桜の下

桜が散り始めると春本番がやってくる。本来ならば、爽やかな季節の到来なのだろうが、残念ながら今シーズンより花粉症のデビューを果たしたようで、就寝時は鼻づまりで寝苦しく、起きたら起きたで目が痒くなり、何気に一度でも掻いてしまえば、我慢の限界を超える痒みに襲われる。これが2ヶ月も続いているのだから、うんざりこの上ない。
女房からは常々「病院に行ったら」と言われるが、1年の4分の1を投薬による副作用に怯えながら暮らすのもどうかと思い、鼻づまりにはノンステロイドの点鼻薬、目の痒みにはそれ用の点眼薬で何とか耐え忍んでいる。
まあ、新緑が眩しく感じる頃にはおさまってくるだろうから、もう少しの辛抱だ。

「西久保公園の桜、もう散り出してるね」

うちの娘が小さい頃、額に汗して自転車の練習をした、玉川上水沿いの公園である。
被写体として桜にはそれほど興味を惹かれないが、今年は開花後に雨や強風もなかったので、例年以上に豊かな咲きっぷりを見せている。

「そうか。じゃ、ちょっと行ってくるかな」
「りーちゃんいいね、またお散歩だね」

とりあえず記録だけでも残しておこうと、V2を片手にリチャードを連れ出した。
歩き出して数分もしないうちに背中が汗ばみ、たまらずウィンドブレーカーを脱いで腰へ巻く。春の陽気が嬉しいのだろうか、リードを引っ張るリチャードの下肢に力が漲っている。
公園に着くとまだ春休みとあって、大勢の子供たちで賑わっていた。
グランドを横切り、南側の出口へ向かって行くと、

「さわっていいですか」

小学校下級生だろうか、二人の女の子が近づいてきた。

「噛まない?」
「大丈夫だよ」

少女が恐々と差し伸べた指先をリチャードがぺろッと舐めた。

「わっ」

犬に慣れてないようだ。真面目にびっくりしている。
その仕草にビビリ―のリチャードが後ずさり。
しかしそうしているうちに、リチャードも次第に女の子達に慣れてきたようで、しきりにしっぽを振りだした。
何のことない日常のワンシーンだが、青空と満開の桜の下では、なんだかとても眩しく感じられるのだ。

悪化していた脂質代謝

項目基準値単位今回判定前回
脂質代謝総コレステロール140~199mg/dl225C208
HDLコレステロール40~119mg/dl6774
LDLコレステロール60~119mg/dl133109
中性脂肪30~149mg/dl10384
糖代謝空腹時血糖60~99mg/dl109B101

上記表は、先々月2月21日(水)に行った健康診断での要注意項目である。
ここ数年間順調な改善を示していた脂質代謝だが、今回の検査で悪化へと急転していたことが判明。一体何があったのかと慌てふためいた。
総コレステロールについては、初めての“C判定”で意気消沈。更にもう一つの指針としてのLH比も<LDL 133÷HDL 67=1.99>と昨年の1.47から大きく後退し、再び動脈硬化の脅威が持ち上がった。
3年前よりカルピスのアレルケアを服用し始めてからというもの、着実な改善がみられていたので、今回の検査結果は不思議だし、納得のいかない部分もある。
そもそも根本である生活パターンは何も変わっていないのだ。
往復16Kmの自転車通勤は11年目に入り、今では完全な日課となった。帰宅すればほぼ毎日晩酌を楽しみ、一度のアルコール量はウィスキーに換算してダブル3杯ほど。晩酌のあとはしっかりと夕食を取って、おまけにデザートとして甘いものをいただく。そして酔いと満腹感により、1時間もしないうちに瞼が落ち、ベッドへとGo。
あまりいいパターンではないが、同じことを毎日10年間続けている。
となれば、アレルケアの効果は一体どこへ行ってしまったのか?

さて、脂質代謝については散々だったが、改善された項目もあった。
それは胃だ。
昨年の内視鏡検査の際、軽度だが胃体上部大弯に萎縮性胃炎が見つかり、次回の状況次第ではピロリ菌の検査を行った方がいいとアドバイスを受けた。しかし、今回の内視鏡検査ではかなりの治癒が見られ、殆ど問題はなくなったとのことだった。相変わらず胃体部大弯に胃底腺ポリープは見られたが、これは良性であり、寧ろ胃内部の状況は良好で、ピロリ菌にやられている兆候は全くないと診断された。

まっ、何はともあれ、加齢と共に体は劣化していくので、できる範囲の健康対策は行っていこうと思っている。
脂質代謝にはC判定が出ているので、先ずは半年後の再検査をターゲットとし、数値改善に励みたい。

深大寺そば

3月15日。まだ桜開花前だというのに、汗ばむほど気温が上昇するのは、これも温暖化の影響なのか。
午前9時に出かけたリチャードの散歩に、ワークシャツ1枚のいでたちはどうにも季節感から外れている。
但、初夏を思わせる柔らかな空気感は、文句なしに気持ちがいいものだ。

「ねえ、深大寺行かない?」
「どうして」
「リーちゃんと一緒におそば食べられるよ」

深大寺と言えばやはり“そば”である。自宅から近く、ちょっとした観光も楽しめるファインスポットなのに、実は一度も訪れたことがない。

「お店いっぱいあるけど、玉乃屋ってところはワンちゃんOKみたい」

調べれば20店近くもそば屋が密集していた。

「今日は暖かいからいいかも」

さっそく“玉乃屋”をGoogleマップへ入力。これで初めての場所でも確実に誘導してくれるのだから、ほんと、世の中便利になったものだ。
後部座席へ乗り込んだリチャードは、両前足をアームレストにのせて辺りをきょろきょろしている。しかしこの姿勢は不安定。ブレーキ時はなんとか踏ん張って持ちこたえているが、交差点での右左折では、遠心力に負けてよろけてしまう。しかし何度よろけても、すぐに元のポジションに戻るところは、かなりのお気に入りなのだ。
普段は滞ることの多い武蔵境通りも、今日はやたらとスムース。前方には既に“深大寺入口”の信号が見えてきた。

「あの信号を左折したらすぐだと思うよ」

Googleマップからの情報は唐突に出ることもあるので、やや車速を落として身構えした。
進むにつれ緑が徐々に濃くなっていき、それまでの景観とは趣がまるで違ってきた。

「ん? 次の道がないぜ」
「もっと先かも」
「三鷹通りに出ちゃうよ」

しょうがないので三鷹通りまで行ってみると、今度は左折の指示が出た。ハンドルを切ると、すかさずもう一度“左折”と指示が出た。

「結構細い道だけど入ってみよう」

車1台分ほどの細い道を進んで行くと、間もなく店らしきものが見えてきた。
近づくにつれ、そこがそば屋でしかも“玉乃屋”だということが判明。しかし駐車場が見当たらないので、車から降りて傍にいた女性スタッフに訊いてみると、

「駐車場はないので、そこに停めてください」

なるほど。ここは一応公道上だが車の往来がなく、このまま停めておいても支障はなさそうだ。
七分以上は埋まっている店内の客の殆どは、バス停から徒歩で来たのだ。見れば玉乃屋の真ん前が、植物公園の入り口になっている。
リチャードがいるので屋外の席に着くと、日差しが降りてきてとても暖かい。

おろしそばととろろそばを注文すると、それほど時間もかからずに運ばれてきた。

「おいしい」

女房の一声だ。
つゆはやや辛めだが、腰の強い手打ちそばにはこれくらいの方がマッチする。遥か昔、爺さん婆さんが生きている頃に、大家族皆で食べた、太くて荒く切ったそばを思い出した。つるッと入る喉越し満点のそばもいいが、ここのような噛んで味わうそばもまた味わい深いものだ。
リチャードはそばに興味がないようで、女房からおやつをもらっておとなしくしている。
それにしても、緑に包まれながらの昼食は、思いのほか癖になりそうだ。