若い頃・デニーズ時代 68

春。沼津インター店への異動と同じくして、麻美は短大を卒業、内定をもらっていた地元カーディーラーへ就職すると、事実上デニーズを退職した。
せっかくヤマハJOGを買ってやったのだが、ディーラー勤務が始まると、すぐに社販でマーチを新車で購入。普段の脚はスクーターから車へと取って代わったのだ。
沼津店はアパートから目と鼻の先なので、通勤は専ら徒歩だったが、沼津インター店となるとさすがに車かバイクでないと無理な距離がある。だったらたまにJOGを使えばいいかと試しに走らせたが、延々と上り坂が続く通勤ルートではアンダーパワーが隠せずボツ。それからJOGはカバーをかけて、RZ250の後ろに停まったままとなった。

沼津インター店は立川錦町店以来となる149型店舗。今やデニーズのスタンダードタイプである。ウェイトレスステーションへの動線にやや難があるものの、高効率で生産性が高く、高田馬場店を除いた売上上位店の殆どを占めている。
東名高速の沼津ICを降りると、否応なしに目に飛び込んでくるところが同店最大のポイント。そして年間最大の山場は“旧盆”だ。
夏と言えば誰でも海を連想するだろう。そして東京近郊で海水浴からシュノーケリングと、マリンスポーツ全般を楽しめるのは間違いなく伊豆。その伊豆への玄関口は三つあり、東は熱海、中央は三島、そして西は沼津。そう、沼津インター店は西の玄関口の真正面に位置しているのだ。
旧盆の大凡2週間は、店の前の道である“グルメロード”は朝から晩まで、それも上下線で渋滞を起こす。それほどの人波がやってくるので、忙しさも凄まじいわけである。
沼津店の営業時間帯はオーソドックスな7:00~23:00であるが、沼津インター店は7:00~2:00とちょっと変則。この深夜帯も旧盆となれば日が変わる頃まで満席が続くとのことだ。
これに対して人員配置というと、ややディナーが弱かった。沼津店同様、ここもランチは完璧に近い布陣だが、ディナーの固定戦力がフロント、キッチン共々少ない。救われるのはラストまでやれるSAが3名、そしてKHが1名いること。彼らは店から10kmちょっとのところにある東海大学沼津校舎の学生達で、そろって働き者。ファミレスの仕事への興味も高く、SAの一人などはキッチンの締めもほぼ完璧にこなしてしまう。
何れにしても夏が来るまでには不足分を補填する必要があり、アルバイト募集広告は既にDMへ依頼していた。
そう、東海エリア担当の坂下DMは、これまで知っているDMの中でも抜きん出て行動力があり、しかもUM寄りだ。だからエリアの結束力は強く、仕事をしていて楽しかった。このように感じたのは初めてだったから、プライベートも含めて沼津への入れ込みは日を追うごとに強くなっていった。

「マネージャー、バイト希望の連絡がありました」
「おっ、そりゃよかった」
「なんと、女子大生二人組、平日ディナー希望ですよ」
「いーねー、それ」

報告してきたのは水島UMIT。クックの時から同店勤務なので、店のことは隅から隅までよく知っている。若いが既に所帯持ちで、温和でマイペースと言ったところが第一印象か。但、見かけのよらずMDのコントロールには手慣れたところがあり、新人教育も熱心に取り組んでいる。そんな仕事ぶりを認められ、近々にAMへの昇格辞令が出る予定。但、昇進区分はエリア社員であり、人事異動は自宅から通える範囲内と定められている。出世よりも公私バランスの取れた生活を希望しているのだ。
もう一人のマネージャー佐々木UMITは、水島とはかなり対照的。神経質なところがあって、やたらと細かいところに目が届く。店全体のクリーンリネスやスタッフの身嗜み管理については一任できそうだが、ストレートなものの言い方には反発するスタッフも少なくない。
何れにしても、キャラクターの違う二人がタッグを組んでくれれば、大きな力になること間違いなしだ。

バイト希望の女子大生が面接に訪れたのは、電話があった日の翌日夕方。
3番ステーションに通されていた二人は頬を赤らめ、肩で息をしていた。

「ご苦労様」
「よろしくお願いします」
「二人とも自転車で来たの?」
「はい」
「しんどかったでしょう」

沼津インター店は何せ坂の上。自転車通勤だと、住まいの場所によっては相当な体力が必要になる。ランチメンバーの主婦たちを例に挙げれば、車利用者が2名、スクーターが1名、残る2名は近隣なので自転車だ。

「慣れれば大丈夫です」

彼女たち二人はクラスメイトで共に入学したての1年生。女子大生と言っても看護関係の大学へ通っているとのことで、体力には自信があるらしい。緊張の中にも笑顔が出ているし、非常にはきはきしているところに好感が持てた。女子大生の中にも 、接客には向きそうにない独特の言い回しをする子や、基本的な言葉遣いができない子だっている。
黒田萌子は背が高くスレンダー、安井みのりは小柄だが、大きくてくりくりっとした目が愛らしい。
結果、問題なく二人とも採用。早速ディナータイムでスケジュールを組み、週明けから来てもらうことにした。

「かわいいですね、あの二人」

さっきからSAの嘉村が、面接の様子をチラ見していたのは分かっていた。
アルバイト男子にとって、新加入の女の子ってのは気になってしょうがない存在である。

「嘉村君は彼女いないんだろ」
「ええ、まあ」
「頑張りなさいよ」
「いきなりそう来ちゃいますか」

嘉村は沼津インター店の誇る“東海大ボーイズ”のひとり。西伊豆にある実家は裕福で、父親は船会社を経営しているそうだ。そんな坊ちゃんだが、控えめで実家をひけらかすこともなく、仕事ぶりはとにかくまじめ。好青年を絵に描いたような男なのだ。

「でもこれで夜も明るくなりますね」
「みんなでフォロー頼むな」
「もちろんですよ」

その時だ、突如バイクが視野に飛び込んできた。
<今入ってきたの、なんだろう?>
バイクはとにかく好きなので、駐車場への出入りがあると、ことごとく反応してしまうのだ。
世の中で走っているバイクの殆どは頭に入っているが、今のは分からない。
そうしているうちに、ヘルメットを持ったKHの亀田が満面の笑顔でこちらへ歩いてくる。

「おはようございます。マネージャー、見ました?!」
「やっぱり亀田だ」
「納車になったんです、SRX!」
「うぉ!見せて見せて」

水島が呆れた顔をしている。店長はバイクとなると、すぐに仕事を忘れるからな~って、もろに顔に出ている。
亀田と一緒に駐車場の裏へ回ると、あるではないか、ピッカピカのライトグレーが。
モアパワー、モア最高速、まんまレーサー!
こんなはっちゃけなバイクが台頭している真っ只中に、“Simple is the best”を証明するかのようなスタイルを持つヤマハ・SRX400は逆に目立つ。

「ワインディングはさ、一にも二にも“腕”なんだよ」

嫌味でスカしたセリフだけど、これを堂々と言える“テクな奴ら”には堪らないモデルだろう。
限定解除ライダーの駆るナナハンが、排気量もパワーも半分しかない細身なバイクに、峠で後ろからつんつんやられたらたまったもんじゃない。

「いいの選んだよね」
「ありがとうございます」

まるでエンジンと一体化されたかのような印象を与えるダブルクレードルフレーム。それに這うようにデザインされた燃料タンク。しかし何と言っても肝はマフラーの形状だ。バランスされたボディーを強調するために、大柄なサイレサーは採用せず、排圧を保ちつつ見かけはショート管としたヤマハの拘りは素晴らしいの一言。

こりゃやばい!
まじめに仕事を忘れて、気持ちは既に伊豆スカイラインにいるではないか。


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