7月8日(水)から10日(金)までの三日間、三重県の尾鷲を旅してきた。三重と奈良に跨る大台ケ原を歩いてみたいと、前々から計画を立てていたのだ。ただ、大台ケ原並びに尾鷲市一帯は本州最多雨地帯のため、ウェザーニューズと睨めっこをしても、なかなかタイミングがとれず、当然宿の手配も必要なので、スタートが切れなかったのだ。そして待つこと二週間。梅雨の合間に晴れ時々曇りのマークが三日連続で現れたのだ。
尾鷲までは約510Km。尾鷲から大台ケ原登山口まで約100Km。往復で1,220Km、トータルで16時間という超ロングドライブを強いられる。ちなみに尾鷲まで公共交通を使うと、車より時間がかかり、交通費も若干かさむ。
8日は自宅を6時に出発、POLOは快調に新東名を進んだ。浜松SAでトイレ休憩、昼食は伊勢道の安濃SAで取った。フードコートを見回すと、さすがに地域色満点のメニューが目立つ。選んだのは“味噌焼きうどん定食”。オール炭水化物の関西風だが、これがなかなかいけた。変に塩っ辛くなく、味噌に旨味があり、ご飯のおかずにちょうどいい味付けなのだ。

その後も快調に歩を進めたが、尾鷲を直前にした紀勢道で事故が発生、おおよそ一時間弱の足止めを食らってしまう。単独事故のようだが、センターライン上に並ぶポールと、それを繋ぐ太いスチールワイヤが20m近くもなぎ倒され、突っ込んだ白いワンボックスのフロントは見事なまでにグシャグシャ。ドライバーの無事を祈る。

宿は尾鷲の駅からも近い【ビジネスホテルフェニックス】。到着したのは13時半だが、チェックインは15時半からなので、一応場所だけ頭に入れて、撮影予定地の須賀利町へ向かった。
須賀利町は尾鷲市に属するが、一九八二年に県道が開通するまでは陸の孤島だったそうだ。その後も過疎化が進み、一九九七年から二〇〇一年にかけて、地元の小学校、中学校が相次いで廃校となり、現在子供は一人も住んでいない。そんな町だが、入り江に面した町並はノスタルジック溢れる佇まいで、朝日新聞社・森林文化協会共催の「にほんの里100選」に選ばれている。その雰囲気を少しでもカメラに収められればとテンションは上がった。



















車を須賀利小学校に置いてスナップ開始。
とにかく静か。人の気配をまったく感じない。耳を澄ますと、どこからかわずかにTVかラジオの音が流れている。
小学校から背後の山へ通じる石段を見つけたので、街並みを俯瞰できるのではと上がっていくと、なかなかどうして絵になる景観が広がっていた。さらに進むと普済寺という寺院があり、脇に「にほんの里100選」の碑が立っていた。
撮影に集中していた時、突然上方の斜面にガサッという何かが動く音が聞こえ、目をやると、なんと鹿のお出ましである。熊が出てもおかしくないようなところだから、一瞬肝を冷やした。
住宅密集地から踵を返し、入り江の最深部へ向かった。
三艘ほど漁船が停泊しているので、おそらくここは港なのだろう。それにしても驚くほど水が澄んでいて、それが一般的な漁港とは全く異なる雰囲気を醸し出している。道路端から海面を覗くと、コバルトスズメを中心に無数の小魚が群れをなしている。暫し観察していると、岩陰からゆらりと大物の魚影も現れ、思わず目を見張る。子供たちがいたら、日がな釣りに興じられる絶好の場所になるだろうと、少年時代の沼津を思い出す。
スナップが長引いてしまい、ホテルへチェックインしたのは17時近くになった。シャワーを浴びてさっそく町へ出た。喉はカラカラ、腹はペコペコだ。
あらかじめwebで何件かの店を下調べしていたが、ホテルから出ると、はす向かいに、ビール、餃子の文字を記したのぼりを出した居酒屋があったので迷わず入ってみた。店の名称は“居酒屋 可笑〜かしょう〜”。
真正面のカウンターの中から、年配ママさんが満面の笑顔で迎えてくれた。店舗名そのままだ。
「尾鷲は観光ですか」
「ええ、明日は大台ケ原へ行こうかと」
「今日が梅雨明けだったようなんで、明日はいい景色見られますね」
「そうなるといいな~、じゃ、とりあえず生を」
品書きを開くと、肉餃子と特製鶏の唐揚げがおすすめとなっている。
「このおすすめ、両方とももらおうかな」
「はいありがとうございます」

ギンギンに冷えたビールが体に染み入る。熱々の餃子や唐揚げとの相性は言うまでもない。しかもこの唐揚げ、揚げ方、味付け、肉のジューシーさ、どれをとっても一級品。これまで食べてきたどの唐揚げよりも好みだ。ママさん、なかなかの腕前である。
「いらっしゃい」
「おう、生ちょうだい」
常連と思しき年配男性が入ってきた。カウンターへ腰かけると、すぐにママさんと何やら打ち合わせのような会話を始めた。金額のこと、貸し切りのこと、はたまたビールサーバーのレンタル等々の文言が聞き取れた。一段落したところで、口を挟んでみた。
「お祭りとかやるんですか?」
するとママさんがわかりやすく説明してくれた。まず、この男性とママさんは地元小学校の同級生同士。ちょうど五十年前、クラス全員が卒業時にタイムカプセルに様々なものを入れて、校庭に埋めたそうだ。そしてこの夏、ついにカプセルを掘り起すのだ。これは卒業生が大勢集まって盛り上がること間違いなしだ。男性は実行委員長で、日が迫るにつれ、決裁ごとが多々出てきて、本業そっちのけで奔走中とのこと。しかしタイムカプセルなんて、なんだかドラマのようだ。
これを皮切りに、三人のおしゃべりが始まった。ママさんにはお子さんが四人いるが、全員独立したタイミングで、以前からやってみたかった居酒屋を開業。今年で五年目になる。男性はクリーニング店を営んでいて、若いころからめっぽうバイク好き。今でもヤマハ・RZV500を所有し、奥さんもRVF400に乗っているというマニアぶり。そこで私が「元バイク屋ですよ」と言ったら、待ってましたとばかりに、いろいろなバイクのエピソードが出てきた。居心地のいい店と楽しい人たちに巡り合えば旅のテンションは上がる。
翌日9日は朝から青空が広がり、絶好の登山日和になった。大台ケ原ビジターセンターにナビをセットしPOLOを走らせた。市街地を出るとすぐにくねくねの山道になる。バイクで走ったらさぞかし面白そうなコーナーが次から次へとやってくる。前後に車の気配がなかったせいか、気がつくとアベレージ80kmほどのスピードで流していた。しかし軽快と思われたドライブも最初だけ。なんとこの状態が終点まで続いたのだ。バイクだったらまだしも、車だと、肩、背中、そして腰が悲鳴を上げだし、けっこうな苦痛を強いられる。
8時過ぎに大台ケ原ビジターセンター駐車場に到着。見回すとすでに三十台を超える車が停まっている。ちゃちゃっと支度を済ませて出発。
「うぉー!空気がうまい!」
大台ケ原一帯は観光資源として地域が本腰を入れているのだろう、登山道は整備が行き届き、樹林帯を抜けて尾根筋に出れば、きれいな木道が延々と延びている。












大台ケ原の最高峰である日出ヶ岳(標高1,695m)は日本百名山のひとつ。頂上には美観を損なわないよう丁寧に組み上げた木製の展望台が設置されていて、ここからの眺めは360度の大パノラマ。近畿最高峰の八経ヶ岳(1,915m)から大普賢岳など、雄大な稜線がくっきりと見渡せ、さらに熊野灘の海原が眼下に広がるという、ここならではの壮大な自然美に暫し時を忘れた。
写真を撮ってもらった同年代の男性Aさん、住まいは大阪の堺。ここへは何度か訪れたことがあって、夏もいいが、紅葉シーズンの大蛇嵓は圧巻なので、ぜひまた来てみた方がいいと熱くアドバイスされた。その大蛇嵓(だいじゃぐら)へこれから向かう。大蛇の頭に似た巨大な岩塊の突き出しは、崖下まで約800メートルあり、そこへ立てば、まさに空中から山々を眺めているかのような錯覚に陥るとのこと。
アップダウンのあまりない山道を一時間弱ほど行くと、お目当ての岩塊が見えてきた。
スタートからずっと同じルートを巡っている年配三人組が、先に到着して岩の先端にいるではないか。滑落防止のためにポールと鎖が張られているが、正直ここは怖すぎる。久々に金玉が浮き上がった。もしポールがなかったら一歩も近づけないレベルだ。
「いやぁ~~、怖いですね~」
「私なんか四つん這いですよ」
落ちたら確実にあの世行。
計画したコースを回り切り、無事駐車場まで戻ってきたが、これからまたあの山道を二時間も運転しなければと思ったらうんざり。一息入れようと、食べ忘れたおにぎりを頬張ったら、徐々に眠くなってきた。車のエアコンが十分効き出した後、十分少々目を瞑ていたら、ちょっとだが疲れが抜けた。
「さっ、戻るか」
観念して車をスタートさせた。
ホテルへ到着するとすぐにシャワーを浴びた。すっきりすると無性に冷たいビールが飲みたくなり、尾鷲駅前へ行ってみた。養老の滝の看板を見つけると、反射的にドアを押していた。
「生ください」

登山の後で飲む冷たいビールは格別だ。枝豆と焼き鳥が出てきたところで、
「生おかわり」
疲れているので二杯でけっこう酔いが回る。この後、あらかじめwebで調べておいたラーメン専門店“DISHDREAM天天”へ向かう。養老の滝からは徒歩で五分ほどだ。
表から見ると一見暗い感じの店だが、入ってみると女性スタッフが小気味よく動き回り、活気を感じた。
「じゃ、特製醤油ラーメンください」

特製醤油ラーメンはここの看板。1,200円とやや高いが、食してみてすぐに納得。スープの色は濃いものの、意外やあっさりしていて、うまみが十分出ていてる。麺との絡みもよく、一瞬のうちに完食。おそらく海が近いから、出汁には鶏だけでなく、鰹とか昆布なども入っているのだろう。
この晩は、心底ぐっすり眠れた。今回も登山がメインだったが、地域の漁村を見て回り、地元の味を堪能し、多くの人達との触れ合いもあったりして、これまでにない充実感に満たされたように思う。今後もこんな旅ができればさぞかし楽しいことだろう。

















































































