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瑞牆山

弊社には“バースデー休暇”なるものがある。
スタッフには誕生日月に有給休暇を1日取ってもらい、3連休にして大いにリフレッシュしていただこうという趣旨だ。
そう、10月は私の誕生日月。毎年これを紅葉の撮影に当ててきたのだが、悲しいかなまともな天候に巡り会った例しがない。
ところが今年は違った。休暇申請していた三日間は、週間天気予報で日本列島の一部を除けば概ね晴れと出ていたし、実際に登山決行日の20日(火)は、これ以上望めないと思われる青空が広がったのだ。

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目的の山は“瑞牆山”。奥秩父山系にそびえる日本百名山のひとつで、西南に広がる深い森は紅葉のメッカでもあり、登山と紅葉狩りを高いレベルで楽しもうとする諸氏には、絶好のエリアに成ること間違いない。

早朝4時過ぎに自宅を出発。中央道・双葉SAで朝食を取り、韮崎ICで降りるとセブンで買い出しを行った。
今回の登山スタートは瑞牆山荘駐車場。ここから富士見平小屋を経て登るルートは、瑞牆山登山の定番である。韮崎ICからはツーリング時代でお馴染みの広域農道(穂坂路)を通ってR23へ出る。塩川ダムを左へ巻いて、信州峠へ入る直前にある“瑞牆山”の道標に従って右折すれば10分少々で到着だ。因みにこの道は、途中、右側に渓流が見えてくるが、ここの紅葉は見事に尽きる。一瞬、車を路肩に停めて撮影しようとも考えたが、初めての山を前にして時間の余裕は少しでも持ちたいと判断。後ろ髪を引かれつつ先へと進んだ。

瑞牆山荘へ到着すると、“無料駐車場”の看板がすぐに目に入った。舗装された大きな駐車スペースには、平日にも関わらず既に15~6台が停まっている。山域は今まさに紅葉のピーク。これも当然か。
殆ど同時に到着した家族連れ3人と若い衆4人組が、てきぱきと準備を終わらせ、あっと言う間に出発し始めた。

ー おっ、早いな。

ここは登山口が分かりにくい。迷ってはならぬと、慌てて後を追った。

紅葉の森を歩くのは何とも気分がいい。枯れ葉を踏むザクッザクッという感触が堪らない。途中から林道に合流すると辺りの景色も変わり、それまでとはまた違った紅葉が待っていた。
林道歩きにやや飽きがくる頃、右手に山道の入口を示す道標が見えてくる。それに従い急な階段を上がっていくと、ここからが本格的な山歩きになるのだと直感する。

急坂を上がったところで先行していた若者4人組が休憩中だった。富士見平小屋への道標があり、真向かいには木々を通して瑞牆山が姿を現している。

「見えてきましたね」

思わず彼らに話しかけた。

「瑞牆山は初めてですか?」
「そうなんですよ。なんか、岩が多いそうですね」
「ペンキマークに忠実に行けば大丈夫ですよ」

彼らは職場の仕事仲間で、アドバイスしてくれたのがどうやら社長さんらしい。会社が甲府にある関係だろうか、山好きが多いとのことだ。
そうこうしていると、家族連れの母親と息子の二人が上がってきた。

「お疲れさんです。あれ? ご主人は?」
「ちょっと体がしんどいらしくて、小屋へ戻ったんですよ」

小屋へ戻ったご主人。実は相当な写真好きである。
林道を歩いている時に互いのカメラが目に入り、どちらからともなく話が始まったのだ。
ご主人が首から提げていたのは、ニコンFXフォーマット最新機・D750で、私が今最も気になる一台。フルサイズでありながら軽量コンパクト、しかもフリーアングルモニターを装備しているから、狙った被写体を自由なアングルから撮り込める。

「A2までやるんで、FXは必要なんですよ」

と言うことは、15万円は下らない高級プリンターを持っていることになる。

「以前はD800でしたが、連射で露出が変りすぎるのが難点だったな」

一方的な話が進むほどに侘びしくなる自分に気付き、ここで小さな反撃を試みた。

「山でアクティブにやるにはこの大きさと軽さです!」

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富士見平小屋に到着すると、一回目の休憩を取った。
ベンチに腰掛け辺りを見回すと、小屋の真ん前が幕場になっているようだ。適度な木々の中、地面もフラットに近いことから、恐らく快適度は高いだろう。今のところは4張りだが、余裕で14~5張りはいけそうだ。
ヤマパンのあんドーナッツをおーいお茶で流し込むと気分が落ち着いてきた。
紅葉に包まれているせいか、森の中なのにとても明るく感じる。

道標を見ると瑞牆山へは小屋の左脇の山道を上っていけばいいらしい。
100円の有料トイレを借りてから、出発することにした。

何度かアップダウンを繰り返すうちに、渓谷へ降りる急坂に出くわす。この先を流れるのが天鳥川だ。山道は不安定な岩が多く、足を挫かぬよう注意して歩く。ここまで来て後戻りは悲しすぎる。
川まで降りて対岸へ渡ると、既に下山してきた2~3名のハイカーが休憩を取っていた。

「こんにちは」
「今日は富士山がバッチリ見えますよ」
「そりゃ楽しみだ!」

こんなやり取りで元気が湧いてくる。

桃太郎岩の右に掛かる梯子を上がりきると、山道の様相が一変した。それまでは奥多摩でも見られるごく普通の道だったのに、眼前に広がるのは大小の岩が作り出すステップの連続で、ぱっと見、かなり手強そうなのだ。
トレポは邪魔になるだろうと、畳んでザックの脇に差し込み、その代わりにグラブを取りだした。今まさに3点支持必須のルートが始まろうとしている。

一歩一歩という表現が最も合う歩み方で、着実に高度を上げていった。
途中、大きな岩を前にして、どこを探してもホールドできるような部分が見つからず、一か八かで小さな岩の切れ目につま先を入れ、身長の高いところを武器にして、えいやーっ!とその上にある太い木の根に飛びつき何とかクリアできたが、その直後、右側に目をやるとペンキマークがあり、そちらが正ルートであることが判明、若い社長さんのアドバイスを再度噛みしめた。

きれいな青空の広がりの中に、にょきっと突きだした巨岩が見え始めると、もうすぐではと気合いを入れ直す。ところがだ、この岩の先から更に上りがきつくなり、行けども行けども難所は続き、終いには太腿が悲鳴を上げだした。
立ち休みをちょくちょく入れ、呼吸を合わせては上がっていくを繰り返し、道標が立つ頂上直下まできたときには額から汗が滴り落ちてきた。

最後の鎖を越えて頂上へ出ると、そこに待っていたのは息を呑む絶景と、想像を超える人数のハイカー達だった。左手には富士山、正面に南アルプス、そして右には八ヶ岳連峰がくっきりと見渡せ、それまでの疲労は嘘のように消え去った。
鋸岩を上から見下ろす断崖はスケールもでかいがスリルもでかい。ここから落ちたら間違いなく楽にあの世へ行けるだろう。

「おい、危ないからそんなところへ立つなよ!」
「写真撮る時、足元に気をつけろ!」
「スマホ落としたら拾いに行けないぜ!」
「お願いだからもっとこっちにきてくれる」

狭い頂上ではこんな声が飛び交っていた。
しかし、これほどの景観を前にしたら、誰でも少なからずハイな気分になるだろう。下山するのが惜しまれるなんてことはそう滅多にあるものではない。
ザックからV2を取りだし、暫しの撮影に取り掛かる。
V2は登山にも全く負担にならないサイズと重さが嬉しいが、やはりこれだけの景観を前にすると役不足を痛感する。特にV2の標準レンズ“10-30mm”だけでは画を切り取るにも限界があり、この機材を使い続けるのであれば、最低でも10-100mmが必要だろう。
但、そうなるとレンズ自体が大きくなってV2のメリットが半減し、山での機材を根本的に考え直す必要が出てきてしまう。何とも悩ましい。

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登頂した時から空腹はそれほど感じていなかったので、鮭のおにぎり1個を腑に流し帰路につくことにした。
思いのほか下山は楽だった。心配された左膝が絶好調だったからだ。
一度でも膝痛が起きれば、歯を食いしばりながらの下山になってしまうので、発症を未然に防ぐ為、普段から下りは意識してペースを落とし、頻繁に休憩を入れることにしている。
天鳥川まで降りてくると休憩中の親子連れが目に入った。

「お疲れさん」
「あらっ、お疲れさまです」

それにしてもこのお母さん、年齢は私よりいくつか下だと思われるが、山歩きに慣れているという第一印象で、上りも下りも追いつけないペースにはびっくりした。20代後半から30代前半と思しき息子さんは、笑顔が優しい好青年。絶えずお母さんの後ろを歩き、岩場では何度も指示を出していた。

「ご主人、待ちくたびれているでしょう」
「ですね」

山での出逢いはいつもほのぼのとする。
遠回りになってしまうが、駐車場までは林道をのんびり歩いて森の撮影を楽しんだ。

山行の他にもう一つの楽しみとして“増富温泉”があった。
以前から所在は周知していたので、話の種に一度は訪れてみたいと思っていたが、何かのついででなければ位置的に無理があったので、今回は良い機会だった。
瑞牆山荘から増富までの間には渓流と並行する区間があるが、朝に見た紅葉渓谷美に負けず劣らずの景観は正直驚きで、思わず二度ほど車を停めて撮影を行ってみた。
生まれてこの方、これほど色艶やかで変化に富んでいる紅葉には出逢ったことがなく、ここでも限定されたV2の撮影性能に地団駄を踏んだ。
次回は登山とは別途に計画を練らなければならないだろう。

850円と少々高い入浴料金を払い浴室へ向かう。
浴槽は湯温によって別れていて、まんま水の25度、茶色い湯の30度、35度、37度、そして透明の42度とある。最初は30度に浸かってみたが、登山後の火照りがあってちょうど良い湯加減であり、余り一般的ではない。長く入れて気持ちが良かったのは37度だが、最後は湯冷めのことを考えて42度に暫し浸かった。
効能書きを読むとなんだか効いてきた感じもしたが、湯治として長期間の利用が必要なことは言うまでもない。
すっかりリラックした後は韮崎にある今宵の宿【清水屋旅館】へと向かった。

今回の山行、普通なら日帰りレベルだが、せっかくのバースデー休暇だったので、宿でも取って夜は地元の居酒屋で一杯やり、翌日はゆっくりのんびりと帰ればいいと考えたのだ。
それと奥多摩の紅葉状況もこの目で確かめたかったから、帰路に中央道は使わずに久々となる大菩薩ラインを選んでみた。

チェックインを済ませると、すぐに町へと繰り出した。
時は既に6時近く。夜の帳が降りた田舎の町は薄暗い。適当な居酒屋に入ろうと歩き回るも、怪しげなスナックばかりで適当な店が見つからない。そうこうしていたらいつの間にかJR韮崎駅前まできてしまった。その時目に付いたのが『魚民』の電飾看板。
チェーン店だけどしょうがない。腹も減っていたし、何より喉が冷たいビールを欲していた。
入店後、小部屋に案内されると焼き鳥と中生を注文。運んでくる数分が待ちきれなかった。

ー 自分に乾杯~!

登山後の疲れた体には本当に染み入るようだ。同時に予想以上の勢いでアルコールが回ったきた。
中生一杯を開けただけで瞼がトロンとしてしまう。じっくりと酒を味わおうと思ったのに、15分もしないうちに潰れたらアホである。

「すみません、冷酒と刺身お願いします」

ー このままじゃ帰れない! 今宵を楽しむぞぉぉぉ~~~!

しかし無駄なあがきだった。冷酒を開ける頃には意識も遠のき、気が付けば小一時間ほど寝入ってしまった。
この後、旅館に戻って爆睡できたことは言うまでもない。

やや締まらない結末だったが、初めて登った瑞牆山は最高にエキサイティングだったし、周辺の森の目映い紅葉には驚きもした。新しい山やエリアは必ずといって見聞を広げてくれるし、普段の生活には起きえない見知らぬ人達とのコミュニケーションもまた楽しいものだ。
さて、次回はどこを歩こうか。

Gallery 8 / 瑞牆山へ!

惹きつける要素

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 先日、山行計画を立てていた時、何度となく辛い膝痛に苛まれながらも、よくぞめげずに山歩きを続けてきたものだと、ふと自分に感心してしまった。山は被写体の宝庫に違いないが、心惹かれるシーンは別に山でなくてもいたるところに存在するわけで、別段大きな理由にはなっていない。
 毎度、はーはーぜーぜー、辛くて痛くて汗かいて、、、
表だって良いことはひとつもなさそうだが、久しく遠ざかれば、自然と目が山へと向うから不思議になる。
 何故だろう、、、
 うまい空気を吸いたい、景観を楽しめる、いい汗かける、喧騒から脱出できる等々、様々な魅力を放つ山歩きだが、落ち着いて考えると、どれも本来の惹きつける要素とは違うような気がしてならない。
 これに対し、滑りやすい岩場、狭く傾斜している巻き道、足場の悪い急な下り等々は、山歩きに於て最も慎重に行動しなければならない要注意ポイントであり、疲れた体にはハードこの上ない要素だが、自分でも気が付かぬうちに、何とその要注意ポイントの某かに惹かれているような感じなのだ。
 初めての山に対しては、必ず事前にwebから情報を集める。ヤマレコから個人のブログまでひととおり目を通しているが、その際のコメントの中に、「正に心臓破り」、「鎖場の連続」、「3点支持必須」、「目が眩むような」、「初心者には難しい」等々の一節が出てくると、一瞬怯んでしまう反面、怖いもの見たさの欲求も膨らんでいく。
 どちらかと言えば、辛さや緊張感を伴うコースの方が、意外な被写体を見つけることが多く、【メイン写真】の私にとっては、この辺りが潜在的に惹かれる要因になっているのかもしれない。

夏山・大菩薩峠

今年の夏休みはT君と北八ヶ岳の湖巡りを計画し、甲府にビジネスホテルの予約まで入れて万全の準備を整えていたが、残念なことに前日になると八ヶ岳・夏沢峠の天気予報が急転し、午前から夕方まで霧または雨との予報に変ってしまったのだ。
一昨年の縞枯山では濃霧にやられてどこの山へ登ったかも分からないほどだったし、昨年の天狗岳では、早朝から降り始めた雨が、何と東京へ引き返すしかないほどの強力な降りになってしまい、悲しいかな八ヶ岳とは悪い相性が続いている。

「こうなったら宿はキャンセルして、明後日の14日(金)に大菩薩を日帰りで歩こう」
「いいかも」

ドタキャンで空いてしまった13日(木)は、女房とふたりで山梨県は小菅村にある『小菅の湯』で一日まったりした。大きな桶を湯船にしている“露天イベント風呂”は、週替わりでハーブの香りと効能を楽しめる大のお気に入りで、その温めの湯は長い時間浸かることができ、心身共にリフレッシュできる。
たまたまだが、この温泉から西へ直線距離で約8km行ったところに大菩薩峠がそびえ立つ。

「明日は何時出発にします?」
「近いから6時でいいよ」
「了解」

大菩薩は4年前にも歩いたことがある。その時は初心者向けの日帰り登山ガイドブックを参照した為に、歩行距離が短く、素直に呆気ないと感じる山行となってしまったが、ここの尾根道には奥多摩のような樹林帯では決して見ることのできない開放的なBig Viewが連続して現れるところから、今回はもうちょっと時間を使って尾根道界隈をじっくり堪能したいと考え、あらかじめプラスαのルートを設定しておいた。もちろんM君のコンディションに合わせてというお題目もある。
先回はロッジ長兵衛から林道を使って福ちゃん荘へ至り、そこからは唐松尾根で雷岩へと上がった。一応目と鼻の先にある大菩薩嶺をチェックした後は、尾根歩きで大菩薩峠へ。下山はここから最短コースを使った。
それに対し今回は大菩薩峠までは同じでも、すぐには下山せずに西南へと足を延ばして石丸峠経由で出発地点へ戻ることにした。プラス1時間ほどの行程となったが、結果は大正解。途中、熊沢山から見下ろす石丸峠と上日川湖、そしてきれいな稜線を見せる小金沢山は山岳美の典型であり、写真好きには堪らない景色が満載する好ルートだったのだ。

「いやぁ~、開けた~」
「この辺までくると、さすがにハイカーも少ないね」

雷岩では溢れんばかりいたハイカー達も、恐らくその多くは大菩薩峠から下山したのだろう。

「おっ、あそこの尾根、ハイカー二人が歩いているよ」
「ほんとだ! あそこからの眺めもいいだろうな~」
「行ってみたいけど、今日は時間がない」

小金沢山へ至る尾根道だろうか、一面をクマザサに覆われ、緑一色に染まった山の斜面は思わず見とれてしまう。
この緑も素晴らしいが、紅葉時期になればまた違った魅力を醸し出してくれるのだろう。
再度山地図をチェックし、縦走を含めたアレンジルートを考えてみる価値は充分ありと思った。
長く続いた尾根道はここで終り、この後はひんやりとした樹林帯へ入って出発地点を目指す。

「もう下りか、つまんね~」
「また来りゃいいさ」

登り始めはやや多めのガスが山全体を覆っていて、ここ大菩薩でもツキに見放されたかと思ったが、雷岩の直下までくると、雲の流れが速くなりだし、小さいが時々雲の合間から青空も見えるようになってきた。10時過ぎと、昼食にはかなり早い時間帯だったが、おにぎりを食しながらここで晴れ上がるのを待つことにした。
一時間ほど休憩しただろうか、この判断は見事的中し、大菩薩峠、そして石丸峠へ至るまでの尾根道では、痛快な青空の下を楽しむことができたのだ。
後半戦はT君も連発してシャッターを切っていたし、そう言う私も被写体探しに足元が疎かになるほど熱中したものだ。

三度目にしてようやく夏山を味わえた。
熱中症に脅かされる昨今の夏に、この上なく爽やかな空気感に包まれる尾根歩きは、もはや別世界の趣があり、忘れかけていた夏だけが持つリラクゼーションを全身で感じることができるのだ。

岩尾根

岩尾根

5月28日(木)。無性に岩尾根を歩きたくなり、奥多摩湖駐車場へと車を走らせた。
奥多摩は自宅からのアクセスが良く、気が向けば躊躇なく出掛けられるという気軽さが手伝い、山歩きを始めた頃から現在に至るまで、最も歩き回る山域となっている。
ハイキングレベルの楽々コースから大腿筋が笑うドMコースまで、色とりどりなところも見逃せないポイントだろう。
但、殆どの山道が樹林帯を行くもので、広がる開放的な景色を楽しみたいとなるとルートは限られる。今回の目的地である“岩尾根”は、その中で最も多くの絶景ポイントを持つ、正に“奥多摩らしからぬ”ところなのだ。

昨日までの快晴とは打って変わり、嫌な感じの曇り空が広がっている。天気予報によれば午後からは晴れ間も出るということなので、尾根に到着する頃には富士山も拝めるだろうと大した心配はしなかった。
9時15分過ぎに奥多摩湖駐車場へ到着。さっそく出発の準備を行う。
先ずトランクから出したのは、年季の入ったトレッキングシューズ。コロンビア製のマドルガピークだが、本格的に山歩きをするようになってからはずっとこれ一本だ。入門時にはどれ程のものを用意して良いか分からなかったので、最初に購入したのは安価だが作りの良さそうなHI-TEC製。フィット感が良く軽快に歩けたが、4~5回ほど使うとトップがふにゃふにゃになり、感触的に一般的なハイカットのスニーカーとさほど変らなくなってしまう。更にソールの劣化も早く、使って1年余りで路面の凹凸が気になるようになった。致し方なく次の候補をあれこれと調べ始め、浮上してきたのがマドルガピークなのだ。通販サイトでのカスタマレビューがきっかけである。
HI-TECと比較すると全体的にがっちりとした印象で、実際に山での安定感はワングレード上。耐久性にかまけて使いすぎた感はあるが、年7~8回の山行で4年間、頼りになる相棒として両足を支えてくれた。

R141を横断、むかし道方面へは折れずにそのまま車道を直進。至る鷹ノ巣山の道標を見つけ、それに従い山道へ入った。水根沢は久しぶりのルートだ。
谷に沿って延びる山道は幅員が狭く、おまけに枯れ葉の堆積があるので足元には細心の注意が必要だ。誤って足を滑らしたら待つのは最悪の結果だけ。それにしても、この季節でさえ緊張を強いられるのに、ここを積雪時に歩くハイカーは絶対に頭のネジが一本足りない。ややもするとこの一帯は積雪が30㎝を越えることがあるのだ。
足場の悪い山道を歩く時は『わき見をしない』『後ろを振り向かない』、これ鉄則。

輝く新緑の中を黙々と行く。先回の御岳山と較べて緑の発色が一段進んでいる。そして渓流のせせらぎが堪らない。山道は谷に沿って延びているから、絶えず水の流れる音が耳に入り、清涼感ある空気と相俟ってなんとも清々しい気分に浸れるのだ。

谷が浅くなったところで木製の橋が現れ、それを渡って一旦対岸へと出る。橋のたもとでは年輩夫婦がどうやらランチタイムらしい。
渡ると道は再び上りがきつくなり幅員も狭くなった。ヤマアジサイの群落もあり、景観的にはじっくりと撮影に没頭したいところだが、足場も悪いし、それに先はまだまだ長い。
次の橋で再び左岸に戻ると、今度は木の根が張り出したステップの大きい上りになる。この先枯れた谷を二度渡ると、尾根に向かって一気の急登が始まった。

ー きっつぅ、、、

拭っても拭っても汗が滴り落ちる。
今年に入って二度の山歩きは、足慣らし程度のコースだったから、久々の“骨のある山道”に息も絶え絶えだ。大腿筋から早くも違和感が出始めたので、途中の休憩小屋では入念なストレッチングを行った。稲村岩尾根もしんどいが、ここ水根沢も負けてはいない。そもそも岩尾根へと続く登りはどこもヘビー級なのだ。

尾根

坂が緩やかになり始めると、前方の木々の間から強い光が射してきた。

ー 尾根だ!

あと一息で岩尾根へ出られる。
まだ坂は続いているが、残る力を振り絞ってペースを上げた。

樹林帯の中での格闘から解放され、全身に陽光を浴びると、ほっとすると同時に疲れも徐々に引いてきた。達成感のみならず、“あとは下山のみ”という安堵感が大いに手伝っているのだろう。
但、残念なことに期待していた晴れ間は現れず、相変わらず空はどんよりとした雲に覆われていた。若し晴れていれば鷹ノ巣山まで足を伸ばし、頂上に広がるビッグビューをカメラに納める予定だったが、今回は見送ることにした。
その代わりに広々とした石尾根の様子を撮り込んでみようと、草原の中へ足を踏み入れた。
緑の新芽、小さな花、そしてヤマツツジと、一帯は初夏真っ盛りなのだ。

「こんにちは」

夢中になっていて気が付かなかったが、鷹ノ巣山方面から5名グループと、首からカメラを提げた男性二人組のハイカーが下りてきたところだった。本日の山中で初めて合う人達だ。

「僕たちも写真撮っているんです」
「そりゃいい」

二人組の相方に目をやると、レンズを地面すれすれに構えて何やら撮影している。

「良く見つけましたね」
「ええ」

花弁か葉か判別できないほどの小さな植物だが、きれいな紫色をしている。
彼の撮影が終了したあと、ちゃっかり同じ場所で撮らせてもらったが、このレベルの被写体を見逃さない彼の目に感心すると同時に、これまでの山歩きスナップのやり方にそろそろ変化を与えないと、マンネリ化に陥る危惧を感じてしまった。
写真を末永くやっていくには、工夫と研究が必須であることは言うまでもないことだ。

ガス

六ッ石山までは静かな石尾根歩きが続いた。
先ほどのハイカー達は、私が上がってきた道を下っていったので、尾根からは人影が完全に消えていた。そして斜面を這い上がってくる濃いガスは、辺りを薄暗くし、より深い静けさをもたらした。
気が付けばずいぶんと気温が下がり、汗はすっかりと引いている。

六ッ石山の頂上に到着する頃、若干だが空に明るさが戻ってきたが、それでも展望を楽しむレベルには至らず、残ったおにぎりを平らげたあとは、膝周りのストレッチングを行い早々に下山することにした。
奥多摩三大急登のひとつである六ッ石山の南面は、当然ながら下っても地獄である。山歩きに於ては下り道にこそより多くの危険が孕み、脚にとっては非常にタフなセクションなのだ。

頂上直下の尾根道は石尾根と同じく防火帯処理を施してあるので、開けていて歩きやすく、ここでもヤマツツジが目を楽しませてくれた。しかし中盤戦に入ってくると山道は急斜面へと一変、滑って転ばないよう常に低い姿勢を強いられるから、徐々に脚全ての筋肉が悲鳴を上げ出すのだ。

ー やばい。左膝に違和感だ、、、

2回歩いた御岳山では全く感じられなかった感触に不安が走った。
脚の慣らしは既に完了していると思っていたからショックは大きい。今後は加齢による筋肉の衰えを考慮する必要があるだろうし、同時にコンディションの整え方を根本的に考え直す時期に入ったと判断していいかもしれない。
“10歩進んでは立ち休み”を繰り返す。

下山に2時間15分を要し、愛車の待つ奥多摩湖駐車場へ到着したのが5時前。両足の親指と小指は圧迫されっぱなしで痛みが走り、左膝は軽症だが腸脛靱帯炎を起こしてしまった。
太腿全体はパンパンに張ってしまい、トレポの多用で上半身にも疲れが出ている。
精根尽き果てる山歩きは辛くもあるが、無事下山できた時の達成感は辛い分だけ大きくなり、必ず再挑戦したくなる高揚感に包まれるのだ。

夏休みの八ヶ岳までにあと2本。骨のある山行にトライしてみようか☆

山・Debut

大塚山

「やば!!!」
「どうしたんですか」
「靴、置き忘れた」
「ええっ!!!」

 新青梅街道は田無辺りを走行中、突然気が付いた。何をきっかけに思い出したのは分からないが、何れにしても靴がなければ山歩きはできない。

「そこでUターンしましょう」

 予定通り5時に出発したまでは良かったが、ここでいきなり30分のロスタイムとは、、、
 しっかりと準備して玄関に並べたのに、何とも情けない。

 5月4日(月)は“T君・山デビュー”の日。
 彼は一昨年に骨折をして、足首にはまだボルトが残っている。寒い季節には鈍痛が走ることもあり、前々から山への興味はあったものの、そんな事情で踏み込めない状況にあったのだ。しかし、怪我も徐々に快方へ向かい、日常生活に問題はなくなっていた。
 そんな経緯の中、GWに取りあえず一度トライしてみようと、今回の山行に及んだのだ。

 日の出山は先々週に出掛けたばかりだったが、山歩きのポイントをそこそこ押さえられ、且つ体への負担が小さいということで、山デビューのコースに“古里~御岳山~日の出山~愛宕神社”を考えていた。  但、当初の計画は奥多摩湖からスタートする“水根谷~岩尾根”だった。渓谷に被写体がありそうだし、天気が良ければ岩尾根からの大展望を拝めるからだ。しかしT君の足のことを考慮すると、ややコースに険しさがあったので、奥多摩湖へ向かう途中に鳩ノ巣駐車場へ寄り、空きがあればそこへ車を置いて古里から御岳山を目指し、満車だったら奥多摩湖から水根谷へ向かうという二通りの計画を立てたのだ。昨今の山ブームで、GW中の鳩ノ巣駐車場に車を置くのは難しくなっている。

「おっ、あの車出ますよ」
「ラッキー! あそこへ入れよう」

 R411を右折して駐車場へ入ると、見たところ2台分の空きスペースがあった。先回、奥多摩むかし道の時は正にすし詰め状態で、軽自動車一台分のスペースもなかったのだ。
 準備を完了させ鳩ノ巣の駅に向かう。

「いい感じな駅だな~」

 いつ訪れても山々に囲まれた駅舎はローカル臭むんむんである。
歩道橋を上がり向かい側の上りホームへ移る。
 時刻表を確認すると次の電車は20分後だ。

「電車が止まったらボタンを押すんだぜ」
「へー」
「じゃないとドアが開かないんだ」

 山デビューらしきものを果たしてから、もう何年が経つだろうか。
 確か最初はD100を手に入れてすぐの尾白川渓谷だったと思う。と言うことは既に12年の月日が流れている。装備もなく無我夢中に登っただけだが、渓流や滝の美しさ、そして澄んだ空気の中で汗をかく気持ち良さは今でも良く覚えている。その後、夜叉神峠、三頭山、川苔山と続けざまに登り、森の中を歩く意味をひたすら模索し続けている。

 登山口で入念なストレッチングを行った。これをしっかりやっておくと膝痛の発生率はかなり低くなるし、翌日の筋肉痛もだいぶ和らぐ。
 古里コースは登り始めから急坂になるので、特にこれは大切な準備になる。
 意識してスローペースを維持。筋肉が暖まるまでの鉄則だ。

「ありゃー、こっちのコースにも林道を造ってるんだ」

 先々週の地獄沢と全く同じ光景が突如目の前に広がった。真新しいコンクリートとえぐられた植林帯は人工物の象徴であり、ここに自然を感じることは到底できない。多くのハイカー達は、この奥多摩の自然を消滅させる無惨な爪痕を目の当たりにして、一体どの様な印象を持つだろうか。

日の出山

 大塚山の上りでもT君の足に問題は出ない。息は上がっても痛みはないとのこと。なるほど、得意のお喋りも絶好調だ。
この後、御岳の集落に入ると写真撮影に集中した。

「おー、やばいねこの景色!」

 山デビューでハイになっているT君は、人目も気にせず大声を張り上げている。
 山中、それも頂上に近いエリアに広がる集落には独特の趣があり、私も始めて訪れた時には心が躍ったものだ。眼下の見飽きた景色も、初めてのT君には感動的に映る筈。
 うん、その気分、分かる分かる。

 それにしても集落には凄まじい数のハイカーが流れ込んでいる。木曜登山では絶対お目にかかれない人波なのだ。グループやファミリーも多いが、最も目に付くのはカップルで、おまけに20代から30代ほどの若い人達が中心だからファッションも今風。そのカラフルな色合いは難しいことなしに目を楽しませてくれる。

 曇が中心で通り雨の心配もあった天気予報。ところが頭上は青空が占め、湿気の少ないからっとした空気に包まれた今回の山行は、コンディション的にベストと言っていい。
 昨夜から少々喉がヒリついて、体調も100%ではなかったが、これだけ爽快な山歩きができると、買い込んだ龍角散トローチの存在も忘れてしまう。T君も最高のデビューができてさぞかし満足していることだろう。

「山頂直下は必ず急登になるからね」
「そうなんだ」

 日の出山へ向かう尾根道はなだらかで歩きやすい。行き交う人達も多く、次から次へと“こんにちは”が飛び交う。

「また上りになってきましたね」
「もうすぐ頂上だ」

 最後の石段を上がると広場へ出る。
 日の出山山頂は休憩中のハイカーで溢れかえっていた。恐らくその数はこれまでで一番多い。
 ここで昼飯タイムと考えていたが、見渡す限りベンチはどこも先客で埋まっている。
 と、その時。フェンス沿いの特等席にいたカップルが徐に立ち上がりザックを背負ったのだ。

ー 空いた!

 同時に何人かの視線が動いたが、最も近くにいた私がサッと駆け寄り見事キープ。

「おーい! こっちこっち」

 間を置いて上がってきたT君を呼び寄せた。
フェンスにザックを掛けてベンチを広く使い、空かさずストーブを出してお湯を沸かす。
 山でいただくカップ麺はひと味違うのだ。今でも将軍平で食したカップヌードルの美味さは良く覚えている。

愛宕神社

 古里の登山口を出発したのは8時15分。そしてここ日の出山山頂到着が12時10分だから、写真を撮りながらの山デビューとしてはまずまずのペースである。
 たっぷりと1時間の休憩後、下山にかかった。
淡々と歩を進め、梅野木峠で最後の小休止を取った後は愛宕尾根を一気に下りきった。

「お疲れさん」
「ありがとうございます」

 ピークは過ぎていたが、至るところにツツジが咲き誇る愛宕神社で暫しの撮影を楽しんだ。
 本殿から望む二俣尾の町並みは、まどろむような陽光に包まれて、その優しいコントラストは夏の夕暮れをイマジネーションさせるものだった。