「デニーズ時代」カテゴリーアーカイブ

若い頃・デニーズ時代 12

デニーズがイトーヨーカ堂内のインストアから郊外へ向かって本格的な多店舗攻勢をかけ始めた頃、その店舗スタイルは、ウェイトレスステーションのない“オープンキッチン”だった。
フロントの開放感はデニーズの大きな特徴として他社との差別化を図り、オレンジ色を主体とした明るい内装でアメリカンポップを演出、そしてスタッフの快活なグリーティングとコーヒーおかわり自由が、既存国内レストランの概念をぶち破ったのだ。
デニーズは何もかもが新しかった。
当時、コーヒーと言ったら喫茶店で飲むレギュラーコーヒーを指し、午後の一時、または洋食の後など、特別な時間に楽しむものだったが、デニーズのアメリカンコーヒーは、堅苦しいことなしに、“いつでも気が向いたときに何杯でも”をキャッチコピーとして着実に広がっていった。
その昔、アメリカ人は一日に10杯も20杯もコーヒーを飲むと聞いたとき、レギュラーコーヒーしか知らなかった私は、アメリカ人はなんて胃が丈夫なのだろうと感心したものだが、彼らが親しんでいる元祖アメリカンコーヒーは、焙煎が浅く、極めてライトタッチな飲み物だったのだ。単にレギュラーコーヒーを薄めただけだったら、とてもではないが何杯も飲むことなどできるはずもないし、況して食文化にはなり得ない。
幾種類にも及ぶ卵の焼き方、付け合わせのハッシュドポテト、トーストの上にローストビーフをのせたホットローストビーフサンド、マクドナルドのハンバーガーとは一線を画く手作りの味わいが人気を博したデニーズコンボ等々、デニーズレストランは、見て知って驚くアメリカ文化の固まりだったのだ。

そんなある日、事務所に呼ばれると、加瀬UMからついに異動の話が出た。

「決まったよ。浦和の新店だ」
「埼玉ですか…」

覚悟はしていたが、いざ東京を離れるとなるとちょっと寂しい。最初はどうなるかと心配していた槇さんとのコンビネーションも今ではいい感じで息が合い、平日のディナータイムなら二人でほぼ完璧にこなせるようになっていたのだ。

「通えない距離じゃないけど、オープン作業で何かと大変だろうから、入寮の手続きも取っておきなさい」
「ました」

異動先である新店の名称は【浦和太田窪店】。
浦和競馬場の東側を通る産業道路沿いだ。全く不慣れな地だったのでロケーションは想像もつかない。

「店長は井上さんという、結構厳しい人だぞ」

まいった。脅かさないで欲しい。

「だけど直接の上司は西條といって、うちの石澤も一目置く優秀なリードクックだから、きっといい経験ができると思う」
「ところでオープンはいつですか?」
「ちょうど1ヶ月後かな。寮は準備できてるから、次の休みにでも様子見兼ねて、寝具だけでも運んでおけばいい」
「分かりました。行ってみます」

何とも急な話である。

「これは準備会議の予定も載っているオープニングマニュアルだ。しっかり目を通しておくように」

めくってみると新店の地図やスタッフの面々、そして事前会議の予定が目次付きでびっしりと羅列してある。特にノーイングの搬入からキッチンのセットアップまでは、タイムテーブル形式で綿密なスケジュールが組まれていて、読み進めれば新店オープンの大変さが現実味を帯びて伝わってきた。

その日帰宅すると、すぐに愛用の首都圏地図を開いて浦和太田窪店の位置と行き方を調べた。
井の頭通りから環八へ入り、そのままオリンピック道路を進んで笹目橋を渡り、右折して蕨市を通過すると産業道路へぶつかるので、そこを左折すれば建物が見えてくるはずだ。
交通量によってまちまちだが、恐らく所要時間は1時間前後を見なければならないだろう。十数分で到着する今の小金井北店を考えると、通勤に掛かる負担増は計り知れない。やはり寮生活になってしまうのだろうか。

加瀬UMに言われたとおり、直近の休みに浦和太田窪へ行ってみることにした。既に走行距離12万kmを突破している愛車セリカ1600GTVは、快調にオリンピック道路を疾走し、1時間弱で完成間近の新店へと到着した。
駐車場の一番奥へ車を入れて店へ向かうと、業者のトラックとは別に、誰のものか、母屋の脇にヤマXS750が停まっていた。人気のバイクである。
裏口のドアを開き、そっと中を覗いてみたら、何やらシンクの前でクックが作業を行なっている。

「おはようございます」

突然の声掛けに驚いたのか、そのクックは肩をすくませながらゆっくりと振り返った。

「なんだよ、びっくりするじゃねーか!」
「すみません!今度お世話になる小金井北の木代です」

訪れた経緯を説明すると、彼はそれまでの強ばった表情から急に人なつこいニヤケ顔へと変った。

「そっか、俺は西條です。よろしく」
「リードクックの西條さんですね。こちらこそよろしくお願いします」

加瀬UMから聞いていた“優秀なクック像”とはやや異なる第一印象だが、その優しい笑顔は人を包み込み引き寄せた。神経質で暗い人だったらどうしようと心配していたので、先ずはほっと一息。店を統括するのはもちろんUMだが、職場環境に於て直属長の存在は大きい。
年齢は小金井北の石澤リードクックよりひとつ上というから、私と較べれば二つ年下だ。

「寮へ行くと同僚になる村尾さんがいるはずだよ」
「ありがとうございます。寝具を持ってきたんで、すぐに行ってみます」

店の裏手にある寮は住宅街のど真ん中で分かり辛く、見つけるのに苦労した。迂回やらUターンやらで、歩けば5分もかからないところを車で10分以上も右往左往してしまったのだ。
袋小路へ車を停めると、布団袋を担いで階段を上がった。
見たところ、各階一世帯のアパートは築10年というところか。

「こんにちは」

ペンキの剥げた手摺りや、ひびの入ったモルタル外壁等々、それなりの生活感が染みついている。

「だれ?」
「小金井北の木代です」

黒縁の眼鏡と鷲鼻、そして華奢に見える体つきが、神経質な第一印象を醸し出していた。

「どうも」
「布団、こっちへ置いていいですかね」

仕切は襖だけ。ここは寝る以外に使えそうもない。

「村尾です。よろしく」
「ここを使うのは俺と村尾さんだけ?」
「そうゆうことかな」

それにしても表情に欠ける男だ。
これから色々接するうちに分かってくるところもあるだろうが、何となく取っつきにくい感じを受ける。いっしょのシフトは組みたくないタイプだ。しかし新店オープンにはチームワークこそが重要。新しいスタッフとは当たって砕けろの精神でコミュニケーションを計らねば。
5日後に迫った完全移動。
この際こまかいことは考えず、やるべきことを一生懸命やるだけだ!

若い頃・デニーズ時代 11

「皆に紹介する。今日からうちでクックをやる槇君だ」
「槇です、よろしくお願いします」
「彼は29歳、所帯持ち、お子さんもいる。石澤君と木代は充分面倒を見るように」
「ました!」

それにしてもいけ好かない笑顔の持ち主である。口は笑っているが、目が笑ってない。
これは要注意人物の特徴であり、何か含むものがなければこの様な表情は作れないものだ。
背は低く釣り目で額が広い、おまけに髪型はオールバック。誰が見ても、どの角度から見てもまんまキャッチである。

「明日からは木代と組んで遅番をやってもらう」
「えっ!」
「何かあるのか?」
「い、いえ、何も、、、ました!!」

参った。最悪である。

「今日はクンロクで、石澤リードクックに基本を教えてもらうように」
「よろしくお願いします」

小金井北店のキッチンは、石澤さんを中心に、春日と私、そして元気のいいキッチンヘルプの面々でなかなか良好なチームワークを築いている。
そんな中、精神的にも頼りにしていた春日に転勤が決まり、よりによってその穴埋めにキャッチが入ってくるなんて、これは不運以外の何物でもない。

「じゃ、槇さん、さっそくフライヤーの油交換をやってみようか」
「ました」

二人がキッチンの奥へ入っていくと、さっきからこのやり取りを静観していた春日が口を開いた。

「おい、いい相棒ができたじゃないか」
「あははは、最高最高!」

春日の奴、小金井北店での勤務は今日までだから、好きなことを言ってくる。意識はとっくのとうに新店へ向いているから、こんなやりとりは他人事のように映るのだろう。

「俺も早いとこ異動したいよ」
「大丈夫、もうすぐさ。それにしても彼、癖がありそうだな」
「おまえもそう思うか」
「仲良しにはなれないタイプだね」

正直、憂鬱である。明日からマンツーマンでキッチン業務を教えていかなければならないと思うと胃が痛む。そもそも、この役は私より石澤さんの方がはるかに適役なのだ。なのに、なぜ加瀬UMは私にキャッチを押しつけたのだろうか。

「まっ、それはおいといてさ、新店じゃ頑張れよ!」
「うん、ありがとう。お前には世話になったな」
「同期の桜さ」

研修からずっと一緒だった春日とも今日を最後に離ればなれとなる。
正直寂しかったが、これを機に一本立ちできるような気もするし、一人前のクックへと成長する為には避けて通れない節目のようなものなのだろう。
槇さんの面倒であれこれと思い悩むより、未来を見据えた自分の立ち位置を一日でも早く作れるように、より多くの努力をつぎ込むべきなのだ。

新しい“相棒”との遅番業務が始まって、早くも2週間が経とうとしていた。
仕事の流れを掴むにつれ、槇さんは意外や活発な動きを見せるようになり、相変わらず目は笑ってないものの、MDやミスター達とも徐々に連携が取れるようになってきた。

「槇さんの作るシェフサラダ、すごくきれい♪」
「ありがとう」

褒めているのは、少々ぽっちゃり体形ではあるが、笑顔を絶やさない女子大生MDの井村さんである。口癖は“彼氏、欲しいなぁ~”だ。
彼女の言うように、槇さんの仕事は実に丁寧だった。プリパレーション(下ごしらえ)は何をやってもきれいに上げるし、すのこ磨きをやらせれば誰よりも汚れを落としていた。唯、慎重すぎるのか、時間が人一倍掛かるところにネックがあった。
シェフサラダは基本のトスサラダへ細切りにしたスライスチーズとハムをトッピングしたものだが、このチーズとハムを細切りするにもやたらと丁寧に行う為、きれいに切れても時間が掛かってしまう。確かに料理としてはお客さんに喜んでもらえるだろうが、先週末の繁忙時間帯では、ディッシュアップが大幅に遅れてしまい、クレームが出てしまったのだ。きれいな盛り付けとスピードはどちらも落とせない重要なポイントである。

その時ディッシュアップカウンターに近付いてきたのは、そのクレームをもらってしまった当事者、大学生であるミスターの近藤君だ。

「槇さん、もうちょっと早く上げてくださいよね」
「この間はごめんな、頑張るからさ」

近藤君はアルバイトながら責任感が強く、MDの井村さんと同じく遅番シフトには欠かせないメンバーである。2年間も続けているので小金井北店ではもはや古株だ。

「そんなねちねち言わなくてもいいじゃない」
「ねちねちなんて言ってないよぉ~」

ちょっとのことでも言い合いになるこの二人だが、それぞれ満更でもないムードを持っているのは周知のこと。若い人達の多いデニーズでは、恋の花咲くことも屡々なのだ 。

「木代さん、びしびし鍛えてください」
「遠慮しないですよ」

こっちにも満更でない遅番チームが生まれようとしていた。

若い頃・デニーズ時代 10

デニーズへ入社した1978年は、すかいらーく、ロイヤルホストなど、競合他社も本格的な出店攻勢を掛け始めていた頃で、業績はどこもうなぎ登りであった。
デニーズは首都圏の地固めはもちろんのこと、北関東や東海地区までへも出店エリアを広げ、各社のドミナント戦争は凄まじい様相を呈していた。
春日が話していた新店オープンに伴う人事異動の話はいよいよ現実味を帯び、いつマネージャーに呼ばれるかと、気が気ではない日々が続いた。

そんなある日のこと、遅番で出勤してきた春日が含み笑いで私へ相づちを打つと、
いきなり放ったのである。

「俺の行き先、決まったようだ」
「異動か?!」
「ああ」

言い切った後の意気揚々とした表情が何だか眩しく感じた。

「どこ?」
「蒲生だ」

案の定、埼玉地区である。

「そりゃ寂しいな」
「おいおい、感傷に浸っている暇はないぜ。どのみちおまえもそろそろだ」
「まあね」

クックの仕事には大部自信が付いてきたので、その辺の心配はなかったが、新店という環境下、しかも未知のメンバーとうまくやっていけるかどうかは、大いに不安だった。
新店へ行けばトレーニーの立場はない。1クックとして構成され、大きな責務を背負うことになるのだ。

一週間後。社内メール便に春日の辞令が入っていた。

“蒲生店ショートオーダークックを命じる”

エンプロイエリアに張られた一枚の辞令は、緊迫感を発しながら私に語りかけてくる。

ー お前ももうすぐだってことね、、、

「木代さんも行っちゃうんですか」

食い入るように辞令を見ていたせいか、いつの間にか傍にいたMDの久光さんに気が付かなかった。

「びっくりした==!」
「そんなに驚かないで下さいよ」

口は半開き、茫然自失とした顔をしてたんだろうな、、、格好ワル、、、

「いなくなったら寂しい?」
「なにそれ!」

ちょっと鎌をかけてみたが、どうやら空回りだったらしい。

「そうなんだ、俺もそろそろ異動だよ」
「社員さんは大変ですね。でも頑張らなきゃ♪」

全くその通りである。
異動はしんどいが、新店ならば身につけた実力を発揮しやすいし、評価もされやすい。横一線で並んだ同期達に差をつける絶好のチャンスになるかもしれないのである 。但、この頃では夢の中にまで辞令がちらついてくる始末で、ともかく大きなプレッシャーになっていたことは間違いない。

春日の小金井北店での仕事が残り二日間と迫ったある日、突然キッチンへ入ってきた加瀬UMが皆に告げた。

「明日から中間社員が一人入ってきます。皆で良くフォローするように」

春日の後釜だろうか?!

「ました!」

中間社員とは中途採用の正社員のことである。
昨今の急激な出店ペースで絶対的な人員が不足しているのか、本部は中間社員を積極的に採用しているようだ。新人の私でさえ人手が足りないなと感じるほどだったので、全社的な状況は相当に切羽詰まっていたのだろう。
多くの中間社員には前職があり、しかも接客業や飲食業出身が多いから、入社後の戦力化には新卒ほど時間が掛からない。これは会社にとって大きなメリットになっただろうが、我々学卒組にとっては難儀の種でもあったのだ。
彼らの多くは年齢的に年上であり、レベルの大小こそあれ実社会経験を持っている。ところが加瀬UMは後輩として指導しろと言ってくるからやり辛い。

ー あ~、、どんな奴が入ってくるのやら、、、

若い頃・デニーズ時代 9

デニーズで働くアルバイト達は皆それぞれ生き生きとやっていた。
アルバイトでありながら積極的に仕事をこなし、正社員との隔たりを感じさせないその働きぶりは見事の一言。これほどのMotivationを喚起する根源は一体どこから生まれるのだろうかと、無い頭をひねって考えたこともあったが、要するに職場が楽しいと思えなければ、これだけ小気味の良い動きを発揮することはできないはずだ。

店長でさえ20歳代後半という若さ溢れる職場環境は、各シフト問わず活気に溢れていて、学校とはまた違う青春群像といった趣がある。私自身もエンプロイテーブルでMDやバスヘル達と歓談をしているときなど、一瞬職場であることを忘れてしまう錯覚にとらわれることも屡々であった。
男だけのマンダムな学生生活を5年間も過ごしてきた身には、MDとのオーダーのやり取りだけでもわくわくするし、たまに湧き出す黄色い声の嵐には意味もなく顔が崩れてしまうのだ。

「MDの久光さん、可愛い子だな」

いきなりの一言に振り返ってみると、そこには一週間ほど前に人事異動でやってきたリードクックの石澤さんが、にやついた顔でフロントへ視線を向けていた。

「彼女、好みなんですか?!」
「先輩をからかうなよ」

石澤さんは上司だが、ひとつ年下である。高校を卒業すると調理師学校へ進み、その後、街の洋食屋を経てデニーズへ入ってきたそうだ。そんなことから、包丁の研ぎ方等は当たり前の如く巧で、彼にアドバイスを受けながら研いだ包丁は抜群に使い易く、感動するほどだった。
そう、あのプリンだって、彼が作ると殆ど失敗がない。
中背痩せ形で、時々厳しい眼差しでキッチン全体を舐めるようにチェックする、シビアで取っつきにくい面も持っていたが、きちんとした料理人のスキルを持っている彼からは、デニーズだけで育った上司からは得られない多くのことを学んだ。

「久光さんって、ぴちぴちの高二ですよ」
「だよな。俺だってまだ二十歳そこそこなのに、彼女見てると年齢のギャップを感じるよ」

久光さんは美人というタイプではないが、丸顔でくるくると動く大きな目がとてもチャーミング。女子高生を絵に描いたようなその雰囲気は、当然、店の人気者である。

「ところでさ」
「はい?」
「MDには気をつけろよ」

いきなり飛び出した言葉に戸惑った。

「なんですか、それ?」
「次から次に若くて可愛い子が入ってくるからさ、歯止めが利かない男は必ず問題を起こすんだ」

これには感ずるものがあった。
常時10名そこそこの在籍がある年頃の女の子。その内の半分ほどが1年以内に入れ替わっていくのだから、女性への耐性が不足している男性にはかなり手厳しい環境と言える。
例えば、久光さんに一目惚れしても、後から更に好みの女の子が入ってくる確率は非常に高く、あれもこれもとちょっかいを出して、気が付けばトラブルに発展してしまう男性スタッフは、アルバイトのみならず正社員にも大勢いるとのことだった。
ファミリーレストランは当時の女子大生、女子高生にとっては人気のアルバイト先だったので、致し方ないと言ってしまえばそれまでだが、健康な男性だったら楽しくも苦悩する職場であることに間違いはない。

「特に所帯持ちだったら悲惨だよ、、、」
「で、ですね」

女は魔物、綺麗な花には棘がある、か。

「木代さん

突然の呼びかけに振り向くと、いつのまにか久光さんがディッシュアップカウンターの前にきていた。

「なに?どうしたの?」
「なんか真剣な話、してましたよね~」
「そ、そんなことないよ、仕事の話さ」
「顔に嘘って書いてある」

これ以上はないと思われる満面の笑顔が久光さんらしい。これにやられちゃう男は少なくない筈だ。

「それより久光さん、そろそろ“締め”をやる時間だよ」
「いやだ、はぐらかしてる~」
「そんなんじゃないって」

さっきの石澤さんの話ではないが、ついこの前まで大学生をやっていたのに、既に女子高生の乗りにはついて行けない自分に気が付く。
しかし、このついて行けない感覚も裏返せばくすぐったくも楽しいもので、これも一種のやる気の元だと真剣に思えてくるから可笑しくなる。アルバイト達の生き生きとした働きぶりも、この辺の絡みが大きく影響しているのだろう。

「木代さんって、案外照れ屋なんですね」
「おいおい、勘弁しろよ」

リーチインの影からにやけた表情で、石澤さんがさっきからこっちの様子をうかがっている。
そして両手をメガホンのように頬へ当てると、久光さんに聞こえないような小さな声で、

「おいっ! もてるな木代!」

若い頃・デニーズ時代 8

デニーズのキッチンレイアウトは確かに良くできていたが、それを効率良く使いこなすには適正な仕込みと準備が不可欠だ。特にランチタイムのように短時間にオーダーが集中する場合は、これなくして戦えない。

どこのレストランでも必ず提供しているのがランチメニューだ。
デニーズも日替わりランチを中心に、お値打ち感あるランチセットを豊富に揃えている。
私も含めて一般的なサラリーマンだったら、お昼代に1,000円も2,000円も払えるわけはないので、注文の9割近くが最もリーズナブルな日替わりランチになり、決められた休憩時間にサッと食べられることもリピーターを作る大事なポイントになる。

「きょうの日替わりは“Pジンジャー”だから、10:30までにプリパレ終わらすように」
「ました!」

Pジンジャーとはポークジンジャーの略で、言わば豚の生姜焼きである。人気ランチメニューなので、仕込みの量は濱村さんから指示を仰がなければならない。

「30やっとけばいいよ」
「ました!」

先ずは解凍してあるバラ肉を一人前ずつトレイに並べていく。その後にジンジャーパウダーを適量振りかけて、ワックスペーパーで包めばOK。注文が入ればこれをグリル板でソテーして、最後に特製和風ソースをかければ出来上がりだ。ガロニ(付け合わせ)はフレンチフライとほうれん草のバターソテーなので、これも必要分の補充があるかしっかりと確認する。
仕上げは米とぎと炊飯。
レストランでライスを切らしたら、これはもう事件である。しかもランチピーク時に底をついたりすれば、クレームは免れないだろうし、加瀬UMから烈火のごとく叱咤されるに違いない。
米はといですぐには火にかけられない。美味しく炊くには吸水させてやることが必要だからだ。時間は約1時間。だからランチピークにライスが足りなくなっても、絶対に間に合わない。一度の準備量は米5㎏。これを11時前には炊き終わり、センター位置にあるライスウォーマーへと移しておく。

「昼飯済んだらプリン作るよ」
「ました!」
「材料、覚えているよね」
「大丈夫です」

この頃のデニーズでは、カスタードプリンをちゃんと焼いて作っていた。更には私達が入社する1年ほど前までは、何とローストビーフもオーブンで焼いていたのだ。
ファミレスは全て“チンッ”だと思っていたので、これには驚いた。
ハンバーグ、ビーフステーキ等々はグリル板若しくはチャーブロイラー(炭焼き風に調理できる、溝を切ってある鉄板)で焼き、パンケーキも1枚1枚丁寧に返しながら調理する、サラダは全て材料をカットする、ピザもベースのクラフトだけは冷凍だが、これを解凍してピザソース、サラミ、ピーマン、タマネギ等々の具材を載せ、チーズをもって焼き上げる。
どれも手間暇かかって“チンッ”どころではない。

昔のことでプリンミックスのレシピはうろ覚えだが、卵5個に対して牛乳600cc?、砂糖1oz、バニラエッセンス少々だったように思う。卵はといたあと裏ごしして牛乳と合わせ、人肌に加熱したら砂糖とバニラエッセンスをいれて良く合わせる。
キャラメルシロップはあらかじめ作っておく。
砂糖と適量の水を合わせ、中火で加熱し続け、鮮やかな琥珀色が現れたらすぐに火から下ろし少々の水を入れ馴染ませる。加熱が長すぎると焦げて苦みが出てしまい、風味も損なわれるので注意が必要だ。
耐熱グラスの底を覆う程度のキャラメルシロップを入れ、その上にプリンミックスを7分ほど注ぎ入れる。これを10個ほど作って、水を張った大型のインサートに並べる。全体を覆うようにアルミホイルを被せたら、オーブンに入れて焼き上げる。
説明だと簡単そうだが、実はこのプリン焼き、意外と難しい。

「もうそろそろかな?」
「うん、いいかもしれない」

春日の眼差しが真剣だ。

火傷に注意しながら、慎重にインサートをオーブンから出す。
時間が足りなければ中まで火が通らず“生”だし、入れすぎるとプリン全体に多数のスが入ってしまい、これも商品にはならない。ちょうどいいのは細かいスが僅かに入り出した頃だ。キャラメルシロップと良く馴染んで、甘くほろ苦いカスタードプリンが出来上がる。

「あちゃー、ちょっと焦げすぎかな」

アルミホイルを剥がすと、プリンの表面が真っ黒く焦げているのが3つ4つある。そっと持ち上げると表面は穴だらけ。残念だがスが入りすぎてこれは使えない。
このやり取りを見て濱村さんが近付いてきた。

「駄目だなこれは。使えるのは3つくらいだ」
「すみません」
「最初だからしょうがないけど、もう一度マニュアルを確認して、オーブンの設定温度と焼く時間を頭にたたき込めよ」
「ました」

残念だったが勉強にもなった。
デニーズでの作業はその殆どがマニュアル化しているが、マニュアル通りにやれば全てがうまくいくとは限らず、やはり経験と勘所は不可欠になる。

春日と私は、作業を分担して早番の〆を始めた。
インサート交換、フライヤー清掃、グリル板とチャーブロイラーの磨き、スノコ磨き、そして食材や食器の補充等々だ。
一連の作業をしっかりやることによって、スムーズに遅番へとバトンタッチができる。

インサートを洗っていた春日が何気にこちらへ振り向いた、

「なあ木代、知ってる?」
「何が?」
「今、埼玉じゃ出店ペースが凄い勢いだそうだ」

東京のベッドタウンとして、浦和、大宮辺りは急激な人口流入があり、ファミレスのマーケットとしては最適だと聞いていた。

「そうだよな、この近辺じゃ新店情報なんか全然聞かないもん」
「俺たちも遅かれ早かれ、最前線送りになるんじゃないの」
「そんな風に感じる?」
「ああ」

入社してまだ2ヶ月。やっと小金井北店にも馴染んできたところで、こんな情報が流れてくると気分は微妙だ。
しかし仕事に対する欲はあった。新店メンバーになれば力を思う存分発揮できそうだし、新規のキッチンヘルプを使って、自分なりの仕事もできそうだ。
春日共々、近頃では、ウィークデーなら濱村さんの力を借りずとも、仕込みからピークタイムのディッシュアップまで、キッチンヘルプと組んで一通りやれるようになっていた。そして全てに対しもう少しスピードが付いてくれば、ほぼ一人前にやれると自負できた。この辺は努力もあったが、学生時代に飲食のアルバイトをやっていたことが大いに役立っていた。