歳を取っても夏休みは楽しみである。
今年は十分にゆとりを持たせた山歩きで、思う存分V2で遊べる計画を立ててみた。
その計画とはこんな感じだ。
初日は蓼科の横谷渓谷をのんびりと歩き、その日は茅野のビジネスホテルで一泊。
翌日は須玉ICまで戻って、佐久甲州街道を松原湖まで北上、稲子湯まで進んだらそこに車を置き、しらびそ小屋を経て本沢温泉でテント設営。準備完了後は天狗岳をぐるりと一周し、帰りは白砂新道で本沢温泉へと下る。
翌日は朝のんびりしたあと下山。稲子湯では炭酸泉に浸かり、十二分に疲れを取り帰路につく。
計画を作りながらも、膨らむ想像にニヤケが止まらなかった。
出発は夏休み初日の8月11日(月)に決定。宿の予約もその数日前に取った。JR茅野駅から徒歩10分、【ビジネスホテル・ノーブル茅野】である。いつもどおり夕飯は晩酌を兼ねて地元の居酒屋で済ませるので、場所的にも都合がいい。
しかしここまで準備したところで、台風11号の動きが気になりだした。
四国へ上陸したあと、その動きが途端に遅くなり出したのだ。ウェザーニュースの清里地方を参考にすると、9日(土)、10日(日)に雨風ありで、出発日の11日(月)は曇り、そして翌日12日(火)は概ね晴れ、最終日は曇りと出ている。これなら一応安心できるが、台風の進行が遅くなれば、あとへとずれ込んでくる危険性も出てくる。
但、天候だけはどうしようもないので、前日就寝前の予報を参考にし判断することにした。
ー うんうん、ラッキーかも♪
前日に日本海へ抜けた台風11号。結構な風こそ残してはいたが、時間を追う毎にその影響は小さくなっていった。ウェザーニュースでの最終確認でも、明日、明後日に崩れはないと出ている。そして変ったところは、最終日13日(水)からの数日間が“雨/曇り”マークに変っていたこと。
これはまさに私の山行の為にできた予報と言って過言でない。
最終日に、朝目覚めて即テントを撤収して下山すれば、バッチリの三日間を楽しめそうだ。
8月11日(月)。心軽やかに出発。
中央自動車道は車の数こそ多かったが、何とか滞らない流れを見せていた。
途中、混雑を予想される双葉SAを避けて、手前の境川PAで休憩を取ったが、ここも家族連れを中心にかなりな人混みで、豚骨ラーメンをささっと流してはすぐに出発することにした。
しかしながら甲府盆地、パーキング全体を覆う熱気は尋常でない。
小淵沢ICで下りて、原村を横断するように横谷渓谷へと向かった。
広大な田園地帯は緑一色で、背後にそびえる八ヶ岳、そしてそれを浮き立たせる白い雲が、夏の高原をこれでもかと主張し、思わずエアコンを切ると、サンルーフを目一杯開けてみた。
ー いや~、気持ちいい!!
笑みがこぼれる一瞬である。
“爽快”という言葉が200%当てはまるのは、このようなSituationを指すのだろう。
ラジオのスイッチも切って、小一時間の高原ドライブを楽しんだ。
横谷観音の駐車場へ車を入れ、早速渓谷ハイキングを開始する。
道はすぐに下りとなり、樹林帯に入った。鬱蒼とする道には渓谷ならではの冷ややかな風が流れ込み、瞬く間に汗が引いていく。一応ハイキング道とは称しているが、深山の雰囲気も味わえる本格的な登山道と言ってもいいだろう。
水の流れる音がし始めると、間もなく木々の間から渓流が見えてきた。
小さな滝まで下りたところが撮影目的である“一枚岩”だ。
川の水に鉄分が多く含まれているのか、この岩が妙に赤い色をしており、その上に白い飛沫を上げて水が走る様は、何とも興味深い画となる。
新緑とのマッチングもいいが、恐らく紅葉の頃には目映いばかりの景観が待ち受けているに違いない。
今回は時間の都合上、ここまでの撮影で打ちきりとしたが、今後機会があれば全コースをじっくりと見て回りたい。
一枚岩で撮影に集中している時、背後に何やら気配を感じたので、振り返ってみると、そこには小さな子供二人を連れた若いお母さんがいた。
「すみません、これが王滝ですか」
「私もここは初めてなのですが、おそらくそうだと思います」
「ありがとうございます」
と、何気ない会話を交わしたのだが、
その後、下ってきた道を引き返して、横谷観音直下の分かれ道までくると、道標が目に入った。
ー なに、左へ行くと王滝だと?!
先ほどの一枚岩の川上には確かに滝があった。
携帯していたイラスト風の観光地図によれば、王滝は一枚岩の川上なのだ。
しかしこの地図の距離感を鵜呑みにしたのが間違いだった。
渓谷を下る時にはじっくりと見なかった道標。今になって悔やまれる。
そう、お母さんはにっこしりながら子供達に言っていた、
「良かったね、これが王滝だって♪」
ー ああ、俺は嘘つきになってしまった。
もうちょっと早く気が付けば、引き返すこともできたのに。
なんてこった。
今回の山行。この辺からケチが付きだしたのかもしれない。
ホテルのチェックインを済ませ、部屋へ行くと取りあえずシャワーを浴びて一服。
夕飯後は酔っぱらってしまうので、今の内に装備の点検をしておくのだ。
登山の直前は食料の買い出しだけにしておきたい。
準備万端のあとは、楽しみでもある“夕飯”に出掛けた。
「山登りへ行くんでチェックアウトは6時前になるけど、ここ、誰かいます」
「鍵入れの箱をおいておきますので、その中へ入れてください。それからこれ、駅前の地図になります、良かったら使ってください」
「ありがとう、助かります」
明日は5時起きだ。
そんなことを思いながらも、冷たい生ビールはぐんぐんと進んだ。
大好物であるイカの丸焼きや焼き鳥盛り合わせもそれを煽った。
知らない町の何気ない居酒屋で一杯やるのは、旅情を大いに掻き立てるものだ。
撮影した写真や山地図などを酒の肴にちびちびとやった。
酔いも進み腹もいっぱい、そろそろホテルへ戻って温泉にでも浸かろうかと、真っ暗になった夜道を戻っていくと、冷たい夜風が頬に当たり、辺りは既に初秋の雰囲気。
茅野駅のホームへ目をやると、これから東京方面へ帰るのであろうか、3組の登山客がベンチで寛いでいる。間もなくすると闇の彼方からヘッドライトを放ちながら上り中央本線がすべりこんできた。
寒さで目が覚めた。
温泉で火照った為、窓を開けたまま寝てしまったようだ。
時計を見るとまだ4時前である。目覚ましは5時にセットしていたから、もうちょっとだけ眠れる。
明日のキャンプはさぞかし寒いのだろうと考えているうちに、再び眠りに落ちた。
「ピッピー、ピッピー、ピッピー」
ー はいはい、起きますよ。
ビジネスホテルの目覚まし音は心臓に刺さるようで、どうにも好きになれない。
慣れない手つきで音を止めると、今度は違った“音”が耳に飛び込んできた。
ー まさか。
雨音である。それも盛大な降りの音だ。
すぐにPCの電源を入れた。SSD搭載で素早い起動のX200も、この時ばかりはまどろっこしく感じる。
ウェザーニュースをクリックし、茅野市の天気を見た。
ー うそだろ。降雨率80%?!
今度は松原湖の天気を見る。
ー 駄目だ、同じだ。
昨日まで晴れマークが付いていたのに、たった一晩で変ってしまうなんて、そんなことがあるのだろうか。
しかも状況の良かった12日(火)が最も悪くなっているのだ。
パッキングも完璧に済ませ、明日の山行を楽しみにしていたのに、残念な展開としか言いようがない。
朝食用に買い込んでいたパンをかじりながら、一時間ほど様子を見たが、好転する気配は感じられない。それどころか雨足は更に酷くなってきた。
時間の経過と共に、頭の中で“中止”の文字がぐるぐる回るようになると、今年の夏は終わったと思えてきた。
夏休みの天候だけは、ここ数年ラッキーが続いていたので、当然今年も行くぞという強い鼻息があった。
そんな勢いが肩すかしを食らえば、空虚な雰囲気に包まれるのも無理はない。
ー まっ、またトライすればいいさ、、、
ー くっ、そぉ。