新社会人となり、早くも二週間が経った。小金井北店での生活にも良い意味で慣れが出始め、上司から細々とした指示を貰わなくとも、ほぼ一日の仕事を各自が能動的に取り組めるようになってきた。
但、同時に能力の差や仕事への意欲については、明らかに個々に差が見え始め、特に山口に関しては就労続行に危うさが感じられるようになってきた。
「春日さ、なんでスノコをそこまで白くするんだよ」
スノコはキッチンの床に敷くものだ。油が飛んだり食材が落ちたりと、その汚れ方はけっこう酷く、衛生上のことを考慮して、各シフト毎の磨きと交換は厳密なマニュアルとなっている。
フォワードという青い液体洗剤を使って、デッキブラシで表裏をごしごしとやるのだが、この作業はけっこうな力仕事。スノコの材質は木材だから油汚れは染み込んでしまう。だから表面だけ簡単にサッサとはいかず、何度もフォワードをつけては力いっぱいにゴシゴシとやらなければならない。
充分に汚れを落としたら、あとは外で乾かす。
「なんだよいまさら。ここまできれいにしろって教わっただろ」
「だけどさ、、、」
やる気の無さ、見え見えである。
山口のスノコ磨きは私や春日の倍の時間を費やして仕上がりは半分といったところだ。これについては何度も先輩クック達に注意されているのに、なぜかこの様な愚問が出てくる。
「ハンバーグは解凍するだけだしさ、毎日便所掃除だし」
「なに言ってんだよ、今はスノコの話をしてるんだろ!」
ファミレスはどうせレンジで“チンッ”だろと冷ややかに見る人は多い。実は私もその一人だった。
ところがこうして現場に入り、ファミレスの舞台裏が分かってくると、理にかない、安全で美味しく、そして限りなくシステマチックな現代のレストランマネジメントが明白になる。
“食い物屋は料理”という発想だけではファミレス戦略の核は見えてこない。もちろん料理は最前面に違いないが、それを彩る様々な付加価値を盛り込むことによりリピーターを増やし、その延長として固定客化を計っていくのだ。きれいで居心地の良い店内、何倍でもおかわりのできるアメリカンコーヒー、そして笑顔いっぱいのスタッフ等々、味だけで勝負を掛けるそれまでの食い物屋とは一線を画く世界がデニーズにはあったのだ。
それから一週間後、たまたま加瀬UMと山口が事務所の中で向かい合っているのを目にした。
何やら深刻そうなので、足を止め、様子を窺おうとすると、
「おい、なに覗き込んでるんだ」
「あっ! 濱村さん」
いきなり背後から声を掛けられ、びっくり仰天。
濱村さんは一年先輩で、つい先日UMITの辞令が出た、同期では出世グループに属する有望株である。まあ一年先輩といっても、私は大学を留年しているので、年齢的には同級であるが。
「いや~、なんか気になっちゃうんですよ」
「ははー、山口のことか」
この頃ではアルバイト達も含めて、山口は続かないのではとの話題があちこちで出ていたのだ。だらしない奴とは感じていたが、いちおう研修センターから一緒にやってきた仲間なので、心配でもあったのだ。
「辞めるみたいだよ、彼」
「やっぱり」
「うちの仕事にだって向き不向きはあるけど、判断、ちょっと早いかな」
私も駆け出しの社会人だが、入社してひと月もしない間に、この仕事が向くか向かないかなんて絶対に分からないと思った。退職の理由に、仕事内容、対人関係、肉体的問題、その他諸々があったとしても、これは逃避以外の何ものでもなく、熟思の上での判断とは言いがたい。
“石の上にも三年”という言葉があるが、せめて1年間位は馬車馬となって突き進まなければ、見えるものも見えてこず、人生を泳ぐ為のTipsやノウハウの類はひとつも得られない。
難しいことは考えず、スノコ、トイレ、窓はとにかくぴかぴにすることだ。
「そうそう、マネージャーから直接話があると思うけど、君たち来週からクック始めるからね」
いよいよか。
「二人とも早番からやるんで、朝が早いからな」
「ました!」
スノコ磨き、トイレ掃除、窓拭き、シルバー磨きなどの経験もありましたね。
特に、トイレ掃除は、女子トイレのホームコーナーの交換はメゲましたよね。
女子トイレの洗面器周りに髪の毛が多かったのも、びっくりしました。