
新三鷹店の滑り出しは上々だった。むしろ予想以上と言っていい活況に包まれたのだ。ただ、これまで経験のなかった多くの来店客への対応には悪戦苦闘が続いた。週末ともなれば、休憩はおろか昼食を取ることもままならないほど。それと、やっとお客さんを商談カウンターへ連れてきても、他のお客さんに問いかけられたり、タイミング悪く電話が鳴ったりと、落ち着いて話を進められないのにはまいった。
ショールームには、社長、江藤さん、吉岡くん、山田美緒さん、代々木里佳子さん、そして俺と、総勢六名の営業マンがいるのにてんやわんやなのだ。
「手が空いた人は、いいからお昼行って!」
下山専務がみんなに声をかけている。彼女は古い常連客の相手をしてくれるから、忙しい時にはとても助かる。矢倉さんもその辺はわかっていて、特に週末などはちょくちょく事務所からショールームを覗き、手が足りないと思えば、接客から時には商談までフォローしてくれる。
一方、サービス部は松田・松本のフロント二名体制が功を得てか、スムーズに回っているようだった。接客はすべてフロント任せだから、メカ達はひたすら作業に没頭できるというわけだ。
一店集約は単に売上アップだけでなく、スタッフ全員がいつも顔を合わせているので、イベントの企画立案などがスピーディーかつ綿密に行え、また内容も十分煮詰めることができた。特に営業、サービス合同で行うビッグツーリングの企画立案では、宴会の出し物を中心に新しいアイデアが連発、真剣に取り組むスタッフの表情からは、向上するモチベーションが窺えた。


「営業、サービス共々、月間目標達成で、しかも売上台数は135台と過去最高をマークできました。ありがとうございました」
オープン三か月目にして得られた成果は、その後も落ちることなく順調に推移し、年間売上ボリューム1200台も視野に入ってきた。
「このまま走り切れば、冬の賞与も弾めると思います。それと、年明けに社員旅行を予定していますが、行先はもちろん海外の中から選ぶので、ここぞというところがあれば意見をください」
11月の全体会議はこれまでにない成果を得られ、社長はもちろんのことスタッフも終始笑顔が絶えなかった。
「ついにアメリカ本国か!」
「いいねいいね」
「マカオでGP観戦したいな」
「香港も行けるじゃん」
そもそもモト・ギャルソンの社員旅行は海外が常なのだ。二十歳になるかならないかで入社してくる若者達に、広く世界を見せてやりたいという大崎社長の親心が発端だ。実際、俺が入社した直後の社員旅行はグァムだった。その次がなんとハワイのオワフ島だったので、この時ばかりは娘と女房も連れて行った。ちなみにうちの娘、初めて泳いだ海がワイキキビーチである。
参考までに俺が行った海外旅行先は、ハワイ(オワフ島・マウイ島・ハワイ島)、ラスベガス、グァム、釜山、香港(マカオ)、タイ、バリ、ケアンズとなる。先々になるが、この他仕事でハーレーダビッドソンの本社(ミルウォーキー)やDUCATI会議並びにEICMA視察でイタリアのミラノと、モト・ギャルソン在籍中は大い海外を堪能させてもらうことになる。






そしてオープンの翌年には、業販も含めると年間売上1400台をマーク。一店舗集約に間違いはなかったと、自他ともに認めところだ。
そして成功が成功を呼んだのだろう。既納客の定着が順調に伸び続け、ビッグツーリングは会社のポリシー【遊べるバイク屋】を最も具現化するイベントとして定着、ついには参加者数100名を超える規模にまで膨らんだ。ただこうなるとスタッフ不足は顕著となり、人員補充は急務とされた。
そんな中、営業女子として岸山裕子さん、営業男子では瀬古勉と長野健司の計3名の採用が決まった。岸山さんは背も高く物怖じしないタイプ。商談の覚えがよく、入社早々から積極的に売る姿勢も見せた。長野くんはなんといっても笑顔がよかった。親しみやすいオーラを絶えず放っているから、バイク初心者が気軽に話しかけてきた。瀬古くんは一見線が細く、時々暗い表情も見せ、当初は心配したものだが、慣れるに従いびっくりするような営業センスを発揮し、半年後にはトップセールスマンへと成長した。こうして営業力も日々盤石なものになりつつあり、モト・ギャルソン黄金期は目前に迫っていた。
ある日の幹部会議。
「本店は順調に推移してますが、ここでもう一店出そうと思います」
「えっ?! 一店集約がうまくいっているのに、また複数体制に戻すんですか」
釈然としない顔つき丸出しの江藤さんである。
「まあ、ちゃんと聞きなさいよ」
本店のショールームは広いものの、中古車の展示までは十分に行えない。中古車は利益幅が大きいので、今後は比率拡大に本腰を入れたい。毎月の売上台数はコンスタントに100台前後を示しているが、台あたり利益の減少がとどまることを知らず、現況は78,600円まで下がってきている。スクーターの販売割合が増えている一方、中古車売上が低迷していることが原因と思われる。そこで、新たに中古車専門店を設けて売上拡大を目指したい。場所は中央通りのガソリンスタンドが閉店するのでその敷地を利用。本店からは目と鼻の先なので在庫移動がやり易いし、新車の商談中に中古車も見に行けるメリットは大きい。
勢いがついている大崎社長は既に計画を具体的に進めていて、東亜建設によれば、年明け2月ごろには開店できるという。店長は江藤さん。店名も【ギャラリーⅡ】である。