若い頃・デニーズ時代 21・入社後10ヶ月目

日を追うごとに身につくフロント業務。お客さんからオーダーを取ってキッチンへ依頼するところまでは誰でも同じだが、その後の段取りには奥深さがあり、個人差が大きく反映される。要点を押さえ、それにスピードが加味できれば、駆けずり回ること必至の週末ディナーピークだって怖くない。
・ドリンクは食前か食後か
・速攻第一のビール、スープ、サラダ
・必須!テーブルチェック ~ コーヒーサービスと中バスでお客さんの様子伺い
・デザート作りのタイミング等々
この辺のポイントが分かってくると、接客レベルを保ったまま受け持ちステーションの回転を向上させ、その結果チェックの枚数が増えて売り上げUPにつながっていく。
もちろんノウハウを蓄積していけば、MDに対して生産性の高い教育ができるし、強いリーダーシップもとれる。更にこの勢いでチームワークも良くなれば言うことなしだ。

「ビールは真っ先に持っていくんだよ。FFやOリングの注文があれば、それはおつまみだから、キッチンに言って早めに出してもらうんだ」

この辺のニュアンスは、お酒を飲まない女子学生には分からない。

「21番のJランチ、そろそろ終わりだろ?! このタイミングでデザートのアイスをお持ちしていいか訊いてくるんだ。子供は待てないよ!」
「カウンター2番、中バス! 新聞広げるのに邪魔そうだろ」
「18番、そろそろ終りだから、中バスお願いね」

“中バス”とは中間バッシングの略称で、お客さんがいるテーブルへ行き、空いたプレートや器を下げてくることである。
帰った後のバッシングが容易になるし、人によっては席を立つきっかけになることもあるのだ。

ブレークを取りにエンプロイテーブルへ行くと、BHの山江君が出勤していた。彼は東京経済大学の2年生。明るい性格で、自他とも認めるバイク好きだ。つい先日、スズキの“マメタン”を手に入れ、かなりご機嫌。

「木代さん、なんか最近、ミスターの方が似合うようになりましたね」
「微妙なこと言うな」
「いやいやまじめにバッチリっすよ」

眼がやたらと細くて、笑うと本当に筋のみだ。

「今度マメタン貸してくれよ」
「おっ、いいっすよ」
「冗談冗談。こかしたら殺されそうだもんな」

立川店は職種問わず大学生のアルバイトが揃っている。反面、高校生はMDが一名のみと珍しい。恐らくこれが立川店独特の落ち着いた雰囲気を作り出しているのだろう。

「そう言えば、稲毛さんも新しいバイクを買ったらしいですよ」
「へぇ~、彼もバイク好きなんだ」
「買ったのホンダの400ccですよ!」
「本格的だな。俺も買っちゃおうかな」
「えっ~、木代さんはかっこいいダルマを持っているじゃないですか」
「あはは、まあね」

稲毛さんは唯一の社員クックで、且つリードクックも任されている。すらっとしたイケメンで、笑った時に出る真っ白な八重歯がなんとも爽やかだ。唯一の高校生MDである水谷智子は彼の大ファンで、はたから見てもメロメロは隠せない。
その彼女が出勤してきた。

「山江さん、おはようございます」
「おっ、智ちゃん。今の話聞いてた?」
「稲毛さん、新しいバイクが来たら、私を真っ先に乗せてくれるって言ってました」
「やったじゃん!」

どこの店へ行っても、バックヤードではこの手の話が花盛り。若い男女がこれだけ集まっているのだから当然と言えば当然だ。
水谷智子は小柄でスレンダー。しかも顔が小さく均整がとれているので、大概の男なら振り向いてしまうだろう。幼い顔立ちとのアンバランスも魅力的だ。

「その前にさ、俺の後ろに乗ってみてよぉ」
「けっこうで~す」

山江君、もしかすると水谷智子にほの字かもしれない。しかしライバルが稲毛さんではきつそうだ。
その時、バックヤードの通用口脇にあるマネージャールームのドアが開いて、添田UMが誰かを捜すように顔を突き出した。

「おっ、木代いた」
「なんですか?」
「もうすぐ人事の本田さんが来るんで、3ステ開けとくように」
「ました」

人事の本田さんとは、新入社員研修の際に一度話をしたことがある。とても快活な方で、つまらない質問に対しても、はっきりとした話し方で丁寧に教えてくれるところが印象に残っている。
それにしても人事部が来店とは何事だろう。恐らく異動絡みと思うが、私は数ヶ月前にここへ来たばかりだし、稲毛さんに至ってはまだ1ヶ月少々。よく考えればUMの添田さんだって赴任して半年である。では、立川店で在籍が一番長い社員といえば、、、
そうだ、UMITの常川さんだ。AM昇格は既に確定しているから、近々にどこかの店へ異動してイエロージャケットを羽織るのだろう。
この流れが正しければ、常川さんの後釜について添田UMへ何らかの通達があるのかもしれない。但、マネージャーが替われば店のムードやスタッフの結束にも影響してくるので、ちょっと不安だ。
しかし、いくら東京地区の出店ペースが他県と較べて低いと言っても、関東全体でこれだけ店が増えているのだから、エリアの枠を越えて人事異動が行なわれるのは誰にだって分かる。

本田さんと添田UMは、笑顔も交えながら既に30分近く話し合っていたが、コーヒーのおかわりでテーブルへ近づくと、

「木代、どうだフロント業務は」
「もう殆どOKですし、MDの指導も徐々に慣れてきました」
「そうか。今、添田さんとも話していたが、来月辺りにUMITの試験を受けてみないか」
「えっ!? いいんですか?」
「マネージャーになりたくないの?」
「とんでもない!」

大感激である。今でも良く覚えているが、実際にUMITへ昇格したときよりも、この一言を受けたときの方が何倍も心が躍った。同期生の中でも、二人、三人と昇格試験を受けたというニュースを耳にしていたので、正直なところ少々の焦りを感じていたのだ。
普段の働きようが評価を受け、本部人事まで伝わっていたのだ。

「添田UM、本田さん、本当にありがとうございます!」
「良かったじゃない」

この春、新しい展開が始まりそうである。


「若い頃・デニーズ時代 21・入社後10ヶ月目」への1件のフィードバック

  1. 入社してからの目標は、早く、ゴールデンジャケットを着ることでした。

    AMの赤ジャケは、派手で恥ずかしかったです。

    マネジャー試験に合格した時は、嬉しかったですよね。

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