ソロではない山歩き

 久々のソロではない山歩き。いったい何年ぶりになるだろう。
 相棒はHさん。職場の元スタッフだ。久しぶりに会ったので、おしゃべりに花が咲き、息も絶え絶えの急登中でさえ、ああだこうだと話題が尽きなかった。それが無性に楽しいのだ。
 今回は時間を多くとれないう制約の中、中央線の遅延のために、登山口への到着時刻が一時間も遅くなってしまい、古里から大塚山へ登ると、そのまま御岳のケーブルカーで下山する極々短い行程になってしまった。もっとも午後から降雨率が上がるとの予報が出ていたので、結果的にはちょうど良かったのかもしれない。

 四月二十一日(木)。三鷹駅の改札を抜け、中央線下りホームへ降りようとすると、なにやらけたたましい音が鳴り響いている。ホームの柱付近に駅の職員数名が集まり、なにやら慌ただしい。脇を通ると年配男性が倒れていて苦しそうにしているではないか。急病人への対応中だったのだ。発車すべきの下り電車は停まったままで、多くの乗客が騒動へ目線を送り固唾を飲んでいる。そしてこの一件が今日の山行を狂わせた。
 しばらくするとHさんが乗る下り電車が到着。どんな山スタイルで現れるかと、ちょっと興味を膨らませていると、さすがにスタイリッシュ。昔から隙のないお洒落がイメージだったHさんだけに、普段の街着としても通用するセンスの光る装いなのだ。

「おはようございます」
 急病人の一件を伝え、九分遅れになった青梅行き直通に乗り込んだ。終点へ到着するまでたわいのない会話が続く。現スタッフの近況、ハーレー業界のこと、Hさんが新しく始めた仕事のこと等々、気がつくと車窓はローカル色が濃くなっていた。青梅駅のホームへ降り立つと違和感を覚える。
「あれ?奥多摩行きが停まってないな」
「ちょっとまってください」
 Hさんがスマホでなにやら検索している。
「部長、やばいですよ。次の奥多摩行は一時間後です」
 なんとなく嫌な予感がしていた。YaHooの路線情報で今日のダイヤを調べていた時、青梅駅へ到着後、奥多摩行へ乗り換える際にそれほど時間がなかったことを思い出したのだ。三鷹駅での騒動のおかげで中央線下りに遅延が発生し、三鷹駅七時一分発だったはずの下りが七時十分と九分遅れになっていた。たったの九分であるが、青梅駅での乗り換えに要する時間は七分だったので、なんと奥多摩行は二分前、既に発車していたのだ。もともとHさんは夕方四時に自宅へ戻らなければならない用事があったので、この一時間のロスで山行計画を調整する必要が出た。当初は古里から大塚山~御岳山~日の出山と至り、昼食後は御岳へ戻ってケーブルカーで下山するというものだったが、前述のとおり日の出山をカットし、大塚山で休憩・昼食をとったら、そのままケーブルカー乗り場へ直行することにしたのだ。
 登るだけの山行になったが、見ごろを過ぎたミヤマツツジや山桜もまだまだ十分な美しさを保っていて、目を楽しませてくれた。
「ここ、きれいですね。こんど子供を連れてこようかな」
「危ないところはないからいいんじゃない」
 Hさんには今春小学二年生になったお嬢さんがいる。

 いつもとやや毛色の違った山歩き。これからも一人で歩くのが殆どだろうが、相方がいると楽しさを共有できるところがあり心が弾んだ。自分が見てきれいだなと感じた景色を、相方も同じような感慨で示してくれると嬉しいもの。
 GWが過ぎたあたりに、もうちょっと西のエリアをご一緒させていただこうか。

麻生山・つるつる温泉はR184沿い?!

 真夏か?!そう思えるほどの熱波が山肌を覆った。
 四月十三日(水)。連休唯一の晴れと出たので、新たな山でも歩いてみるかとPOLOを走らせた。

 何度立ち寄ったか覚えてないほど馴染みのある日の出山頂。御岳山~日の出山~梅ノ木峠と、縦走の一通過地点ではあるが、眺めがよく、小さいが東屋もあるので、格好の休憩ポイントとしてよ常々利用してきた。西武ドームから新宿副都心、条件が良ければスカイツリーまで望める大展望は飽くことがない。ただその際、右手に円錐状で形の良い山がいつも気になっていた。逆にその山から日の出山を眺めたらどんな感じであろうかと、その山、つまり麻生山へ登ってみた。

 スタートは白岩の滝。路肩だが町が指定する駐車スペースがあり、五~六台なら問題なく停められそうな広さだ。“白岩の滝遊歩道”と称する山道は、渓流に沿って延びているので、涼しく快適。また目を楽しませてくれる変化にも富むのだ。
 最近どうにも調子がいまいちな膝。こいつをカバーするため、トレポを最初から使うことにした。連続する上りで大汗をかきながらも、両腕が疲れてくるほどグリップへ力を込め続けた。

 渓流沿いの道が終わり、一旦林道に出て再度森へ入り込むと、途端にムッとする空気感に変わる。とてもではないが四月の中旬とは思えないほどの強い日差しだ。樹林帯は日陰で涼しいが、尾根筋に出ると、すぐさま汗が噴き出てくる。ここまで気温が上がるとは思わなかったので、用意した水は500ml×三本。この汗のかきようだと恐らく足りなくなるのではと、ちょっと心配になってきた。
 六名のオフローダー達がが休憩していた麻生平を通過すると、まもなくして麻生山への道標が現れた。頂上直下からはどこでもそうだが、急登になる。斜度がきついうえに乾いた土なのでスリップしやすい。
 頂上からの見晴らしは日の出山のそれと甲乙つけがたい素晴らしいもの。その日の出山や梅ノ木峠が真正面に見える。相変わらず日差しは強いが、ここは風が通るので多少過ごしやすい。奥多摩の山々へはけっこう分け入っていると思っていたが、まだまだ良いところはたくさんあるのだ。
 大昔に一度歩いたことのある金毘羅尾根から日の出山へと向かった。東側が開けているので、山々の斜面に開花真っ最中の山桜がよく見える。しばらく行くと日の出山の取りつきに出た。あとひと踏ん張りだ。

 七名の男性グループ、単独男性一名、夫婦者三組、年配女性ペア一組と、相変わらず日の出山の山頂は賑やかである。梅ノ木峠方面、五日市方面、そして御岳山方面と、様々なルートがここで交わり、且つ眺めの良い休憩ポイントだからこの賑わいにも頷ける。うまいこと東屋のベンチが空いたので、涼しい日影で昼食をとることができた。南へ目をやるとさっき登った麻生山が見える。結構な距離感があるのだが、山道が良く整備されていて歩きやすく、ここまでストレスなく辿り着けた。それにトレポのおかげか、膝に痛みは全く感じず、脚の筋肉疲労もすこぶる小さいので、気分的にはずいぶんと余裕が生まれた。

 日の出山登山口バス停まではひたすら下りである。露出する木の根は若干多いものの、山道に荒れたところはなく非常に歩きやすい。膝の好調もあっていつになくペースが上がった。
 一時間もしないうちに山道が終わり、舗装路に出ると、道沿いにたつ小屋が目に入った。通過する際に入口へ目をやると、何やら焼き物の食器が無造作に置かれていて、“どれも100円”と記した札がある。興味を惹かれて入ってみると、ありきたりな食器ばかりでどれもろくなものではない。ところがふと左手を見ると、魚や亀の形をした、楊枝入れ?、はたまた箸置き?のようなものが籠にたくさん盛られている。ぱっと見には面白そうだったが、よく観察すると奇怪である。買おうかどうしようか一時悩んだが、ザックをおろして財布を出すのも面倒だし、またここへ来ることがあればその時は買ってみようと、再び歩き出した。
 あとは私を待つPOLOを目指して一直線だが、この舗装路歩きが単純で面白くない。救いは道に沿ってきれいな川が流れていたので、時々その流れに目をやり気を紛らわした。
 しばらくすると大きい道路との交差点に出た。案内表示があり、左へ折れるとつるつる温泉とある。実はここで大きなミスを犯してしまったのだ。“つるつる温泉はR184沿いにある”と、何故か鼻っから思っていたのだ。だからこの交差点を左折し、つるつる温泉の先にある日の出山登山口バス停を目指したのだ。ここまですっと下りだったのが、左折してからは一転上りに変わった。この時「上り?」と、ちょっと違和感を覚えたが、頭の中にある<つるつる温泉~日の出山登山口バス停~白岩の滝入口>は確固たるものだった。長く歩いた後の上りは正直きつかったが、もうすぐゴールという一念で最後の力を振り絞った。

 ところがである。視線の先に遮断機が現れたのだ。もちろん通行止めのそれである。ちょっとだった違和感が膨らみ始めた。「ちょっと休憩しよう」。残っていた最後の水を飲み干し、ポケットから地図を取り出す。老眼なのでA3まで拡大した見やすい地図だ。落ち着いてルートを辿ると、「え?! マジかよ」。確信していた“つるつる温泉はR184沿いにある”が実は間違いだったのだ。このままずっと行くと、九十度の方向ミスになり、な、なんと梅ノ木峠へ至ってしまう。何のためにこんな見やすい地図をわざわざ作って持ってきたのか、あまりに情けない自分に嫌気がさしてきた。こんなことではいつか遭難してしまうに違いない。
 十分間ほど道にへたり込んだ後、一度深呼吸してから立ち上がり、今上がってきた道を今度は下って行ったのである。

ミツバツツジとトレッキングポール

 東京も八王子の川口辺りまでくると、ソメイヨシノもいまだに元気がよく、最高の見ごろを迎えていた。桜だけではない。梅も然り、その他の春の花も待ってましたとばかりに開花していて、秋川街道はまさに花の街道を呈している。
 暖かい空気を頻繁に感じ始めるこの頃、西の山々ではツツジが開花し始め、大塚山の花のトンネルを思い出す。ただ、それを見る前には足の馴らしが必要なので、今熊神社のミツバツツジを愛でつつ、刈寄山へと登ってみた。

 案の定、駐車場はほぼ満車だったが、いつものトイレ前に空きを見つけたので、すかさずPOLOを停た。珍しいことに、駐車場の脇にはテーブルをいくつか並べた、地元産野菜の即売店が出ていた。ミツバツツジを求めてそれだけ多くの人々が訪れるということだろう。
 登山道へ入る前に、まずは境内の撮影を行った。薄桃色の桜と紫色のミツバツツジのコラボは季節の移り変わりを表していて、心が躍る。

 歩き出してまもなくすると、着実な森の変化を見ることができた。全体的にはいまだ冬枯れと言っていいが、その中に艶やかな若葉がいたるところに顔を出しているのだ。二カ月前には一輪も見つけることのできなかった花も、まだまだ少ないとはいえ開花が始まっている。可憐さの中にある力強さを感じてしまった。

 八王子地区の天気予報を参考に、着ていくものを選んでみた。ノースリーブのアンダーの上に長袖シャツ、下はストレッチのタイトスラックスにSALEWAのローカットシューズと完全に春の装いだ。これがドンピシャ。日の当たらないところではちょっとヒヤッとするが、それほど汗をかかなかったので寒いと感じることはない。頂上へ至るまでの間、実に気持ちのいい山歩きとなった。

 なかなか治らないのが右の膝痛。今回も登り始めに痛みが出た。あまり酷くなるようだったら引き返そうとも考えたが、十五分から二十分ほど歩くとかなり痛みが軽減されので、そのまま頂上を目指すことにした。ただ、あまりダメージを重ねたくなかったので、下山時にはトレポの出番となった。
 つい最近、ザックの中へすっぽりと入る折り畳み式のトレポをAmazonで購入した。トレポはザックの外側に取り付けると、電車に乗る際かなり邪魔になることがあり、新たにコンパクトなものを追加したかったのだ。価格は二本セットで\3,099と破格。無名メーカーだが、意外やレビューが上々だったので、これでいいやとポチッとした。受注生産らしく納期には三週間を要したが、届いてみると作りは満更でもない。ただ、実際に山で使ってみたらなんとなく重く感じた。ただ、メインで使っているのがkarrimorのカーボン製なのでそう感じるのも無理はないが、この使用感は若干気になるところ。キッチンスケールで正確な重量を計ってみると、無名メーカー:277g(一本)、karrimor:195g(一本)と出た。もっとも、一本150gほどの商品はモンベルでも販売しているが、その価格は二本セットで\12,000を超える。そう考えれば今回の無名品は文句なしのCPと言える。それに電車で行く山歩きにしか使わないのだから、耐久性も特段心配する必要はないと思う。

 肝心な効果はしっかりと現れた。若い人や脚力に自信のある人だったらトレポは不要かもしれないが、私のような年配者や膝に問題がある人にはぜひ試していただきたい商品だ。一般的にトレポの効果は<歩行の推進力アップ”や“バランス保持>と言われているが、これまでの経験から、確かに前へと押し出す力ははっきりと自覚できるし、足元の悪いところでは度々助けられている。しかし一番効果ありと断言できる場面は下り。一歩踏み出す直前にトレポで着地点周辺を支えておけば、確実に軸足の大腿筋の負担が減る。着地する際の衝撃は、後ろ側、つまり軸足の大腿筋の力で支え低減させるのだから、それは理にかなう。ステップが大きめのところは特に実感できるだろう。衝撃の緩和は膝の負担を減らすことになるのだから、大いに注目すべきだ。