刈寄山

【ブルーガイドハイカー3 / 東京・首都圏 車で出かける山歩き】は、10年以上前に購入した山歩きのガイドブックである。
そしてこの本の巻頭を飾っているのが刈寄山だ。
登山初心者だった私は、この本を参考に様々な山へとトライしたが、刈寄山は常に後回しだった。
何故なら<地元から離れた大自然の懐奥深く!>というのが私のアウトドア定義だったので、八王子という近場の刈寄山には、どうにも明るく開放的なイメージが沸いてこなかったのだ。

10月3日(水)。その刈寄山へ登ってみた。
強力な秋雨前線にやられ、来る日も来る日も微妙な天気続きの中、突如休日にぽっかりと晴れマークが出たのが引き金になった。遠い山だと早朝出発が必要だが、刈寄山は近い。しかもゆっくり歩いて往復4時間弱という行程は、日の短くなったこの季節でも余裕で楽しめる。
今回のルートは最も楽でシンプルな今熊山駐車場からのピストンだ。
ところでこの今熊山駐車場。実は木代家の墓がある大仙寺から目と鼻の先ほどの所にあり、大凡の位置関係は地図上で察しがついていたが、実際に車を走らせると3Km強はあっという間で、何とも墓の裏山探索ってな雰囲気になってきた。

駐車場は広くてきれいだった。週末でもないのに既に車が4台駐車していて、予想外の活況にちょっとびっくり。
早速準備を整え出発しようとするが、肝心な登山口が見当たらない。案内板のようなものがあったので凝視すると、階段を上がった今熊神社遥拝殿の右脇にそれらしきものを見つけた。
登り始めるといきなり石段が延々と伸びていて、これが結構きつい。体のウォームができていないということもあるが、そもそも階段は上りも下りも膝へのダメージが大きく、できれば避けたいsituationなのだ。10分もするとやっと息が落ち着きはじめ、足も滑らかに出るようになってきた。

一本トレポの年配男性が下山してくる。

「こんにちは。刈寄山はこれを行けばいいのですか」
「そうそう、今熊山の手前を左に折れてね」

地元の人であろうか、歳をとってもここを歩いていれば足腰は万全だろう。

標高が上がるにつれて台風の爪痕が顕著になってきた。歩き辛くはないが、夥しい量の枝や葉が山道を埋め尽くしていて、今回の台風がいかに強力だったか良く分かる。
単純な樹林帯歩きに少々飽きが出始めたころ、前方が開けて光が差し込んできた。そのまま坂を上がっていくとベンチが見え、そこが休憩ポイントだと分かった。
水分補給を始めると、私と同年代だろうか、背の高い年配男性が近づいてきた。

「こんにちは」
「どこまで行かれるんですか?」
「刈寄山です」
「さっき降りてきた人が言っていましたが、倒木が酷くて大変な思いをしたらしいですよ」
「いけるところまで行って、駄目なら戻ります」

そんなに酷いのかと思いつつも、一方では怖いもの見たさが膨らんでいく。
ザックを下ろすと多量に汗を吸い込んだシャツが瞬く間に冷たくなり、秋を実感する。
それにしても静かだ。風が殆どないから森に音がなく、唯一、枯葉を踏み込むザックザックだけが単調に耳へ入る。寧ろこの単調さが静けさを強調しているのかもしれない。
あっという間に甘いパンを平らげた。それほど疲れてもいないのに、すごくおいしく感じてしまう。
体力に見合った山歩きは精神にも優しく作用し、日々のストレスを消し去ってくれるのだ。

今熊山にはちょっとだけ立ち寄り、すぐに刈寄山を目指した。
まだ午前中だったが、仰げば青空がほとんどなくなり、風も湿気を帯び始めた。大雨が降り出すことはないと思うが、こんな時は何気に気が急くもの。

10分も歩いた頃、前方に異なものを発見。よく見ると何と大木が根こそぎ倒れて完全に山道を塞いでいる。と同時に倒木の向こう側から勢いの良いチェーンソーの音が発せられた。

「すみませーん、ここは通れないですか」

大声を発してみたものの、チェーンソーの爆音にかき消されてしまう。仕方がないので、いったん止まるチャンスを見計らった。

「すみませーーーん!通れますかーーー!」

今度は聞こえたろう。

「大丈夫ですよ~! 山側から回ってくださーい。足元緩いからから気を付けて!」

山側から回るしかないことは一目瞭然。しかし根が全て剥き出しになっているため、周りの土が固まっておらず、更に根も細いものだらけで手掛かりもない。しょうがないので細い根を束で掴み、力任せに一気に駆け上った。上も土がぶかぶかだったが、慎重に前進して反対側の傾斜を滑り降りた。
そこにはチェーンソーを持った男性ともう一人トレランの格好をした若い男性がいた。

「今週末、ここがトレラン大会のコースになるんで下見中です」

聞けば10月7日(日)~8日(月)の二日間で、第26回 日本山岳耐久レース(長谷川恒男CUP、通称ハセツネ)が開催されるという。2,500人が全行程70km強、累積高低差4,800mを24時間で走り切るビッグレースなのだ。
歩くだけでも大変なのに、殆ど走りっぱなしだから驚くばかりである。
そう、二人はレース開催関係者で、コースのチェックとメンテナンスの真っ最中だったのだ。
因みにトレラン恰好の男性は、怪我で今回は不参加とのこと。

「じゃ、頑張ってください」
「気を付けて」

歩き出して20分ほどすると、別の大会関係者二人が、同じく倒れてコースを塞いでいる巨木の除去に汗を流していた。
今回の台風の影響はかなり大きいようだ。
山道は標高を上げるほど荒れ方が酷くなり、何度も倒木を潜ったり跨いだりと、余計な気や力を使った。特に頂上手前の尾根筋に出ると草木が山道を覆い、歩きのリズムは完璧に乱された。
但し台風の影響さえなければ、全体的に歩きやすい山道であり、それなりの展望も楽しめるおすすめコースである。
頑張って最後の階段を登りつめると東屋が見えてきた。そこが687m、刈寄山の頂上広場だ。

誰もいない山頂でランチ。ベンチに腰掛けると目の前にはあきる野市の街並みが広がり、特等席ぶりは満点だ。一方、西側と南側は鬱蒼とした木々に邪魔され眺望はきかないが、それが防風林の役目をし、静かで落ち着ける空間を作っている。
これまで気分転換や体力維持にと、数えられない程歩いてきた御岳山~日の出山コースだが、今後は刈寄山もその仲間入りとなりそうだ。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です