ミヤマツツジ・大塚山

桜が終わりになる頃から、無性に山の空気を吸いたくなってきた。
それまでの凛とした空気が緩み始めれば、沢のせせらぎ、新緑、様々な花の開花等々が連想され、妙にそわそわしてくる。
よし、ならばあそこ。大塚山のツツジを見に行こう!

4月18日(木)。JR鳩ノ巣<上り7時49分発>に間に合うよう、6時ちょっと前に自宅を出発。
青梅街道を西へ進んでいくと、それまでどんよりした雲が次第に青空へと変わっていき、こいつはまたとない山歩き日和になるのではと心は弾む。

青梅駅を過ぎると、R411の沿道にきれいな桜が目に付いた。
宮ノ平駅の一本桜だ。その他の駅周辺にもいたるところにきれいな桜を目にすることができる。
この時期まで開花が延びるのなら、西伊豆の後に回ってもタイミング的に十分間に合うので、来年からは青梅線沿線の桜をテーマに撮るのも面白そうだ。
この地域に見られる桜はヤマザクラが主になり、一般的なソメイヨシノは比較的少ないという。

鳩ノ巣へは余裕をもって到着できた。着替えてすぐに駅の構内へ入ると、上りホームのベンチに腰かけていた年配のご婦人が、笑みをもって声をかけてきた。

「これから山ですか」
「ええ、隣の古里から登ろうかと」
「今日は天気がいいですからね~」

そうなのだ。駅のホームから仰ぐ青空は、夏を思わせる強い光で満ち溢れ、さあ山へ来い!と言わんばかりのエネルギーを発している。

古里駅で下車し、吉野街道を歩いていくと、相変わらずダンプの往来が多い。どこに現場があるかは分らんが、この凄まじい数は“ダンプ専用道”と称してもおかしくなく、せっかく春の花を愛でながら歩いていても、神経に触る騒音とこの排気ガスに見舞われれば、正直言って気分はよろしくない。

大塚山への登山口は、そば処・丹三郎を過ぎて右に入ると真正面に見えてくる。
入り口脇にあるトイレで用を済まし、靴ひもを締めなおして、いざ出発だ。
まずはイノシシ侵入防止柵の扉を開けて山側へ入るが、この扉が自然界への入口に思えてならず、毎度のことだが身が引きしまる。

山道は歩き始めから延々と上り坂が続いて息が乱れるが、今回は意識して歩行速度を普段の一割ダウンに保ったせいか、いつもより楽に足が前に出た。
歩幅を短く、膝や大腿四頭筋に負担が掛からないように力を抜き、ゆっくりとしたリズムで歩くのがトレッキングの基本だ。
尾根筋まで上がってくると、お目当てのミヤマツツジが姿を現し始めた。
明るい紫色は、緑と土色だけの山道に良く映える。最初の樹はつぼみがまだたくさんあるので開花状況は8分と言ったところだが、大塚山頂上から御岳山へ通じる道では満開のツツジ群が両サイドから迎えてくれ、その眩さに疲れも吹っ飛ぶようだ。
展望、花、渓流、湖、、、山には心洗われるものがたくさんあるが、うまいタイミングで出くわした時は、心底はしゃぎたくなる。

今回は体調が良かったのか、とにかく腹が減った。
シーズン初っ端は体ができていないので、疲れが積み重なってくると喉ばかり乾いて逆に食欲は落ちていくものだが、大塚山で菓子パン2個、日の出山でおにぎり2個を平らげたのに、梅野木峠での休憩時ではどうにも腹が減って、残った僅かなスナック菓子の粉までを残らず胃に流し込んだ。
普段はこの位の食糧でちょうどいいのに、なぜ?!

来た道にふと目をやると、2本トレポを使った年配男性がゆっくりとした歩調でこちらへ向かってくる。

「こんにちは」
「あ~、疲れた、もう歳だね」

キャップを取ると見事な白髪が陽光を受け輝いた。
話を聞けば、御岳山まではケーブルカーで上がり、そこから私と同じく日の出山経由でここまで来たとのこと。
この後は吉野梅郷へ下るらしい。
御年77歳。中野でラーメン店を営んでいる現役紳士だ。

「半年ぶりかな。車を所有している頃はよく来たんだがね」

車は既に手放していて、更には近いうちに運転免許証の返納もするらしい。
十数年経ったら私も同じことを考えるのだろうか。動けるうちにもっともっと様々なトライをしなければと身に染みて思うところだ。
ここ数年ボーっと生きてきたせいか、一年が恐ろしく早く感じ、このままでは崖っぷちまで一瞬のうちに到達しそうだ。

「でも70歳後半になってもでこれだけ歩けるんだから凄いですよ」
「いやいやだめだめ、足がついてこない」

終盤に足場の悪い急坂が続く愛宕尾根の下山も無事終了。愛宕神社をお参りした後は、迷わず向かいのセブンへ行って傷んだ筋肉の補修にと、プロテイン食品を買い込み駐車場で暫しの休憩を取った。
6時間の山行は大きな疲れを溜め込むものの、歩きぬいた爽快感はそれ以上に大きく、また自信にもつながるのだ。

老化防止・体に鞭を打とう!

花粉は辛いが、日々春めいた陽気を感じるようになると、気持ちは西の方角、そう、奥多摩の山々へと向かい始める。
森の生気を感じながら汗をかくのは実に心地の良いもので、山行はシンドイと分かっていても、それを上回る快感が全てをプラス思考へと導いてくれる。
先日TVのスイッチを入れたら、アコンカグア登頂を断念した三浦雄一郎氏が出演していて、<登山は一番の老化防止>と語っていた。これは大いに頷ける。
嵌ってしまえば、足腰の力、バランス感覚、判断力等々、全ての人々が加齢で失っていくものを補えるからだ。
目的が老化防止だけだったら続けるのは難しいかもしれない。しかし山の魅力を少しでも感じることができ、また歩いてみたいと思うようになったらGoo。楽しみながら体はどんどんと強化されていく筈だ。

脚力や心肺機能が高まってきた時の感激ったらない。
もう14~15年前の話になるが、白州町にある尾白川渓谷での滝巡りで、初めて山歩きらしきものを体験した。
D100を手に入れて様々な被写体にトライしていた頃に、滝と渓谷美、そして白州という言葉に魅力を感じ、下調べもそこそこに先ずは現地へ行ってみようと車を走らせた。ところが渓谷道と称された道は意外と険しく、おまけに結構危ない箇所もあったりで、撮影に集中する時間は殆ど取れなかった。確かに尾白川渓谷の滝や流れは一見の価値があると思うが、下山路では膝痛まで出てくる始末で、正直なところ撮影を楽しむどころではなかった。
案の定、その翌日は筋肉痛に苛まれ、仕事にも差支えが出てしまった。
まだ50歳手前だというのにこれはまずいと猛省、そして一念発起。山と自転車を使って、だらけきった体に鞭を打つことに決めたのだ。
ところが尾白川レベルで筋肉痛になる軟弱な体は、都民の森から回る三頭山でも流れ落ちる汗と悲鳴を上げる膝で、終始グロッキー状態。もっと楽なコースじゃないと駄目かなと、次は月夜見駐車場からスタートする御前山にトライ。すると、きついことには変わらなかったが、先回にはなかったゆとりを感じ、ちょっぴり気分が上向いた。
そして次に歩いたのは大丹波川上流から辿る川苔山だ。距離は短かいが、渓谷から頂上直下まで一気に上がる階段では何度も立ち休みを繰り返し、必死の思いで登り切ったのだが、頂上にあるベンチに座り込むと、体の奥底から嬉しさが込み上げてきたのだ。嬉しさを覚えるということは、心身共にゆとりが出てきたことの証。
そしてゆとりが出てきたということは、確実に体力と山の経験値が上がったということに他ならない。
景色を眺め、ゆっくりとランチを楽しみ、横になって空を仰げば、山を独り占めしているかのような爽快な気分に浸れたのだ。この感覚が癖になって、その後は大岳山、高水三山、そして鷹ノ巣山と徐々にレベルを上げっていくのだった。
月一のペースをキープすれば、体力が落ちることもなく、快適な山歩きが楽しめることが分かったのは収穫だ。
さっ、今年の一発目はどこを歩こうか。

刈寄山

【ブルーガイドハイカー3 / 東京・首都圏 車で出かける山歩き】は、10年以上前に購入した山歩きのガイドブックである。
そしてこの本の巻頭を飾っているのが刈寄山だ。
登山初心者だった私は、この本を参考に様々な山へとトライしたが、刈寄山は常に後回しだった。
何故なら<地元から離れた大自然の懐奥深く!>というのが私のアウトドア定義だったので、八王子という近場の刈寄山には、どうにも明るく開放的なイメージが沸いてこなかったのだ。

10月3日(水)。その刈寄山へ登ってみた。
強力な秋雨前線にやられ、来る日も来る日も微妙な天気続きの中、突如休日にぽっかりと晴れマークが出たのが引き金になった。遠い山だと早朝出発が必要だが、刈寄山は近い。しかもゆっくり歩いて往復4時間弱という行程は、日の短くなったこの季節でも余裕で楽しめる。
今回のルートは最も楽でシンプルな今熊山駐車場からのピストンだ。
ところでこの今熊山駐車場。実は木代家の墓がある大仙寺から目と鼻の先ほどの所にあり、大凡の位置関係は地図上で察しがついていたが、実際に車を走らせると3Km強はあっという間で、何とも墓の裏山探索ってな雰囲気になってきた。

駐車場は広くてきれいだった。週末でもないのに既に車が4台駐車していて、予想外の活況にちょっとびっくり。
早速準備を整え出発しようとするが、肝心な登山口が見当たらない。案内板のようなものがあったので凝視すると、階段を上がった今熊神社遥拝殿の右脇にそれらしきものを見つけた。
登り始めるといきなり石段が延々と伸びていて、これが結構きつい。体のウォームができていないということもあるが、そもそも階段は上りも下りも膝へのダメージが大きく、できれば避けたいsituationなのだ。10分もするとやっと息が落ち着きはじめ、足も滑らかに出るようになってきた。

一本トレポの年配男性が下山してくる。

「こんにちは。刈寄山はこれを行けばいいのですか」
「そうそう、今熊山の手前を左に折れてね」

地元の人であろうか、歳をとってもここを歩いていれば足腰は万全だろう。

標高が上がるにつれて台風の爪痕が顕著になってきた。歩き辛くはないが、夥しい量の枝や葉が山道を埋め尽くしていて、今回の台風がいかに強力だったか良く分かる。
単純な樹林帯歩きに少々飽きが出始めたころ、前方が開けて光が差し込んできた。そのまま坂を上がっていくとベンチが見え、そこが休憩ポイントだと分かった。
水分補給を始めると、私と同年代だろうか、背の高い年配男性が近づいてきた。

「こんにちは」
「どこまで行かれるんですか?」
「刈寄山です」
「さっき降りてきた人が言っていましたが、倒木が酷くて大変な思いをしたらしいですよ」
「いけるところまで行って、駄目なら戻ります」

そんなに酷いのかと思いつつも、一方では怖いもの見たさが膨らんでいく。
ザックを下ろすと多量に汗を吸い込んだシャツが瞬く間に冷たくなり、秋を実感する。
それにしても静かだ。風が殆どないから森に音がなく、唯一、枯葉を踏み込むザックザックだけが単調に耳へ入る。寧ろこの単調さが静けさを強調しているのかもしれない。
あっという間に甘いパンを平らげた。それほど疲れてもいないのに、すごくおいしく感じてしまう。
体力に見合った山歩きは精神にも優しく作用し、日々のストレスを消し去ってくれるのだ。

今熊山にはちょっとだけ立ち寄り、すぐに刈寄山を目指した。
まだ午前中だったが、仰げば青空がほとんどなくなり、風も湿気を帯び始めた。大雨が降り出すことはないと思うが、こんな時は何気に気が急くもの。

10分も歩いた頃、前方に異なものを発見。よく見ると何と大木が根こそぎ倒れて完全に山道を塞いでいる。と同時に倒木の向こう側から勢いの良いチェーンソーの音が発せられた。

「すみませーん、ここは通れないですか」

大声を発してみたものの、チェーンソーの爆音にかき消されてしまう。仕方がないので、いったん止まるチャンスを見計らった。

「すみませーーーん!通れますかーーー!」

今度は聞こえたろう。

「大丈夫ですよ~! 山側から回ってくださーい。足元緩いからから気を付けて!」

山側から回るしかないことは一目瞭然。しかし根が全て剥き出しになっているため、周りの土が固まっておらず、更に根も細いものだらけで手掛かりもない。しょうがないので細い根を束で掴み、力任せに一気に駆け上った。上も土がぶかぶかだったが、慎重に前進して反対側の傾斜を滑り降りた。
そこにはチェーンソーを持った男性ともう一人トレランの格好をした若い男性がいた。

「今週末、ここがトレラン大会のコースになるんで下見中です」

聞けば10月7日(日)~8日(月)の二日間で、第26回 日本山岳耐久レース(長谷川恒男CUP、通称ハセツネ)が開催されるという。2,500人が全行程70km強、累積高低差4,800mを24時間で走り切るビッグレースなのだ。
歩くだけでも大変なのに、殆ど走りっぱなしだから驚くばかりである。
そう、二人はレース開催関係者で、コースのチェックとメンテナンスの真っ最中だったのだ。
因みにトレラン恰好の男性は、怪我で今回は不参加とのこと。

「じゃ、頑張ってください」
「気を付けて」

歩き出して20分ほどすると、別の大会関係者二人が、同じく倒れてコースを塞いでいる巨木の除去に汗を流していた。
今回の台風の影響はかなり大きいようだ。
山道は標高を上げるほど荒れ方が酷くなり、何度も倒木を潜ったり跨いだりと、余計な気や力を使った。特に頂上手前の尾根筋に出ると草木が山道を覆い、歩きのリズムは完璧に乱された。
但し台風の影響さえなければ、全体的に歩きやすい山道であり、それなりの展望も楽しめるおすすめコースである。
頑張って最後の階段を登りつめると東屋が見えてきた。そこが687m、刈寄山の頂上広場だ。

誰もいない山頂でランチ。ベンチに腰掛けると目の前にはあきる野市の街並みが広がり、特等席ぶりは満点だ。一方、西側と南側は鬱蒼とした木々に邪魔され眺望はきかないが、それが防風林の役目をし、静かで落ち着ける空間を作っている。
これまで気分転換や体力維持にと、数えられない程歩いてきた御岳山~日の出山コースだが、今後は刈寄山もその仲間入りとなりそうだ。