高田馬場店への異動が本決まりとなったある日、吉祥寺店のオープニングスタッフが発表された。
何となく予想はしていたが、案の定UMには現高田馬場店のUMである利尻さんが抜擢された。彼は一級先輩であるが、私は大学を5年やったので、年齢で言えば同級生になる。
非常に評判の良い人で、多摩地区の同期生の中では、彼と以前小金井北店でお世話になった濱村さんの二人が抜きん出ていた。
ただでさえ高田馬場のUMにはプレッシャーを感じているのに、同店で実績を積み上げた利尻さんの後釜になると思うと益々憂鬱な気分になる。
しかし、これほど仕事への覇気がなくなるとは、一体私もどうしたものか。
会社へ対する不満の積み重ねがそうさせているのは分かっているが、この様な状況はデニーズだけではなくどこの組織でも似たり寄ったりの筈。
若造のくせに生意気だが、どう考えても直属の上司であるDMやRMの人間性がやる気を削いでいるとしか思われない。一緒に手を取り合って頑張ろうと思える人物にはいまだお目に掛ったことはなく、小寺RM並びに今田DM、そして太田窪の井上UMや田無の上西UM等々を思い起こすと、「うちの会社、大丈夫か?!」と暗澹たる気分に陥てしまうのだ。
自分の問題を人のせいにするのは間違いだが、余りにも納得できないことが多すぎた。
「元気ないですね」
「そうかい」
「異動?」
「そうじゃないけど、何となくね…」
立川の居酒屋である。
久しぶりに伊坂文恵と飲みに来ていた。
「それにしてもびっくり」
「なにが」
「坊屋さんと紀子さん」
彼らの騒動、スタッフ達には結構な激震だったらしい。それはそうだろう、あれほどの美男美女がくっついたんだから、ニュース性はとてつもなく大きい。
「あの二人に子供ができたらきっと可愛いんだろうな~」
「そうかもしれない」
「どっちに似ても間違いないわ」
「まあね」
女性ならではのインスピレーションだろうか。
しかしこの会話も高田馬場のことを考えると、どうしてもうわのそらになってしまう。
「高田馬場へ行ったら、なかなかこうして飲みに来られないかもよ」
「そうなんだ。でも、あたしもテニスサークル入ったから、合わせるの大変かも」
こいつ、ずいぶんと冷たいこと言うなと思いつつも、やはり高田馬場のことが頭から離れない。
久々に感じるプレッシャーは想像以上に大きそうだ。
その日はランチピークが終わる14時前に店を出た。行先は高田馬場店である。目的は挨拶と引継ぎだ。
利尻さんはオープニングスケジュールが押しているようで、この日しか時間が取れないとのことである。
甲州街道から青梅街道、早稲田通りと進み、店の駐車場へ到着したのは15時半とずいぶん時間がかかってしまった。尤も、トリップメーターを見たら錦町から30km以上もあったので、まあこんなものかもしれない。
しかし狭い駐車場である。これで4億も売るのだから驚きだ。
それとこの店は高田馬場駅から徒歩圏内なので、三鷹から地下鉄東西線に乗れば電車通勤でも充分行けると思う。
「おはようございます。錦町の木代です」
「おはようございます。店長に聞いてます、どうぞ奥へ」
高田馬場店は大正製薬厚生課ビルの一階にテナントとして入っているので、店内のレイアウトはここだけのオリジナル。オープンキッチンの前にはカウンター席が配置され、一見横長の106型に似てはいるが、奥に広がりがあるので、恐らく総客席数は上と見た。アイドルタイムにもかかわらず、3割以上席が埋まっているところはさすがである。
「おっ、木代さん、どうもどうも」
「忙しいところお邪魔します」
一番奥のテーブルに案内されると、間もなく利尻UMが現れた。背はすらっと高く、顔だちに精悍さのあるハンサムボーイである。これで新店の吉祥寺店が成功すれば間違いなく次はDM昇格だろう。
「店についてはAMの中ノ森が掌握しているんで、彼に聞いてもらえれば殆どのことが分かると思います。社員じゃ彼が一番長くて、主みたいな存在だからね。それとKHに福田という体格のいい子がいるんだけど、彼はオープン当初からいる最古参で、高田馬場の生き字引ってな感じかな。皆からも慕われていて、バイトの中では一番頼りになりますよ」
「中ノ森さんとは面識があるんです。研修で何度か一緒だったんで。ところで利尻さん、高田馬場はどのくらいやったんですか」
「だいたい一年位かな」
「へー、それで次が吉祥寺のオープンじゃ休まる暇もないですね」
「ほんとだよ。でもさ、木代さんだって大変だよ、何てったってここだから」
「脅かさないで下さいよ」
来店して新たな職場を目の当たりにすると、やはり武者震いが起きた。はっきり言って店が醸し出すボリューム感には圧倒されそうだ。生半可な気持ちで臨めば必ずしっぺ返しを食らうだろうが、逆にこのチャンスをものにすれば、UMとしての経験値は必ず上るだろう。そもそも気合を入れなければ、これまで奮闘してきた歴代UMに対して失礼である。
泣いても笑っても一週間後はここのUMだ。
「おっ!木代さん、久しぶり」
振り向くと満面笑顔の中ノ森AMがこちらに向かって歩いてくる。
「いや~、久しぶり、今回はよろしく願います」
確か中ノ森さんは私より五つほど上で、家族持ちである。
研修会などでは、快活で声が大きいというのが印象に残っていた。裏表がなさそうなキャラは、うまくやれそうな感じである。とにもかくにも、店運営にはマネージャー職の団結が不可欠なのだ。
「じゃ、店長に店を見てもらって、その間に俺たちは打合せをやりましょうよ」
「おいおい中ノ森くん、俺だって忙しいんだぜ」
「あはは、分かってますって」
「OK。それじゃ1時間後に出かけるから、それまでやってって」
「利尻さんすみませんね、お言葉に甘えて時間使わせていただきます」
もう後には戻れない。
この節目に仕事へ対するもやもやを何とか払拭して、新たな気持ちで臨まなければ。
その時、ふと浦和太田窪店にいた時のことを思い出した。
埼玉地区で頑張っている同期生達はどのような気持ちで毎日を乗り切っているのだろうか。
やりがい、将来のこと等々、どの様に考えているのだろう。
離職者が多いということは、すなわち職場環境に問題があるということだが、この現況を如何に捉えているのだろう。
デニーズは社会人になって最初の職場。よって良いのか悪いのか、はたまた自分に合っているのか合ってないのか等々は、比較する対象がないので正直分からない。機会があればこの辺の疑問を、同期生達と腹を割って話したいものだ。
そう、上司にこの類の話をするのは愚の骨頂。何故なら教科書に書いてあるような組織論をぶちまけて、すぐに丸め込もうとするからだ。