8月15日(金)。T君と【奥多摩むかし道】を歩いてきた。
今回で4度目となる馴染みのハイキングコースだが、手軽に森林浴ができたり、ちょっと寄り道をすれば、ハイカーの気配がないひっそりとした渓流が楽しめたりと、その内容は魅力的だ。
「そこ右ね、入ると右側が駐車場だから」
いつもの鳩ノ巣無料駐車場である。
「駄目ですよ、空いてないみたい」
今までお目にかかったことのない光景である。
利用するのはいつも平日だから、何となく嫌な予感はしていたのだが、ここまでぎっしりとは思ってもみなかった。旧盆注意すべし。
「先へ行こう、氷川に有料駐車場がある」
当初の計画は、鳩ノ巣へ車を置いたら、電車に乗り換えて奥多摩駅までいき、そこからむかし道のフルコースを歩くというものだったが、昨今の山ブームと旧盆休暇を甘く見ていたようだ。
奥多摩駅入口を左折し、橋を渡るとすぐに氷川駐車場があるのだが、やはりここも満車であった。
特にこの日は天気が良かったので、アウトドア好きが一斉に郊外へと飛び出したのかもしれない。
「それじゃ奥多摩湖に車を置いて、そこから逆コースで行こう」
「最後は奥多摩駅からバスで戻ってくるわけか」
非常に大きな駐車場をもつ奥多摩湖。さすがに余裕の空きがあった。
むかし道の登山口に近い水根バス停前の駐車場へ車を置き、V2を首から提げてR411を横断、初っ端から斜面のついた車道を上がっていく。
「ここも山なんだね、涼しいや」
日陰に入ると途端に冷やっとした空気に包まれ、夏真っ盛りを忘れさせてくれる。日頃酷暑に苛まれているT君にとって、これもありがたいご馳走なのだろう。
青目立不動尊まできた時、カーブの脇に立つ“注意書き”が目についた。
読めば愕然、むかし道は大雪による崩落の為、9月いっぱい通行止となっているらしい。いきなり出鼻をくじかれたが、崩落の原因が雪ならば、年頭からずっと人が入り込んでないということだ。
未曾有の大雪はまだ記憶に新しく、時々歩く鳩ノ巣~御岳山もずいぶんと長い間通行止めになっていた。
「駄目だ、戻るしかないですよ」
ルール違反は分かっていた。しかし、何度も歩いて様相を知る道だけに、どのくらいの規模の崩落があったのか、無性にこの目で確認したくなったのだ。
「崩落ヵ所まで行ってみようよ」
「マジすか」
「見たいんだよ、どんな感じか」
人が入ってこないから、道はけっこう荒れていた。工事に携わる人が行き来するだけなので、そこらじゅうに落石がごろごろだし、大小の折れた枝が散乱していたりと、いつものハイキングコースとは少々様子が異なっている。但、山道への直接的なダメージは既に補修されているようなので、最後まで歩きに支障はなかったが、崩落跡は数カ所にものぼり、最終的な改修にはまだ相当な日数を要すると思われた。
たまたま登山口から一緒だった年輩のご婦人が、草むらでこごみ、小さな花にカメラを向けている。
奥多摩山系を中心に、花の写真を撮るのが好きとのことだ。
写真好きが3人集まると面白い。気が付けば各々がそれぞれのターゲットにレンズを向け、会話が殆どないのに気分だけは盛り上がっている。
「この花きれいだな」
コケがびっしりと覆う大きな岩に小さくて可憐な花が咲いていた。
「それ、イワタバコって言うんです」
「詳しいですね」
「この辺じゃ、けっこう珍しいと思いますよ」
こんなやり取りをしながら中山集落まで登ってきた。
我々二人は周囲の山々や斜面に佇む家並みの撮影を行うことにしたが、ご婦人は留まらずに先へ進むとのこと。
ここでお別れである。
「ありがとうございました」
「とんでもない、気をつけて」
ここから先は下るだけ。車も通る林道を、ひたすらゴールであるJR奥多摩駅を目指すのだ。
“逆コース”は初めてだが、こっちの方が楽かもしれない。緩い上りを延々と行く“正コース”は、ハイキングコースと言えども意外にタフである。
二本目の吊り橋に近付くと、橋の半ばに二人の若い男性ハイカーが目に入った。
橋から渓谷を撮影しようと踏み出せば、注意看板に“橋を渡る際の定員は3名まで”と記してある。
「俺だけ入れないじゃん」
とは、T君。
しかし若い二人はすぐに対岸へ渡り姿を消した。
それに合わせてT君が入ってくる。
暫し橋の上から渓谷の撮影に没頭する。
ー あっち側に何かあるのかな。
カメラを構えているT君をよそに対岸へ渡ってみると、そこには多摩川へ注ぐ支流があったのだ。その小さな流れが醸し出す冷たい空気は、汗をかいた頬や首筋へ何とも言えない心地よさを与えてくれる。
「おーい、こっちにも川があるよ」
すぐに飛んできたT君は、開口一番、
「ここ、いいじゃないですか!」
既に川縁にしゃがみ込み、下流に向かってレンズを向けている。
大小の岩、緑鮮やかな苔、そして清冽な流れ。
正に被写体だらけである。
ー ちょっと時間をかけるか。
奥多摩は広くて奥が深い。何度か訪れたむかし道でも、ちょっと枝道へ入ってみれば眼前に広がる素晴らしい光景が広がっているのだ。