昼食

 勤めに出たときの昼食は、手作り弁当、宅配弁当、コンビニのおにぎり、外食のいずれかになる。手作り弁当は自分の好物ばかりを選べる反面、やはり作るのが面倒だし、当然食べた後は容器を洗う必要がある。因みに弁当作りはすべて自分で行い、女房の手は借りない。ウィンナーのソース炒めとキノコのオムレツが最も多いメニューで、次にくるのが豚バラの生姜焼き。
 コンビニに並んでいる弁当は殆ど買ったことがない。セブンへ行こうがローソンへ行こうが、食指をそそるものにいまだ出会ったことがないからだ。コンビニだったら殆どおにぎりとカップ麺の組み合わせになる。
 外食は嫌いではないが、職場の近くに飲食店があまりなく、そんな関係で、利用するのは月に一度か二度くらい。すぐ近くにある『どん亭』の“すき焼き鍋膳”と、『やすいみーと』の“とんかつ定食”が好み。
 そして一番利用しているのが宅配弁当。西部多摩川線の多磨駅駅前にある居酒屋『遊食SHIN坊’S』が提供している、日替わり弁当550円だ。常時しっかりとしたおかずが三点と、箸休め的な品が二品に漬物というバライティーの良さで飽くことがなく、肝心な味もしっかりとしたもの。更には御飯が普通盛りでも大盛りでも価格が変わらないのが嬉しい。午前十時までに電話で注文すれば昼前に届けてくれ、勝手がいい。そう、毎日食べたくなる要素が満載なのだ。

「パパ、お昼、どうする?」
「どっかいく?」
「北口にいつも並んでるラーメン屋があるのよ」
 詳しく聞くと、武蔵野眼科のすぐ近くだ。
「食べログで3.84だからまあまあなんじゃない」
「あれ、あんまり当てにならないけどね」 
 ということで、昼前には到着できるよう家を出た。

 看板には『ラーメン 健やか』とあり、なるほどいるいる、並んでいる。単独男性が三名に夫婦連れが一組と、我々を含めれば七名だ。腕時計を見たら十一時四十分。
 ウェイティング客へ対するこの店のやりかたは独特で、路上に並んでいる客に対して二度ほど声がかかる。一度目は食券を購入してくれとの旨。購入したら再び路上の列に戻って待つ。次に呼ばれたときは席への案内だ。あらかじめスタッフへ食券を渡してあるので、料理はそれほど待たずに運ばれてくる。店内は狭く、客席はカウンターのみ。恐らくフルに入って八名か。
「特製塩ラーメンはこちらでよろしいでしょうか」
 やや座りの悪そうなどんぶりなので、慎重にお盆を持ってカウンターに置いた。澄んだスープとつややかな麺が顔をのぞかせる。続いて女房が注文した“塩ラーメン”が運ばれた。
 深い味わいのスープだが、塩辛さはかなりのもの。もう少々塩を減らしてもよかったのではと思う。麺は茹で方、のど越し共々文句なし。トッピングもなかなかのもので、普通の“塩”には薄切りの豚チャーシューのみだが、“特製塩”にはそれにプラスして鳥のチャーシューも乗っている。どちらも丁寧に作られていてとても旨い。そして煮卵も絶妙な火の入り方で、卵本来の味わいが口の中いっぱいに広がった。特製塩は1,200円、普通の塩は950円。一見高いかなと感じたが、食してみればひとまず納得する。
 塩辛いと言いながらも、一滴残らず飲み切ったスープ。おかげでこの後、のどが渇いてしょうがなかった。血圧の高い方は要注意。

庭の花・2023年初夏

 今年も自宅の庭が賑やかになってきた。自然の営みの普遍性がもたらすお祭りの始まりだ。

 毎年図ったように顔を出す庭の花々は小さく可憐だが、その生命力はこの上なく強大。ここ二、三年、自宅のある町内では、古い家屋の解体が相次いでいる。更地になって一週間もすると雑草の芽が吹きだし、三か月もすれば、土が隠れるほど成長に勢いがかかる。

 もともと土の中に残っていた種子や根が発芽するのだろうが、風に乗って飛んでくるごく小さな種子もあるはずだ。放っておけば、ミニマムな叢となり、そこには昆虫や爬虫類などが生息し始め、一つの立派な生命の空間ができあがる。

 うちの庭では相変わらずドクダミが幅を利かせている。草ぼうぼうは一家の恥だと、女房が涼しい時間帯を選んではドクダミ毟りに励んでいるが、その努力をあざ笑うかのように、増殖のスピードは落ちることがなく、数日もすれば、新たなドクダミの小さな葉っぱがあちらこちらから顔を出す。一時、除草剤を使たこともあるが、暫く時が経てば元の木阿弥だ。

 それはそうと、今年はダンスパーティーが不作。葉も広範囲に渡って毛虫にやられて穴だらけになっている。これが原因か、開花の数が少なく、通年の半分にも満たない。隣に植えてあるモッコウバラが、年を追うごとに盛大に咲き誇るのとは対照的だ。

つるつる温泉・大多摩湯めぐり

 女房とめぐる日帰り温泉第三弾は『つるつる温泉』。
 これで大多摩湯めぐりスタンプラリーは、残すところ、“のめこい湯”、“もえぎの湯”、“小菅の湯”の三か所で、五日市方面の温泉は今回が最後となる。
 実は大昔に一度利用した際、印象があまりいいものでなかったので、その後は気にも留めてはいなかったが、現在のつるつる温泉は果たして如何に。
 
 四月七日(金)。朝からどんよりと雲がかかり、いつ降り出してもおかしくない空模様。こんな日に山歩きをする人は少ないはずなので、下山後に立ち寄るハイカーの多いつるつる温泉は、きっと空いている。
 武蔵五日市駅前を右折すると、
「今日はこっちなんだ」
 女房が周囲を見回している。
「よくわかったじゃん」
 三回も続けて同じルートを走ってくれば、さすがの女房も道を覚えたらしい。これまでに行った数馬の湯と瀬音の湯は武蔵五日市駅前を左折する。 
 秋川街道のつるつる温泉入口の交差点を左折すると、いきなり周囲は山間となる。左側を流れる平井川に沿って道は延びるが、この川は中流域でもヤマメが生息する清流なのだ。

 860円(2023/4/16から960円)×二名を払って浴場へ向かった。
 男湯には自分を含め八名が入っていたが、内湯、露天と全体的に広く、余裕をもって湯に浸かれた。湯温は好みのぬるめで、おそらく40℃ほどか。
 泉質は 無色澄明無味無臭のアルカリ性単純温泉とうたってはいるが、口に触れるとかなり塩っ辛い。殺菌のための塩素が多めに入っている証拠だ。キャッチである『ひとたびお湯につかれば、その名の通りお肌がつるつるします!!』は、ちょっと違う感じがする。ただ、広々とした浴槽は文句なしにリラックスでき、個人的には及第点をあげたい。

「おなかすいたね」
 施設内に食堂は二か所ある。我々は名称に釣られて“パノラマ食堂”へ入ってみた。
「天丼にしようかな」
「また天丼かよ。ここ、山ん中だぜ」
「じゃ、釜めし」
「俺もそれにする」
 すかさずコールボタンを押すと、ピンポ~ンの音が鳴り響いた。
 ところがだ、待てど暮らせど注文を取りに来ない。ちょっと苛つきもう一度ボタンを押す。
 ワンタイミングをはさみ、四十路前後と思しき女性スタッフが、重い足取りで近づいてきた。
「山菜釜めしと五目釜めし、お願いします」
「三十分ほどかかりますが」
「いいですよ」
 伝票に記入しているときも含めて、極めて不愛想である。その後、しっかりと三十分かかって注文の品が運ばれてきた。

「釜が熱いので注意してください」
 相変わらず不愛想だったが、気を取りなおして釜の蓋を取ると、ふわぁ~っといい香りが立ち込めた。米も立っていて良い炊け具合だ。セットにはみそ汁のほかに小サラダと刺身こんにゃくがついている。
「おいしい」
 女房の一声だ。
 具材とだしのうまみが御飯にほど良くしみこんでいて、味の濃さもちょうどいい。不愛想なスタッフでやや評価が落ち始めていたが、これで一気に逆転となりそう。
 二十年前も、そして今回も、ちょびっと引っかかるつるつる温泉であるが、女房によれば、温泉入浴だけだったら、今までで一番良かったとのことである。ちなみに私は数馬の湯が最も肌に合った。