エレキバンド・その6・壁

jh1沼津市立第二中学校では全員クラブ活動が原則となっていたので、取りあえず親友のKが入部したバスケット部へ籍をおくことにした。
ある程度覚悟はしていたが、シゴキとも称される中学校運動クラブの練習メニューは相当にHeavyなもので、入部当初は、翌日に起きる強烈な筋肉痛に苛まれ、歩行するにも苦労するほどだった。但、ひと月が過ぎるとだいぶ体力がついてきて、苦しさは殆ど気にならなくなっていた。ところがだ、汗ばむ季節がやってきた頃、一部の上級生によるいじめが常態化され、ただでさえ厳しい練習をこなさなければならないというのに、それに重ねて余計な重圧がひとつ増え、自覚できるほどに精神ストレスが溜まってきて、これには正直辟易した。
部活は急にしらけた景色に見え始め、練習に費やす時間が無性に意味のないものに思えてきた。

ー 部活をやるくらいなら、ギターを弾いていたい。

膨れあがる逃避願望は、さぼりの回数を日に日に増やしていく。
反面、ギターへ対する傾倒はこれまで以上の高まりをみせ、コードを弾きながら歌うだけでは既に物足りなくなり、次のターゲットを、ビートルズ、ジョージ・ハリスンが格好良く奏でるギターパートに向けたのだ。
流れとしては、何度も同じ曲を聴いて少しずつフレーズを覚えていき、それをギターで表現するという作業を繰り返す。
但、言葉では簡単でも、やってみるとこれが難しい。人が歌ったメロディーは自然と頭に張り付くものだが、ギターが発する音は、奏法、エフェクト等のアレンジが入っていることが多い為、肝心な音階自体が掴みづらい。
仮に音階を頭に入れても、それをギターで表現しようとすると、奏法が分からないのでオリジナルの雰囲気が全く出ない。これでは到底コピーとは言えず、何とか表現しようと様々なことを試してみたが、なかなか前へ進むことはできなかった。そう、ついにギターを弾き出して初となる壁にぶち当たったのだ。
余談だが、昨今、ギターを志す方々は本当に恵まれている思う。当時は憧れのアーティストが実際に演奏しているシーンを映像で見るなどという機会は滅多にないことであった。ミュージックライフなどの音楽雑誌を開けば写真は幾らでも見ることができたが、ギターの弾き方をその写真から見出すことは殆ど不可能に近い。
その点、現代には“YouTube”がある。いつでもどこでも過去から現在までのミュージシャンの動画を無料で見ることができるのだ。昔の状況を考えれば、まるで夢のようだ。
今から思えば、あの壁にぶち当たった時も、ジョージの左手の動きをこの目で見ることができたなら、挫折して1年以上もギターから離れることはなかったかもしれない。
弦の張りが強烈に強く、また弦高の高いマイギターから、“チョーキング”という奏法にたどり着く為のきっかけやヒントは出てくるはずもない。

 

「東京へ戻るよ」

中学2年の夏休み前。何となく予感はしていたが、帰宅した親父の口から引っ越しの一言が飛び出した時、複雑な気持ちが胸一杯に広がった。
沼津への転勤は4~5年といっていたから、もうそろそろではないかと、中学へ進学した頃から常々意識はしていた。地元東京へ帰ることができるのだから、基本的には嬉しい筈だが、沼津で過ごした幼少期の4年間は心躍る様々な経験や、最高に愉快で優しい友人達との出会い等々、まさに夢のような日々の連続であり、自分としてはこの時点ではっきりと沼津を第二の故郷と断言できていた。
夏休みに行なわれる林間学校が最後の行事になると分かった時、流れる涙は止められなかった。


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