五月十七日(金)。“眺める富士山好き”の私としては是非一度チェックしておきたいと常々思っていた、山梨百名山の一つ“杓子山”へ登ってみた。標高は1597.6m、ちょうど富士吉田市、都留市、忍野村の境界に位置するので、富士山の眺めは推して知るべしだ。
登山口は鳥居地峠。中央道の富士吉田西桂スマートからが最も近いが、ちょうど朝の通勤渋滞にはまり込んでしまい、結構なタイムロスが発生。ただ、車中から望む富士山でさえ圧倒的なスケール感があり、期待は否応なしに膨らんだ。
到着した峠の駐車場は予想外の満車。いくら絶好の好天とは言え平日である。杓子山の人気度が推し量れるところか。しかたがないので、ちょっと進んだ右側に広い路肩スペースを見つけたので、そこにPOLOを停めることにした。
出発してしばらくは林道歩きが続くが、前方にゲートらしきものが見えると、同時に辺りは明るくなり、茅に覆われた山の斜面が広がった。そのまま進むと更に開け、頂上から裾野へ至るまで、遮蔽物“0”の広々とした富士山が現れる。痛快無比とはこのような光景を指して言うのだろう。
左カーブの突端に、ちょっと前に追い越していったヤマハのセローが見えた。近づいていくと、なるほど、オーナーが富士山をバックにして愛車の撮影を行っている。
「こんにちは」
ナンバーを見ると“八王子”である。なかなかイケメンの若い男性は、よく日に焼けていた。
「ずいぶんとゴージャスな撮影場所を知ってるんだね」
「もう4~5回来てます」
「東京からなのに、大変だ」
「7月にある吉田の花火大会がここから眺められるんですが、めっちゃきれいです」
「そりゃ凄そうだ。いい情報を教えてもらったな」
富士山といっしょに見下ろす花火なんて、どう考えても写欲が湧きたつ。これは詳しく調べる価値がありそうだ。
「でも、その日はここも混むんだろうね」
「それほどでもないんです。多分、ここ、あんまり知られてないと思いますよ」
若い男性と別れた後、林道から一気に尾根へ上がる道があったので、大汗覚悟で取りついた。途中、左手から正規の登山道を上がってくる人が見えたが、そっちもかなりの傾斜がありそうだ。遠めに見てもしんどそうである。
上りきると先ほどのハイカーが一歩一歩近づいてきた。四十~五十代ほどの男性である。
「どうも。けっこうきついですね」
「でも登りきったところが高座山の頂上なんで、頑張りましょう」
昭文社の山と高原地図にも“急坂”と記載されているポイントである。斜度もあるがそれ以上に土の路面が滑りやすく、ちょっと油断するとズルっときて冷や汗が出る。ただ、ロープが張ってあるので大いに利用した。噴き出した汗が乾いた路面に滴り落ちる。
やっと頂上へ出ると年配男性が休憩していた。思った以上に息が上がったので小休止とした。
先ほどの男性は三島市から来た五十一歳の山好きで、自宅から比較的近い富士山界隈については驚くほど詳しく、杓子山も今回で四度目だそうだ。聞けば八ヶ岳の主な峰もすべて登頂済みで、時間があればアルプスへも足をのばすというベテランである。
「それじゃお先に」
「気をつけて」
ベテランさんも年配男性も順次出発していった。私は汗が引くまで留まることにした。あんパンとポカリで体を整える。
茅の斜面は高座山の頂上までで、この先は樹林帯へと変わった。
いったん下ると、上り返しが待ちかまえる。最初に体力を使ったのでかなり堪えた。しかも単純な樹林帯歩きだけではなく、ロープ付きの岩場も二カ所ほどあって気が抜けない。大権首峠まで下ってくると右膝に僅かだが鈍痛が出始めた。しかしここから杓子山までの一気登りが始まるのだ。先発していた年配男性が立ち休みをしていた。
ひとことふたこと話をすると、御年七九歳で登山は一年ぶりだという。自宅は相模原で、同じように車を鳥居地峠に停めてあるとのこと。
「初心者向きってガイドブックに書いてあったけど、ちょっと違うね」
要注意な危険個所がないところから、相対的なボリュームを鑑みて“初心者向き”と記載されたのだろう。ただ、初心者も様々であり、定年後の趣味にしようとする高齢者がトライしたら、しんどいことこの上ないはずだ。
頂上へ近づくにつれ傾斜はきつくなり、立ち休みを余儀なくされた。それでも空が大きく見え始めると気持ちは「もうすぐ!」となり両脚に力が入った。
丸太の階段をクリアすると、待っていたのは正真正銘の絶景。
「おつかれさん」
先に登頂していたベテランさんが手を振っている。
「いやはや、大汗かきましたよ」
頂上はそこそこの広さがあり、ベンチも三つある。ぐるり見回すと、年配夫婦が二組、年配男性の三人組、そして年配女性の二人組、そしてベテランさんと私と、人気の山ならではの活況を帯びていた。
三六〇度の眺望は見事に尽きる。富士吉田の町並みとその先にある雪を被った南アルプスの山々、富士山の左手には先月登った越前岳、更にその左手には山中湖もはっきりと見渡せ、久々の感動である。
「今日は珍しいです。これほど風がないのは初めてかな」
頂上には斜辺物がないので、風があったらゆっくりと休憩するどころではない。この恩恵をうけ、絶景を愛でながらのランチと洒落こんだ。私としては珍しく一時間弱ほどの長い休憩をとったが、この景色から離れることを考えると、無性に後ろ髪を引かれたのだ。
下山路はかなりな遠回りになるが、茅の斜面を行く林道を選んだ。なぜなら、ずっと富士山を見続けることができるから。
総歩行距離:8.3Km
山中滞在時間:六時間四十分
いつも気持ちのいい登山の共有ありがとうございます。
いい空気をいただき元気になります。感謝!