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富士見台高原・飯田の旅

 大台ケ原で堪能した高原の広々とした景観が頭にこびりつき、似たようなところはないものかと調べてみると、岐阜と長野の県境に広がる【富士見台高原】がヒットした。無理すれば日帰りも可能な距離ではあるが、この頃では“ゆとりあっての旅の楽しさ”がしみじみとわかるようになったので、さっそくホテル探しを始めた。ホテルとは言ってもビジネスだが、登山口へのアクセス、周辺の飲食店、コンビニ、ガススタ等々、少しでも便利に過ごせるような一軒を探すことはすでに旅の始まりであり、無性に楽しいものだ。
 富士見台高原への登山ルートはいくつかあるが、今回選んだのは古道東山道の一部を辿るもので、登山口は阿智村の神坂神社になる。直近の市街地は飯田市だ。
 やや仰々しい名称だが、選んだのは【ワールドビジネスホテル】。一泊朝食付きで7,900円は格安。ただ、難点は飲食店が軒を連ねる繁華街からかなり離れていること。夕飯はいつも居酒屋を利用するのでこれは考えてしまった。コンビニ弁当で済ませてもいいが、登山とはいえ旅なので、可能な限り新たな発見や出会いのチャンスは持ちたかった。

 八月二十四日(月)。午前八時に自宅を出発。中央道は概ね順調で、飯田市営駐車場に到着したのが十一時半。ランチができるところを探しつつ、まずは街を歩いてみた。
 飯田は十万都市。いわば地方の中核都市だ。とは言え、人通りは少なく、商店街はシャッターを下ろした店舗が目立つ。ゆっくり見て回りたかったが、腹ペコを癒せる飲食店が見当たらない。大きなビルのテナントに、行列ができているラーメン屋を見つけたが、はるばる飯田まで来て、この手の列には並びたくない。軽食も提供している喫茶店は二軒見つけたが、これもパス。汗をかきかきぐるりと回って、再び駐車場へ戻ってくると、なんと目と鼻の先にあったではないか、小さな居酒屋『扇屋』の入り口にランチやってますの張り紙が出ている。入ってみると、店内はローテーブルが二つ並ぶ座敷、二人掛けのテーブルがひとつ、そして四人掛けのカウンターとこじんまりしているが、客はすでに四名いた。ランチメニューに目をやると、
「おすすめは親子丼で、地鶏と若鶏があります」
 地鶏は阿波尾鶏を使っているとのこと。

「じゃ、地鶏で」
 待つこと十分。二種類のサラダ、漬物、味噌汁が付いて、見た目も賑やか。さっそく食すれば、関西風の味付けで、醤油は使わず白ダシで鶏の旨味を引き出している。さすがに地鶏、歯ごたえがあって、噛めば噛むほど味が溢れる。これで1,300円(税込)は満足に尽きた。
 満腹の後は、人気の観光地“下栗の里”へPOLOを走らせた。
 南アルプスから伸びる尾根に拓かれた下栗の里は、おおよそ標高1,000mの地にあり、最大傾斜三十八度という急斜面に、家屋や畑が寄り添うように並ぶ独特の風景から「日本のチロル」と称されている。 また「にほんの里100選」にも選ばれていて、尾鷲の須賀利町に続いて二つ目になる。残る九十八カ所を巡ってみるのも面白そうだ。
 駐車場から山道を十五分ほど歩くと、頑丈そうなパイプで組まれた<天空の里ビューポイント>に到着。人気の観光地らしく、平日なのにすれ違った人はすでに九名を数えた。ビューポイントを独占して暫し撮影に集中。

 駐車場へ戻り、借りた熊鈴を案内所へ返却した際、どのような経緯であのビューポイントを見つけたのか、案内所のスタッフに訊いてみた。
「生活に水は不可欠じゃないですか。でもここから大きな川まではだいぶ距離があるので、山中にある水源から水を引くことを考えたんです。その作業中にあのビューポイントを見つけ、なかなか面白い景観だったので、観光スポットになるのではと、道を開いたようです」
 それはわかったが、これほど不便な地になぜ生活基盤を置いたのかを後から調べてみると、「災害の少なさ」「日当たり」「独自の生存手段(相互扶助)」を手に入れたことが理由とのこと。

 十六時、ホテルへチェックイン。フロントにいたのは若い外国人の男性スタッフ。流暢な日本語に溢れる笑顔と、なかなかどうして好感が持てる。これだけでホテルの印象はググっと上がった。
 シャワーを浴びて一服した後は、タクシーを呼んでもらい、飯田の駅前へ繰り出した。通勤時間帯に重なったが、やはり人影はまばらで、開いている店もそれほど多くない。『いろはにほへと』という居酒屋が大きな看板で目立っていたので、何も考えず入ってみた。もう喉がカラカラだったのだ。
 席につくと、注文は自分のスマホから行うやり方で、簡単な説明を受けた。人件費の節約かどうかは知らないが、まったくもって味気がない。ただ、ギンギンに冷えた生ビールの喉越しと、だし巻き卵のジューシーさが、ロングドライブの疲れを一気に癒してくれた。

 翌日二十五日(火)。ホテル提供の朝食を済ませ、バタバタと荷物をかたずけチェックアウトしたのは七時前。目が覚めカーテンを開いた時は曇り空が広がっていたが、POLOをスタートさせる頃には、ちょっとだが青空が出てきたのでひと安心。神坂神社へとハンドルを向けた。
 神社手前の駐車場に到着すると、軽バンと軽トラが停まっていたが、恐らく登山者ではないだろう。富士見台高原は人気の山域だが、多くのハイカーは、ゴンドラを使うルートか、往復で二時間ほど短縮できる別の登山口を選ぶようだ。若干距離は長めになるが、ちょっとでもいいので、古代東山道を歩いてみたかったのだ。東山道とは、その昔、都から近畿、中部、北関東、そして東北へと繋いだ古代の主要な官道のことである。
 それにしても暑い。支度をしている間にも汗が噴き出し、シャツが背中に張り付いた。車から降りた瞬間、今日は厳しい山行になるのではと、最初からタオルを首に巻き付けた。小さい頃から汗っかきなのだ。

 神社の脇を抜けて間もなくすると、園原川沿いのコースと直登コースに分かれる分岐に出た。地図を確認すると、次の分岐までに要する時間は、前者が一時間四十分、後者が一時間二十分とさほど変わらないが、前者は川沿いの林道歩きが四十分続くということでパス。初っ端から急斜面が待つ山道へと分け入った。
 恐ろしい急登とまでは言わないが、結構な急斜面が延々と続いた。噴き出す汗は半端ではなく、意識して補水のタイミングを計った。それでも額を流れ落ちる汗を拭きつつの登りはリズムが狂い、タイムロスも知らず知らずのうちに嵩んでいく。ある時、何気にパンツの後ろポケットに触れると、ホテルに常備してあったボディータオルを入れてきたのを思い出した。このタオルは医療用の伸縮ネット包帯そのままで、よく伸びるし速乾性もある。これは使えるかもしれないと、ハチマキのように頭へ縛り付け、その上から帽子をかぶった。結果はAll right!
 生地は薄いのに驚くほど汗を吸収し、額には全く落ちてこなくなった。なんでこれまで気が付かなかったのかと、暫し笑みがこぼれるほどである。ただ、事情を知らない人が見れば、頭を怪我しているのに登山なんかしてと、訝しがられることうけあいだ。

 道は分岐を境に平坦になる。若干だが風も抜けるようになり気分が晴れる。
 前方に人の気配を感じると、間もなく体育会系の若い男性五人組が現れた。皆にこやかで、溢れる元気が伝わってくるようだ。
「こんにちは」
「こんにちは!!」
 爽やかなやり取りは、パワーをもらえた気分になる。
 ところが、彼らとすれ違うちょっと前から霧が出始め、見る見るうちに濃度は増し、目的地の富士見台高原はもう目と鼻の先だというのに、すっぽりと森を包み込んだのだ。
 萬岳荘に到着する頃には、近くの山々の稜線さえ確認できないほどになった。二階のテラスにタイミングよくスタッフらしき男性の姿が見えたので、
「すみませ~ん。この霧って、ずっとこのままですかね」
「いやぁ~、なんとも言えませんね。厳しいかもしれないな~」
 続く話によると、山小屋の宿泊客である家族連れが、ここまで来たんだからと、ちょっと前に出発したそうだ。
「霧が晴れる可能性も“0”じゃないんで」
「じゃ、駄目もとで行ってみます」
「ここからすぐですよ。三十分ぐらいだから」
 晴れる気配は全く感じられなかったが、やけくそで出発。しかし、行けども行けども視界不良でストレスはたまる一方。それでも何名かのハイカーとすれ違い、皆同じ気持ちで歩いているのだと思えば、とにかく頂上には立ってみようと、踏ん切りがついた。
 わかってはいたものの、頂上も含め、何もかにも霧に包まれた、景観に乏しい山歩きはやはり空しい。ふと山トモのMさんとトライした宝永火山を思い出した。もう二十年近くも昔のことだが、視界が10m足らずと、下手をすれば遭難も、という状況下、
「どこに来たんだかわかりゃしねーなー」
「まったく!」
 なんてぶつぶつ言いながら、下山したものだ。

 登ってきた道をそのまま引き返す。二時間近く歩いて分岐に辿り着き、来た道と同じでは芸がないと、園原川沿いのコースを下ることにした。悔しいことに、林道へ出ると眩い青空が広がっているではないか。恐らく標高1,500m辺りから上に霧が出ているのだろう。山の気まぐれ天気は本当に厄介だ。

◆ 富士見台高原・登山データ
所要時間:6時間18分
歩行距離:12.4km
のぼり:933m
くだり:930m

大台ケ原・尾鷲の旅

 7月8日(水)から10日(金)までの三日間、三重県の尾鷲を旅してきた。三重と奈良に跨る大台ケ原を歩いてみたいと、前々から計画を立てていたのだ。ただ、大台ケ原並びに尾鷲市一帯は本州最多雨地帯のため、ウェザーニューズと睨めっこをしても、なかなかタイミングがとれず、当然宿の手配も必要なので、スタートが切れなかったのだ。そして待つこと二週間。梅雨の合間に晴れ時々曇りのマークが三日連続で現れたのだ。
 尾鷲までは約510Km。尾鷲から大台ケ原登山口まで約100Km。往復で1,220Km、トータルで16時間という超ロングドライブを強いられる。ちなみに尾鷲まで公共交通を使うと、車より時間がかかり、交通費も若干かさむ。

 8日は自宅を6時に出発、POLOは快調に新東名を進んだ。浜松SAでトイレ休憩、昼食は伊勢道の安濃SAで取った。フードコートを見回すと、さすがに地域色満点のメニューが目立つ。選んだのは“味噌焼きうどん定食”。オール炭水化物の関西風だが、これがなかなかいけた。変に塩っ辛くなく、味噌に旨味があり、ご飯のおかずにちょうどいい味付けなのだ。

 その後も快調に歩を進めたが、尾鷲を直前にした紀勢道で事故が発生、おおよそ一時間弱の足止めを食らってしまう。単独事故のようだが、センターライン上に並ぶポールと、それを繋ぐ太いスチールワイヤが20m近くもなぎ倒され、突っ込んだ白いワンボックスのフロントは見事なまでにグシャグシャ。ドライバーの無事を祈る。

ビジネスホテルフェニックス

 宿は尾鷲の駅からも近い【ビジネスホテルフェニックス】。到着したのは13時半だが、チェックインは15時半からなので、一応場所だけ頭に入れて、撮影予定地の須賀利町へ向かった。

 須賀利町は尾鷲市に属するが、一九八二年に県道が開通するまでは陸の孤島だったそうだ。その後も過疎化が進み、一九九七年から二〇〇一年にかけて、地元の小学校、中学校が相次いで廃校となり、現在子供は一人も住んでいない。そんな町だが、入り江に面した町並はノスタルジック溢れる佇まいで、朝日新聞社・森林文化協会共催の「にほんの里100選」に選ばれている。その雰囲気を少しでもカメラに収められればとテンションは上がった。

 車を須賀利小学校に置いてスナップ開始。
 とにかく静か。人の気配をまったく感じない。耳を澄ますと、どこからかわずかにTVかラジオの音が流れている。
 小学校から背後の山へ通じる石段を見つけたので、街並みを俯瞰できるのではと上がっていくと、なかなかどうして絵になる景観が広がっていた。さらに進むと普済寺という寺院があり、脇に「にほんの里100選」の碑が立っていた。
 撮影に集中していた時、突然上方の斜面にガサッという何かが動く音が聞こえ、目をやると、なんと鹿のお出ましである。熊が出てもおかしくないようなところだから、一瞬肝を冷やした。

 住宅密集地から踵を返し、入り江の最深部へ向かった。
 三艘ほど漁船が停泊しているので、おそらくここは港なのだろう。それにしても驚くほど水が澄んでいて、それが一般的な漁港とは全く異なる雰囲気を醸し出している。道路端から海面を覗くと、コバルトスズメを中心に無数の小魚が群れをなしている。暫し観察していると、岩陰からゆらりと大物の魚影も現れ、思わず目を見張る。子供たちがいたら、日がな釣りに興じられる絶好の場所になるだろうと、少年時代の沼津を思い出す。

 スナップが長引いてしまい、ホテルへチェックインしたのは17時近くになった。シャワーを浴びてさっそく町へ出た。喉はカラカラ、腹はペコペコだ。
 あらかじめwebで何件かの店を下調べしていたが、ホテルから出ると、はす向かいに、ビール、餃子の文字を記したのぼりを出した居酒屋があったので迷わず入ってみた。店の名称は“居酒屋 可笑〜かしょう〜”。
 真正面のカウンターの中から、年配ママさんが満面の笑顔で迎えてくれた。店舗名そのままだ。
「尾鷲は観光ですか」
「ええ、明日は大台ケ原へ行こうかと」
「今日が梅雨明けだったようなんで、明日はいい景色見られますね」
「そうなるといいな~、じゃ、とりあえず生を」
 品書きを開くと、肉餃子と特製鶏の唐揚げがおすすめとなっている。
「このおすすめ、両方とももらおうかな」
「はいありがとうございます」

 ギンギンに冷えたビールが体に染み入る。熱々の餃子や唐揚げとの相性は言うまでもない。しかもこの唐揚げ、揚げ方、味付け、肉のジューシーさ、どれをとっても一級品。これまで食べてきたどの唐揚げよりも好みだ。ママさん、なかなかの腕前である。
「いらっしゃい」
「おう、生ちょうだい」
 常連と思しき年配男性が入ってきた。カウンターへ腰かけると、すぐにママさんと何やら打ち合わせのような会話を始めた。金額のこと、貸し切りのこと、はたまたビールサーバーのレンタル等々の文言が聞き取れた。一段落したところで、口を挟んでみた。
「お祭りとかやるんですか?」
 するとママさんがわかりやすく説明してくれた。まず、この男性とママさんは地元小学校の同級生同士。ちょうど五十年前、クラス全員が卒業時にタイムカプセルに様々なものを入れて、校庭に埋めたそうだ。そしてこの夏、ついにカプセルを掘り起すのだ。これは卒業生が大勢集まって盛り上がること間違いなしだ。男性は実行委員長で、日が迫るにつれ、決裁ごとが多々出てきて、本業そっちのけで奔走中とのこと。しかしタイムカプセルなんて、なんだかドラマのようだ。
 これを皮切りに、三人のおしゃべりが始まった。ママさんにはお子さんが四人いるが、全員独立したタイミングで、以前からやってみたかった居酒屋を開業。今年で五年目になる。男性はクリーニング店を営んでいて、若いころからめっぽうバイク好き。今でもヤマハ・RZV500を所有し、奥さんもRVF400に乗っているというマニアぶり。そこで私が「元バイク屋ですよ」と言ったら、待ってましたとばかりに、いろいろなバイクのエピソードが出てきた。居心地のいい店と楽しい人たちに巡り合えば旅のテンションは上がる。

 翌日9日は朝から青空が広がり、絶好の登山日和になった。大台ケ原ビジターセンターにナビをセットしPOLOを走らせた。市街地を出るとすぐにくねくねの山道になる。バイクで走ったらさぞかし面白そうなコーナーが次から次へとやってくる。前後に車の気配がなかったせいか、気がつくとアベレージ80kmほどのスピードで流していた。しかし軽快と思われたドライブも最初だけ。なんとこの状態が終点まで続いたのだ。バイクだったらまだしも、車だと、肩、背中、そして腰が悲鳴を上げだし、けっこうな苦痛を強いられる。
 8時過ぎに大台ケ原ビジターセンター駐車場に到着。見回すとすでに三十台を超える車が停まっている。ちゃちゃっと支度を済ませて出発。
「うぉー!空気がうまい!」
 大台ケ原一帯は観光資源として地域が本腰を入れているのだろう、登山道は整備が行き届き、樹林帯を抜けて尾根筋に出れば、きれいな木道が延々と延びている。

 大台ケ原の最高峰である日出ヶ岳(標高1,695m)は日本百名山のひとつ。頂上には美観を損なわないよう丁寧に組み上げた木製の展望台が設置されていて、ここからの眺めは360度の大パノラマ。近畿最高峰の八経ヶ岳(1,915m)から大普賢岳など、雄大な稜線がくっきりと見渡せ、さらに熊野灘の海原が眼下に広がるという、ここならではの壮大な自然美に暫し時を忘れた。
 写真を撮ってもらった同年代の男性Aさん、住まいは大阪の堺。ここへは何度か訪れたことがあって、夏もいいが、紅葉シーズンの大蛇嵓は圧巻なので、ぜひまた来てみた方がいいと熱くアドバイスされた。その大蛇嵓(だいじゃぐら)へこれから向かう。大蛇の頭に似た巨大な岩塊の突き出しは、崖下まで約800メートルあり、そこへ立てば、まさに空中から山々を眺めているかのような錯覚に陥るとのこと。

 アップダウンのあまりない山道を一時間弱ほど行くと、お目当ての岩塊が見えてきた。
 スタートからずっと同じルートを巡っている年配三人組が、先に到着して岩の先端にいるではないか。滑落防止のためにポールと鎖が張られているが、正直ここは怖すぎる。久々に金玉が浮き上がった。もしポールがなかったら一歩も近づけないレベルだ。
「いやぁ~~、怖いですね~」
「私なんか四つん這いですよ」
 落ちたら確実にあの世行。

 計画したコースを回り切り、無事駐車場まで戻ってきたが、これからまたあの山道を二時間も運転しなければと思ったらうんざり。一息入れようと、食べ忘れたおにぎりを頬張ったら、徐々に眠くなってきた。車のエアコンが十分効き出した後、十分少々目を瞑ていたら、ちょっとだが疲れが抜けた。
「さっ、戻るか」
 観念して車をスタートさせた。

 ホテルへ到着するとすぐにシャワーを浴びた。すっきりすると無性に冷たいビールが飲みたくなり、尾鷲駅前へ行ってみた。養老の滝の看板を見つけると、反射的にドアを押していた。
「生ください」

 登山の後で飲む冷たいビールは格別だ。枝豆と焼き鳥が出てきたところで、
「生おかわり」
 疲れているので二杯でけっこう酔いが回る。この後、あらかじめwebで調べておいたラーメン専門店“DISHDREAM天天”へ向かう。養老の滝からは徒歩で五分ほどだ。
 表から見ると一見暗い感じの店だが、入ってみると女性スタッフが小気味よく動き回り、活気を感じた。
「じゃ、特製醤油ラーメンください」

DISHDREAM天天 特製醤油ラーメン

 特製醤油ラーメンはここの看板。1,200円とやや高いが、食してみてすぐに納得。スープの色は濃いものの、意外やあっさりしていて、うまみが十分出ていてる。麺との絡みもよく、一瞬のうちに完食。おそらく海が近いから、出汁には鶏だけでなく、鰹とか昆布なども入っているのだろう。
 この晩は、心底ぐっすり眠れた。今回も登山がメインだったが、地域の漁村を見て回り、地元の味を堪能し、多くの人達との触れ合いもあったりして、これまでにない充実感に満たされたように思う。今後もこんな旅ができればさぞかし楽しいことだろう。

入笠山・高原に夏の雲

 六月十日(水)。梅雨に入る前に、高原の花畑をぜひ見てやろうと、すずらんが最盛期を迎えている入笠山と周囲の湿原を歩いてきた。長野県にあるこの山は、花の百名山にも数えられていて、季節ごとに美しい開花を楽しめることはもちろん、頂上に立てば三百六十度の豪快な眺望が待っている。しかもこの山はゴンドラを使えば苦労せずに登頂ができるので、近年の低山ブームで脚光を浴びている。

 いかにすずらん祭りが開催中としても、ここまでハイカーが大挙して押し寄せているとは思いもよらなかった。
 入笠山へは沢入登山口からスタートする計画だった。ところがグーグルナビを頼りに車を走らせていると、駐車場直前の交差点に男性が立っていて、停車を求めてきた。
「登山口の駐車場は七時半の時点で満車になりました。すみませんが入笠山へはゴンドラをご利用ください」
 いくらなんでも平日である。それに時計を見ればまだ八時半。旬な時期の盛況さを見くびっていたようだ。ナビをゴンドラ駅で打ち直すと、目と鼻の先だったのがせめてもの救いである。

 ゴンドラ乗り場に隣接する第一駐車場に入れたが、第二、第三があるってことは、週末は大変なことになるのだろう。ゴンドラの往復乗車券は2,700円。早速購入し乗り込んだ。ゴンドラは六人乗りだが、列に並んだ客はそれほど多くなかったので、四名ずつ誘導された。年配夫婦、三十に届くかという若い女性、そして私である。ゴンドラが動き出してしばらくすると、
「ここ、初めてなんです」
 景色を興味深そうに眺めていた年配の奥さんの一声で会話がスタートした。私が沢入駐車場での一件を話せば、
「家が近いんで、一度登ったことはあるんですけど、すずらんの時期じゃなかったんで」
 と、若い女性も入ってくる。会話が弾んできたころ、ガタンと大きく揺れて山頂駅へ到着。
「気をつけて」
 それぞれが異なる道へと歩き出した。

 アカノラ山方面へ向かう樹林帯を数分行くと、突如目の前に広々とした草原が広がった。ここが入笠湿原である。木道が縦横無尽に広がり、スマホやカメラを花に向けている人たちが大勢目に入ってくる。皆ここへ訪れた目的は同じらしい。右手から反時計回りでスタートするが、足元へ目を凝らしていないと、あちこちに顔を出している小さな花を見過ごしてしまいそうだ。今回の持参機材はもちろんα7Ⅲ+SIGMA 20–200mm。湿原の広大さをとらえる20mm。花にぐっと寄れるハーフマクロ機能。さらには八ヶ岳最高峰の赤岳山頂までクローズアップ可能な200mmと、にやついてくるほどこれ一本で自由自在な撮影が可能だ。Nikon用だが、同じSIGMAのArt 24-105mm F4 DG OS HSM以来、手に入れて本当に良かったと感じたレンズである。

 山彦荘を過ぎ、入笠山へ向かう。やや大きなステップが続く右コースを、汗をかきかき三十分ほど上がって行くと、前方が開け、頂上へ出る。小学校の高学年と思しき大勢の児童たちが昼食中だ。危険個所がないコースのわりに、すばらしい眺望が堪能できるので、小学生の遠足にはぴったりかもしれない。八ヶ岳、南アルプス、中央アルプス等々が望めるが、どこもやや雲が出ていた。特に八ヶ岳連峰の高所近辺には端から端まで雲がかかっていて、ちょっと残念。
 上面が平らな岩があったので、腰かけるとランチ休憩にした。
 体調がいいせいか、歩き始めからやけに腹が減る。調達した食料は、おにぎり一つとパンが二つ。あっという間に平らげたが、まったく足りない。なにげにザックのベルトポケットを弄ると、あるではないか、カロリーメイトが。先回の上高地の際に買ったものが半分残っていたのだ。

 休憩後は仏平峠へと下っていく。三十分ほど行くと、最後の撮影地である大河原湿原に出る。さすがに入笠山の南側まで足をのばすと、ハイカーの姿はぐっと減り、気持ちのいい山歩きを楽しめる。気温も少し上がってきたので、ウィンドブレーカーを脱ぎ、長そでシャツ一枚になる。
 ガイドブックに一周三十分とある大河原湿原の木道を歩く。青い空に沸き立つ真っ白な雲が夏をアピールする。人の気配はまるでなく、湿原を抜ける爽やかな風を独り占めだ。林道へ向かって上り坂を進んでいくと、こちらへ向かってくる人影が目に留まる。徐々に近づいていくと、
「あら、またお会いしましたね」
 ゴンドラで一緒だった若い女性だ。その時はマスクを着けていたが、今は素顔をさらしている。ちょっとびっくり。こぢんまりとして清楚さを感じる美人だ。彼女、実家はこの近くだが、現住所は愛知で、山歩きは大好きだそうだ。進む方向が同じならもう少し話がしたかったが、残念である。
「それじゃお互い気をつけましょう」
「ですね」
 数年前にも、八ヶ岳の硫黄岳から下山して、POLOを停めた桜平の駐車場まで戻ってきた時、名古屋から一人で来たという、ポニーテールが似合うスタイル抜群の若奥さんと、ひょんなことから話が弾んだことがあった。一人でもテン泊するほどの山好きで、暇を見つけては装備を積んである車で遠征するそうだが、山ではめったに見られない美人だった。ご主人はアウトドアに興味がないので、いつも単独行とのこと。いやはや、いるところにはいるもんだ。

無料でいただいた山野草(屋久島イワキンバイ)の苗

 ゴンドラの山頂駅へ無事たどり着き、さっそく乗車しようとすると。係員が、
「お一人ですか? 」
 上りも下りも客が少ない時間帯だったので、ゴンドラへは一人で乗せてもらえた。
「はいどうぞ」
 なんと冷たいおしぼりを手渡された。思いがけないことだったのでびっくりしたが、なんとも気の利くサービスでだ。ハイキングしてくれば、誰だって体は汗でべとついている。そんな時におしぼりで顔や手を拭えば、気持ちのいいことこの上ない。入笠山界隈の印象はとてもよかったが、最後の最後でさらにそれは増したようだ。

上高地・新しいレンズ

 五月二十六日(月)。日本一の山岳リゾート、上高地を散策してきた。調べてみたらなんと十六年ぶりである。無数の柳絮が飛び交う様を初めて目の当たりにした時は、「こりゃ、撮らねば!」と、ニコンD100のシャッターを押しまくったものだ。それ以来、上高地は強く脳裏に焼き付き、美しい景観は昨日のことのように思い出す。

 早朝五時に出発すれば、途中朝食や用足しを済ませても、さわんどバスターミナルへは九時までに到着できると踏んでいた。ところが長野道の集中工事の影響で、岡谷ジャンクション手前から渋滞が始まり、さわんど到着はそろそろ十時というころになる。ただ、十時ジャストの上高地行へ滑り込みで乗れたのは幸いだった。それにしても、収容台数三百五十台の大駐車場が九割以上埋まっている様にはびっくりである。おかげで車からバス乗り場まで、ずいぶんと歩く羽目になった。今日は平日、どうなっているのやら。
 乗客の面々を観察すると、半数以上がインバウンド。しかもその大半が、最近減ってきていると言われている中国人。飛び交う言葉ですぐにわかる。

 さて、今回の撮影機器は、<SONY α7Ⅲ+SIGMA Contemporary 20–200mm F3.5–6.3 DG>。つい最近、新しいレンズを久々に新品で購入したのだ。SIGMAのフルサイズ対応高倍率ズームは、α7Ⅲを手に入れた時から欲しくて仕方がなかった。世間はF値がやや暗めでどうのこうのと揶揄するが、α7Ⅲの高感度性能はそれをカバーしてあまりうる。実際に撮影してみると20~200mmは笑いが出るほどパーフェクト。正真正銘これ一本でなんでも狙える。しかもSIGMAの最新テクノロジーは、ズームレンズの画質への不安を100%払拭したと断言する。これで身軽且つ気軽に本格的な撮影を楽しむことができそうだ。

 今更だが、上高地の自然美ってのは、群を抜く素晴らしさがある。穂高を中心とする山々、緑燃ゆる森、そして清冽な梓川の流れが作り出す景観は、まさに神がかりであり、美しいという言葉だけでは到底表現できないレベルにある。大正池でバスを降り、散策をスタートさせたが、最高の被写体が目の前にあるのに、すぐにカメラへ手が行かず、暫し肉眼で見入ってしまうのだ。ちなみに乗車客のほとんどは、終点のバスターミナルまで行かずにここで降車した。

 上高地の気温は松本より10℃ほど低いというので、一応ウィンドブレーカーを持参したが、この日は終始ぽかぽか陽気で、一日無用に終わった。
 湖畔を離れ森の中へ入ると、強い日射を避けられとても気持ちがいい。南米系の若い三人が、田代池手前にある熊ベルの脇で、自撮りしながらしきりにベルを鳴らしていた。これほど観光客が多ければ、ベルなど鳴らさなくても、熊は近づいてこないだろう。歩を進めていくと、途中から川沿いコースと林間コースに分かれるが、川沿いコースはなぜか通行止めになっていた。川沿いの方が解放感があって好きなのだが…
 田代橋へ到着すると、穂高をバックに記念撮影やベンチで休憩やらと、わんさか観光客がたむろっていた。ここから梓川の右岸へ渡る。河童橋まで数件のホテルが続き、道に賑やかさが増してきた。

河童橋

 観光メッカである河童橋周辺は、とんでもない混雑ぶりである。それでも橋からの穂高は素晴らしい眺めなので、人をかき分け数枚撮ってみた。早々に退散し、明神池へ向かう。
 上高地は一級観光地であるがゆえに、木道の整備などは手を抜くことなくきちっと行っている。だが、楽しみにしていた岳沢湿原脇を通る木道は通行止めで、一応それに沿うよう新しい木道が伸びていたが、以前のように湿原近くまで寄れなく、以前あった撮影ポイントも無くなっていた。致し方ないと言えばそれまでだが、やはり残念。

 ちょっとした広場に東屋が建っていたので、ここで昼食休憩にした。隣のテーブルでは中国人の家族と思しき五人連れが、同じく弁当を広げている。お爺さんお婆さん夫婦を中心に楽しそうだ。日陰で涼しく、腹がいっぱいになると眠気が襲ってきた。フラットな道でのハイキングだが、このコースを撮影しながら周れば、ゆうに五時間はかかるので、それなりの疲労は出る。腰が重くならないうちに出発することにした。 

明神池

 明神池に到着すると、再び多くの観光客で溢れかえったいた。五百円の参拝料を払って一乃池へ向かうと、なんと正面の桟橋に行列ができている。桟橋の先端に立てば、周囲は神がかった池、そして背後に明神岳が入る絶景ポイントである。並んでいる人たちには、やはりカップルが目立つ。ここはパスして二之池に回る。
 木道を奥へ行けば行くほど静寂に包まれ、幻想的な池が際立ってくる。陽が傾いてくる頃だから、なおさら雰囲気が出るのだ。ひと通り撮り終えると、休憩所へ戻ってひと休み。ドーナッツと冷たいお茶が疲れを癒してくれた。
 バスターミナルまでは、同じ道で戻ることにした。途中、人だかりがあり、なんだろうと近づいたら、数匹の猿が歩道で戯れていた。そのうちのひと組が蚤取りに熱中していて、取られる側の猿の恍惚とした表情がなんとも人間味があり、笑ってしまう。

 新しいレンズは実に使い勝手がよく、ワイド端では湿原を、そしてテレ端では山々の頂上をと、上高地の美しい姿を自由自在に収められ、最高にエキサイティングなひと時を味わえた。秋の紅葉シーズンには松本に宿をとり、ぜひ早朝の上高地を狙ってみたい。

浅間尾根

 五月十八日(月)。三鷹駅発六時一分の中央線下りに乗った。
 行き先は武蔵五日市駅。そこからバスで浅間尾根登山口まで行き、浅間尾根歩きを楽しむのだ。
 この時間帯の下り電車はガラガラである。焦ることなくシートに腰掛け、スマホを取り出しYaHooニュースを確認すると、これから登山だというのに嫌な記事が飛び込んできた。
 【昨日、奥多摩駅の西方2.7kmにある林道で、ロシア人のハイカーがクマに襲われへり搬送となった】
 今年も相変わらず熊事件は多発しているが、ハイカーが被害にあうのは珍しい。たいがいは麓に降りてきた熊が、野良仕事や山菜取りに興じている人を襲うパターンで、登山中の事故、況して大怪我を被るのは稀である。熊鈴二個、熊スプレーは必ず装備しているが、どれだけの防御効果があるかは怪しいものだ。

 浅間尾根登山口バス停で降車したのは、四十代と思しき男女のハイカーと私の三人。靴紐を締めなおしたりと、出発の支度をしていると、
「そのトレポ、モンベルですよね。私のと同じです」
「そうですか。軽くていいですよね」
「今日はここから払沢の滝ですか?」
「そうです」
 すると女性が、
「私、山歩き初めてなんです」
「尾根へ出たら、あとはずっと下りだから楽ですよ」
「そうなんですね」
 ちょっと話をすると、彼女、夏に富士山登頂を目論んでいるようで、今回はそのための足慣らし登山とのことだ。男性の方は、そこそこのキャリアがありそうで、指南役だろう。
「それじゃお先に」
「気をつけて」

 鬱蒼とした樹林帯の中をひたすら標高を上げるが、空気はけっこう冷え込んでいて、半袖シャツにアームカバーといういで立ちでは寒いくらいだ。それでも木々の間から見渡せる山々は新緑眩く、空は雲一つない快晴である。それにしてもこの山道、蜘蛛の巣があまりに多く張っていて、10mごとに顔や耳に張り付き不快でしょうがない。何年か前に、戸倉三山の一つ、臼杵山へ登った時も酷かったが、初夏から夏の樹林帯へは、まじめな話、虫よけネットを持参した方がいいかもしれない。
 登りが終わるとフラットな尾根道に出る。太陽光も降り注ぐようになり、周囲の新緑はさらに鮮やかになった。ここからが浅間尾根らしい展望の効くエリアになる。気持ちいいったらありゃしない。ついに鼻歌が飛び出してきた。
「あ~あ、あ~あ、ここは札幌、中のしぃ~まブールスよぉ~~」
 熊が出てきて拍手してくれそうだ。
 なんて馬鹿なことを考えつつ、気がつくと以前ロストした地点まで来ていた。よくぞあれほどの急坂を下ったものだ。今から考えると恐ろしい。
 一旦上ってその後下ると、北側の視界が開け、御前山や大岳山が現れた。実に爽快な眺めである。奥多摩山系の広さが改めて実感できる。暫し撮影タイムを楽しんだ。

 浅間嶺の展望台へたどり着くと、珍しいことに、人っ子一人いない。先行の二人連れは意外や歩くのが速いか、はたまたここをパスしたのかもしれない。私はゆっくり派だし、ちょくちょく写真撮影に興じているので、大きく離されてしまったのだ。
 腕時計を見るとまだ十一時前だったが、この先は休めるようなところがないので、ランチ休憩にした。
 おにぎり二つとチョコクロワッサンを平らげ、クノールのスープパスタも食べちゃおうとザックから出したが、途中から暑さで水の消費量が高まり、水筒の残りがやや寂しくなっていたので、やめることにした。それに食いすぎると歩行に悪影響を及ぼすものである。

 展望台からゴールまでは殆ど下りになるので、ブーツの紐をトップまで上げて締めなおした。これをやらないと、爪が圧迫されて内出血を起こし、ついには剥がれてしまうのだ。
 腹が満たされると、緊張感が低下したのか、緩い疲れが体を覆う。これまであまり経験したことのない怠さだ。先回の山行の疲れが残っているとは考えにくいが、ここ一年ほどで疲労の抜けは確実に悪くなった。すべてを「歳だから」で済ませたくはないが、今年の十月が来れば満七十二歳になるのだ。

 時坂峠まで来ると、峠の茶屋は看板が剥されて見る影もない。小休止によく使った店前のベンチも、悲しいかな完全に朽ち果てている。このような光景を目の当たりにすると、寂しさと一緒に微妙な疲労感を覚える。出発しようとザックを背負いこむと、バイクのエンジン音が近づいてきた。古い型のスズキDR400に、オフロードウェアーでバッチリ決めた年配男性が乗っている。ここで見かけるのは殆どロードタイプの自転車だから、なんだかやけにカッコよく見えてしまう。
 さっ、もう一息!