相変わらず外食大手の伸びは好調だった。
我がデニーズは、千葉、埼玉で確実なドミナント化を進め、そこから北へと伸ばした北関東進出も順調に推移していた。一方、東海地区では新店オープンこそなかったものの、既存店の売上推移は概ね好調で、1クウォーターだが、5店舗全店が前年を上回るという快挙を叩き出し、坂下DM以下、UM5名の鼻息は荒かった。
そんな中、我々IYグループの者達にとって禁断の地区とも言える“関西”への進出がついに決定した。
国内に於ける2大流通グループと言えば、東のイトーヨーカ堂、西のダイエーと呼ばれ、それぞれ強大な勢力を保っていた。その西のダイエーのお膝元、大阪府の堺市にイトーヨーカ堂のビッグストアをオープンするというもの。それに乗じて、傘下のコンビニエンスストア“セブンイレブン”とデニーズを同時に多店舗展開することになったのだ。
「計画だと大阪に4店、兵庫へ1店かな。関西事務所は既に江坂にできてるらしいよ」
「坂下さんは行かないんですか」
「俺は行かないよ、呼ばれてもないしな」
勢いがあるのはいいことだが、これから一体どこまで広げるつもりだろう。いくらナショナル社員と言っても、東京エリアから突如大阪へ行けと言われたら、簡単に「はい、そうですか」とはいかないと思う。
関東から関西へ居住地を移すとなると、言葉を始めとして、文化や風習の違いがもたらす様々な壁を覚悟しなければならないし、特に所帯持ちだったら自分自身だけの問題ではなくなる。
真面目なところ、結婚したら転居のないエリア社員への移行も一度真剣に考える必要があるかもしれない。
この問題は離職率が一向に良くならない一つの要因として、もっとクローズアップすべきだ。
出世第一と選んだナショナル社員だって、私も含めてその殆どが独身である。年齢的にも近々に所帯を持つ者は多い筈だ。そうなれば、これまであまり気にすることもなかった住居を伴う異動が、必ずや大きく圧し掛かってくるだろう。
特にこの先5~6年を考えると、正直なところ慎重にならざるを得ない。
先ず既存店の社員達が揃って年頃となり、結婚を果たして子供も授かる。そんなタイミングで手のかかる乳飲み子と若い妻を残して単身赴任を命じられたら、前述の如く悩むことになる。しかし会社の進撃は衰えない。年間40~50店レベルの店舗展開は、最低これから数年続くのでは。
家族の行く先を考え、意を決した社員は退職するか、若しくはエリア社員へと登録変更をして、出世のない代わりに安定した生活を得る。果たしてそんな判断をする者は決して少なくなく、足りない新店要員は短期間で育てた新卒と、中間社員の大量採用で補う。
ところがこの繰り返しには落とし穴がある。既存店を任されたエリア社員の人生設計だ。
前述の如く、会社はまだまだ元気があるが、これは新店オープンがあってこそ。既存店だけをクローズアップすれば、好調とは言い難いのが現状だ。
沼津店がいい例である。リニューアルと聞けば前向きな投資のように聞こえるが、実は不採算店の救済手段に他ならない。もちろん高売上店対象のリニューアルもあるにはあるが、その殆どは救済手段である。
ところが800万円から1,500万円ほどの投資をして、どれほどの費用対効果があるかと言えば非常に疑問。沼津店はリニューアル効果ナンバーワンと表彰もされたが、これだけ伸びたところは数える程しかなく、しかも対前年比は年を追うごとに下降傾向になっているのが現況だ。
その代替え策か、この頃の全店店長会議では「スクラップアンドビルド」と言う言葉がよく使われるようになった。
不採算店への救済は行わず、思い切って閉店とし、浮いた人的資源は新店開発関連へ回すというものだ。
噂によれば、競合社である“すかいらーくグループ”ではこれを強力に進めているという。
燻る既存店へ回されたエリア社員は、店舗の実績で左右する昇給やボーナス査定でかなり不利な立場となってしまうのは言うまでもない。いかに安定した生活を望みたいと言っても、子供の成長に係る少なからずの養育費、教育費は現実の壁となって迫ってくる。
店内外のクリーンリネス、従業員教育、ディッシュアップ品質等々を徹底的に向上させ、店パワーを上げて売り上げを伸ばす!
一度はこのような正攻法も考えるだろう。ところがこれは本当に難しいことであり、並大抵の意思では到底貫徹できないもの。しかもその理想的な店を仮に作り上げたとしても、それが売上に繋がる保証はどこにもない。まして不採算店だったなら、恐らく99%は不可能と思われる。
待っているのは落胆、妥協、マンネリ、そして逃避だ。
そしてこれに“新店の伸び鈍化”が加わったら、この業界は一体どうなるのだろうと暗澹たる気分に陥てしまう。
会議の後はいつも通り、卓を囲んでいた。
「IYの開発が言ってたけど、あっちは色々と気を遣うらしいよ」
「どんなことです?」
「こっちじゃあまり聞かない、同和問題とかね」
「言葉だけは聞いたことあるけど、詳しい内容は全く分からないな」
「IYの中じゃ勉強会もやってるようだ」
地域の方々と共に運営し、地域の方々に利用して喜んでもらうレストラン運営は、ある程度当該地域の特性を理解していないと、様々な問題が発生する可能性もあるのだ。
「遠州灘はいいですよね~、ほんと平和だし」
「ここは天国天国」
「あっ、それポンね」
「あれ、DM、捨て牌それでいいんですか?」
「えっ、うそだろ」
「はいっ、ロ~~~ン。めんたんぴんどらどらの親満~~~~!!」