「暑くて食欲出ない」
「おいしいものなら喉を通るかも」
「まえにパパが言ってた、吉祥寺の鰻屋でもいく?」
「ああ、うな天ね。鰻もいいけど、あそこのランチ天重、一度食べてみたいな。七百十円だぜ、安いよ~」
七月十四日(金)十一時。朝からどんよりとした曇り空が広がり、日差しは少ないものの、肌にまとわりつく、じっとりした空気が夏バテを誘う。今年は梅雨明け前から猛暑日が続き、しんどいことこの上ない。
吉祥寺に用事があるときは、たいがい自転車で行く。自宅から十分もかからないし、二時間以内だったら駐輪所の料金は無料である。
目当ての“うな天”はヨドバシカメラの裏手にあり、周囲には、飲食店、居酒屋、スナック、サロン、ラブホ等々が密集する、地元の方々ならご存じの“近鉄うら”にあたる。
狭い階段を二階へ上がる。
「いらっしゃいませ」
入ってすぐ左手がカウンター席になっていたので、一番奥から順に座った。目の前が調理場だが、カウンターと調理場の間には、焼酎のボトルキープが整然と並び、ちょうどいい目隠しになっている。
「おしぼりどうぞ」
冷やしたおしぼりだ。この季節にはうれしい配慮。いきなり好感度アップ。
「それじゃ、天重と上天重をお願いします」
「ごはん大盛りも無料でできますが」
「普通でけっこうです」
天重はアナゴ、イカ、マイタケ、ナス、サツマイモ、コーンの六品目で、上天重になるとこれに大きなエビがプラスされる。値段は天重七百十円、上天重千百円で、どちらも、小鉢のサラダ、漬物、みそ汁、そしてジョッキの麦茶が付く。
「おまたせしました」
見栄えよし、香よし。天ぷらに天つゆはかかってなく、別に容器へ入れて持ってきてくれた。天つゆにするか、塩でいただくかは客の好みってことだ。
「おいしい!」
女房の一声。そもそも彼女、天ぷらは好物だが、ずいぶんとここの味が気に入ったようだ。ネタはどれも新鮮で、からっと風味よく揚がっている。お値打ち感は上々と言っていい。
吉祥寺にはこのような店が無数にあると思う。これから少しづつ開拓していくのも面白そうだ。