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秀麗富嶽十二景

 関東にも黄砂が飛んできた四月十三日(木)。前々から計画していた、秀麗富嶽十二景にトライした。
 秀麗富嶽十二景とは、<山梨県大月市域内にあり、富士山を望む優れた景観がある場所として、 山梨県大月市が一九九二年に定めた十二の山域>とのことで、つい最近、職場の山好きな常連さんから教えていただき、俄然興味が湧いていたのだ。

No.名称
1番山頂雁ヶ腹摺山(1874m)・姥子山(1503m)
2番山頂牛奥ノ雁ヶ腹摺山(1995m)・小金沢山(2014.3m)
3番山頂大蔵高丸(1781m)・ハマイバ(1752.0m)
4番山頂滝子山(1590.3m)・笹子雁ヶ腹摺山(1357.7m)
5番山頂奈良倉山(1348.9m)
6番山頂扇山(1138m)
7番山頂百蔵山(1003.4m)
8番山頂岩殿山(634m)・お伊勢山(550m)
9番山頂高畑山(981.9m)・倉岳山(990.1m)
10番山頂九鬼山(970.0m)
11番山頂高川山(975.7m)
12番山頂本社ケ丸(1630.8m)・清八山(1593m)

 今回歩いたのは、七番山頂の百蔵山と六番山頂である扇山。一度に二座ということで、そう、張り切って縦走としたのだ。
 三鷹駅六時三十九分発の特快高尾行に乗り、立川で大月行へ乗り換え、七時四十七分、猿橋駅に降り立った。国道沿いにあるセブンイレブンで買い物を済ませ、登山口へと向かう。桂川に渡す宮下橋からは、これから登る百蔵山と扇山がくっきりと見渡せ、気合いが入った。
 それにしてもいい天気だ。黄砂の気配はみじんも感じられない、絶好の登山日和に感謝である。
 登山口まではおおよそ三十分、ひたすら舗装路を歩くが、延々と上り坂が続くので結構しんどい。途中、ウィンドブレーカーを脱いで、薄手の長袖シャツ一枚になる。
 登山口に到着すると、既に結構汗ばんでいた。振り返ると見事な富士山の姿がそこにあった。十二景は富士山の眺めを謳うだけあって、コースのいろいろなところで富士山を愛でることができるのだ。
 登山口からもひたすら上りが続いたが、樹林帯なのでひんやりして気持ちがいい。日光をもろに浴びる舗装路よりは格段にましである。

 登り傾斜はそれほどきつくはないが、右股関節と右膝の違和感がスタートからずっと続いていて、ちょっと不安だ。日頃から様々なストレッチを試しているので、症状の進行は抑えられていると思うが、根本的には治っていない。この頃では加齢による不可避なものと諦めが入っている。

 十時少し前、百蔵山頂上に到着。期待通りの富士山を拝むことができた。周囲の山々を含め、画になる配置はさすがの一言。これだけ登ってきてよかったと思ったほどだ。ただ、ちょっと残念だったのは、やはり黄砂の影響が出ていたこと。僅かだが遠景には靄を確認でき、すっきりしない。
 頂上は広く、数名のハイカーが寛いでいた。私もひとつだけあるベンチに腰掛け小休止。ドーナッツとおにぎり半分を食すると、やっと人心地がついた。かなり散ってしまった後だが、頂上には山桜が植えられており、もう二~三週間早ければ、富士山とのすばらしいコラボが見られたかもしれない。

 扇山へ向かう。
 尾根道へ出るまでは、ひどく急な斜面を下る。途中、木の幹を頼らなければ安全に下れない個所もあり、緊迫感が暫し続いたが、下りきってしまえば、後は快適な尾根道歩きが続いた。眺めはそれほど良くなかったが、たまに木々がまばらになると遠くの山々が見え隠れし、思わず立ち止まった。
 前方の扇山が迫り来る頃、尾根道は終わり、代わって今回のハイライトとでもいうべき長い上りが始まった。
 決して急坂ではない。扇山の全景を見ればわかるが、斜面は至ってなだらかなのだ。ただ長い。
 歩いても歩いても斜面は終わらず、少しづつ且つ確実に体力を失っていった。気がつくと立ち休みが多くなっている。右膝と同じく右大腿部の違和感がかなり大きくなってきていた。扇山頂上までもう少しというところに、大久保山の頂上があるが、堪らずここで倒木に座り込んだ。
 十分ほど休むと、だいぶ体が軽くなったので、ラストスパートをかける。
 暫く行くと、前方から年配男性が下ってきて、すれ違いざまに声をかけてくれた。
「もう少しですよ。がんばって!」
「ありがとうございます」
 こんなやりとで力が湧いてくるから不思議になる。

 十二時十五分、扇山到着。
 ここも百蔵山と同様に頂上は広く、丸太のベンチが数か所設置してある。ただ、がっかりしたのは富士山がガスに覆われ、まったく見えない。ウェブサイトで確認したどでかい富士山の姿。心底拝んでみたかった。

 自然現象には抗えない。ここでゆっくりと昼食を取ることにした。ザックから半分残したおにぎりと、いなげやで買った“飲み干す一杯味噌バター味ラーメン”を取り出す。  
 頂上広場には私以外に八名のハイカーがいたのだが、ほとんど全員帰り支度にかかっていて、カップ麺ができあがるころには、一人ぼっちになってしまった。
 実に静かなランチタイムである。燦燦と降りそそぐ陽光の下、満腹になると、あまりの心地よさに、少々眠くなったきた。ベンチの周囲は芝状になっているので、乾いたところを選んで、丸太を枕にし、仰向けになった。もう少し風が弱かったら、まじめに寝落ちしただろう。
 以前と富士山方面は濃いガスが立ち込めていたが、頭上から北側はきれいな青空が広がっていた。

 ひたすら鳥沢駅を目指して下っていく。山道は非常に整備されていて歩きやすいのだが、如何せん足に疲れがたまっている。若干だが右膝に痛みが、そして左膝には腸脛靭帯炎の前兆のような違和感を覚え始めた。極力ペースを落とすものの、先は非常に長い。
 二時ちょっと前。立ち休みを頻繁にとって、その都度水分補給も行ったおかげか、なんとか無事に扇山登山口があるR30まで下り切った。地図によればここから駅までは舗装路になり、まだ一時間弱ほど歩かなければない。そんなことを考えていると、登山口にある駐車場のミニバンに目が止まった。脇では年配男性が着替えの真っ最中だ。おそらく彼も下山した直後のハイカーなのだろう。
「すみません。鳥沢駅はここを右へ下っていけば行きつけますかね」
「そっちは行ったことがないんで、わからないけど、俺もこれから帰るとこなんで、乗せてってあげようか」
 こんなやり取りから、会話が始まった。ご主人、私より三つ上の御年七十一歳。旅と山歩きが好きで、昨年夏は北海道へ一か月ほど行ってきたそうだ。大概の場合、愛車のミニバンで出かけ、北海道ではオートキャンプ場での車中泊が多かったとのこと。
 ミニバンに乗り込むと、甲州街道と並行して延びる山道R30を東へ進んだ。
「もう終わっちゃってるかもしれないけど、途中にね、花がきれいに見渡せる場所があるんですよ」
 道路わきにある、三台しか停まれない小さな駐車場へミニバンを入れ、車を降りる。
「うわぁ、ここ、眺めいいですね~」
「でしょ。でも花はずいぶん散っちゃってる」

 眼下に見えるのは、中央自動車道・談合坂SAだ。そこへ至る斜面には、たくさんの桜や桃の木が植えられていて、最盛期だったら彼の言うように、さぞかしすばらしい景色が広がるだろう。
 長い下り坂が終わり、甲州街道を左折。右前方に線路が見えると、ミニバンは四方津の駅前に滑り込んだ。
「ほんとうにありがとうございました」
「またどっかで会えるかもしれないね」
 完全リタイヤ後は、彼のような毎日も参考にすべしだ。
 ちょっときつかった今回の山行。でも、やはりいい経験になったし、いい思い出にもなった。
 登山シーズン到来の今。秀麗富嶽十二景は絶好のターゲットかもしれない。

花粉・真っ只中

 先回の刈寄山から二か月が経とうとしていた。
 早朝でも暖かさを感じられるようになると、自然と意識は山へと向かい始める。それでも即行動に移せない理由があった。花粉症である。今年はとりわけ症状がきつく、目のかゆみは尋常でない。庭に出るだけで花粉の刺激を感じるという状態なのに、その花粉の発生の大元に出かけるというのだから、躊躇するのも致し方ない。ただ、ひと月ほど前に新しいトレッキングシューズを手に入れていたので、それの馴らしがやりたかった。

 三月九日(木)。丸一日快晴の予報が出たので、意を決して山へ登ることにした。行先は久々の日の出山。ルートは麻生山経由である。
 恐ろしいことに今年の花粉飛散量は過去十年で最大という。前述した目のかゆみもそうだが、一週間ほど前から就寝時の鼻づまりが顕著になり、口で息をするから朝になると喉が風邪をひいたときのようにひりひりする。これは不快だ。
 出発しようとPOLOに乗り込もうとしたら、昨日洗車してぴかぴかになったボディに黄色の膜がはったように花粉がのっていた。見るだけで鼻がムズムズする。

 白岩の滝には九時半に到着。先客らしき乗用車が二台停まっている。このマイナーなルートもだんだんと知れ渡ってきたのかもしれない。
 最初の石段を上がっていくと、新しいシューズがやや窮屈。足指周りにゆとりがないのだ。途中で指がずるむけになったらどうしようと、ちょっと不安。
 麻生平までは樹林帯の中を沢に沿って上がっていくので、ウィンドパーカーを羽織ってちょうどいい感じだったが、沢が終わるあたりから森の空気は少しづつ熱を帯びてきた。麻生平への最後の登りで堪らずシャツ一枚になったが、すでにノースリーブのアンダーシャツは汗をだいぶ吸い込んでいた。今日は異例に気温が高い。

 麻生平へ出るといつもの壮大な眺めが現れるが、ちょっと様相が異なった。山々とその先の景色まで靄らしきものがかかっていて、ひどく視界が悪い。もちろん朝靄などではない。大量に飛散した花粉が山と下界を覆いつくしていたのだ。
 この光景を目の当たりにした途端に鼻水が滴り落ち、目が異様にかゆくなってきた。ここは花粉発生の真っただ中なのだ。さらに標高を上げ、麻生山の山頂へ立ってみると、青梅線方面の市街地までが花粉に覆われ霞んで見える。これは堪らん。
 ここまで幾度も鼻をかみ続けたせいで、ハンドタオルが鼻血で毒々しい汚れ方になっている。鼻のムズムズも目のかゆみも収まりそうにないが、引き返してもこのまま周っても時間的に大して変わりはないので、計画通りに日の出山まで行ってみることにした。しかし、鼻をかみかみ、涙をふきふき、そして不自然な履き心地のシューズを履いての山歩きってのは、なんともしんどい。

 山頂に到着すると、婆ちゃん五名、爺ちゃん三名の高齢者グループがハンバーガーやらサンドイッチやらをぱくつきながら、大いに盛り上がっていた。ここはいつきても賑やかだ。大きな声で話しているので内容は手に取るほどわかった。これからつるつる温泉にいくグループと、登山口からすぐにバスに乗るグループと二手に分かれること、仲間の○○さんがすすめてくれた卵サンドはとてもおいしいこと、そして最近の物価高で食費も削っていること等々、こんな話題で最高潮に盛り上がれるのだからうらやましい。はす向かいに座っている小柄な婆ちゃんの視線を感じると、
「あなた花粉が大変そうね~」
 いかにも心配しているといった表情で話しかけてきた。
「ええ、この季節は堪りませんね」
「あたしたちみんな花粉はだいじょうぶなのよぉ、あはははは」
 花粉症が発症する原因は、やはりストレスだ。間違いない。

 目のかゆさを我慢しつつ、なんとかPOLOまで戻ってくると、たった五時間弱の間に花粉がこれでもかというほど車体を覆いつくしていた。
 今年の花粉にはやられっぱなしだ。低山登山の本格スタートは、花粉飛散量が減ってくる四月半ばからがいいかもしれない。

またまたニホンカモシカ!

  新年一発目の山は、刈寄山になった。
 年末から晴天が続き、おまけに週末にかけて気温も上がったきたので、休日になったらとにかく山へ行こうと心に決めていた。最初は三山コース(大塚山~御岳山~日の出山)を考えていたが、先回の山行から一か月以上経過しているので、先ずは足慣らしが肝心と、馴染みの刈寄山に落ち着いた。

 一月十二日(木)。本年の山行の無事を祈願ということで、麓にある今熊神社へお参りしてから登山開始。思い返せば刈寄山は七か月ぶりだ。昨年はいろいろな山へトライしてきたから、少々足が遠のいていたのだ。ただ、いったん山中へ入り込めば、すべてがいつもの通り。落ち着けるし和める。四季それぞれの顔を知っているのは唯一この山だけだ。

 歩き始めから体調の良さを感じた。初っ端の石段が全く苦にならないし、中盤にある倒木跡からの登りもへいちゃらなのだ。相変わらず右股関節の違和感は残るが、両膝は絶好調。スタミナも問題なさそうだ。
 なぜだろう?と幾度も考えた。
 適度な気温と無風という好条件がそろったからか。
 長そでシャツにフリースだけでちょうどよく、登りの連続ではやや汗をかくというほど良い感じは、精神的にも山歩きを楽しくしてくれるもの。そんな諸々が作用して、パワーが湧きたっているのかもしれない。

 山中は完全な冬枯れを見せた。草木が枯れ落ち、山肌がよく見えて、なんだか山自身も寒そうである。頂上直下まできたとき、ふと顔を上げると、東屋の全体が見渡せた。植物が生い茂る夏だったら絶対にありえないことだ。
 いつものベンチに陣取る。ここまで誰一人と会うことのない静かな山行だ。そう、体調がいいと腹も減る。あんパンは途中で平らげていたので、残るはカレーパンとカレーメシ・シーフード。カレー味のオンパレードだが、カレーは大好物なのでこれでいい。

 下山路でも体調の良さは変わらなかった。下山時は上りで疲労した筋肉が悲鳴を上げるので、膝痛や“よろけ”が出やすいが、今回は不思議に足運びはスムーズ。上り返しの時も苦はそれほど感じられなかった。それより、なだらかな下りが連続するところでは、小走りになることも屡々で、なんだかトレラン風になるほどだ。それだけ余力があったということだろう。腕時計を見ると、いつもより十分近くペースが速めだ。
 リズムよく下っていくと、突如、右の斜面に動く何かに気がついた。歩を止めると同時に黒くてでかい動物が現れ度肝を抜かれる。落ち着いてよく観察すると、浅間尾根でのシーンを思い出した。なんと再びニホンカモシカとご対面である。国の天然記念物になっているから、もう少々稀少な動物だと思っていたが、そうでもないようだ。むしろ以前はちょくちょく見かけたニホンジカが、ここ二年ほどお目にかかってない。

 登山口に一番近い見晴らし台まで下ってくると、五十歳前後と思しき作業服姿の男性が、ひとりベンチに腰かけていた。挨拶すると、地元の方だったので、先ほどのニホンカモシカについて聞いてみた。すると笑顔で答えてくれた。
「このへんじゃ、昔からよく見かけますよ」
「里に近いのに、いるんですね」
「自然はだんだん枯れてきたけど、ニホンカモシカはしっかりと生きてますね」
 彼によれば、川口川も以前は水量があって、子供のころはハヤやウグイがたくさん捕れたそうで、なんと金剛の滝では、渓流の女王ヤマメまでいたそうだ。
 実は亡くなった父方の祖母の実家がこの近くにあって、私が小学校へ入ったころ、その川口川で親戚の子供たちといっしょに魚捕りをした経験があり、今でもしっかりと憶えている。

浅間尾根

 午前四時十五分起床。居間に降りるとすぐにTVのスイッチを入れた。
「うわっ!負けてる」
 ワールドカップ第三戦・日本×スペインである。
 ちらりちらりとTVに目をやりながら出かける準備をするから、思うように進まない。忘れ物がでそうで心配だが、試合は後半戦が始まると一気にヒートアップ。逆転を果たしたころには、装備や登山靴等々すべて玄関へ並べ、じっくりと観戦。アディショナルタイム七分が発表されたとき、後ろ髪をひかれつつもTVのスイッチを切り、三鷹駅へと向かった。JR武蔵五日市着七時十五分の電車に間に合わなくなるからだ。
 今回の登山ルートは浅間尾根。その東寄りにそびえる浅間嶺は二度ほど立った経験があるが、浅間嶺から西側は未体験ゾーン。歩きやすい季節だし、当日の天気予報もまずますだったので、これはチャンスと出かけることにしたのだ。三鷹駅に着くとさっそくYaHooニュースを確認。『勝ち』を知ると気分スッキリ。

 武蔵五日市駅前の数馬行バス乗り場には、どこから湧いて出てきたのか、十名ほどのハイカーが列に混ざり並んでいる。五日市線車内には一人も見かけなかったのに。
 全員乗り込むと、シートのほぼ八割が埋まった。途中、小学生やら中学生が通学のために十数人乗り込んできて一時満車状態となったが、払沢の滝停留所で彼らは全員降りた。車窓から中学校が見えたので、おそらく小学校も近くにあるのだろう。バスはここでUターン、南秋川へと入っていく。

 ハイカーはまだ誰一人降車していない。いったいどこへ行くのだろう。まさかみんな私と同じ“浅間尾根登山口”なのか。そんなどうでもいいことを考えていると、年配八人組(座席はバラバラだったがグループ)が柏木野で降りた。こんな辺鄙な場所からどこへ行くのだろうと、地図を取り出し広げてみると、生籐山へ至る登山口があるではないか。すっかりガラガラになった車内には、私も含めて男性ハイカーが五人が残った。

 武蔵五日市を出発して約一時間。浅間尾根登山口に降り立ったのは私一人。後の四人はまだ乗っている。靴ひもを締めなおし、秋川を渡って登山口へ向かう。

 山道は整備されていたが、落ち葉の量が物凄い。おまけに濡れているので非常に滑りやすい。ちょっと油断するとズルッとくるから、下りだったら厄介だ。
 数馬分岐からは快適な尾根道に変わった。巨岩である“猿石”を通過しても快適な道は続き、北側の山々がよく見えた。こんな素晴らしいルートならもっと早く来るべきだったと感心する。ところがこの先に問題が待ち受けていたのである。

 おそらくだが、一本松は抜けていたのであろう。地図によればこの快適な道はずっと続くはずだった。細くなった尾根を上がっていくと注意書きが目に留まる。ひどく汚れていて読みにくかったが、橋が崩落していているので迂回しろとの内容だ。先を見渡すと、それらしき崩落跡があったが、その右わきには先に進める道らしきものも見える。あとは杉が伐採された急坂だけだ。“それらしき道”は目の前の急坂に対する巻き道と判断し、とりあえずそこを選んだ。ところが徐々に踏み跡が少なくなり完全に道は消えてしまう。この時、迂回路は急坂の尾根だったのだと思い返したが、戻るのは面倒なので、やや危険を伴うものの、右急斜面を枝や幹をつかみながら這い上がることにした。
 なんとか尾根道らしきところまで出ると、
「おおっ」

 絶景が待ち受けていたではないか。何枚か写真を撮ったのち、まだ続く上り坂を、踏み跡を確認しながら慎重に歩を進めた。今から思えば、これが大ミスだったような気がする。方向的には人里峠のある南東へ進んでいたが、実際には南東よりさらに南寄りだったのだ。そしてついに恐ろしいほどの急斜面の下降に出くわした。ここにも濡れた落ち葉が絨毯のごとく積もりに積もっている。それでもわずかだが踏み跡は確認できたので、正規のルートと信じ、腰を落とし、つま先を横に向け、且つ木々の幹や枝をつかみながら、少しづつ少しづつ下って行った。
 どのくらい時間を要しただろう、前方に整地された林道らしきものが見えてくると同時に斜面が緩やかになってきた。一山超えたとはこんな感じか。
「おっ!なんだ、あれは」
 突然、林道の向こう側の斜面から黒くて大きな動物が飛び出てきた。一瞬熊か?!と縮み上がったが、目を凝らせば、な、なんとニホンカモシカである。普通のシカは幾度も遭遇したことがあるが、カモシカは初めて。抜き足差し足で距離を詰めシャッターを切る。さらに足を延ばした途端にスッと踵を返されたが、何とか一枚だけ撮ることができた。
 それにしても完全に道に迷ったようだ。林道まで下りてきて眼下に目をやると、そこは集落になっていた。かなり標高が落ちた証だ。そりゃそうである、あれだけの急坂を時間をかけて下ってきたのだから。

 さておき、道標をはじめ、踏み跡など、先を示すものを探すことにした。林道を挟んで下っていく踏み跡があったので、とりあえずそこを進んでみた。ところが急に竹林に突き当たり、竹の合間には民家の屋根が見え、道は終わった。仕方がないので、再び来た道を戻り、今度は集落へと下った。誰かに現在位置を聞くしかやりようがない。
 二つ目の民家の庭先を通り過ぎようとしたら、年配男性が何やら作業中。声をかけてみた。
「すいません。道に迷ったみたいなんですよ」
「あらあら。つい一週間ほど前もね、道に迷ったっていう六名の女性グループがきましたよ」
 ご主人に地図を見せ、ここがどこなのか聞いてみた。しばらく目を細めて地図を凝視していたご主人が、
「ほら、ここに人里って記してあるでしょ。ここはね、バス停があるんです。うちの前の道を下って檜原街道に出ると右角が西川橋のバス停で、逆にそこから左へしばらく歩くとこの人里ですよ」
 なるほど。目の前の川は秋川の支流なんだ。ということは地図にはない、ほとんど獣道のようなところを下ってきたことになる。一つ間違えれば遭難ってことにもなりかねない。
「どうもありがとうございます。助かりました」
「バスが来るの、待っても一時間くらいかな」
 再度お礼を言ってから下りだした。それにしても恐ろしいことだ。他にも道に迷った人たちがいたという事実が。何度思いここしても、どこでどうしてミスを犯したのかがわからなく、なんだかキツネにつつまれたようである。
 てなことを考えながら歩いていると、檜原街道へ出た。十分もたっていない。確かに右角がバス停になっていて、時刻表を見ると十一時五十九分に武蔵五日市行きがある。腕時計は十一時二十分過ぎを示していたから三十分ちょっと待てば楽して帰路につけるってことだ。
 ところが今日の私はがぜん体調がよかった。若干の股関節痛は残っていたが、気になるほどではなく、むしろこうして山行が中断されたことが悔しくてたまらない。もう一度地図を広げてつぶさに見ると、人里バス停から北に向かって、浅間尾根の人里峠へ通ずる山道が記してあるではないか。再び尾根まで登り直ししなければならないが、余力はある。これまでの私では考えつかない判断だが、気持ちがいけそうと言っているなら、素直に従った方が面白い。

 日に二度目。「0」からの登山の始まりである。急坂を延々と下ってきた疲れが大腿筋に出た。ペースが落ち、立ち休みの頻度も高まるが、不思議と気持ちは萎えてこない。あわよく浅間嶺へ十三時までに到着すれば、昼飯も取れ、日が落ちる前に本宿へたどり着ける。
 やっとのことで尾根にでると、道標が立っていて、浅間嶺を示していた。至極当然のことだが、それが何とも嬉しく感じた。
 北側の山々の斜面には午後の斜光による影ができて、一味違った景観を楽しめた。そして最後の小山を超えると、浅間嶺展望台への道標が現れる。木の階段を昇りつめ、ベンチにどさっと座り込んだ。見回せば人気のビューポイントなのに、いるのは私一人だけ。ここからゴールまではよく知った道だから、焦らずゆっくりと昼ごはんにありつける。お湯が沸くと、カレーメシとインスタントコーヒーに注いだ。

高水三山・晩秋

 十一月二十五日(金)。五年ぶりとなる高水三山を歩いてきた。
 快晴、無風と、これ以上望めないコンディション下の山歩きはやはり楽しい。ただ、相変わらず右股関節の調子が悪く、若干の痛みやハリのような違和感を終始覚え、不安は募る。やはり一度医者に診てもらう必要がありそうだ。加齢のせいにはしたくないが、ちょっと萎えた。

 七時一分発中央線特快高尾行へ乗り込んだ。そう、この頃電車利用率が上がってきた。なぜなら使ってみるとこれが案外楽だから。山歩きをすれば当然疲れるので、車だと帰りがやや辛い。それともう一つ。下山後にアルコールを楽しめること。
 先日の秋川ハイキングの際に、購入後ほとんど使うことのなかったTHERMOSのポケットマグに、少量の氷と麦焼酎を満たして持っていくと、これがGoo。ギンギンに冷えた焼酎オンザロックは、疲れた体に最高の喉越しと刺激を与えてくれたのだ。量も150mlなので変に酔っぱらうこともなく、これは一発で癖になった。そんなこともあり、刈寄山や麻生山等々、車でなければ不便なところは別として、今後は積極的に電車・バスを使おうと思っている。

 森は晩秋の様相を呈していた。紅葉はとうに過ぎ去り、冬枯れと称してもおかしくない。山道はどこも枯葉が積み重なり、昨夜の雨で恐ろしく滑りやすくなっている。土が露出している急斜面は、当然濡れた落ち葉以上にスリッピー。特に下山時は「おっと!」の連発になった。

 高水三山コースの中で最たる絶景ポイントは岩茸石山の山頂。正面には奥武蔵の山々、右手には都心部のビル群までがはっきりと見渡せる。空気はカラッとしていてその冷たさは冬を感じさせたが、今日は嘘のような無風。目の前のすすきも微動だにしない。そこに燦燦と降り注ぐ暖かい陽光も相まり、食事の準備をしているうちは上着もいらなかったほど。
 以前、山トモのHさんと大塚山へ行ったとき、彼女、うまそうに“カレーメシ”を食していた。カップ麺に少々飽きがきていたので、OKストアーに行ったついでに一つ買っておいたのだ。そのカレーメシにお湯を注ぎ、待つこと五分。ぐるぐるとかき混ぜているとだんだんととろみが出てきて、いい香りも漂い始めた。そろそろ頃合いだろうと食べようとすると、ふと背後に視線を感じた。振り返ってみると小学生中学年ほどの女の子二人が立っているではないか。恐らく彼女たちにしてもカレーメシは初めて見る“食べ物”で、大いに興味ありといったところか。目線が合うと、ばつが悪かったか、引率者と思しき男性のいるベンチへと帰っていった。

 ふむ。なかなかいける。乾燥した米粒を見たときにはどうなるかなと心配だったが、これはれっきとした“カレー”。温かいカレーライスを、晩秋の山頂でいただけるとは、ちょっと幸せ気分。残ったカロリーメイトとチョコクロワッサンを食べ終えると、いい感じで腹が膨らんだ。気持ちも体も落ち着いてのだろう、若干眠気も……

 人気の高水三山も今日はハイカーの姿が少なく、こうして絶景を前に静かなひと時を過ごすことができた。これも山歩きの楽しみであり、これがあるから山への興味は尽きない。アルプスや南八ヶ岳でなくともいい。都会を抜け出し、大自然の懐を満喫するには、奥多摩、奥秩父、十二分な山塊なのだ。

 P.S
 惣岳山からJR御嶽へ下る途中に、沢井へ向かう道標を発見。次回はこのルートを辿ってみようと思う。なにせJR御嶽までの下りはずっと変化のない樹林帯歩きだし、木の根と大きなステップが多く、おまけにゴール目前にアップダウンが三か所も待ち構えている。簡単に言えば、単に辛いだけ。