうだ。
給湯器は家屋の西側に設置されていて、その隣にはセントラルヒーティング用のボイラーが並んでいる。女房とふたりきりの生活になってからは、セントラルヒーティングは殆ど使うことがなく、今では無用の長物と化している。寒い冬もリビングのエアコン一基で十二分に快適なのだ。
さて、コンセントはロック式だったので、触ってもがっしりと固定されている。一応差替えもやってみたが、電源が入る気配は全くない。
これは素直に木場建設へ連絡したほうが良さそうだが、時計を見ると18時を回っている。取りあえず電話を入れたが、やはり誰も出ない。致し方ないので、連絡は翌日の朝一まで待つことにした。
そう、木場建設はうちを建てた地元の建築屋で、どの様な要件にでも素早く対応してくれ、実に頼りになる。

さて、お湯が使えないとなると困るのは風呂だが、目と鼻の先の三谷商店街には、私が子供の頃から営業を続けている【三谷浴場】なる銭湯がある。小学校へ上がるか上がらないかの頃だったか、自宅の木製湯船を新しいものに交換する間、まだ元気だった祖父に連れてってもらったことを覚えている。
浴室は大勢の利用客で賑わい、その中には近所のおじさんもいて、< きれいに洗うんだぞ >なんて声を掛けられたものだ。

「銭湯っていくらなの?」
「分かんない」

スマホでググると、あったあった、三谷浴場。

「460円だって」
「シャンプーや石鹸、あるのかしら」

これについては何も載っていない。

「パパが先に行って、様子見てきてよ」
「ああ、わかった」

50数年ぶりの三谷浴場に、ちょっぴり高ぶりを覚えた。好きで日帰り温泉はよく利用するが、銭湯となるとややニュアンスが違う。あそこは古そうだから番台かな?とか、知っている奴に会うかも?!等々、どうでもいいことを頭に浮かべながら、とりあえず小さいタオル2枚を持って出かけてみた。

のれんを潜ると下足場の両脇には靴箱が置かれ、正面左に男湯、右に女湯の入口がある。徐に男湯の引き戸を開けると、殆ど耳の高さから「いらっしゃい」の声が放たれた。
やはり番台だったのだ。無表情な年輩女性の顔が超至近距離に、、、

「じゃ、500円」
「石鹸お持ちですか? なかったら30円でありますけど」
「じゃ、下さい」

入浴料460円に30円の石鹸で、おつりが10円。ワンコインで済むところがいい。
そして建物は古いが、脱衣場も浴室も掃除が行き届き、清潔感に溢れている。銭湯はこれでなきゃ!
見回すと私を含めて客は4人。広々と贅沢に使えそうだ。
水の蛇口に湯の蛇口と、洗い場の配列は至極オーソドックス。シャワーは首のない固定式なので、体を洗って石鹸を流す際には桶の方がやりやすいかもしれない。
湯船へ向かうと、正面には銭湯お決まりの壁面画が迫る。大迫力ではあったが、ここは定番の富士山ではない。
豊富なお湯にそっと足を沈めると、「アちっ!」。
温度計は43度辺りを指しているが、脛がヒリヒリするほど熱いのだ。少しずつ慣らしながら時間を掛けて何とか下半身まで沈めてみると、たまらず汗が噴き出してきた。更に根性を入れて首まで浸かると、若干慣れてはきたものの、この状態では10秒がいいところだ。
一旦洗い場に戻ってクールダウン。ゆっくりとお湯だけで頭髪を洗う。私は洗髪の際、シャンプーを使うのは週に一度だけである。毎日使うと頭皮に痒みが出てくるのだ。色々と低刺激タイプのシャンプーも使ってみたが、やはりお湯だけで洗うのが一番。但し、たまにシャンプーをしないと、頭髪がとんでもなくごわごわになるのがちょっと、、、

ふと人が立ち上がる気配を感じ、何気に目をやると、さっきから体中を泡だらけにして念入りに洗っていた60代後半と思しき大男が、今まさに湯船に浸かろうとしていた。
熱いお湯に対して、どの様な反応を示すか気になるところだ。
と思いきや、すごい!
予想を裏切り、一気に首まで浸かってしまったのだ。私には到底できない芸当である。
恐らくかなり我慢をしているのだろう、見る見るうちに顔が赤らみ始めた。しかもその赤みが尋常でないからちょっと心配だ。あの歳では、無理をすればプッツンの可能性だってある。
その後一分近く頑張っていただろうか、湯船から上がってきた大男は全身真っ赤っか。
私と同じ色白だから尚更目立つのだ。

自宅まで徒歩2分と近いので、髪も乾かさずに三谷浴場を後にした。おもてに出ると冷え切った空気が頬を刺したが、体は寒さを跳ね返した。そう、銭湯の豊富なお湯は、確実に体を芯から温めてくれたようだ。これは温泉効果と同様で、家に戻ってからもぽかぽかが持続し、結構な間、汗が滲んできたほどである。
給湯器交換という大出費には参ったが、そんなことがあって久々に味わった銭湯は、これからの生活にちょっとした楽しみとして変化を与えてくれそうだ。