若い頃・デニーズ時代 45

ランナウェイ~と~ても好きさー
ランナウェ~~イ
連れて~行ってあげるよぉ~
うぉんうぉんうぉ~~

この曲一発でシャネルズのファンになってしまい、通勤の車内は毎日がランナウェイ。
鈴木雅之の歌声は凄く魅力的で、これまでの日本人歌手にはないタイプ。
ハマった~♪

「マネージャー、鼻歌うたってる場合じゃないですよ」

7月なのに朝から湿度が低く、爽やかな空気感に誘われて、久々にBHの友部と二人で窓ふきに精を出していた。
交通量の多い甲州街道に面しているので、定期的にきちっと窓を拭いてやらないと、すぐに汚れが堆積し、見た目が悪くなる。レストランに於てトイレのクリーンリネスは常識と言われているが、窓ガラスの美化はそれと同等かそれ以上のレベルで行う必要ありというのが私の考えだ。

「なに、どうした」

半分ほど開いたバックドアから藍田が手招きしている。
一旦窓ふきは中止にして、バックヤードへ戻ってみたら、藍田の横にしょんぼりした様子のBH東謙太が立っていた。

「東、無断遅刻はこれで二度目だよな」
「…」

藍田に相当こっぴどくやられたのか、俯いたままだ。
東は明るくて、仕事をてきぱきとこなす錦町の大きな戦力だが、高校生ということでまだ子供っぽいところが多々見受けられる。学校のクラブ活動には興味がないそうで、専ら帰宅組らしく、アルバイトもデニーズが初めてだということだ。そのせいか、やや社会通念に欠けるのはしょうがないところか。

「東、今日はどうしたんだ」
「その、、、出るのが遅くなっちゃって、、、」
「遅くなるのはしょうがないとしても、遅れるって連絡をしなきゃ駄目だろ」
「まあ、その、はい」

隣で苦虫をつぶしたような、何とも納得のいかない顔をしている藍田の気持ちも分からないではない。しかし無断遅刻や無断欠勤を平気でやってしまう人は高校生に限らず意外といる。
そのような人たちは、出勤予定時刻の持つ意味が理解できていないという以前に、組織の一員として、その組織の中で組まれて働いているという自覚が足りないのだ。
採用面接の際や初期教育の段階で一通りの説明は行っているが、理解度は個々によりまちまち。よってマネージャー職は忍耐と情熱を持ってOJTをやり続けなければならない。

「なあ、東。デニーズで仕事をする時ね、一番大事なこと、分かるか」
「マニュアル通り、決められた通り、です」
「うん、それも正解。でもね、その前にマネージャーへのきちんとした連絡や報告があってこそなんだよ。それがないと俺たちマネージャー達はアクションが取れなくて困っちゃうんだ」

俯いていた東だが、興味を持ったのか、徐々に顔を上げてきた。

「例えば、東が無断欠勤したとする」
「しないっすよ、そんなこと!」
「まあいいから聞けよ」

彼はすぐムキになる。

「今に来るだろうと待っていてついに来なかったとしたら、一人分のBHの仕事を皆で手分けしなきゃならない。これは大変なことだよ。反面、休むにしても事前に連絡があれば、他のBHに電話して来てもらうことだってできるかもしれない。この差は大きいぜ」
「でも俺はちゃんと来ますよ」
「だから分かってるって。お前はそんな無責任な奴じゃないからな。でもそれとこれとはニュアンスが違うんだ。今回のように遅刻になっても、一本電話さえ入れといてくれれば、俺たちは安心して他の仕事へ取り組めるってもんだよ」
「…」

理解度75%、、、
若しかして、自分を信じてくれないのが不満なのかもしれない。

「それともう一つ。たまにキッチンからスノコ磨きを頼まれるだろ。その時フォワードが残り少ないって気が付いたら、報告をして欲しいんんだ」
「えっ、それはキッチンの人が担当でしょ」
「その通り。でもな、キッチンのメンバーにもうっかりはあるさ。誰でも気が付いた人がマネージャーまで報告をしてくれれば、フォワードを切らしてスノコ磨きができないとか、床掃除ができないとかは無くなる。スタッフみんなが色々なところへ目を向けて、その都度報告や連絡をしてくれれば店はうまく回るんだ」
「でもやっぱりフォワードの管理はキッチンですよね。なんで俺が尻拭いしなきゃならないんですか」
「まてまて。大事なことは切らさないことだよ。もちろんフォワードの担当はキッチンだから、切らすことがあればマネージャーからLCの水上へ管理を強化しろと指示するさ。その繰り返しで店は少しずつ良くなっていくんだ」

東は頭のいい子である。私の拙い説明でもその真意を汲んでくれ、即実行してくれるだろう。

「分りました。今日は連絡しなくてすみませんでした」
「OK!頑張って!!」

いろいろな上司から受けた指導や自分自身が経験した諸々をまとめれば、オペレーションの要はやはり人事管理である。社員にしろアルバイトにしろ、個々とのコミュニケーションがしっかりとできていれば、大概の場合、店はうまく動くものだ。
全ての従業員へ目を向け、私はいつもマネージャーに見られているという意識を植え付けることが重要なポイントであり、この意識が希薄のままだと、質の高い信賞必罰は望めず、注意すれば反発し、逆に褒めても返ってくるのは薄ら笑い。その内従業員は勝手気ままに動き出し、店のモラルは地に落ちる。
基本的に従業員はみな気持ちよく仕事をしたくてここに集まっている。同じ給料を稼ぐんだったら楽しくやれた方が良いに決まっている。しかも嫌々やるより楽しくやれた方が生産性だって数倍高くなるもの。つまり良いこと尽くめなのだ。
注意する時は感情を抑えて、分かりやすくを念頭に置き、褒める時には笑み満面で認めてあげること。
これを忍耐強く繰り返していけば、徐々に従業員から笑顔が出るようになり、マネージャーも含め、誰もがとても楽しい職場だなと感じてくる筈だ。


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