お悔やみサイト

 ふと、中学高校時代にとても仲の良かった同級生の名前が前触れなく脳裏に浮かんだ。
 彼はGという。
 十九歳の時に米国へ渡り、一旦はオクラホマ大学へ入学するが、何故か中退。その後はマイアミで仕事に就き永住権を獲得。フィリピン人と結婚すると子供にも恵まれ、自己所有の家まで手に入れた。
 二十数年ほど前までは、五~六年に一度、両親の住む日本へ帰ってきていたが、それ以降は全くの音信不通。
 コンタクトの術がない中、以前にも一度トライしたことがあるが、Gの名前をローマ字も含めてwebで再度検索してみたのだ。
 先回は全くヒットしなかったものの、今回は一発で引っかかる。
 いきなり彼本人や懐かしいおやじさんやおふくろさんの写真が出てきてびっくり。ところが何か様子がおかしい。実はこのサイト、米国版の“お悔やみサイト”だったのだ。恐る恐る見ていくと、忌日二〇二二年四月十一日とも記してある。狐につまされるとはまさにこのことか。
 同級生は今年で満七十歳を迎える。訃報が相次いでも決しておかしくない年齢とは言え、ここ二年の間で親しかった友人が三人も亡くなってしまうと、正直なところ気が萎える。

高齢者講習

「パパ、免許の更新のハガキきてるよ」
「もうきたんだ」
 誕生日は十月なので、いつもなら七月あたりに届いていたような記憶がある。テーブルに置かれたそのハガキを手に取ると、
「なんだこれ、高齢者講習のお知らせだよ」
 一瞬にして気持ちが萎えた。
 還暦を迎えたときは、まだまだやれる!と、むしろ健康年配者の己を誇らしく思ったものだが、六十五歳になり“高齢者”と定義づけられたときには、ため息が出た。そうか、ついに高齢者の仲間入りかと、観念に近い気持ちに包まれた。この頃から高齢者というフレーズがやたらと耳につくようになった。そして今回の高齢者講習の通知。ヨイヨイに近づきつつある現実を畳み込まれるようで、なんともげんなりである。
 とはいえ、これを受講しないと運転免許の更新ができない。写真撮影、登山等々、趣味を堪能する人生の最終章に車は欠かせないアイテムなので、渋々ながらも近所の武蔵境自動車教習所で講習の予約を取った。
 六月十二日(水)十六時。二時間の内容でスタート。
 講習は四人一組で行われ、八十歳と七十七歳の男性、そして七十四歳の女性と私である。
 最初の一時間は座学と動体視力の検査で、座学は皆で聞くが、検査はひとりづつだから時間がかかった。結果はまあまあだったのでひと安心したが、この講習が始まる際に、改めて歳は取りたくないと思う一幕があり、気分は沈んでいた。
 事務スタッフが八十歳男性に近づくと、
「それでは講習料七千円と免許証、そしてお知らせハガキをお願いします」
「えっ? なに、ハガキ??」
「はい」
「どんなやつ? 持ってきたかな、忘れちゃったかも」
「ハガキがないと……」
 すると男性、いきなり持っていた小さなバックの中身をテーブルの上にぶちまけたのだ。
「ああ、これです」
「ははは、あとなんだっけ、いくらだっけ」
「七千円です」
 高齢者講習の持参物は、お知らせハガキ、講習料七千円、免許証、筆記用具と、とりわけややこしいものはない。この男性、大丈夫だろうか。
 次に、講習室へと案内された。
 教官のTさんから流れの説明があり、まずは動体視力の検査から始まった。
「それじゃ最初は、佐藤さん!」
「はい」、「はい」
「あれ、佐藤さん二人いるの?」
「ははは、私、江藤でした」
 んんん……
 いずれも老人によくみられるリアクション。運転云々の前に、あと七~八年もすると私もこうなるのかと思うと暗澹となる。
 全員検査が終わると次は実技。五十年ぶりとなる教習所コースでの教習車の運転だ。これは二人ペアで行われ、私は江藤さんと組んだ。
「ゆっくり行きましょう。所内は最高速度30Kmですよ」
 と注意があったが、実際に走らせると、所内の30Kmは意外やスピード感がある。
「そこの19番を右折です。突き当りをまた右折」
 スイスイと行きたいところだが、他の教習車がみなノロノロかつ台数が多いので、なかなか右折ができない。
「木代さん、停止線ではしっかり止まりましょうね。今のはずるずると前に出てましたよ」
 どうしても普段の癖が出てしまう。
「9番のクランクへ入ったらそのまままっすぐ進んで、前輪を正面の縁石に当てたらストップ」
 停止状態から縁石を乗り越え1m以内で停止させるテストだ。やればいとも簡単だが、高齢者になると、縁石を乗り越えたあと、素早くブレーキへ足を移動できないケースが多いとのことだ。ここで焦ってしまい、ブレーキとアクセルの踏み間違いをして事故に至るという最悪のケースも多々あるらしい。江藤さんと交代し同様の実技を終えると、再び講習室へ戻った。
「教習車は慣れてないからぎくしゃくしますよ」
「あ~、疲れた」
「自己流になってますね」
 やや打ち解けてきた四人、教官が戻ってくるまで雑談に花が咲いた。
「はいどうも皆さんお疲れさまでした。それでは修了書をお渡ししますので、免許更新の際にはお忘れなく持参ください」
 これで終わりと思いきや、最後に免許更新の改定についての説明があった。


 高齢者の運転能力不足が起因する交通事故が多発している現況を考慮した法改定である。特に後期高齢者、つまり七十五歳以上の運転者が免許更新を行う際、ずいぶんと煩雑な段階を踏まなければならなくなったのだ。高齢者講習の前に“認知機能検査”を受ける必要があり、認知症の恐れありと判定されると、医者の診断へと進む。ここで認知症と診断されれば免許は取り消しとなる。更にややこしいのは、ある指定された項目の違反歴があると、高齢者講習の前に“運転技能検査”を行わなけれなならず、合格しないと前へ進めない。検査は何回でも受けられるが、免許更新期間満了日までに合格しなければ更新不可となる。
 もっともだとは理解するが、同時に対象となる日は意外や近しと、胸の内は複雑である。

ラーメン 大山家

 大好きなことの一つに読書がある。大学生のころからのめり込み、最近の読書ペースは年間五十冊を下らない。場所を気にせず読めるところから、そのほとんどは文庫本である。調達先はもっぱら近所の“BOOKOFF武蔵境連雀通り店”。二週間に一度ほど来店しては、面白そうな本を物色するのがレジャーになっている。
 そんなことで、ふと気が付けば結構な量が溜まっていた。ぞんざいに積み重ねているだけなので、今にも崩れそうだ。
「あとでさ、本、売りに行ってくるよ」
「BOOKOFFでしょ」
「ああ」
「だったら隣のいつも行列してるラーメン屋いかない?」
 隣のラーメン屋とは、とき卵ラーメンが看板の“大山家”である。
 昼前後に前を通るといつも五~六人は並んでいて、一度は試してもいいなと思っていた。
 段ボール箱半分くらいでもクソ重い古本をPOLOのトランクに載せ出発。十一日(火)は午前中から気温が上がり、前後左右のウィンドウは全開である。
「リーちゃんかわいそうだから、もうエアコンだね」
 うちは愛犬リチャードを中心に動いている。

「おまたせしました。八百五円ですが、よろしいでしょうか」
 店長と思しき男性が、神妙な目つきでタブレットを差し出したが、ラーメン一杯分にもならない。POLOはそのままBOOKOFFの駐車場へ入れておき、大山家へ向かった。
 入店はお昼ジャストだったが、それほど待たずにテーブル席が空いた。女房が“つけ麺キャベツ入り”、私は“とき卵ラーメン”を注文、さほど待たずに料理が運ばれてきた。見た目はうまそうだ。さっそくスープをチェック。なるほど、とき卵がいい仕事をしている。豚骨をまろやかで甘みある味わいに仕立てている。特製の太麺とスープの相性もいい。ただ一点残念なことは、スープがぬるいのだ。家系ラーメンにはよくあることだが、もう少々これについての工夫がほしいところ。
「キャベツがなかったら飽きちゃう味かな」
 女房もなかなかキツイ。
 とき卵ラーメン:九百五十円、つけ麺キャベツ入り:千百円なり。常々感じることだが、庶民の食べ物ラーメンが千円というのは、どうも納得がいかない。高価なトッピングがのっているならまだしも、チャーシューと海苔にとき卵である。これが七百八十円ほどなら進んでリピートもするが、次はどうか……