西沢渓谷

一度は歩いてみようと、以前から気に留めていた「西沢渓谷」。
<四季を通じて楽しめ、特に紅葉の頃は素晴らしい渓谷美が!>と、Webサイト、雑誌等々、どれを見開いてもそそるキャッチが飛び出してくる。
そんなわけで、久々の快晴となった10月26日(木)。紅葉もそろそろ始まる頃だろうと、意を決して出かけてみたのだ。

真新しいタイヤで乗り心地が良くなったE46。滑らかなフィーリングを保ちながら、早朝の中央道をストレスなく走る。勝沼ICを降りると、フルーツラインをひたすら北へ向かい、途中、R140へ合流。ここから西沢渓谷の入り口は間もなくだ。
アクセスと流れの良さに助けられ、9時前には駐車場へ到着。所要時間は2時間を切った。
それにしても、さすがの人気トレッキングコース、見渡せば平日なのにほぼ満車である。あちらこちらで出発の準備をするハイカーを目にして、期待感は膨らんだ。

歩き始めは平坦な林道が続く。飽き始めたころに西沢山荘が見えてきて、ここから渓谷道へと降りていくのだが、それにしても年配者の多いことには驚いた。しかも殆どが群れ成して行動している。見るからに山歩きの経験が少なそうな人ばかりで、正直なところ危なっかしい。渓谷道には濡れた大小の岩が多く、滑って足首を挫いたりする危険性は大いにあるのだ。とかく西沢渓谷はハイキングコース的な見方をされているので、初心者が多いのは頷けるが、実際は鎖場などもあるれっきとした登山道だということを忘れてはならない。

渓谷美は下馬評通りに美しかった。様々な流れや大小の滝は目を楽しませてくれ、何度も立ち止まっては見入ってしまう。しかし渓谷道の道幅は全域に渡り狭く、三脚を立てれば他のハイカーが通れなくなる程で、腰を入れて撮影を行う場合は、早朝または渓谷道を外れた場所を狙うしかないだろう。

メインビューである“七ツ釜五段の滝”に差し掛かった時、思わず<凄いな!>と口に出てしまった。
それまでにも美しいビューポイントは多々あったのだが、ここは何と言っても迫力が桁外れだ。自然が作り出す造形美というものは、唯々脱帽であり、堪らなくMiracleである。夏に訪れた“にかほの元滝伏流水”にも感動したが、ここも負けてはいない。大昔、初めてこの渓谷に入り込み、この光景を目の当たりにした人はさぞかし驚いたことだろう。

七ツ釜五段の滝から先は短いが急登となり、案の定渋滞が始まっていた。

「どうぞお先に」

これで2回目のコールである。ざっと見渡しても70歳前後の方が多いので、こんな坂では当然歩く速度は遅くなり、歩みに滞りが出てしまう。皆、顔を赤らめ、呼吸も苦しそうだ。特に頂点である森林軌道の手前からは急峻さが増し、先を行く一人の男性は、木の階段を一段上がるたびに立ち休みを繰り返して、長い渋滞をこしらえていた。
純然たるハイキングコースだと思って歩き始めた年配者の方々には、ちょっとしんどい場面だろう。

登り切ると、ベンチがいくつか配列され、多くのハイカーが休憩の真っ最中だった。ここで私も昼食を取ることにした。
人いきれはあるものの、木々を通る空気は爽やかで、自然に包まれる気持ちの良さは十分に感じられる。おにぎりを平らげると、リラックスしたのか、ちょっとだけ眠くなってきた。
下山は森林軌道をひたすら下っていくのだが、傾斜は緩やかで膝に負担が掛かることはない。但し、結構距離があって、しまいには辟易としてくるほどだ。正に「終わり良ければすべて良し」の真逆のパターンであり、この点だけは惜しいところだ。

久々の山歩きだったので、なるべく体に負担の掛からないコースにしようと、ここ西沢渓谷にトライしてみたわけだが、この点は大正解。筋肉痛も持病の腸脛靭帯炎も全く起こらず、理想的な足慣らしができたと思っている。

1Nikkor 壊れた?!

次の連休は山歩きを予定していたので、ここのところ出番がめっきり減っていたV2を磨いておこうとカメラケースから取りだした。
グリップゴムに若干の使用痕はあるものの、アウトドア専用として酷使している割にはきれいな状態を保っている。軽量コンパクトのボディーは山歩きに必要不可欠な性能であり、これに慣れてしまうと、D600を持ち出す気にはなれない。

あらかじめフル充電していたバッテリーを装着して電源を入れた。

「うん?」

何故かモニターがオンにならず暗いままだ。何ヶ月も使っていなかったので設定が狂ってしまったか?
恐々設定ボタンを押すと、瞬時にモニターが起動。ちょっとほっとした。
全ての設定をリセットした後、ついでにSDカードも初期化した。一旦電源を落とし、気を取り直してオン。

「ダメだ…」

EVFを覗いても同じく真っ黒。ところが良く見ると微かに映像は映し出されている。但、合焦はできないようで、シャッターは下りない。
ついにV2はお釈迦か…
最後の頼みとして、V2のトラブルに関してググっていくと、面白い記事を発見。

http://www.nikon-image.com/support/whatsnew/2015/0203.html

【1 NIKKOR レンズ「1 NIKKOR VR 10-30mm f/3.5-5.6」ご愛用のお客様へ】という題名で、まさに私のV2に装着してあるレンズに関してのリコール記事だったのだ。
と言うことは、この故障は若しかするとV2本体によるものではなく、レンズトラブルの可能性も出てきたわけだ。あわよくば無償修理が適用になるかもしれない。
こうなるとニコンサービスに行ってみる他なく、たまたま翌日に休みを取っていたので、さっそく新宿サービスセンターへ持ち込んだ。

新宿西口エルタワー28階にあるニコンサービスセンターは、THE GALLERY(写真ギャラリー)を併設しているのでちょくちょく足を運ぶお気に入りの場所。A1等、大判に引き伸ばされたプロやハイアマの作品は実に見ごたえがあり、且つ勉強になる。
エレベーターを降りると眼前に新宿の街並みが飛び込んできた。

西武新宿駅方面から東口までが、まるで箱庭のようだ。更にサービスセンターへ入ると、今度は眼下に中央公園を置いて、東京の西方面を遠くまで見渡すことができる。

整理券を取るとすぐに呼ばれたので、症状やリコール対象のことを詳しく伝えると、担当者が徐にチェックで使うミラーレス機を取りだして、持参した1Nikkor10-30mmを装着、電源を入れた。
やはりV2と同じ症状が出た。

「レンズが原因のようですね。このレンズは未対策なので、無償修理対象です。ただちょっと、ズームの部分にガタが出ているのが気になります」

これまで気が付かなかったが、係員が差し出した色違いの同レンズを触ってみると、なるほど、そのガタが分かる。

「今回の症状がこのガタによるものだと、有償になります」
「予算的には?」
「8,000円前後ですかね」

なんとも微妙な数値だ。新たにレンズを入手しようとすれば、中古品でも8,000円ではとても手が届かないので、ここは素直に修理依頼することにした。

「お届けまでに10日間から2週間ほど掛かります」

一応リコール対象品なので、送料は無料とのことだ。
V2は我が写道楽に欠かせない機材となっているので、修理は致し方ないことだと思うが、それにしても品質と信頼のNikkorレンズが、こんな容易く壊れてしまうとはちょっとがっかりである。
活況を帯びるミラーレス市場で、天下のニコンが苦戦を強いられているのは周知の事実。1Nikkorの戦略が良いか悪いかは別としても、カメラ業界全体がようやく掴んだ進むべき方向に対して、ニコンだけが右へ左へと迷走しているように見えるのは、恐らく私だけではないと思う。

若い頃・デニーズ時代 32

早番は時間に追われる作業が多く、何かと目まぐるしい。クックは集中して入ってくるモーニングのオーダーを上げながらプリパリ(仕込み)を行い、MDもオーダーを取ったり運んだりしながらクリーマーを作り、コンディメント、ジュース等の補充を行うのだ。二つのことを同時に進めるのが苦手な人だったら、本当に目が回る思いだろう。
しかし、ランチピークを乗り越え、締めの作業が完了した瞬間、時間の縛りから解き放されて、なんとも言えない安堵感に包まれる。

「あら、こんにちは」
「久しぶり」

抑揚のあるやり取りが耳に入り、入り口へ顔を向けると、元BHの堀之内 勝がレジ前で水沢慶子と談笑していた。

「堀之内さんじゃないですか!」
「ご無沙汰してます」

田無店でのアルバイトを辞めた後、同じファミリーレストランチェーンである「のっぽ」へ就職したところまでは聞いていた。近況報告を兼ねて、遊びにでも来たのだろうか。
しかし、伏せがちな彼の目線は暗く重かった。

「今、ちょっといいですか」
「奥で話そう」

何かあるようだ。こんな時の堀之内さんは妙に緊張した表情を見せる。根が真面目なせいか、どんな時でも内心が顔に出る。麻雀やポーカーでは絶対に勝てないタイプだ。
午前中には滅多にお客さんを通さない4番ステーションへ案内した。

「どうしたんですか」
「実はですね、のっぽを辞めようと思うんです」

これには驚いた。まだ入社して3ヶ月ほどしか経っていない筈である。人間関係のトラブルだろうか。

「自分の不器用さと作業ののろさに、ほとほと呆れましてね」

のっぽも入社直後は厨房の仕事から始めるとのこと。以前、レシピを覚えるための手書きのノートを見せてもらったことがあるが、マニュアルだけでは不足する部分を細かな字でびっしりと補足してあった。
堀之内さんは普段から筆記用具を持ち歩いていて、気に留まったことは全てメモに残している。

「今、クックやってるんですよね」
「そうですが、プリパレは遅いし、ピークになると周りのペースに追いつけないというか、、、」

なるほど。何となく予想はしていたが、彼は何につけ不器用なところがあり、しかも頭で一旦かみ砕かなければうまく行動に移せないという性状を持っている。
クックにとって確かにマニュアルは徹底順守であり全てではあるが、マニュアルだけでは中々成り立たない手際の良さやスピードなどは、クック個人の能力によって大きな差が出てくる。恐らく堀之内さんは、きちっとマニュアルを厳守したうえで職務に当たっているのだろうが、作業の一つ一つが慎重に行われ過ぎて、周りの流れに追いつくことができないのだ。
決められたディッシュアップ時間と品質を実現するためにマニュアルは存在するが、頭で理解しただけでは到底成しえるものではなく、同時に、手際の良さ、リズム感、そしてチームワークが必要不可欠となる。

「だから、怒鳴られっぱなしだし、迷惑もかけどうしでね」
「そりゃ辛いな」
「よく考えたけど、今の仕事、自分には向いてないような気がしてね」

淡々と話す彼の表情には、既に諦めと吹っ切れが滲み出ていた。
“向き不向き”と“適材適所”は極めて重要な尺度である。何をやるにも個々には必ず向き不向きがあり、それに準ずる適材適所が当てはまれば、人は想像以上の生産性を得ることができ、心身共々充実した日々を送ることも可能だ。逆にこれがうまく当てはまらない場合は、もがき苦しみ、挙句の果てには逃避が待ち受ける。

「俺達まだ若いし、これから溌剌とやれる仕事を見つければいいじゃないですか」
「そう言ってもらうと気が楽ですね」

この時代、余り選り好みをしなければ、中途採用の門はそこそこに開いていた。失敗を糧に次の就職先を探せば、結果はより良いものになるはずだ。
この後、のっぽを退職した堀之内さんは、人生にまたとないチャンスだと、以前から願望のあった東南アジア歴訪の旅へと出発したのだ。そしてこの旅が彼の人生を決定した。帰国すると、旅行ジャーナリストの事務所でアシスタント経験を積み、その後自らも旅行ジャーナリストとして独立し、今日に至っている。

「コーヒーいかがですか」

三池洋子が気を利かしてコーヒーのお替りサービスにやってきた。

「ありがとう。でもそろそろお開きにするよ」
「そうですか。あっ、木代さん、後でマネージャーが事務所へ来てくださいって」
「わかった」

デニーズでの毎日は嫌なことも辛いことも多々あったが、仕事自体は好きだったし、自分に合っていると感じていた。堀之内さんは新たな世界へチャレンジだが、私はデニーズで生きていく覚悟ができていた。それより一日も早くUMになって店を持ち、すべてを自分の手でコントロールしたいという願望が日に日に大きくなって行くのだった。

写真好きな中年男の独り言