ウォーキングと跨線橋

東から見た跨線橋

 リタイヤ前は毎日の通勤に自転車を使っていた。荻窪にある杉並店勤務のころに始めたので、十八年間にもおよぶ。杉並店から調布店、そして最後は府中店と移り変わったが、いずれも自宅から片道8Kmの距離があり、出勤時に雨が降っていなければ、たいがい自転車で出かけた。
 なぜ楽なバイクではなく自転車を選んだかと言えば、まず気楽、そして手軽だから。
 バイクはヘルメットをかぶり、それなりの服装が必要だが、自転車は普段着でOK。車道はもちろん一部の歩道も走れるので、渋滞を気にすることなく、ほとんど決まった通勤時間をキープできた。しかも行き帰りで16Kmはけっこうな運動である。言い換えれば、リタイヤ後、何もしなければ運動不足に陥るということだ。
 今の年齢で代謝が落ちれば、生活習慣病の恐れも出てくるので、自転車の代わりになる運動はぜひとも行わねばと、リタイヤの翌日からウォーキングを始めた。もっと負荷の高いジョギングも考えたが、先月の終わりころから右膝に痛みが出るようになったので、無理は禁物と却下。段差の上り下りでズキッっとくるので、おそらく変形性膝関節症の初期と思われるが、段差さえ避ければ痛みもなく問題のない歩行ができるので、ウォーキングは順調にデイリーで実行中だ。


 自宅から井の頭通りを西へ境橋まで行き、そこをターンして玉川上水沿いに保谷新道まで戻る。次は南へ方向を変え、中央線に突き当たったら線路沿いに東へ進み、“跨線橋”を通過して欅橋まできたら、そこから住宅街を抜けて自宅へ戻るというもので、総距離は5.3Km、歩行時間は一時間弱である。スタートはいつも午後五時前後。季節柄、すでに夜のとばりが落ちている。
 そう、前述した跨線橋(こせんきょう)だが、老朽化のために一部を残して近々に取り壊されるという。建設は昭和初期だったので、九十年以上の長い歴史がある。よって地域住民にとっては単に南北の通行として利用してきただけではなく、人生のさまざまな思い出が刷り込まれた一種のモニュメントと捉えているに違いない。特に子供たちには、大好きな電車を真上から見ることができる稀有な場所だったのだ。私も幼稚園に入る前は、たびたび祖父にせがんで連れて行ってもらったことを憶えている。また、ここから見渡す夕焼けの富士山は一見の価値があり、カメラ片手に訪れる人たちを何度目にしたことか。

西から見た跨線橋

 三鷹に住んでいた作家の太宰治は、この橋へ散歩に来るのが何よりの楽しみだったと、そんなエピソードも残っている。


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