伊豆スカイライン

十国峠

RZを乗り回していた頃は楽しかった。何も考えず、ひたすらバイクライディングに没頭できたからだ。色々な峠で味わった胸の空く加速とエキサイティングな排気音は一生忘れることがないだろう。
1982年に中古車で手に入れたヤマハ初期型RZ250は、すぐに私の“きんとん雲”となり、休日で天気さえ良ければ決まって伊豆まで足を延ばし、伊豆スカイラインを中心にワインディングランを大いに堪能したものだ。
バイクライフの楽しみ方は人それぞれ。ツーリング、街乗り、オフロード、コンペティション、メカいじりと色々あるが、私は何より“峠走り”が好きだった。
当時はロードレースが国内外共々最高潮な盛り上がりを見せ、レースクラストップであるGP500では、ケニー・ロバーツとフレディー・スペンサーによる王座争いがエキサイティングに伝えられ、速報を載せるバイク雑誌の発売日が待ちきれないほどだった。そしてRZに乗り出した直後に封切となった角川映画の『汚れた英雄』も、また多くのバイクファンにインパクトを与えた。主人公“北野晶夫”を演じる草刈正雄が余りにもかっこよく、それまでバイクに興味がなかった人でさえ、一度は乗ってみようと思わせるほどの影響力があったのだ。
今でも良く覚えているが、この映画は荻窪の映画館に弟と観に行った。
私が興奮したことは言うまでもないが、おとなしい性格を持つ弟の目がギラギラと光り出したのには驚いた。

「なんか、峠に行きたくなるね」

バイクこそ乗ってはいたが、彼のバイクライフに“峠”はおおよそ不似合いな言葉だったのだ。

「伊豆スカかい?!」
「うん」

ご存じの方も多いと思うが、伊豆スカイラインは伊豆半島縦走する有料道路。全長は40kmにも及ぶ伊豆の大動脈だが、あくまでも“有料”ということで、特に平日の交通量は極めて少ない。
長い直線を繋ぐ幾多の高速中速コーナーは、まるでサーキットを思わせるダイナミックなもので、RZほどのバイクでは屡々タコメーターの針がレッドゾーンへ飛び込んでしまう。スロットル全開で攻められる峠道は箱根ターンパイクも有名だが、コースがあまりにも高速へ振ってあるのでスポーツ走行となると面白みは小さい。その点伊豆スカは、ライディングテクニックと工夫なくして攻略のできない、良い意味での面白さに溢れていた。これはサーキットに限りなく近いもので、普段からGPレースに憧れているライダー達にとってはこの上ない峠道となっていたのだ。
亀石パーキングを勢い良く飛び出し最初の左コーナーをクリアすると、長い直線が空へと向かって延びている。RZでは各速全開に引っ張って140km/hがマキシムだが、その高速域から緩やかな右コーナーへと至るプロセスはGPシーンを彷彿とさせる感動を味わうことができる。
弟と私は亀石パーキング~玄岳間の11.5kmが得にお気に入りで、最低でも月に一回程は、貸切りサーキットのようにここで遊んだ。
因みに弟の愛車はヤマハ・XJ400で、ホンダのCBX400Fが発売されるまでは、ネイキッドクラス№1の実力と人気を誇っていた。

ページトップの写真は、伊豆スカイラインの十国峠パーキングから撮影したものだ。

西湖から眺めた富士山

富士山

皆に愛され、皆がレンズを向ける富士山。私もこれまで様々な富士山を撮ってきたが、その雄大で美しい姿は眺める度に姿を変え、常に新たな魅力を放ち続けている。とうぜん被写体としての可能性は無限大であり、写真はもとより、あらゆる芸術に対して多大なる影響を及ぼしていることは歴史が証明している。

さて、写真仲間が楽しみにしている“恒例年末撮影会”。実施前には宿泊地や撮影ポイントの打合せがあり、この段階からイベントとしての盛り上がりを見せる。
但、参加者に希望を募ると、毎度、

「おまかせします」

とくる。

「そっか、それじゃ今回も宿泊地は寒くない伊豆だな」

こんな流れで十数年間、変らずの場所に落ち着いてしまうのだ。
ところが撮影ポイントの話に及ぶとちょっと様子が変ってくる。

「やっぱり富士山は撮りたいかな。あとはおまかせでいいけど」
「朝霧に入る手前も魅力だよね」

これは分かる。
その年を締めくくる撮影イベントに富士山は最も相応しい被写体だからだ。
山中湖北岸、三国峠、西湖、本栖湖、朝霧高原、富士山スカイライン、伊豆半島西海岸等々、これぞと思う画を求め、何度となくトライはしているが、納得できるものは意外や少なく、何れもベタで面白さに欠けてしまう。しかしそんな中、6年前に西湖からレンズを向けていたときの出来事は興味深かった。沸き上がってきた雲や、その隙間から差し込む光りの影響で、それまで平凡だった富士山に自然の絵筆が加わり、瞬く間にPhotogenicな光景ができあがったのである。
連写したのは言うまでもなく、無我夢中で10枚ほど撮った中の一枚が冒頭の写真だ。

関東の奥入瀬・照葉峡

照葉峡

“関東の奥入瀬”、それが照葉峡のキャッチだ。
数年前、バイクツーリングを頻繁に行っていた頃に見つけた渓谷で、危険な脇見運転までも誘発するその美しい流れは、一度写真撮影で訪れる価値ありと瞬時に感じたものだった。
奥利根ゆけむり街道に沿って延びる渓谷は、本場の奥入瀬と較べれば規模も画的深みも30%といったところだが、力感と美が強力に張り出す本家奥入瀬に対して、親しみやすい要素である、光、虫、花、臭いが心を和ませる照葉峡は、子供の頃の心象風景であり、汗を流して遊びに遊んだ夏を彷彿とさせたのだ。
岩にしがみつき川の流れを撮ろうとしたらレンズの上にトンボがとまり、茂みの中へ入り込めば草の臭いが全身を覆う。そして左岸の森には蝉時雨がわき起こり、ふと空を見上げれば、真夏の象徴である入道雲がむくむくと青空キャンパスを覆っていく。
これが無性に嬉しかった。

照葉峡の総延長は10km弱にも及ぶが、その間にこれといった駐車場はない。幅員に余裕のあるところを見つけては路肩に車を停め、そこから沢に降りるポイントを探すという地道なプロセスを繰り返す。注意しなければならないのは紅葉時期だ。赤や黄の見事な景観を撮ろうと、写真好きが休日平日問わず大挙押しかけ、数km走っても駐車スペースが見つからないなんてことが屡々起きる。

一旦車へ戻って水分補給をしようと道路へ上がっていくと、首からカメラを提げた年輩女性二人が、沢の様子を窺いながらこちらへと近付いてきた。
いきなり草むらの中から現れた私にちょっとびっくりした様子だったが、互いのカメラで同好の士と安心したか、

「あら、こんにちは。そこから下へ降りられるのですか」
「ええ、だけど足元が悪いから気をつけた方がいいですね」

彼女達は高崎市に住んでいて、古くからの写真仲間。持っていたデジイチが入門者向けのEOSKissだったので、写真を初めてまだ日が浅いと思ったら、既に20年を超えるキャリアがあり、つい最近になってフィルムからデジタルへと切り替えたとのこと。
人生の後半戦で仲間と趣味を楽しめるなんて、これ以上ナイスなことがあるだろうか。

炎天下の元、3時間に及ぶ照葉峡歩きはけっこう体にきつかったようだ。下流で見つけた日陰の駐車場ではついうとうととしてしまった。両サイドの窓とサンルーフを全開にし、山間の涼しい空気を車内へ流し込めば、これも無理のないことか。

写真好きな中年男の独り言