散々な引き継ぎであった。
恐らく梅本さんは、東久留米店のことなどとうに頭にないのだろう。
<田無と同じだよ>、<特に問題はないしね>、<出世頭だから大丈夫!>等々、訳の分からぬ一方通行で取り付く島もないのだ。
いくら新店が控えているといっても、大切な店のオペレーションに関して、こんないい加減な引継ぎは許されるものではない。
「分かりました。ぼちぼちやっていきますよ」
「君澤が全部知ってるから、何でもあいつに聞けばいいさ」
君澤とは同店のUMIT。新しい門出に際し、最も頼りにしなければならない相棒的存在だ。
「じゃ俺、これから面接会場なんで、まっ、頑張って」
心ここにあらずの梅本さんは、ブリーフケースを持つと、話しかける隙も見せずにバックから疾風の如く出ていった。
事務所に残った私と君澤くんは暫し開いた口が塞がらない。
「これからは我々で頑張りましょうよ」
「そうだね」
君澤くんの心強い一言には、正直救われた思いだ。
初めての店、初めての店長という環境は、やはり緊迫の連続だろうし、当たり前とはいえ、責任の全てが降りかかってくるプレッシャーは計り知れない。
そんな中、スクラムを組める仲間が一人でもいることは、スタートを考えればこの上なく心強い。
「スタッフのこと、いろいろ聞かせてくれないかな」
「まかせてください」
東久留米店は、田無店や小金井北店と同タイプの106型店舗。いかにもアメリカという匂いがプンプンで私は好きだった。但、同タイプであっても、各店なりの特徴が出ているところが興味深い。特にバックヤードは顕著である。ディッシュエリアや製氷機などは共通の位置であるが、エンプロイ周りの掲示物や、ちょっとした掃除道具の置き場所、ロッカールーム等々には違和を感じるものだ。特に106型でもレイアウトが左右真逆、つまりシンメトリーになると恰も別型に思えてしまうから面白い。キッチンの入り口を例に挙げれば、田無、東久留米が正面から見て右側、小金井北がその逆の左だ。
そしてロケーションの差も雰囲気に大きく影響する。
一般的にファミレスの立地は開放的で明るいところが大体だが、東久留米店の敷地内には背の高い木々が林立し、昼間でも鬱蒼とした薄暗さがあり、近隣の店にはない落ち着いたムードが漂っていた。
夕暮れの頃には、フロントが放つ照明と木々の闇とのコントラストが、高級レストランと見間違えるような景観を作り上げるのだ。
店長として初出勤の日、ランチ前に今田DMが来てくれた。彼は東京地区DMとして小寺RMの直下に君臨し、その立場は他地区のDMとは一線を画いていた。
因みにRMとは、リージョナルマネージャーの略で、全DMを管理する役職である。
「大丈夫か、木代」
「やって砕けるだけです」
「駄目だよ砕けちゃ」
横山ノックにうりふたつの今田DMは、かなり進行した若禿の持ち主である。但し目つきは鋭く、無駄なことを一切口にしないところなど、今の地位までのし上がった片鱗が匂う。
UMIT時代に教わったオペレーションステートメント(損益計算書)の再説明があり、コスト管理の重要性について何度も念を押された。
単に売り上げを伸ばすだけではなく、各コストの目標値に限りなく近づけることが適正経営につながり、それが標準化への重要なポイントになること等々だ。
< アルバイト人件費(レバーコスト)が目標をオーバーした場合 >
1)マンニングテーブル無視の過剰な人員配置 ⇒ 人事生産性ダウン
2)新規採用が滞ったために、高時給のベテランスタッフを頼りすぎ、平均時給が高昇。
とにかく楽をしようとするUMの店は殆どと言って人件費が高い。良い例が元田無店UMの上西さんだ。
彼はたとえランチピークであってもフロントに出てくることは殆どないので、MDに関しては、頭数はもちろんのこと、仕事のできるベテランでがっちりと固めている。時給700円台クラスを朝から午後まで使い、それに平日でも週に3回はDLも配置しているので、当然ながら人件費は上がってしまう。
人員配置は適正であっても、日頃から時給の低い新人の採用に力を入れ、ベテラン半分、新人半分のマンニングを全てのシフト、全ての職種で常態化させなければ、当然の如く人件費オーバーは避けられない。
< 逆にアンダーな場合 >
1)人事管理ができていないために完全な人手不足に陥り、サービスレベルの低下が起きている ⇒ 評判の悪化、離職率アップ
2)採用計画ができていない。
スタッフが少なく、いつもバタバタしている店は殆どと言って離職率が高い。もちろん新規採用の段階で手こずっている店もあるが、大概は、せっかく新人を確保しても、人がいない為に十二分なトレーニングを行えず、右も左もわからない未熟な新人を前線に張り付けるから、そのしんどさに耐えられなくなり辞めてしまうというケースだ。
< 食材原材料費(フードコスト)が目標をオーバーした場合 >
1)オーバーポーション、調理ミスの多発、発注ミスやプリパレミスによる廃棄食材の増加
2)報告されない“ちょんぼ”、横流し、盗み。
3)売り上げ予測の甘さ
部下に指示を出すのが苦手で、且つ己に甘いリードクックのいる店は、必ずと言ってフードコストが高い。
オーバーポーションをその都度指摘するのは、言われる方も言う方もしんどいもの。しかし、根負けして言わなくなれば改善は見込めない。いかに険悪なムードになろうとも、その都度その都度、何度も何度も指摘していくのが常道なのだ。“みな仲良くやろうよ!”的なリードクックではとても務まらない。
貫徹するには、まず己に厳しくし、ポーションコントロールの鬼になる必要がある。
< 逆にアンダーな場合 >
1)アンダーポーション
2)棚卸ミス
3)売り上げ予測の甘さ
人件費と食材原材料費は管理可能費の中でも特に重要とされる項目で、これを適正値に近づけることは全てUMの手腕にかかっているのだ。
「店を良くして梅本さんを超えろよな」
「ました!」
こうしてついにUMとしての毎日が始まったのである。