バイク屋時代69 心に残るバイク ヤマハ YSR50

「インターの上の方でさ、なんかどでかい施設を造ってるみたいだよ」
 アルバイトのNくんとYくん、二人はブレイク中でなにやら盛り上がっている。
「ああ、あそこね、駿河の土地だよ。行ってみた?」
「いや」
「バイク好きだったら、ムズッとくるかも」
「えっ? なにそれ」
 この会話が耳に入り、もちろんバイク好きな俺は興味をそそった。
「Yくんさ、なんでムズッとくるのよ」
 反射的に口を挟んでしまう。
「マネージャーなら一発でムズッときますよ」
「なんだそれ」
 あしらわれたような、見抜かれたような、なんとも憎たらしい感じだ。しかしああまで言われると、どうにもこうにも見たくなるのは人情。早番で上がると、帰路とは逆の方向、つまり彼らの言っていた“インターの上の方”へと車を走らせた。

 山の斜面だが、平らなところが広く伐採されて、数本の道路が西へ東へと延びている。大きな建物の基礎も半ばできあがっていて、学校か病院規模の施設を造っているようだ。複数の作業員や重機も活発に動いている。まあ、普通の建設現場には違いないが、見つめているうちに、な、なんとムズッときたではないか。先行して出来上がっている道路がサーキットに見えてきたのだ。一般的な建設現場なら、夜中とか日曜だったら無人のはず。誰にも邪魔されずに走り回れるかもしれない。

「おはようございます!」
 Nくんが出勤してきた。彼はT大学の三年生で、うちで働き始めてもうすぐ一年になる。通勤の脚は最近購入したばかりのヤマハ・YSR50
「おはよう」
 俺と目線が合うと、口角を上げたNくん、
「行ってきました?」
「もちろん」
 話はとんとん拍子に進み、とりあえずNくんと二人で、今週の日曜の早番を終えたら、バイクで行ってみる手筈となった。ただ、RZ250を乗り入れるのはやや大袈裟であり、立場上さすがに抵抗があったので、A美に買ってあげた、ヤマハの人気スクーターJOGを借りることにした。これならYSR50とも釣り合う。
「なにに使うか知らないけど、壊さないでね」
「ああ、大丈夫だよ」

 人影の全くない造成地は、我々を待っていたかのように静まり返っていた。
「コーナーはオーバースピードに気をつけなきゃ」
 道路にはすべて側溝があるので、落ちたら軽い怪我ではすまない。ただ、手前の碁盤の目を抜けるとその先にロータリーがあり、そこでターンすれば周回が可能という、なかなか面白そうなレイアウトなのだ。
 Nくんのいで立ちは長袖コットンシャツにジーンズ、私は長袖Yシャツにスラックスと、スポーツ走行にはまるで不向き。転倒したら間違いなく血だらけだ。
「危ないから軽くいこうぜ」
「ました!」
 と返したNくん、さっそくスタート。それをJOGで追った。スクーターでスポーツ走行まがいなことをするのは初めてだ。
 YSRが最初の右コーナーを深々とリーンしてクリアしていく。なかなか乗れている。離されまいと続くが、ブレーキのタイミングが合わず大回りになる。次の右コーナーではバンクした際に下部のどこかが路面に接触、ふらついてしまう。そうしているうちにもYSRはロータリーの左コーナーへ入っていく。スクーターのJOGとYSRではスポーツ性能があまりにも違うし、そもそもNくん、けっこうなライテクの持ち主なのだ。むきになって追いかければ転倒しかねない。
 ロータリーではほとんど寝かせられないので、スクーターレースのような思い切ったリーンインでクリア。ちょっとだけだがスクーターの乗り方がわかった気分だ。
 十周を越えたころ、陽が落ち始めてきた。ちょっと疲れもでてきたので、そろそろ終わりにしようとスタート地点にJOGを停め、タバコに火をつける。Nくんも終わりにしたようだ。
 ついに誰も現れなかった。おかげで独占して楽しめた。でも、工事の進み具合からして、恐らく今回以降は難しくなるだろう。ほんと、いいところを見つけたものだ。
「どうです、一周だけこいつに乗ってみませんか」
「いいの?」
「どうぞどうぞ」 
 YSRへの熱い視線を感づかれていたようだ。
「じゃ、お言葉に甘えて」

 窮屈な乗車姿勢だが、ちょっと走り出すとすぐに慣れる。車体こそ小さいが、操作感は普通のバイクとほとんど変わらない。むしろ目線がかなり低くなるので、リーン時の緊張感は半減する。当たり前だが、制動力はJOGの比ではない強力なもの。適正なギヤを選んでさえいれば、スポーツ走行も自在にできそうだ。発売を知ったときは、旧型空冷エンジンを搭載等々、ホビー的な商品だと思っていたが、走らせてみれば、なかなかどうして、さすがにヤマハ製だけのことはある。バイクを操る楽しさを知るにはもってこいの一台だ。

楽しみの場が…

 足繁く通う“BOOKOFF武蔵境連雀通り店”。先日昼過ぎに行ってみると、店内の様子がおかしい。本棚に隙間が多く、明らかに在庫が激減している。更に周囲を見回すと、お知らせのポスターに目が留まった。
 【アパレル店舗としてリニュアルオープン! 在庫一掃セール中!】
 おいおい、もう本は置かないんだ。近くにいたスタッフに訊いてみると、
「そうなんです」
 と、ストレート。
 読書好きの私にとってここはオアシス。ずらりと並んだ本の背に視線を走らせ、まだ見ぬ一冊との出会いを求め物色するのは最高のひと時。これまでコンスタントに月二回は来店している。ここが駄目となれば、同じBOOKOFFだと吉祥寺か北烏山になるが、どちらも遠いし使い勝手もいいとは言い難い。楽しみってものは、まったくひょんなことから消え失せるものだ。
 となるとここは今回が最後になるので、在庫は少なくなってはいるが、じっくりと端から端まで見てみようと腰を据えた。
 一時間弱の奮闘の末にゲットしたのは、“瑠璃の雫・伊岡 瞬”、“海と月の迷路(上下)・大沢 在昌”の三冊。まだまだ探せばたくさんありそうだが、読みたいと思ったのはこれだけだった。レジへもっていき、本と一緒に期限中のクーポンも提示した。
「四十五円になります」
「はあっ?」
「営業が十六日までなんで、どれも80%引きなんです」
 三冊で四十五円とはただのようなもの。すぐにもう一度探し始めようかと思ったが、いくら安くても読みたくないものを買っても意味はない。やや後ろ髪をひかれたが、潔く引き上げることにした。

 今日は六時に起床し、リチャードの散歩を済ませてからは、ずっと“海と月の迷路”を読みふけている。神木隆之介が主演したTVドラマ『海に眠るダイヤモンド』を思い浮かべると、情景がより一層クリアになり、物語の世界観に深く入り込むことができる。

デニーズOld Boy’s 新メンバー

 雨降りの夜は久々だ。少しだけ開けた窓から、ときたま冷たい外気が寝室へと流れ込み体を舐めていく。横になって雨音に耳をすませば、自然と気持ちのいい眠りが訪れる。
 ― 熱帯夜よ、もう来ないでおくれ。

 八月十二日(水)。台風関東上陸の最中、定例のデニーズOB会が立川で行われた。今回より新メンバーのKOさんが加わり、いつもに増して盛り上がった。ただ、残念なことは幹事のIさんがぎっくり腰にやられ、土壇場になり不参加となった。ぎっくりってのは突然発症するから始末が悪い。私も現役時代を振り返れば、二~三年に一度は苦しめられたものだ。

 立川北口にある“酒亭玉河”は、やたらと客入りのいい店だ。十二時待ち合わせで入店すると、ほぼ八割がた埋まっている。旧盆期間とは言えども、昼間っからアルコールを求める諸氏は想像以上に多い。
「KOです、よろしくお願いします」
 小柄なKOさん、六十五歳にしては若々しい。笑顔も豊かでノリもいい。しかも話題が秋の一泊旅行に入った途端、
「わたしも行きます!」
 よっしゃ、これで旅行も盛り上がること間違いなし。

 相変わらずだが、この面々は全員高齢者にもかかわらず実に飲みっぷりがいい。ピッチが早く、皆に合わせておかわりをし続けると危険だ。この頃はめっきり弱くなり、生二杯以降はペース配分に気を遣う。うかつに飲み過ぎると必ず脚にくる。三鷹から自宅までは恥ずかしいほどジグザグになり、危なくてしょうがない。
 酒亭玉河は二時間制だったので、会計を済ませると、出てすぐ左手にある焼きトンの店“たまや商店”へ入ってみた。開店時刻が十四時半なので、十分ほど待ってから一番乗り。再び盛り上がっていくが、席についてから二時間経っても新たな客はなく、
「この店、大丈夫なの」
 とはYOさん。
 接客も料理も悪くないのに不思議である。もっとも立川は居酒屋激戦区だから、利用客が分散してしまうのだろう。しかし余計な心配は無用だった。十七時手前から次々に入店があり、瞬く間に七割の席が埋まった。
「うわっ! 外見てください」
 突然KOさんが窓を指さした。まったく気がつかなかったが、滝のような雨が降っている。
「そのうち小降りになるよ」
 とは呟いたものの、店を出る十八時近くまで止むことはなかった。
 いくつもの台風がまとめて近づいてきたり、はたまた逆方向から上陸したりと、自然のリズムも狂いだしている。
 それにしてもだらだら続く酷暑だけは勘弁願いたい。
 秋の澄んだ空気の下、OB会旅行が楽しみだ。

バイク屋時代68 心に残るバイク ホンダ スーパーカブ

「だいじょうぶそう?」
「日曜は十時ごろまで寝てるよ」
 K吉は手慣れた様子でロックを外すと、音をたてないようにそ~っと母屋脇からカブを引き出した。朝の七時前だというのに太陽は照り付け、緊張感も相まってすでに汗でびっしょりである。K吉の父親は北口の工場で働いていて、通勤にはホンダのカブを使っていた。
 二日前、通学している小学校のプールでK吉と会ったとき、バイクの話が出てきて、夏休み中に一度乗ってみないかと盛り上がり、今日が決行の日となっていた。釣り好きな俺が、夏休みに朝早く家を出ることは日常である。釣竿さえ持っていれば、どこへ行くの?、誰と遊ぶの?等々、疑われることはなかった。

 道路まで出し、一旦サイドスタンドを出す。自転車とくらべて大きく丈夫そうだ。
「どこで乗る?」
「小学生がその辺でバイクに乗ってたら目立ってすぐに捕まっちゃうじゃんか、だったら学校の校庭にしよう」
「夏休みだけど先生や用務員もいるぜ」
「あの広い校庭だったら逃げ切れるよ」
 あまりに突飛な考えだが、妙に納得する。それにK吉の家は小学校の目と鼻の先だから、誰にも見つからずに乗り入れはできるだろう。
 K吉がハンドルを握り、俺は後ろから押した。カブは軽いので、小学生でも二人で押せば小走りくらいのスピードは出る。ものの一~二分で体育館脇の西門を潜ることができた。日曜早朝の港町に人影はまばら。この日を選んで正解だった。
 一旦、給食棟とプールの間で一息つける。今日は一際暑い。近くにある蛇口を開いて、かわりばんこに水をがぶ飲みする。
 K吉は物凄く頭のいいやつだ。塾に行かなくても成績はいつもクラスで三番以内。勉強ができるだけじゃなく、周囲を驚かせるアイデアマンでもあった。物を作るのが好きで、これまでに乳母車を改造したゴーカート風乗り物、発泡スチロールをふんだんに使った筏、そしてK吉風ピンボール等々、いずれも発想にキラリ光るものがあり、小学生が考案したものとしては抜きん出たレベルだった。

 カブに近づいたK吉は、慣れた手つきでキックレバーを出すと、続いていとも簡単にエンジンをかけて見せた。
「すげー!」
「父ちゃんに教わったんだ」
 シートに座りなおすと、ギアを入れ鮮やかに走り出す。すぐに止まって後ろを振り向き、
「どうだい、乗ってみる?」
「なんもわかんないから、怖いよ」
「大丈夫だって」
 これがアクセル、これとこれがブレーキ、とにかくアクセルはゆっくり開ける等々の説明を受け、いざ跨ってみると、自転車とはまるで違う存在感に圧倒された。それでも憧れのバイクをこれから操作すると思うと嬉しさも湧きたつ。
 ギアを入れ、恐々とアクセルを開けていく。
「うぉっ!!」
 この走り出した時の感覚は、六十年経った今でも鮮明に思い出す。自分の力ではなく、動力を使って走る乗り物を初めて操作した一瞬だ。その後さまざまなバイクに乗ってきたが、あの時の感動を上回ることは一切ない。
 なさけないが、ビビりが入り、直線を20mほど走って終わりにした。そのあとK吉と交代、後ろに乗って校庭を一周したとき、なんか天下を取ったような気分だった。

 K吉は中学を卒業すると、地区でナンバーワンの県立進学校であるN高校へ進学。その後は音信不通だが、あの頭脳と行動力で大活躍していることは間違いないだろう。

昜木屋・Oさんと二人で

 昼前、札幌のOさんからLINEがあり、急遽出張で上京するという。
 さっそく飲み会をセットしようとHさんへ連絡すると、週末はたまの会議やらサッカーの審判やらが入っていて、時間が取れないとのこと。残念だが今回はひとまずOさんと二人で飲むことにした。

 八月一日(土)十八時。三鷹駅の改札で待ち合わせると、北口ロータリーにある居酒屋【昜木屋・ようきや】へ行ってみた。ここは初となる店だ。外からだとカウンターしかないように見えるが、店内に入ると左手にテーブル席が並んでいた。
「二人だけど、あとからもう一人増えるかもしれないんで」
「じゃ、奥のテーブルへどうぞ」
「とりあえず生二つと唐揚げを」
 ちなみに隣にあるたこ焼き屋は、中でここと繋がっていた。
 カウンターに空き二席、テーブルは一席と繁盛している。今日はこの夏一番と思えるほどの酷暑、冷えたビールは染み入るようにうまい。ビールは“お疲れセット”(550円)で注文すると、隣で焼いている熱々のたこ焼きが三個付いてくる。ただ、気をつけて口に入れないと、火傷するほど熱い。

 LINEのアラームに気がつき開いてみると、Hさんからだ。
― 今、雨がめっちゃ降っていて、ちょっと時間が読めないです。
 雨? 窓へ目をやると、稲光まじりの豪雨である。まったく気がつかなかった。
「なっ、すごい雨だぜ」
「うわっ」
 Hさん、こっちへ向かおうとしたようだが、激しい雨降りで足止めを食らっているのだ。まあ、夕立だろうからそのうちやむだろうと思った瞬間、ドッカァ~~~ン!!と近場に落雷。やむどころか、雨脚はさらに強くなり、なんだかんだ一時間近く降り続けた。
 一杯目の生を飲み干したあたりから酔いが回り始め、二杯目を開けるとけっこういい気分。時計を見るともうすぐ二十時半だ。この店は時間制なのでそろそろお開きである。
 再びLINEが鳴った。
― 店の前にいます。
 会計を済ませ、表に出ると、濡れた髪のHさんが立っている。
「今日は会議場まで自転車で行ったんで、さっきまで雨宿りですよ」
 そりゃそうだ。自転車であんな滝のような降りの中を走ったら、パンツまでずぶ濡れになるし、そもそも危険極まりない。
「今日は残念だったけど、また次だね」
 真っ黒に日焼けした顔から、健康的な白い歯をちらつかせるHさん。
「あの~、これ」

 Oさん、ショルダーバッグに手を入れてごそごそやり始めた。恐らく手土産だ。彼は律儀深い男だから、必ずちょっとしたお菓子などを土産として持ってくる。
「ありがとう。でも次からはいいからな」
「それじゃおやすみなさい」
「気をつけて!」
 Oさんは明日十七時の飛行機で涼しい札幌へと帰る。

写真好きな中年男の独り言