とほほ、だよ、、、

 先週歩いた秀麗富嶽十二景。展望とアクセスの良さから、一発で気に入ってしまった百蔵山と扇山。こうなると他の十二景にも興味が湧くのはごく自然。そこで次に目をつけたのは、一番山頂である雁ヶ腹摺山と姥子山。サイトで調べると特に姥子山からの富士山は感動ものらしく、さっそく下調べを行った。

 登山口は真木小金沢林道にある大峠。ここから一時間ほどで雁ヶ腹摺山へ出られるのだ。そこからさらに南東へ一時間歩くと姥子山の頂上に立てる。よって休憩を多めにとっても、トータル五時間ほどの楽な山行になるはずだった。

 四月十九日(水)。POLOで自宅を六時に出発。まったく渋滞に会わない快調なペースで中央道を進み、大月ICで甲州街道へと降りる。西へ向かうと間もなく、真木小金沢林道へ通ずる真木の交差点があるので、そこを右折。道はかなりな傾斜を伴ているので、どんどんと標高は上がっていった。
 ところが大峠まで残すところ5Km弱まで来ると、突然目の前にゲートが現れた。
 ―おいおい、なんだよ?
 目を凝らすと、“冬期閉鎖中”と書いてある。大月に降りたときPOLOの外気温度計は21℃と初夏を思わせる数値を示していたから、まったくもってぴんとこない。
 落ち着いて状況を分析しどう対処するか考えた。
 (その一)すぐ左脇に広い空き地があって、既に車が二台駐車していたので、ここへPOLOを置いて、大峠まで歩いていく。⇒ 年の変哲もない舗装路を、延々と二時間以上かけて歩くのは辛いだけで面白くもなんともない。しかもずっと上りである。何より当初の行程四時間に、さらに四時間強がプラスされるのはどう考えても現実的でない。
 (その二)一旦甲州街道まで戻って、さらに西へ進み、ぐるっと回って湯ノ沢峠まで行き、違うルートを歩く。⇒ 地図がない。山岳地図から計画している山域だけをスキャン、それを拡大印刷して持参するのが私のやり方。よって大峠周辺の地図しか手元にないのだ。地図なしの山歩きはNGである。
 (その三)せっかく天気もいいので、山でないどこかで写真撮影を楽しむ。⇒ 登山の際に持っていくカメラは軽量コンパクトなRXのみと決めている。街中スナップならまだしも、この界隈または富士山周辺での風景撮影を考えると、写欲が湧いてこない。
 (その四)あきらめて帰る。
 一分ほど考えて、結果は(その四)となった。
 たっぷり時間もあるし、行動費倹約のためにも帰路は下道にした。
 帰宅してからすぐにPCを開き、真木小金沢林道・冬期閉鎖を検索すると、な、なんと、閉鎖は四月二十四日までとのこと。山行を次週にすれば、何の問題も起こらなかったのだ。
 ―あ~ぁ、貴重な休日と時間を無駄にしちまったなぁ~~

 教訓。初めての山域にトライするときは、綿密な下調べが必要!

秀麗富嶽十二景

 関東にも黄砂が飛んできた四月十三日(木)。前々から計画していた、秀麗富嶽十二景にトライした。
 秀麗富嶽十二景とは、<山梨県大月市域内にあり、富士山を望む優れた景観がある場所として、 山梨県大月市が一九九二年に定めた十二の山域>とのことで、つい最近、職場の山好きな常連さんから教えていただき、俄然興味が湧いていたのだ。

No.名称
1番山頂雁ヶ腹摺山(1874m)・姥子山(1503m)
2番山頂牛奥ノ雁ヶ腹摺山(1995m)・小金沢山(2014.3m)
3番山頂大蔵高丸(1781m)・ハマイバ(1752.0m)
4番山頂滝子山(1590.3m)・笹子雁ヶ腹摺山(1357.7m)
5番山頂奈良倉山(1348.9m)
6番山頂扇山(1138m)
7番山頂百蔵山(1003.4m)
8番山頂岩殿山(634m)・お伊勢山(550m)
9番山頂高畑山(981.9m)・倉岳山(990.1m)
10番山頂九鬼山(970.0m)
11番山頂高川山(975.7m)
12番山頂本社ケ丸(1630.8m)・清八山(1593m)

 今回歩いたのは、七番山頂の百蔵山と六番山頂である扇山。一度に二座ということで、そう、張り切って縦走としたのだ。
 三鷹駅六時三十九分発の特快高尾行に乗り、立川で大月行へ乗り換え、七時四十七分、猿橋駅に降り立った。国道沿いにあるセブンイレブンで買い物を済ませ、登山口へと向かう。桂川に渡す宮下橋からは、これから登る百蔵山と扇山がくっきりと見渡せ、気合いが入った。
 それにしてもいい天気だ。黄砂の気配はみじんも感じられない、絶好の登山日和に感謝である。
 登山口まではおおよそ三十分、ひたすら舗装路を歩くが、延々と上り坂が続くので結構しんどい。途中、ウィンドブレーカーを脱いで、薄手の長袖シャツ一枚になる。
 登山口に到着すると、既に結構汗ばんでいた。振り返ると見事な富士山の姿がそこにあった。十二景は富士山の眺めを謳うだけあって、コースのいろいろなところで富士山を愛でることができるのだ。
 登山口からもひたすら上りが続いたが、樹林帯なのでひんやりして気持ちがいい。日光をもろに浴びる舗装路よりは格段にましである。

 登り傾斜はそれほどきつくはないが、右股関節と右膝の違和感がスタートからずっと続いていて、ちょっと不安だ。日頃から様々なストレッチを試しているので、症状の進行は抑えられていると思うが、根本的には治っていない。この頃では加齢による不可避なものと諦めが入っている。

 十時少し前、百蔵山頂上に到着。期待通りの富士山を拝むことができた。周囲の山々を含め、画になる配置はさすがの一言。これだけ登ってきてよかったと思ったほどだ。ただ、ちょっと残念だったのは、やはり黄砂の影響が出ていたこと。僅かだが遠景には靄を確認でき、すっきりしない。
 頂上は広く、数名のハイカーが寛いでいた。私もひとつだけあるベンチに腰掛け小休止。ドーナッツとおにぎり半分を食すると、やっと人心地がついた。かなり散ってしまった後だが、頂上には山桜が植えられており、もう二~三週間早ければ、富士山とのすばらしいコラボが見られたかもしれない。

 扇山へ向かう。
 尾根道へ出るまでは、ひどく急な斜面を下る。途中、木の幹を頼らなければ安全に下れない個所もあり、緊迫感が暫し続いたが、下りきってしまえば、後は快適な尾根道歩きが続いた。眺めはそれほど良くなかったが、たまに木々がまばらになると遠くの山々が見え隠れし、思わず立ち止まった。
 前方の扇山が迫り来る頃、尾根道は終わり、代わって今回のハイライトとでもいうべき長い上りが始まった。
 決して急坂ではない。扇山の全景を見ればわかるが、斜面は至ってなだらかなのだ。ただ長い。
 歩いても歩いても斜面は終わらず、少しづつ且つ確実に体力を失っていった。気がつくと立ち休みが多くなっている。右膝と同じく右大腿部の違和感がかなり大きくなってきていた。扇山頂上までもう少しというところに、大久保山の頂上があるが、堪らずここで倒木に座り込んだ。
 十分ほど休むと、だいぶ体が軽くなったので、ラストスパートをかける。
 暫く行くと、前方から年配男性が下ってきて、すれ違いざまに声をかけてくれた。
「もう少しですよ。がんばって!」
「ありがとうございます」
 こんなやりとで力が湧いてくるから不思議になる。

 十二時十五分、扇山到着。
 ここも百蔵山と同様に頂上は広く、丸太のベンチが数か所設置してある。ただ、がっかりしたのは富士山がガスに覆われ、まったく見えない。ウェブサイトで確認したどでかい富士山の姿。心底拝んでみたかった。

 自然現象には抗えない。ここでゆっくりと昼食を取ることにした。ザックから半分残したおにぎりと、いなげやで買った“飲み干す一杯味噌バター味ラーメン”を取り出す。  
 頂上広場には私以外に八名のハイカーがいたのだが、ほとんど全員帰り支度にかかっていて、カップ麺ができあがるころには、一人ぼっちになってしまった。
 実に静かなランチタイムである。燦燦と降りそそぐ陽光の下、満腹になると、あまりの心地よさに、少々眠くなったきた。ベンチの周囲は芝状になっているので、乾いたところを選んで、丸太を枕にし、仰向けになった。もう少し風が弱かったら、まじめに寝落ちしただろう。
 以前と富士山方面は濃いガスが立ち込めていたが、頭上から北側はきれいな青空が広がっていた。

 ひたすら鳥沢駅を目指して下っていく。山道は非常に整備されていて歩きやすいのだが、如何せん足に疲れがたまっている。若干だが右膝に痛みが、そして左膝には腸脛靭帯炎の前兆のような違和感を覚え始めた。極力ペースを落とすものの、先は非常に長い。
 二時ちょっと前。立ち休みを頻繁にとって、その都度水分補給も行ったおかげか、なんとか無事に扇山登山口があるR30まで下り切った。地図によればここから駅までは舗装路になり、まだ一時間弱ほど歩かなければない。そんなことを考えていると、登山口にある駐車場のミニバンに目が止まった。脇では年配男性が着替えの真っ最中だ。おそらく彼も下山した直後のハイカーなのだろう。
「すみません。鳥沢駅はここを右へ下っていけば行きつけますかね」
「そっちは行ったことがないんで、わからないけど、俺もこれから帰るとこなんで、乗せてってあげようか」
 こんなやり取りから、会話が始まった。ご主人、私より三つ上の御年七十一歳。旅と山歩きが好きで、昨年夏は北海道へ一か月ほど行ってきたそうだ。大概の場合、愛車のミニバンで出かけ、北海道ではオートキャンプ場での車中泊が多かったとのこと。
 ミニバンに乗り込むと、甲州街道と並行して延びる山道R30を東へ進んだ。
「もう終わっちゃってるかもしれないけど、途中にね、花がきれいに見渡せる場所があるんですよ」
 道路わきにある、三台しか停まれない小さな駐車場へミニバンを入れ、車を降りる。
「うわぁ、ここ、眺めいいですね~」
「でしょ。でも花はずいぶん散っちゃってる」

 眼下に見えるのは、中央自動車道・談合坂SAだ。そこへ至る斜面には、たくさんの桜や桃の木が植えられていて、最盛期だったら彼の言うように、さぞかしすばらしい景色が広がるだろう。
 長い下り坂が終わり、甲州街道を左折。右前方に線路が見えると、ミニバンは四方津の駅前に滑り込んだ。
「ほんとうにありがとうございました」
「またどっかで会えるかもしれないね」
 完全リタイヤ後は、彼のような毎日も参考にすべしだ。
 ちょっときつかった今回の山行。でも、やはりいい経験になったし、いい思い出にもなった。
 登山シーズン到来の今。秀麗富嶽十二景は絶好のターゲットかもしれない。

花粉・真っ只中

 先回の刈寄山から二か月が経とうとしていた。
 早朝でも暖かさを感じられるようになると、自然と意識は山へと向かい始める。それでも即行動に移せない理由があった。花粉症である。今年はとりわけ症状がきつく、目のかゆみは尋常でない。庭に出るだけで花粉の刺激を感じるという状態なのに、その花粉の発生の大元に出かけるというのだから、躊躇するのも致し方ない。ただ、ひと月ほど前に新しいトレッキングシューズを手に入れていたので、それの馴らしがやりたかった。

 三月九日(木)。丸一日快晴の予報が出たので、意を決して山へ登ることにした。行先は久々の日の出山。ルートは麻生山経由である。
 恐ろしいことに今年の花粉飛散量は過去十年で最大という。前述した目のかゆみもそうだが、一週間ほど前から就寝時の鼻づまりが顕著になり、口で息をするから朝になると喉が風邪をひいたときのようにひりひりする。これは不快だ。
 出発しようとPOLOに乗り込もうとしたら、昨日洗車してぴかぴかになったボディに黄色の膜がはったように花粉がのっていた。見るだけで鼻がムズムズする。

 白岩の滝には九時半に到着。先客らしき乗用車が二台停まっている。このマイナーなルートもだんだんと知れ渡ってきたのかもしれない。
 最初の石段を上がっていくと、新しいシューズがやや窮屈。足指周りにゆとりがないのだ。途中で指がずるむけになったらどうしようと、ちょっと不安。
 麻生平までは樹林帯の中を沢に沿って上がっていくので、ウィンドパーカーを羽織ってちょうどいい感じだったが、沢が終わるあたりから森の空気は少しづつ熱を帯びてきた。麻生平への最後の登りで堪らずシャツ一枚になったが、すでにノースリーブのアンダーシャツは汗をだいぶ吸い込んでいた。今日は異例に気温が高い。

 麻生平へ出るといつもの壮大な眺めが現れるが、ちょっと様相が異なった。山々とその先の景色まで靄らしきものがかかっていて、ひどく視界が悪い。もちろん朝靄などではない。大量に飛散した花粉が山と下界を覆いつくしていたのだ。
 この光景を目の当たりにした途端に鼻水が滴り落ち、目が異様にかゆくなってきた。ここは花粉発生の真っただ中なのだ。さらに標高を上げ、麻生山の山頂へ立ってみると、青梅線方面の市街地までが花粉に覆われ霞んで見える。これは堪らん。
 ここまで幾度も鼻をかみ続けたせいで、ハンドタオルが鼻血で毒々しい汚れ方になっている。鼻のムズムズも目のかゆみも収まりそうにないが、引き返してもこのまま周っても時間的に大して変わりはないので、計画通りに日の出山まで行ってみることにした。しかし、鼻をかみかみ、涙をふきふき、そして不自然な履き心地のシューズを履いての山歩きってのは、なんともしんどい。

 山頂に到着すると、婆ちゃん五名、爺ちゃん三名の高齢者グループがハンバーガーやらサンドイッチやらをぱくつきながら、大いに盛り上がっていた。ここはいつきても賑やかだ。大きな声で話しているので内容は手に取るほどわかった。これからつるつる温泉にいくグループと、登山口からすぐにバスに乗るグループと二手に分かれること、仲間の○○さんがすすめてくれた卵サンドはとてもおいしいこと、そして最近の物価高で食費も削っていること等々、こんな話題で最高潮に盛り上がれるのだからうらやましい。はす向かいに座っている小柄な婆ちゃんの視線を感じると、
「あなた花粉が大変そうね~」
 いかにも心配しているといった表情で話しかけてきた。
「ええ、この季節は堪りませんね」
「あたしたちみんな花粉はだいじょうぶなのよぉ、あはははは」
 花粉症が発症する原因は、やはりストレスだ。間違いない。

 目のかゆさを我慢しつつ、なんとかPOLOまで戻ってくると、たった五時間弱の間に花粉がこれでもかというほど車体を覆いつくしていた。
 今年の花粉にはやられっぱなしだ。低山登山の本格スタートは、花粉飛散量が減ってくる四月半ばからがいいかもしれない。