バイク屋時代46 ドゥカティ国際会議とEICMA

 ドゥカティスーパーバイクのフルモデルチェンジが噂される中、二〇〇七年モデルとして発売される“1098”が、イタリアはミラノで行われたドゥカティ国際会議にて公開された。この会議には俺が参加した。各国から集まったディーラースタッフの期待に満ちたまなざしを目の当たりにし、こんどのはイケる!と確信した。難しいことなしに、ぱっと見がカッコイイのだ。999のように好き嫌いが出るデザインではない。
「木代さん、これ、売れると思います?」
 前の席に座っているO社長が振り向いた。やけに真剣なまなざしである。
「俺は売れると思います。これが駄目なら、レプリカ自体が飽きられてきたってことになるんじゃないですか」
「ですよね。私も久々に売れる商品が出たって感じてますよ」

 今回の国際会議は、同じミラノ市内で行われている世界最大の二輪車ショー【EICMA・エイクマ】に合わせて開催したようで、後日、日本から来たメンバー全員は、ほぼ半日をかけて会場を見て回った。圧倒的な規模は、幕張メッセで行われるモーターショーの上をいくもので、ヨーロッパの二輪文化を肌で感じることができた。自転車展示場にはなんとトラックコースまでが作られていて、プロフェッショナルライダーによる迫力あるデモ走行には目が釘付けになった。もちろんホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキのブースも回ったが、展示車両は断トツに多かったものの、活況はそれほど感じられず、盛り上がっていたのは、やはり地元のドゥカティや、BMW、そしてKTMのブースである。中でも、KTMブースにはGP250の契約ライダーになった“青山博一”を招き、トークショーが行われ、プレスだけでも三十名以上が押しかけ、人の輪が切れることはなかった。
 一応ハーレーダビッドソン&ビューエルのブースも覗いてみたが、閑古鳥が鳴いていた。ヨーロッパの二輪車嗜好がよくわかるところだ。

2024年のEICMA・ドゥカティブース

 この度のミラノ行。EICMAをはじめ自由時間のほとんどを、株式会社KのM社長に、金魚のフンの如くくっ付いて回った。ドゥカティ並びにKTMの売上日本一に輝くM社長は海外出張が多く、特にミラノは十数回訪れたことがあるそうで、右だろうが左だろうが、新宿、渋谷並に熟知している。おまけに今回は部下二人のお供付きと豪勢だ。
「あれ! 木代さんじゃないですか」
 通路の方から声が飛んできた。振り向くと、吉祥寺店でベスパを扱っていた頃、大変お世話になった成川商会の塚田さんがこっちを向いて手を振っている。
「うわ~、久しぶりです~、EICMAとなるとやはりお仕事ですか?」
「そーなんですよ」
「自分はミラノ初めてなんで、M社長に案内してもらってるんです」
「会場は物凄く広いんで、時間をかけて見て回ってください」
「ありがとうございます」
 塚田さんの言ったとおり、本当に広い。あれもこれもと目についたブースへ足を運んでいると、時間はいくらあっても足りはしない。すでに疲れが出てきて、脚は棒のようだ。
 前方へ目をやると、M社長が男性二人と何やら話し込んでいる。近づいてみると、
「あらら、木代さん、 久しぶりです」
 これにはびっくり。ちょっと前までDJの営業部長をしていた笹澤さんである。その隣には金髪、小太りの、外人年配男性がにこやかな笑顔を振りまいている。
「木代さん、外人の彼はKTMジャパンのミッシェル社長です」
 なるほど、ということは笹澤さん、DJを辞めた後、KTMへ入ったんだ。
「去年KTMの売り上げが日本一になったんで、お祝いってことでミッシェル社長が今夜一席作ってくれたらしいよ」
 M社長がにこやかに説明してくれた。
「そりゃ素晴らしい、ぜひ楽しんできてください」
「木代さんも来れば」
「え? 俺なんか、行っていいんですか?」
 すると笹澤さんが、
「大歓迎ですよ、KTMの売り込みはしないから安心してください」

2024年のEICMA

 ミラノは、まるで町中すべてが世界文化遺産ではなかろうかと思うほど美しい。石畳の道、歴史を感じる家屋や街灯など、まるで映画のワンシーンのようだ。ミラノドゥオーモ駅の階段を上がりきった真正面にそびえるのがミラノドゥオーモ大聖堂。一歩中へ足を踏み入れると、宗教芸術の極みというべき世界に包み込まれ、暫し圧倒される。
「これは見事ですね~」
「初めて見た人は誰だってびっくりするんじゃないかな」
 この後ショッピングモールへと足を進めるが、ここがまたシック。モール全体で色彩が統一されていて、けばけばしさや安っぽさが一切感じられない。入ってすぐ正面にあるLouis Vuittonのショップなどは、モールに溶け込んでいるかのようだ。
 ぐるり時計回りで歩いていると、カフェ街にでた。どこの店もテラス席はほぼ満席で、そこで寛いでいる人たちが、これまた絵になる。
「そろそろ時間なんで、レストランへ向かいましょうか」
 右も左もわからない俺の目には、さっさと歩き進むM社長の後ろ姿が眩しく映る。
 夜のとばりが落ち始めた石畳の道を十分ほど行くと、前方に明るく輝くショールームが目に入る。
「あれ、フェラーリのショールームですよ」
「へー、イタリアですね。それにしてもセンスのいい展示だな」
「その右隣がレストランです」

 こんな機会がなければ、一生来ることはないだろうと、なんだか緊張してきた。
 店内に入ると、満面の笑顔をたたえるスタッフが二階へと案内してくれた。個室が並び、そのうちの一つのドアを開くと、
「お待ちしてました。お疲れ様です」
 入口でミッシェル社長と笹澤さんが迎えてくれたが、他にもテーブルの向こう側に若い男性と女性がいる。
「紹介します。今年度からKTMのエースライダーを務めている“青山博一”さんと、隣の美女は彼の秘書の中山さんです」


 おおっ!EICMAで見かけたあのGPライダーの青山博一が同席とは、こいつはびっくり。彼の一印象は、笑顔がまぶしい好青年。隣の中山さんは、知的な色香が漂う実に魅力的な女性だ。GPライダーともなると、こうして美人の秘書までつけられるんだなと、うらやましくなる。ミシェル社長、笹澤さん、M社長の三人は、アルコールが進むほどにビジネスの話で盛り上がっていたので、これはチャンスと、青山さんへ色々と質問をしてみた。
 チームから出るギャラと広告収入は、年二回に分けて支払われるとのことだが、その時点の為替を考慮の上、円建て若しくはドル建てをチョイスしているようだ。中山さんはなかなか頼もしいパートナーなのだ。
「広告と言えば、先日タイヤメーカーの撮影があったんですが、ものすごい寒い日なのに、いきなり膝を擦るシーンを撮りたいなんて無理難題を押し付けてきたんです」
 気温が低ければ、当然タイヤも冷えているわけで、いかにサーキットとは言えどもグリップ力は殆ど無いに等しい。これでフルバンクしたらさすがの青山さんでもすってんころりんである。
「すぐには無理ですよって言ったら、時間がないなんて反論されちゃって」
 GPライダーのこんな裏話が、しかも本人の口から聞けるなんて…
 牛肉メインの料理が続き、デザートには生ハム&メロンが出た。この時とばかりに、出された料理はすべて平らげ、高級そうに見えたワインは、ほぼ一人で一本近く開けてしまった。
「木代さん、お酒強いんですね」
「いやいやお恥ずかしい」
 ドゥカティ国際会議とEICMA視察、ミラノ観光とすべてが美味しいイタリアンフード。そして何より青山さんとおしゃべりができたこと。こんな充実した日々を味わえるのは、今後の人生にもそうそうないだろう。
 楽しい時間はあっという間に過ぎた。レストランを出るとき、顔を真っ赤にした笹澤さんが近づいてきて、耳元でささやいた。
「KTMの話、大崎社長にぜひぜひお伝えくださいね」
「は、はい…」

 後日談になるが、このイタリア行にはニコンD100を持参し、張り切って二百枚以上撮りまくったのだが、うっかりしたことにそのデータを入れたMOディスクを紛失してしまう。自分自身、本当に情けなくなった。

デニーズOld Boy’s 西伊豆一泊旅行

「一回ぐらいさ、温泉でも浸かって一泊でやりたいよな」
 定例の飲み会で、ふとYOさんが呟いた。
「伊豆だったらけっこう詳しいから、計画立ててみるか」
 てなことで、いつものメンバーは十月一日~二日の一泊二日で、伊豆を堪能してきた。

浄蓮の滝にて

 集合場所は三鷹北口のニッポンレンタカー。おまかせで用意されていたのは、トヨタのヤリス。でっかい大人が四人も乗りこんで、排気量1000ccは果たして走るのかと、やや懐疑的だったが、そこはトヨタ車、最後の最後まで頑張って走ってくれた。ただ、加速に関しては、一般道、山道、高速それぞれ十分とは言い難く、キックダウンのタイミングも早くて、ややストレスが溜まった。
 東名を裾野で降りて、デニーズ三島北店でランチ。なんと女性スタッフがメンバーのIさんと面識があり、話が盛り上がる。私より数段若く、しかも定年まで働いていた彼なら、まだまだ既存店に知り合いが残っているのだろう。

 雲行の悪さに回復の兆しは見えず、スタートから延々と小雨が降り注いでいたが、ここまで来たら観光だよ!と、天城は“浄蓮の滝”へ行ってみた。数日前から腰痛が酷く、急で二百段もある長い階段は、さすがに応えた。
「すごいな~、でかい滝だね」
「おれ、ここって初めてだよ」
 それでもメンバーの反応はまんざらでもなく、ホッとする。
「しかしこの階段、シンドイな…」
 みんなの息が上がっている。
 途中、東名で事故渋滞に巻き込まれ、一時間以上のロスタイムがあったので、この後は婆娑羅峠経由で宿へ直行した。

  今宵の宿は、昨年末の年末撮影会で利用した、宇久須の【漁火の宿 大和丸】。
 料理とコスパの良さでは群を抜き、一発でファンになったところだ。
「温泉、料理、ぜぇ~んぶ最高!」
「静かなところがいいよね~」
「なんてったって、目の前が海ってのは癒されるな」
 部屋に戻ってからもおしゃべりと酒は進み、結局床に就いたのは午後十一時を回っていた。

宇久須港にて

 翌日は奥石廊のユウスゲ公園まで足を進め、大海原を眺めた。あいにく富士山は雲に隠れていたが、南伊豆の海岸線と、遠くにかすむ伊豆七島の島影は、日常にはない胸のすく眺め。
「こりゃ絶景だ!」

ユウスゲ公園にて

 下田を経由して天城を上り返し、修善寺からは縦貫道に乗って一気に沼津へ。ラッキーなことに沼津港の無料駐車場に空きがあり、車を置くと、人気海鮮店“丸天”でランチにした。昔の暗くてごみごみした感じもよかったが、今は明るく、テーブルも余裕ある配置で、ゆっく落ち着いて食事を楽しめた。注文した天丼は、タレにやや甘みが足りなかったが、イキのいい素材で美味しくいただけた。

 あっという間の二日間であったが、やはり一泊という旅程は、親睦を深めるにはいい仕事をする。
 大変おつかれさまでした。

長生きくらべのできる相手

 自宅玄関前の彼岸花が今年も健気に開花、その美しい姿を披露してくれた。
 植物の持つ生命力ってのは、飛びっ切りのものだ。もしも地球が最終章に陥ったなら、最後の最後まで生き続けるのは恐らく植物だ。“大賀ハス”のトピックスを鑑みれば如実である。二千年前のハスの実が発芽、そして見事に開花したなんて、すでに驚きを越えてロマンチックが大爆発。

 彼岸花の球根の寿命は十年から二十年と言われているが、うまく分球が進めばそれを越えて毎年目を楽しませてくれる。
 ふと可笑しなことを考えた。私と玄関前の彼岸花は、どちらが先に息絶えるだろうかと…
 長生きくらべのできる相手だと認識すれば、友人のように思えてくるから笑える。
 彼岸花は寿命が近づくと、球根の活力低下が起き、その結果、花が小さくなる、色が薄くなる、咲かない年が出てくる、などの変化が表れるようだ。ただ、似たような症状でも、日照不足、過湿、根詰まりなどが続くことによって起きる“疲弊”が原因になることもあり、こんなところは人間となんら変わらない。
 ここまで考えが及んでくると、翌年の開花に興味が向く。地下でスタンバる“球根くん”は、果たして元気にやっているだろうか、はたまたどこかの飼い犬が球根の真上でおしっこを振りまき、困ってないだろうかと、妙な心配をするようになるのでは…

バイク屋時代45 メーカーそれぞれ

 HDJとDJ、同じ外車販売会社とはいえ、社風をはじめ、営業方針や販売店とのかかわり方はずいぶんと異なる。もっとも取扱い商品の特性が及ぼすものは大きいと思うが…

 ハーレーは、大排気量空冷OHV、V型ツインエンジンがもたらす独特の鼓動感と外観。思い浮かぶイメージは、旅、自由、文化、レザージャケット等々。一方ドゥカティは、国際レース、情熱、チャレンジ、官能、美学と言ったところか。
 HDJは定性的な色合いを基本にしたイメージ戦略を好む一方、具体的でしっかりとした効果を生み出す営業手法を構築し続けた。DJは国際レースを背景とした華々しい雰囲気の演出と、商品の強力な進化をアピールする広告展開を得意としてきたが、販売店側が求める営業戦略に関してはHDJに大きく後れを取っていた。双方の登録実績を比較すれば如実である。

 HDJの会議は毎回全ディーラーの社長を対象に都内のホテルで行われるのに対し、ドゥカティの会議は列島を東地区と西地区に分け、会場もコンベンションホールや時にはクラブで行われた。これは社風以前に、企業規模の違いによる会議予算の大小も影響していただろう。
 両方の会議はもちろんのこと、国産メーカーの会議にも出席していた俺は、各々の特色がよく分かった。簡単に言ってしまえば、HDJは車両と共に購入後の満足も考慮したハーレーワールドを売る。DJは満ち溢れる最新テクノロジーで武装された車両と、ドゥカティレーシングワールドを売る。そして国産四メーカーは安心感と充足に満ちた商品を売るのだ。

 DJが東地区の会議を六本木のクラブで行った頃、国内外においてドゥカティの売上はまあまあの線で推移していたが、順風満帆とは言い難かった。よってこの目新しい会議で営業戦略の発表でもあるのかなと期待していると、モデルチェンジ情報、新アパレルの説明、そして新規参入店の紹介等々で終わってしまった。ただ後半でMoToGPやスーパーバイクでの活躍を、センスよくまとめ上げたPVを放映すると、参加者の喝采を浴びた。
「ドカ、がんばってるじゃん」
「これ見てスーパーバイクが欲しくなる人も多いんじゃないの」
「ヨーロッパスポーツは間違いなくドカだな」
 盛り上がるのいいとして、これを士気高揚と捉えているような安直な声が聞かれ、驚いた。同じ時期に行われたHDJの会議内容とはずいぶんと異なるところだ。まあ、俺自身も派手なプレゼンに飲まれていたことは確かで、これからもドゥカティの勢いは変わらないだろうと、根拠のない安心感が湧きたっていたことは事実だ。
「木代さん、どうですか、これからも行けそうですね!」
 振り向くと、満面の笑顔をたたえたO社長が立っていた。

 ドゥカティ社は一九九六年に、米国の投資家集団“テキサス・パシフィック・グループ(TPG)”に買収された。これにより潤沢な運営資金と世界を見据えた経営戦力を得た。主な需要国には現地法人(ドゥカティジャパン・DJ)を設立し、これまでの受け身な商売を一気にワールドワイドなビジネスへと昇華、目論見通りの快進撃が始まった。ところが数年を過ぎるとやや陰りが見え始め、伸びは鈍化してしまう。こうなると母体が倍々ゲームを求める投資家集団なので、毎年の進捗は絶対に必要ということになり、徐々に現況とはそぐわない目標が独り歩きをするようになってきた。
 売り上げを伸ばすためには様々な要素が必要になるが、悠長なことを言ってられなくなったドゥカティは、得意なニューモデル開発に集中し、営業戦略は場当たり的なものに終始した。ニューモデルが当たればいいが、もしも滑ったら、大きな損失を被るだけではなく、組織の士気も落ちる。こうなると復活までは遠い道のりになる。絶好調のHDJと比べると、国内登録台数では十分の一にも届かず、DJの倉庫は日に日に在庫車両で膨らんでいったのだ。
「木代さん、おねがいしますよ。1098、三台口で10%つけますから」
「だめだめ、今月はハーレーの支払いが多いんだよ」
「そう来ると思った。今度ね、支払の分割をやるんですよ。どうです、三分割では」
「だめだめ、分割にしたって結局は払わなきゃダメじゃん」
「そりゃそーですけど…」
「モンスターならまだしも、1098がポンポン売れるわけないじゃん」
「いやいや、ところが最近動いてるんですよ!」
「だったらその動いてる店に買ってもらえば。そうだよ、Tモータースに頼んだら」
「あそこ、まじな話、目いっぱいです」
「そんなことないでしょぉ、O社長だったら、よっしゃ!とか言って買ってくれるよ」
「もーーー」

 この商談、俺としては珍しく根負けした。おかげで大崎社長にはこっぴどく怒られるし、案の定、1098三台はしぶとく在庫として残ってしまった。
 売込みの限界を悟り始めたDJは、経費節減策に出た。まずは部品倉庫の廃止。これにより倉庫の家賃と部品の在庫金利ロスをなくせる。店舗からの部品発注はすべて本国イタリアへダイレクトに行われ、そのために入荷日数は一週間から十日ほどかかるようになった。緊急を要するもの、例えばレバー、ステップ、ウィンカー、ミラー等々は店舗で在庫しなければならず大迷惑。それとDJ内の人員整理も滞りなく行われ、契約当初から仲の良かった営業とサービスのスタッフが、それぞれ一人ずつ退職になった。
 まだ入社して一年半の営業マン赤根さんから電話があった。
「木代さん、お世話になりました」
「なんだか寂しいね。話は聞いてるけど、転職先はもう決まってるの?」
「おかげさんで損保の営業をやることになりました」
「だったら遊びにおいでよ」
「ありがとうございます。ぜひ」
 このような厳しい展開の中でも、さすがにイタリア企業である。会議や商品発表会などでも、人生を楽しむことを優先するイタリア人気質がいかんなく発揮され、美意識と表現力を欠かすことにない内容へと組み上げるのだ。HDJの社長は日本人だが、DJの社長は代々本国から赴任するイタリア人ってことも大いに関係している。
 新アパレルの発表会を代々木の某クラブで開催することになり、俺と坂上、そしてバイトの真理ちゃんの三人で出かけた。
 会場に入ったとたん、大音響のディスコミュージックとミラーボールの出迎えを受け、間違ったところへ足を踏み入れたんじゃないかと一瞬冷や汗をかく。周囲を見回せば、アパレルやバイクがかっこよくディスプレイされ、壁に洋酒がずらっと並ぶバーカウンターもオープンしている。一番奥にはファッションショーに使う本格的なランウェイも作られ、周囲には相当な人数を見越したパイプ椅子が並べられている。

「店長、いいっすね~このムード! 早々と一杯やっちゃいましょう」
 すでに坂上はのまれている。真理ちゃんもキョロキョロが止まらない。
「あらっ! 木代さん、お久しぶり」
 アパレルスタンドの脇からTモータースの看板娘“恵子さん”現れた。
「いやいや久しぶりだね、ラリー以来かな、ところで今日、社長は?」
「アパレルだから、おまえ一人で行ってこいって」
「はは、うちも同じだよ」
 恵子さんは小さい顔に長い手足と、まんまモデルのようなひとだ。お客さんには絶大な人気があり、店ではアパレルだけではなく、バイクを売らせてもトップクラスと言う。急に音楽が変わると、ランウェイに照明が降り、新作のファッションショーが始まった。
「それじゃ失礼しま~す」

 プロのモデルだけではなく、一部DJのスタッフがモデルになって会場を沸かせた。
「店長、これってずいぶんとお金かかってるでしょうね」
「ずいぶんどころじゃないよ」
「いいじゃないっすかぁ、ドカらしくて~~」
 おっ、坂上のやつ、いつの間にかグラス持ってやがる。
「真理ちゃん、俺たちもなんか飲もうぜ」
「はい♪」

三ツ峠山

 外出が億劫になるほど、酷暑が長々と続く今年の夏。そのせいか山歩きからは久しく遠ざかっている。珍しく八月は一度も出かけなかった。それでも朝夕が若干涼しく感じられるようになると、行きたい病が疼き始める。

 ― 久々に山へ行くんだったら、やっぱり富士山を見たい。
 何度眺めても飽きないどころか、そのたびに「日本一!」と唸ってしまう富士山。一昨年はそれが高じて“大月市秀麗富嶽十二景”制覇にトライした。これまで登頂したのは十二景のうち六景と半分だが、さすがにどこの山頂からも美しい富士山に会うことができる。今回は敢えてここを外し、昔から富士山の眺めと言って最初に挙がる“三ツ峠山”に決定。日本二百名山にも選ばれているポピュラーな山なのに、いまだ足を踏み入れたことがなく、一度は押さえておこうと、九月十六日(火)に出掛けてみた。

 中央道の河口湖線からは、冠雪の全くない素の富士山をバッチリ拝めた。ところが御坂の旧道へ入ると、いきなり濃いガスが立ち込めてきた。まっ、登ってみなければわからんと、登山口駐車場にPOLOを停め、林道をゆっくりと歩き進んで行った。ところが標高が上がるにつれ、ガスは濃くなる一方である。
 一時間ちょっとで三ツ峠山荘へ到着。ベンチにザックを置き、ぐるり周囲を眺めるが、見えるのは左手にそびえる屏風岩のみ。ガスさえ立ち込めていなければ、斜め左に富士山が現れるはずだ。あきらめてここで休憩にした。
 山荘の周りをうろつくと、不動と思しきジープが四台(一台は修理中?)も放置されている。オーナーがマニアなのかなと訝るが、よく考えれば、登ってきた道は登山道ではなく林道。この山荘への物資運搬に使っているのだ。ただ、林道とは言え、えらく急な個所がいくつもあり、ジープの性能には詳しくないが、四駆をフルに駆使しても、かなりしんどいと思われる。ごっついタイヤにチェーンを装着しているのも、あながち冬場のことだけではないのだろう。
 景色は期待できなくても、ここまで来たのだから、三ツ峠山を形成する三つの山、開運山(ここを三ツ峠山と呼ぶことが多い。1,785m)、木無山(1,732m)、御巣鷹山(1,775目m)は回ってくるつもりだ。

 開運山で一服していると、途中で追い越した年配男性が上がってきた。
「おつかれさん」
「どうも、ずいぶん時間かかっちゃったな~」
 甲府にお住いのご主人は、定年退職後の運動不足対策として登山を始めたとのこと。
「家にいたってなにもすることないしね」
「ですね。なにもしないとメタボになっていいことないですよ」
 年齢は聞かなかったが、恐らく七十五前後だろう。
「以前は女房も一緒だったけど、山は疲れるからって、最近じゃひたすら単独です」
「自分も同じようなものです」
 暫し会話を楽しんだあと、ご主人は下山、私は御巣鷹山へと向かった。

 開運山からはものの十分で到着。山頂は電波塔の施設が占めていて、休むところも眺望もなし。フェンスに何か小さな看板がかかっていたので確認すると、“御巣鷹山”と記してある。
 ― なんだこりゃ?
 すぐに木無山へ向かう。

木無山へもすぐに到着したが、どこが頂上なのかわからない。相変わらず周囲はガスに覆われている。いちおう目の前には、ここが木無山との看板が立っているが…
 久々の消化不良な山行に溜息が出る。手前の広場にいくつかベンチがあったので、ここでランチにした。景色はなくとも腹は減る。
 おにぎりにかじりつきながら、お湯を沸かしてカップパスタに注ぐ。しばらくするとキノコクリームのいい香りが漂い始めた。何でもないおにぎりやカップパスタでも、山で食すればこの上ないご馳走になる。
「ん?」
 西側の登山道から人の声が聞こえてきた。間もなくして男性二人、女性二人の若い外国人グループが姿を現した。

「こんにちは」
「コニチハ」
 髪の長い女性はキュートで愛想がよかった。彼らも近くのベンチで休憩するようだ。それにしても昨今の日本、どこに行っても外国人を見かける。
 それから一分も経たないうちに、同じ道からこれまた若い外人の男性がトレラン姿で疾走してきた。目線が合うと、笑顔と共に「ドーモ♪」ときた。
 まだある。
 今度は山荘の方から、若い二人の外人女性が歩いてきた。二人とも背が高くスタイル抜群だが、その前にいで立ちに目を奪われる。上半身は水着にやや毛の生えたほどのブラ、下半身はボディーにピッタリの五分丈スパッツで、上下とも色は黒。山中だからまだいいものの、このまま河口湖に下山して街中を歩いたら、たまげる人も少なくないはず。浴衣を着たおっさんたちの舐めるような目線の餌食になること請け合いだ。
 おにぎり二個、カップパスタ、そしてアップルパイを平らげ、腹もくちくなったところで下山にした。

 行きも帰りも林道歩きオンリーってのは、登山らしさにやや欠けるが、本音を言えば楽。危なっかしい個所はないし、そもそも車が通るくらいだから傾斜も緩い。体力や脚力が落ちた下山時に、これほどありがたい環境はない。
 おっと、また外人だ。半袖短パンの若い男性が、これから頂上を目指すようである。
「こんにちは」
「こんにちは」
 日本語の発音がなかなか様になっている。観光客ではなさそうだ。
 するとその直後、
「ドーモ!」
 さきほどのトレランくんではないか。ちょうど目の前には、林道から分け入る登山道の入口だ。
「You,this way?」
 近づいてくると、いきなり話しかけてきた。
「No,looks dangerous」
「Oh!」
 彼、にやつきながら林道の方を駆け下りていった。
「気をつけろよ!」

 ガスが立ちこめなければ、絶景を堪能できたことだろう。頂上にはさほど苦労せずに立てるので、何かの機会にもう一度トライしてみるか。

写真好きな中年男の独り言