十月十二日(水)。以前から気になっていた、東伊豆は稲取にある細野高原。ここには東京ドーム二十六個分という広大なすすき野原が広がり、ちょうど七日から“秋のすすき祭り”なるものも開催しているようなので、シーズン真っ盛りである今が散策のチャンスと、早朝よりPOLOを走らせた。
久々の厚木小田原道路は車も少なく快適だったが、南から西方面にかけて広がる厚い雲が気になってしょうがなかった。ウェザーニュースによれば現地は曇り。降雨率は午前午後ともに30%で、時折小雨がとのコメントも。大崩れはないだろうが、一応バックパックには防水のウィンドパーカーを忍ばせた。
東伊豆へ出かける際には、殆どの場合、熱海のジョナサン・サンビーチ店で朝食をとる。海を見ながらの食事は気分がいいし、コーヒーを二杯も空ければしっかりと覚めてくる。用足しを済ませると、R135をひたすら南へ向かった。
伊東に差し掛かるころからついに小雨が降りだしたが、ほとんど傘もいらないレベル。ただ、この先雨脚が強くなったらどうしようかと、気分は落ち着かない。ところが稲取高校を左に見て徐々に標高を上げていくと、ラッキーなことに雨はやんだ。
駐車場に到着すると、おおよそ十台ほどの車が停まっていた。平日でしかも怪しい天候なのに意外である。ハイキングコース入口にはテントが設営され、スタッフらしき女性が受付を行っていた。すすきのイベント期間中は五百円の入山料をとるようだ。
「ありがとうございます。これ、パンフレットです。コースの地図も載ってます」
「三筋山まで行きたいんですが」
「だったらこの“百四十分コース”ですね」
今回の主目的は、標高821mの三筋山頂上よりの眺望。駐車場の標高が約400mなので、頂上までの標高差は421mあり、歩行時間も二時間半近くある。ハイキングとしてはややハードだ。
「雨具はお持ちですか。なんか天気がちょっとなんで」
「一応持ってます。まっ、ひどい降りになったら引き返しますよ」
相変わらず空はどんよりしているが、若干の明るさもあるので、何とかもつだろう。α6000をたすき掛けにして、いざ出発!
さすがにうたい文句にしているすすき野原は素晴らしかった。良、質ともに、眺める者の目を奪う。広範囲にわたってこれだけのすすきを管理するのはさぞかし大変な仕事だろう。女性スタッフによれば、細野高原は私有地とのこと。
風力発電の風車が大きく迫ってくる頃、三筋山の山頂の様子が見え始めた。米粒のようだが、数人のハイカーが動いているのがわかる。緩いのぼりのが徐々に傾斜を増していくと、先行していた高齢者四人組の姿が見えてきた。
「こんにちは」
「なんだか天気があやしいね」
「ほんと、このまま降らないでほしいですよ。それじゃお先に」
一人は私と同年代ほど、あとの三人は七十後半ってところか。さすがにこの急坂ではペースダウンもやむなしか。
頂上直下の広場まで来ると三筋山の全容が見渡せ、あのてっぺんに立てば間違いなく絶景を拝めるだろうと心が弾む。ところがだ、先に登り始めている年配夫婦の後ろ姿につられて歩みだしたまではよかったが、突如顔にパラパラっと冷たい雨が当たり意気消沈。しかし空にはまだ明るさがあったので、天候の急変はないと自身に言いつけ、気合を入れなおして坂を登り始めた。
標高が上がるにつれ、伊豆七島がくっきりと見えてくる。すすき野原の全体像も手に取るようにわかり、その広大な眺めはもはや感涙ものだ。ただ、頂上付近は小雨まじりの強風が舞い、しかも寒い。今日は珍しく鼻水が止まっていたが、この冷たい風と共に、盛大に出始めてきたので、早々に戻ることにした。眺めに関しては頂上まで行かなくても、中腹あたりで十二分に満足できる。その中腹まで下りてくると、あの年配四人組が上がってきていた。
「上は風強いかい」
「帽子なんか吹っ飛ばされるから気をつけてくださいよ」
「あははは」
と、笑いながらも、彼、帽子のひもを締めなおした。
いつも感じることだが、これだけ何年も何べんも伊豆に訪れているのに、単に知らないだけで、興味深いところはまだまだたくさん残されている。仮に同じ場所でも季節や時間帯が変われば新たな感動を受けることは間違いなく、行動資金と相談しつつ、ポイント探しは続行していくつもりだ。
帰りは沼津経由とし、中伊豆にある“萬城の滝”へ寄り道してみた。午後も三時に近づいていたし、おまけに小雨そぼ降る薄暗い山の中。人影の全くない滝つぼの真正面に立つと、柱状節理の岩から流れ落ちる水量豊富な瀑布を眺め続けるのだった。