若い頃・デニーズ時代 69

新人MDの黒田萌子と安井みのりの二人は順調に仕事を覚え、ひと月も経つ頃には完全な戦力へと成長した。
これは両UMITの尽力もさることながら、東海大軍団の下心?ある手厚いフォローがあってこそだと思う。同年代の若い女の子が仲間になるのだから、彼らも自然と協力的になってくれるのだ。
それにしても軍団の面々は若いのに皆紳士であり、実に頼りになるナイスボーイ達。御曹司のSA嘉村、バイク好きのKH亀田、車好きで何とトヨタレビンを所有するSA渡辺、そして口癖が「金が欲し~~い」の苦学生?SA仲井。
彼らが全員揃えば週末のディナーも全く不安はないし、そこへ二人のMDがプラスになったのだから、夏もどんとこいだ。

「黒田さんってスタイルいいよね~」
「いえいえいえ、背が高いだけですよ」

クリーマを作っている黒田に、何やら仲井が話しかけている。
黒田の身長は恐らく165cmそこそこあると思う。確かにスタイルは良いが、更にそれを際立たせているのはワンピースのユニフォーム。日本人女性で身長が165cmあれば少数派、よって用意されるユニフォームで最も丈があるものを着用しても膝上がかなり出てしまう。膝上と言えばミニスカートだが、そもそもミニスカートは“脚長効果”が売りなので、黒田がよりスタイリッシュ見えるのは頷けるところであり、男性スタッフ達にとっては刺激的この上ないのだ。

「あーーー!マネージャーいやらしい~~」
「陽子さん、なんだよ!」
「黒田さんの脚ばっか見てる」
「おいおい、勘弁してくれよ」

陽子さんとは、KHの鈴懸陽子。自他共に認める沼津インター店のドン。御年45歳、沼津インター店での勤務年数は社員も含めて最も長く、ある面では水島UMITより店のことを良く知っている。
スタッフからは「陽子さん陽子さん」と親しげに呼ばれ、何かと頼りにされているが、本人もそれを重々承知していて、皆への目配り気配りは然もお母さんのようだ。

「“あれ”作ってくれたら勘弁してあげる」
「また“あれ”、これが最後だよ」

“あれ”とは、イカフライ丼のこと。
もちろんデニーズにイカフライ丼などというメニューはない。しかしエンプロイメニューは限られた品数しかなく、一巡すれば当然飽きがくる。ある日、「たまには違ったものが食べたいわよね~」ってな話がランチスタッフの間で盛り上がったことがあり、その場の勢いに嵌められた私は、「じゃ特別に作ってやるか」と、つい口を滑らしてしまったのだ。

「えーー、うれしい!お願いします」

既に時効だが、規定以外の料理をキッチンで作ることなど当然違反行為である。
先ずはランチメニューで使っているイカフライをフライヤーで上げる。
卵料理用のフライパンに、水、醤油、砂糖を入れ火にかける。沸騰してきたらそこへスライスした玉ねぎを敷き、続いて一口大にカットしたきつね色のイカフライを並べる。次に卵一個をといて流しいれ、蓋をして待つこと一分。こいつを丼によそったご飯の上に盛れば、見た目もGooなイカフライ丼の出来上がりだ。

「ほんと美味しいこれ」

陽子さんが真面目な顔して美味しいなんて言うもんだから、他のランチMDからもせがまれて、結局3人前を作らされてしまった。
そしてどこからリークしたのか、ディナーのメンバーにも知れ渡り、ここでもまた数人にせがまれてしまった。

「マネージャー、これ、やばいですよ」

早速、佐々木UMITに叱られてしまった。厳しい彼が見逃してくれるはずがない。

「ごめんごめん、これっきりだからさ」
「駄目ですよ~、スタッフへの示しがつきません。しかもこんなに作ったらフードコストに影響します」

彼の言うことは正しい。一つ甘いことを許してしまうと、見えないところで箍が緩むのだ。
更にフードコストに関しても少々問題が出てくる。卵と玉ねぎは除いても、コスト管理の元となる棚卸でイカフライの数値にアラームがでる可能性だってある。許容範囲内だったら“ロス”で処理できるが、度を越せば営業管理部からDMを通して指摘される羽目になり、そうなれば始末書と改善報告書は避けられない。デニーズのコスト管理は実にシステマチックである。
但、言い訳になってしまうが、これしきのことで我スタッフのモラルが低下することはないし、況して従業員関係に問題をきたすことはもちろんない。スタッフ一人一人が何の意識もせずにつくり上げていく沼津インター店の“らしさ”は、明るく楽しくそして秩序ありなのだ。

GWが終わる頃になると空気感に夏本番が漂い始め、遠く伊豆半島の真上には、でっかい夏空が広がっている。
おかげさんで売上は順調に推移していた。沼津店時代ではリニュアル効果ナンバーワンで表彰されたが、うまくいけばここでも前年進捗率で表彰されそうな勢いがあった。これは能力の高いスタッフを定着させたことが主な要因だと思うが、これには定期試験などでスケジュールに穴が空いた時、一度はデニーズを退職した麻美や友達の松本恵がスポットで入ってくれたことが少なからずの貢献となっていた。
実は麻美との仲は順調に進展していて、1年後には結婚式をあげようと着々と準備を進めていたのだ。

「私も恵も貴重な休みを返上して手伝いに来てるんだから、二人に美味しものおごってね」
「もちろんさ。ほんと、助かってるよ」
「お寿司がいいかな~、カウンターでお好みで♪」
「ま、まかせろ!」

何となく将来の家庭生活が見えてくるようだ。


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