若い頃・デニーズ時代 62

東京プリンスホテルの駐車場に停めたトヨタ・セリカXXのトランクには、折り畳んだ電気炬燵、布団一式、着替え等々、後方が全く見えないほど、ぎっしりと引っ越し荷物が積み込まれていた。セリカXXは後部座席を目一杯倒すと、トランクと繋がってフラットな積載スペースができあがる。身長180cmの私でも斜めになれば、問題なく横になることができ、季節が良ければ車中泊も楽々こなす。よってスポーティーなクーペながらトランク容量はセダンの比ではない。
学生時代から大切に乗り続けてきた初のマイカー“トヨタ・セリカ1600GTV”。走行距離も148,000kmに達し、さすがに老朽化は否めなく、しかも初期タイプ故に、燃料には有鉛ガソリンを使わなければならず、当時は排気ガス規制のあおりを受けて、有鉛ガソリンを取り扱うスタンドが急激に減っていく傾向にあった。特に地方へドライブへ行くとなると結構気を遣う。
そんなある日、弟が家に戻ってくると、開口一番、

「ついに出たぜ、XX。渋谷のトヨタに展示されてたよ」

國學院大學に通っているので、通学の途中で目に入ったのだろう。
現行のXXは非常にやぼったいデザインで、いくらセリカという名前がついていても全く興味が湧かなかったが、つい最近トヨタから発表されたNewセリカXXは、まるで英国のロータスエスプリを彷彿させるウエッジシェイプデザインで、久々にかっこいいな!と思える車だった。最上位の2800cc(5M-GEU)は確かに魅力的な内容だったが、購入となると予算的にやや厳しく、それに今更高性能を生かして峠を激走なんてことはしないわけなので、2000cc6気筒の1Gエンジン搭載車あたりでも十分満足できるのではと、何気に現実的な購入計画を考え始めたのである。
それから間もなくしてM型エンジンにターボ(M-TEU) を装着したモデルが追加となり、しかもボディーカラーにスーパーホワイトがあることを知ると、いてもたってもいられなくなって、直近の休みに北烏山のカローラ店へ話を聞きに行った。覚悟はしていたが、NewセリカXXの魅力は圧倒的で、気が付けば契約書にサイン。一ヶ月後の納車を待つばかりとなった。

たった三曲と言っても、三日間のステージが終わるとさすがにどっと疲れが出た。これからすぐに沼津へ行くのはややしんどかったが、音楽まみれになった数週間が良い意味での切り替えになり、真っ新な気持ちで赴任できそうだ。
アパートや駐車場の手配はちょうど一週間前に現地へ飛んで、その日の内にすべて済ましてきたので、この後無事に到着し、車に積み込んだ荷物を部屋に降ろせば一応生活はスタートできる筈。
缶コーヒーを飲み、煙草を立て続けに二本吸うと、気持ちが落ち着き、目は既に遠州灘の大海原へと向けられていることを実感。赤羽橋から首都高、そして東名高速と、セリカXXは期待をのせて走り続けた。

アパートの契約は、大家さんのご厚意で、前任の向井UMが住んでいたところをそのまま継続という形にしていただけた。よって礼金や敷金は無し、感謝である。駐車場はアパートから少々離れていたが、月極4,000円と格安。そう、アパートの家賃も東京では考えられないリーズナブルなもので、基本家賃29,000円に共益費が3,000円で、合計月32,000円。間取りは6畳+4.5畳、それにキッチンと風呂が付いている。築は古いが男子独り身には必要十分な空間であり、人生初となる一人住まいにワクワク感が止まらない。
炬燵をセットし、衣服を片付け、最低限の食器を並べればひとまず完了。電気ストーブをつけて一服付けると、腹が減っていることに気が付き、それではと、飲食店探しも兼ねて近所をぶらつくことにした。
アパートはリコー通りにあるケンタッキーフライドチキンの裏手で、辺りは何の変哲もない住宅街。そんな中に、薄暗くて営業しているのか?と一瞬疑ってしまうようなラーメン屋を見つけた。
恐る恐る引き戸を開けると、カウンターのみの小さな店には歳のいったご主人が一人奮闘していた。
年配夫婦が先客として一番端に陣取っている。

「いらっしゃい」

古びた店内には、何年前に掲示したのか、油が染みついて茶色くなった品書きや、古いコカコーラのポスターやらが、長い時の流れを思わせる。

「じゃ、ラーメンください。それとお酒も」
「お燗にしますか」
「そのままでいいです」

酒のあてにと、チャーシューの端っぱと搾菜が出された。ちょいとつまんだらこれがGoo。ご主人、料理の腕前は確かかもしれない。
しかし、知っている土地とは言え、こうしてひとり沼津へ出てきて場末のラーメン屋で酒を舐めるという絵は、やや寂しさを覚える。まあ、それと引き換えに自由は得られたので、どっぷりと恩恵に浸るつもりだ。

「おまたせしました」

豪快に湯気を放つラーメンがカウンターの上に置かれた。そっとどんぶりを持って目の前に置き換えると、醤油のいい香りが鼻腔を刺激した。

沼津市内にデニーズは2店ある。東名高速沼津ICを降りてすぐ真ん前に見えるのが沼津インター店。そしてもう一つがJR沼津駅北口のリコー通りに面するイトーヨーカ堂沼津店にインストアする沼津店だ。この沼津店が私の赴任先であり、インストアでの勤務は初の経験だ。アパートから徒歩で7~8分と利便性はいい。
ヨーカ堂のストアマネージャー並びにオペレーションマネージャーへの挨拶はUM引継ぎの際に済ましていたが、その時、地下食料品売り場のフロアマネージャーを紹介され、初対面だというのにその彼が仏頂面でおまけに結構きつい調子で注意項目を指摘してきた。
内容はこうだ。
デニーズのファウンテンエリアには必ずアイスクリームなどを入れておく専用フリーザーが設置してある。一般的なフリーザーと環境的に違うところは、ファウンテンを作るたびにスライドドアの開け閉めをする点で、週末のピーク時ともなれば、それこそ開けっ放しに近い。
よって霜が付きやすく、汚れやすいので、最低でも週に一度は清掃を行わなければならない。電源を切って中身を大型フリーザーに移したら、ホースで水をじゃぶじゃぶかけて霜を除去し、最後に汚れと水気をきれいに拭き取る。
ところがだ、フリーザーのドレンから下水溝へ繋がるパイプの一部に亀裂若しくはズレがあるようで、そこから水が漏れてしまうらしい。
デニーズのフロアは1階。悪いことに漏れた水は、その真下にある地下1階のヨーカ堂食料品売り場の天井へ盛大に流れ込み、青果売り場へポタポタと滴るとのこと。単純に修理すればとも思ったが、それには大規模に床を斫らなければならず、ずっと後回しにされているそうだ。実はヨーカ堂自体も独立店舗ではなく、石橋プラザという大型商業施設の一部に間借りしているので、施設の修理は段階的に稟議を踏む必要があり、厄介とのこと。
話しを戻すと、要は清掃時に流すほどの水を使わないようにしてくれということだが、厄介なことに、単にフリーザーの霜取りを行おうと、弊店時に電源を切って帰社すると、
翌朝、、、

「おい!なにやってんだ! 天井が沁みだらけじゃないか!!」

と、なるらしい。
それも極めつけの鬼の形相だったようで、向井UMもこの点だけは注意するようにと、再三念を押された。
独立店舗にはない難点がこの他にもあるのだろうが、これだけはやってみなければ分からない。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です