市役所、警察署、保健所と回ってきたが、西宮市は官公庁が駅前エリアに集中しているので、短時間で用事を済ませることができた。
興味深かったのは市役所。入り口を抜けロビーに入ると、正面の壁にはずらりと日本酒の樽が展示してあり、ここが日本一の酒処【灘酒】の本拠地であることがよく分かった。私は大の酒好きなので、剣菱、菊正宗と聞いただけで涎が出てきてしまった。
次に出向いたのは警察署。担当の方から飲食店に於ける最近の暴力団がらみの事件について色々と情報を聞いていると、突然ドアが開き、二人のごッつい男が並んで入ってきた。見ると手錠で繋がれているではないか。
一瞬考える。「どっちが刑事?」。御両人、それだけ人相が極めて悪い。互いに無表情のまま事務所を通り抜けると、入口とは反対側にあるドアを開き入っていった。
気が付けば、ついつい見入っていた。
「お店の東隣に土建屋があるんですがね、そこの経営者は山健組系の暴力団なんですわ」
そしてこのストレートな説明で目線が戻る。
ここの警官、我々をビビらせて楽しんでいるのか?!
「隣ですか、、、そうですか、、、なんか注意することあります?」
DMが神妙な顔つきで尋ねると、
「特にないですが、何かあったら連絡ください」
でた、でたでた。警察官の決まり文句。ブスッとやられたら連絡できないだろうに。
何かが起こらないようにするのが警察の仕事。しかし彼らが動き出すのはいつだって何かがあってからなのだ。
一応名刺交換をして西宮警察署を後にしたが、頼りにできるかどうかは怪しいところ。
「あれっ、お久しぶり!」
「今回はあんまり長くいられませんけど、よろしくお願いします」
店に戻ると本部トレーニングの三角冴子女史が新人MDのトレーニングにかかりっきりだった。
立川錦町オープンの際でもずいぶんとお世話になり感謝々々である。
UM時代の彼女は色々と悩みも多かったようだが、本部付のトレーニングへと部署が移ってからは生き生きとした仕事ぶりを発揮している。
西宮中前田での仕事は急遽決まったとのこと。
「みんな覚えがいいんで、あと3~4日も頑張れば何とかやれそうね」
黒縁の眼鏡をかけた高校生と思しき小柄なMDが真剣な眼差しでテーブルのワックスがけを行っている。
「いつもありがとうございます。三角さんが来てくれれば鬼に金棒ですよ」
「そんなことないけど、辻井さんが頑張ってるから安心よ」
「え? 辻井ってUMITの?」
「そう。彼、教え方がとても上手なの」
「へ~」
「というか、彼ってなかなかの二枚目じゃない、だから女の子達からの受けが良くて、みんな素直に従っているっていう感じかな」
「彼、独身ですよ、あぶないなぁ~」
確かに辻井はハンサムである。スレンダーで背も高く、一見クールな印象を受けるが、笑うと八重歯が見えて180度イメージが変わる。大概の女性はこの笑顔にやられてしまうだろう。
一方、もう一人の相棒である宗川UMITはその正反対ともいえるキャラ。小太りで背が低く、ちょっとブルドックのような厳めしい風貌を持つ。辻井より半年間だが先輩になるので、なにかと彼に対して、あれやっとけ、これ先にかたずけろと、顎で使う傾向があるが、輪を大事にし、誰に対しても分け隔てない対応をするところは信頼感ありだ。
その宗川は食器備品等々の棚卸中。オープニングリストとの照らし合わせである。
「どうだい、進んでるかい」
「単純作業なんで疲れましたよ」
「谷岡と一緒に一服すれば」
LCの谷岡は汗だくになってグリル板磨きをやっている。彼は堺市出身なので、KHの指導等々には大阪弁がガンガン飛び交う。やや神経質な面もあるが、明るくて面倒見がいいから、LCには向いているかもしれない。
「そんならお言葉に甘えて一服もらいます」
「ふみちゃん、一緒に一服しよ」
ふみちゃんとは女性KHの中村史子。20代後半の独身だ。ややがっしりとした体つきで、如何にも体力がありそう。動きは機敏で仕事の覚えも良く、谷岡は既に頼りにしているようだ。
先日も彼が既存店である池田店に連れて行って、ランチの実戦を体験させたのだが、3名体制でのフライヤー前なら八割方こなせたという。
因みにオープンの際のヘルプメンバーは、その殆どが池田店と神戸住吉店から来てもらえるとのことだ。
新年を迎え、開店日が目前と迫ったある日。関西事務所の鈴木さんから電話があり、以前約束していた神戸巡りへ行こうと誘われた。開店したら当分息抜きはできないので即お願いした。
「おはようございます」
ノック音で振り返ると、鈴木さんが事務所の前に立っているではないか。
さっそく連れだってバックから出ると、眼の前にはIYグループの社用車が停車していた。珍しげに見ていると、
「やっぱり軽はいいですよ。小回り抜群だから」
乗り込むと鈴木さんの肩に触れそうである。山手幹線へ出て西へ進んだ。
「まずは高級住宅街の芦屋でも見学しましょうか」
「芦屋は東京でも知名度ありますよ」
「一昨年かな、芦屋の六麓荘ってところで、お嬢様誘拐事件があって、マスコミが町中の様子を全国ネットで報道したから知ってる人も多いんじゃないですかね」
「しかし六麓荘って聞くと、傾いたアパートを連想しますね」
「いやいや、アパートじゃなくて地名です。しかも金持ち揃いの芦屋の中でもぴか一のエリアで、ダイエーの中内社長も住んでるとか」
六甲山へ向かって広がる丘陵地帯が芦屋の高級住宅街なのだが、最近では海側の一部エリアにも高級化の波が押し寄せているという。聞くところによれば、丘陵地帯へ住もうと思ってもただの金持ちでは町会からNGが出るらしい。由緒と名声がなければ許可が下りないというから驚いてしまう。
「あそこにスーパーありますよね、あれ、いかりスーパーって言って、芦屋の奥様の御用達ですよ」
なるほど、建物の壁に錨のモニュメントが張り付けてある。
駐車場を見渡すと、ずらりと高級車のベンツやBMWが並んでいる。私の地元にある三浦屋もこんな感じだ。
「さすがにいい車ばかりですね」
「でもね、BMWでも3シリーズだと、芦屋のカローラって呼ばれちゃうらしいですよ」
坂を上がっていくと、なるほど唸るばかり。どの家も敷地は広く、デザイン料だけでも相当するだろうと思われる豪華で洒落た邸宅ばかりなのだ。家の向きによっては、テラスや庭から大阪湾が一望できる素晴らしいロケーションを持っている。
「街中見て、何か気が付きませんか」
鈴木さんがちょっとにやつきながら問いてきた。
「なんだろう、ゴージャスなところだとは思うけど、、、」
「電柱がないんですよ、ここは」
なるほど。だから整然とした感じがするのか、
「町の美観維持のために、電線は全て地下ケーブルにしたんです」
ところどころに見かける小さく細い電柱は電話線とのこと。ここの住人はそこまでして芦屋の威厳と品格を保っているのだ。まさに浮世とはかけ離れた別世界である。
ところがそこから数分走ってまたまたびっくり。
「ここが松下幸之助の家です」
「いや~~広いですね。芦屋の邸宅も凄いけど、ここは別格だ」
「その立派な門も、勝手口ですよ」
壁沿いを走るだけでその内側は見えないが、敷地の広さは優に1,000坪を超えるだろう。
東京に住んでいても、わざわざ田園調布や成城へ見学に出かけたことはないので、ゴージャスさの比較はできないが、関西のお金持ちの志向がちょっぴり分かったような気がした。
この後は、阪急、JR、阪神の関係式を実地検分した。
実は、西宮地区はJR中心の東京とはやや異なる街作りが見られる。
東京だったら鉄道の中心は当然JR。そして巨大都市は必ずJRの主要駅を中心に発展する。これに対し西宮地区はまさに正反対の様相を呈していたのだ。
引っ越してきた当初などは、JR西宮の駅前を車で2度も通ったのに、駅舎の存在に全く気がつかなかった。何故かJRとはとても思えないほど寂れていて、北を走る阪急、そして南を走る阪神と比較すると悲しくなるほど。恐らく関東と関西では町の生い立ちが根本的に異なるのだろう。