若い頃・デニーズ時代 63

リニューアル前の沼津店には立ち寄ったことがないので比較はできないが、施工完了後の店内は、どことなく高田馬場店やサンシャシンシティーの池袋店に似通った印象を受け、独立店舗の陽光がたっぷりと注ぎこまれた明るくライトなイメージとは異なるシックでお洒落な佇まいとなっていた。
但しキッチンはオープンタイプなので、ピークともなれば活気が店内中に溢れるだろう。
ところでこの沼津店のキッチン、初めて足を踏み入れた時、これまでの店では見たことのない珍しい備品に目が行った。

「あれ、これ中華鍋だよね」

するとLC大岩が説明してくれた。

「ローカルメニューですよ。野菜炒めを作るんです」
「へー、そうなんだ」
「手前のガス台がハイカロリーになってます」

点火すると頷けた。すごい火力で、まんま中華料理店である。
そういえば、全店店長会議の際、確かに地方戦略の説明の中にローカルメニューはあった。しかし中華鍋であおるとなると、クックの力量差が出てしまい、間違いなく料理にムラが出てしまうと思う。

さて、今回の異動では前UMが退職、そして前UMITが他店へ異動という波乱の展開。よって新体制は真っ新なマネージャー陣でのスタートとなった。
新しい相棒には同店でクックをやっていた森嶋がUMITへ昇格、そのまま同店に着任した。新任マネージャーと二人で新しい店の運営になるので、多少の不安は感じていたが、そんな憂慮はすぐに吹き飛んだ。
新任の森嶋UMITは頑張り屋で、仕事の覚えも早く、また、スタッフ達からのうけも良かった。最低ラインのコストコントロールはほぼ2週間で要点を把握し、MDの教育要領も一通り理解実行できるようになった。そして何よりの長所は持って生まれた明るさであり、何でも楽しくやらなきゃという、プラス思考の塊のような男なのだ。
そんな彼のおかげか、リニューアル後の運営は頗る順調。嬉しいことに数字も当初の目標を上回る勢いで伸び続けた。

「夜をもう少し固めたいですね」
「ランチはいいスタッフが揃っているのにね」

リニューアル計画にはアルバイト募集の予算も組み込まれ、幾つかの媒体に求人広告を出していたが、反応はいまひとつ鈍かった。
モーニング~ランチはアルバイト歴1年を超える主婦MDの高峰と芹田、そしてKHの山岸が頼れる戦力として日々頑張ってくれていたので心配はなかったが、一方、ディナーではMDの絶対数が不足していて、もっぱら短時間勤務のみの高校生、大学生をその場その場でやり繰りしているのが現状だった。それでも高校生MDの関島と女子大生MDの石川がコンスタントに週3日前後は出てくれているのでギリギリ形にはなっていたが、学校の試験期間に突入すればマンニングテーブルは穴だらけとなり、マネージャーが駆けずり回る羽目になるとのこと。
売上増がこのまま順調に推移するなら、当然人員配置は厳しさを増すだろうし、下手をするとサービス低下が起きる危険性だってある。せっかく出ているリニューアル効果は絶対に落とすことはできない。

たまの休日が晴ともなれば、待ってましたとばかりに早朝からRZ250のメンテと磨きが始まる。
タイヤの空気圧チェックとチェーンの清掃は毎度のこと、月に一度はプラグのチェックやケーブル類への給油も行う。安全且つ気持ちよく走り回るには欠かせない作業だ。
完了後はDAINESEのレーシングスーツを身に纏い、いざ出発である。
季節が良ければ、R1を三島から駆け上がり、箱根峠から県道20号に入って伊豆スカイラインをピストンするのだが、今はまだ達磨山周辺に積雪が残る時期なので、楽しみは後にとっておき、西伊豆の海岸線をひたすら走るのだ。低中速のカーブがこれでもかと連続するこのルートは、体慣らしにはちょうどいい。右へ左へと体重移動を繰り返していくと、冬場でも汗ばんでくる。
ルートにある内浦湾から駿河湾越しにそびえ立つ富士山は、何度見ても日本一!
これだけでここへ来る価値はある。

「マネージャー、さっきアルバイト応募の電話がありまして、午後に女子大生2名が来店します」
「了解、やっと広告が効いてきたかな」

更にこの後にも高校3年生のMD希望者から電話があり、俄かに活気付いてきた。

女子大生二人の就労条件は上々であった。二人とも週3日は出勤可で週末もOK。女子高生は試験期間以外だったら毎週週末可ということで、彼女達が戦力化してくれれば、平日、週末、シフトと、どこを取っても人員配置は完璧に近いものになる。

「なんか最近、店に活気があるね」
「ほんとほんと」
「若い子がいっぱい入ってきたからよ」
「みんな明るくていい子ばっかりだし」

ランチピークが終わり、締め作業にかかっている主婦MDの高峰さんと芹田さんが、感心したように話していた。
ベテラン従業員が肌で感じるこの変化はもちろん私も頷けるところ。
女子大生コンビのひとり、若村麻美は機転が利いて動きも素早く、通い始めてひと月も経つ頃にはベテランMDと同等の仕事をこなすようになり、もはや完全な戦力として誰もが認めていた。相棒の松本恵はややおっとりしていてポカミスもあるが、笑顔の絶えない天然の明るさは貴重なムードメーカー。そんな彼女は週末のピーク時間帯に屡々DLをやらせた。
高校生の福田香織は「かおりちゃん」と呼ばれて皆から可愛がられていた。ちょっと生意気だけど、仕事ぶりはまじめだし、責任感もある。気が合うのか、若村麻美には良く懐いているようだ。

「若村さん、クリーマ作っといてくれる」
「はい、一本でいいですか」
「うん、そうだね」

そう、新人の3名は誰もが高峰さん、山岸さんに良く懐き、ランチとディナーを繋ぐ良きパイプの役割を果たしていた。

それにしてもこの和気あいあいとした雰囲気は、やはり“人”だろう。沼津の気候風土が生み出す穏やかで明るい人柄は、屈託のない笑顔とわだかまりのない従業員関係をつくりだすのだ。
子供の頃に東京から沼津の小学校へ転校してきた時も、同じような感覚に包まれ、心が和んだことを思い出す。
若しかすると沼津は自分に合っている土地柄なのかもしれない。

赴任して二カ月ほど経ったころ、イシバシプラザのテナント交流会が催された。ショッピングモールは巨大であり、テナント数は優に50を超えていたので、立食会は賑やかなものだった。
この集まりがきっかけとなって、名古屋に本店のあるチョダ靴店の店長・佐藤さんと親しくなった。もともとランチではよく利用してもらっていたので、顔はよく覚えていた。日頃のお礼を兼ねて話し掛けると、何と通勤にも利用しているほどバイクが好きで、しかも愛車はホンダ・CB750Fと、ホンダのフラッグシップたる名車なのだ。

「よかったら今度ツーリングに行きませんか」

何気に誘ってみたら、

「いいですね、ぜひぜひ。うちのアルバイトにCBX250Sに乗っている大学生がいるんで、彼もつれていきますよ」
「そりゃ最高です」

同好の士はこのような感じでとんとん拍子に話が進む。
バイトの大学生は高橋君と言って、相当なライテクの持ち主らしい。佐藤さんが本腰を入れて飛ばしても、250ccの愛車CBXーSで楽々とついてくるそうだ。但しこの春に大学を卒業し、東京の会社へ就職するとのこと、そう、この三人で行くツーリングは最初で最後の企画なのだ。
桜の季節が到来し、空気感は一気に春めいてきた。


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