「山歩き」カテゴリーアーカイブ

三年ぶりの刈寄山

 この頃、腹がへってしようがない。
 まあ、腹がへるってことは消化器官の調子がいいってことだろうから、大いにウェルカムではある。同じ食事をとるにも、腹がへっていれば美味さは倍増、三度々々が楽しみになるし、健康も同時に実感できるから得した気分にもなる。私は体質的にいくら食べても太らないので、リミッターは外し気味。しっぺ返しは間違いなく来るだろうから、腹八分はなんとか守りたいところだ。
 ふと思った。山でおにぎり食ったらさぞかし美味いだろ~な~、、、と。

 一月二十九日(水)。てなことで、二年半ぶりになる刈寄山を歩いてきた。
 あきる野市にある刈寄山は自宅から最も近い“ちゃんとした山”で、登山を始めたころは山慣れの目的で頻繁に通い、駐車場のある今熊神社遥拝殿から刈寄山までのピストンを飽きもせずに繰り返したものだ。ただ、大月市・秀麗富嶽十二景をめぐり始めてからは“初の山”探しに夢中になり、気がつけばこんなにも長い期間のご無沙汰となっていた。

 曙橋通りのセブンで、牛肉にぎり、鮭にぎり、コロッケパンを仕込む。自宅からもカップのキノコクリームパスタ、バランスパワースナックを持参した。
 スタートしてすぐにバランスパワーを完食。刈寄山の頂上に到着すると、湯を沸かしつつおにぎり二つをハイペースで食し、カップに湯を注げば、三分待つ間にコロッケパンをいただいた。熱々のクリームパスタを完食するとさすがにげっぷが出たが、食後の一服としてミルクと砂糖のたっぷり入ったコーヒーを景色を愛でながら楽しんだ。
 山を歩き、食事を美味しくいただけ、心の底からごちそうさんでござんす。

武蔵御嶽神社

大塚山へと続く尾根道

 どうにもこうにも森に入り込みたくなり、馴染みの御岳山コースを歩いてきた。
 11月25日(月)。三鷹駅7時12分発・青梅行は予想外の乗客の多さにびっくり。そしていつものことだが、通勤通学者の中に混じり多くのハイカーが幅を利かせている。
 ドアが閉まり発車というタイミングで「中央本線・相模湖駅で人身事故が発生し、ダイヤ調整のために遅延が起きることがあります」と車内アナウンスが流れドキッとする。わずかでも遅れると、青梅駅で乗り換え時間が1分しかない8時3分発奥多摩行を逃してしまうからだ。実は以前、山友のHさんと同じ電車に乗って遅延があり、山行計画を急遽変更するはめになったことがある。

御嶽神社・隋神門

 予定どおり8時36分、古里駅へ到着。駅前のセブンで食料を調達し、8時45分に登山をスタート。まずは吉野街道から大塚山登山口へと向かう。10年ほど前はこのルートをたどるハイカーは少なかったが、ここ2~3年、明らかに増加傾向。これも登山ブームの影響か…..
 10時35分、大塚山へ到着。寛いでいるハイカーは二名いたが、とにかく寒い。歩いているうちは全く感じなかったが、ベンチに腰掛け間もなくすると、下着が吸い込んだ汗が冷えてくる。おもわずフリースを羽織ったが、こんどは脚が冷えてきてどうにもこうにも。おにぎり一個とプロテインスナックを食してすぐにスタートした。
 初夏になれば鮮やか極まるヤマツツジの道も、今は落ち葉が積もり寒々しい。急な下り坂は舗装路へと合流し、真っ赤になったモミジが出迎える御師集落に入った。いつもは脇目も振らず日の出山へ向かうが、今回は御嶽神社へ寄ることにした。

武蔵御嶽神社

 十数年ぶりの町場通りは多くの観光者で賑わい、随神門をくぐると疲れた足腰に鞭を打って330段ある石段に取りかかった。腰の曲がった老夫婦が手すりを頼りに一段一段歩を進めている。そこまでしても参拝したいのは、古くから霊山として数々の神様を祀る武蔵御嶽神社だからこそだろう。

 日の出山への尾根道に入ると、さっきまでの喧騒はどこへというほどの静けさに包まれる。延々と植林帯ばかりが続くが、私はここが好きだ。歩きやすい山道には木漏れ日が差し、凛とした空気が気持ちを引きしめる。これこそ山中というリアルがいいのだ。森に入り込みたい欲求がよく起きるのは、こんなシーンの積み重ねだろうか。

 案の定、日の出山の頂上広場はものすごい活況である。数えると私を含めて22名のハイカーで賑わっている。東屋に陣取り、豪快に肉を焼いて盛り上がる若者グループ、背負い籠に赤ん坊を載せた若い夫婦、男女高齢者の6人組、おしゃべりに花が咲く年配女性3人組等々、まさしくここは人気の山だ。
 さすがに秋。空気が澄み渡り、真正面には東京都心部が、右手の麻生山の背後には遠く丹沢の山々がくっきりと見渡せる。

随身像の左大臣

 梅野木峠へ向かう下山路は、先ほどの山頂とは打って変わっての静けさ。恐らくほとんどのハイカーは“つるつる温泉”方面へ降りていくのだろう。
 今日はすこぶる体調がよく、ここまで疲労はあまり感じなかったが、やはり終盤に入るとやや足が重くなってくる。開けた右側に送電線が見え、梅野木峠が近いことがわかり自然と鞭が入る。こんな時は注意が必要だ。転倒こそ免れたが、さっきから二度も浮石に乗って滑ってしまう。

 ベンチに腰掛け最後に残ったこチョコクロワッサンで小休止をとる。
 そのうち登山道からこちらへ向かって歩いてくる年配夫婦に気がついた。一旦は右手、つまりつるつる温泉方面へ下って行ったが、すぐにUターンして戻ってきたのだ。
「すみません。青梅線の駅に行くには、この細い道をまっすぐでいいんですか?」
「そうです。二俣尾の駅が一番近いかな」
「ありがとうございます」
 地図を持っていないようだ。このエリアは不明瞭なところはほとんどないし、道標がしっかりしているので、登山というよりハイキング気分で訪れるハイカーが多いのだ。だいぶ足の重さも解消したので、私も出発することにした。

日の出山・頂上広場

 愛宕尾根と梅園との分岐に着くと前方に仰々しいフェンスが張られている。注意書きを見ると、愛宕尾根で崩落があり通行禁止と書いてある。いつもどおりに二俣尾へ降りたかったが、仕方がない。先行した年配夫婦は一瞬ここで迷ったことだろう。
 無事登山口にたどり着き、今度は青梅線の日向和田駅を目指し、一般道で歩を進める。以前このコースを歩いたときは夏だった。焼けたアスファルトが発する熱に残り少ない体力を奪われ、完全グロッキーにおちいたことを思い出す。

天城の森・八丁池

 秋深まる“天城の森”を歩いたのは実に八年ぶりである。しかもこれほど紅葉のピークにタイミングが合ったのは初めて。
 十一月十二日(火)八時四十分。やや空模様が怪しかったが、きりりと冷えた朝の空気を胸いっぱいに吸い込むと、苔むした石段を登り始める。
 まずは旧天城トンネルを左にして登山道へ入り込む。コースはいつも通りの“上り御幸歩道”だ。ここを歩けば誰もが天城の原生林の美しさに息をのむこと間違いなし。特にヒメシャラとブナは、他では見たことのない見事な景観づくりの主役になっている。

 向峠まで歩を進めると、待ってましたとばかりに真っ赤なモミジが目に入り始め、見事な紅葉の森が待ち構えた。鮮やかさは申し分のないレベルで、歩を止めてはシャッターを切りがとめどなく続く。後になってだいぶコースタイムに遅れが出ていることがわかり大いに反省。この季節は日が落ちるのが早く、ややもすればヘッドライトの出番になってしまうからだ。紅葉狩りといえども山を甘く見てはならない。

 “天城の瞳”とも呼ばれる八丁池に到着すると、一組の夫婦と年配女性三人組が休憩中。正面の石段にザックを下ろしさっそくランチの準備。腕時計を見るとすでに十三時を回っている。ついさっきまでは汗ばんでいたが、やはり標高が1170mあるので、腰を据えて五分もたたないうちにウィンドブレーカーを羽織ることに。それにしても湖畔は静かである。風がほとんどないので静寂と言っていいほどだ。耳に入るのは隣の三人組のおしゃべりだけ。彼女たち、そろそろ出発のようだ。
「それじゃ」
「気をつけて」
 合わせるようにご夫婦も腰を上げた。独り占めの八丁池でしばしのシャッタータイム。ただ時間が押していたので、後ろ髪はひかれたが早々にザックをまとめた。

 下山は“下り御幸歩道”。周囲の景観は単調になり、カメラの出番はほとんどなくなるので、ひたすら歩を進めた。それでもPOLOを駐車した水生地下駐車場へ到着したのは十五時を少し回ったころだ。
 下田街道を下り婆娑羅峠経由で仁科を目指した。今夜は一度利用したことのある“由垚松”に宿泊である。たっぷりとした湯船に浸かり疲れをいやしたら、“茶房ぱぴよん”で大好物の生姜焼き定食を肴に、焼酎オンザロックをググっと二杯。いやはや天国。

 せっかく伊豆まで来たので、翌日は沼津の香貫山へ寄ってみた。子供のころはよく登った山だが、それ以来六十年近くのご無沙汰だ。まだ具体的な計画はないが、一度はあの“沼津アルプス”を走破したいので、その下見を兼ねたのである。
 展望台へ立つと予想を上回る景観にびっくり。沼津の市街地を中心に、箱根から富士山、駿河湾、そして伊豆までがきれいに見渡せる。これは間違いなくビッグビューである。望遠レンズで覗けば、小学生時代の学び舎である沼津市立第二小学校までが見える。ここで夜景にトライしたらと思うと、いてもたってもいられなくなった。

古道・浅間尾根

 十月三十一日(木)。奥多摩の紅葉はどんなものかと、古道・浅間尾根を歩いてきた。暑くも寒くもなく、おまけにほとんど風なし。やはり秋の山歩きはたまらなく快適だ。
 実は二年前の十二月に同じルートを歩いた際にロストを引き起こし、ずいぶんと長い時間を森の中でさまようことになった。木々に摑まらなければ滑り落ちてしまうほどの急坂で、冷や汗をかきながら下ったことは記憶に新しい。そのロストを犯した最初の地点を検証するのも今回の目的のひとつ。ちなみにロストとは、“ルートを見失う”、“ルートを間違える”という意味。

 数馬へ向かう路線バスは、上川乗を過ぎると乗客は私を含めて五人とがらがらになる。これも平日ならではだ。登山口は浅間尾根登山口バス停を降りて、はす向かいの橋を渡ればその先に見える。冷え切った空気感の中、吐く息は白く、ウィンドブレーカーを羽織って出発。

 昨日までの雨で湿りきった九十九折が終わるころ、空が大きく開け、尾根道に出た。ロストした地点はこの尾根道のどこかである。慎重に周囲をチェックしながら進んでいくと、一本松を過ぎたところで二年前にも同じように掲示してあった“通行止め”が目に入った。まだ新しそうなので差し替えたばかりか。そして先回と同様に迂回路を探した。

 と、この時何かが頭に引っ掛かる……
 通行止めとなった山道は、そもそもメインの道ではなく、かなり昔にお役御免となった廃道。難しいことを考えずに、これまで歩いてきた道をそのまま進めばよかったのだ。ところが<通行止め=迂回路あり>と判断したわけである。その時、右手に道順を示すピンクテープが目に入り、販社的にそちらへ歩の向きを変えてしまう。登山者にとってピンクテープは何よりの道しるべだからだ。ところが見つけたピンクテープは南側斜面に設置した金属フェンスをわかりやすく示すために付けられたもので、本来の道順を示す用途ではなかった。しかも運悪く近くに林業従事者の踏み跡と思しきものもあり、これを正しい道と勘違いして突き進んでしまったのだ。

 今回は頭をリセットして素直に山道を歩き続けた。当たり前だが何の問題も起こらない。僅かな心の引っ掛かりや不自然さを覚えたとき、一旦立ち止まって状況をじっくりと観察、そのうえで冷静に物事を判断するというプロセスを踏んでいれば、至極普通の山歩きだったわけだ。肝心な場面でものを考えない己が何とも情けない。

 浅間嶺の展望台へ到着すると、ラッキーなことに富士山が顔を出していた。三度目にして初である。さっそくベンチに食料やバーナーなどを並べ始めると、同じバスに乗っていた若い男性が上がってきた。登山口では私より先に出発していたから、恐らく寄り道だろう。間もなくすると今度は東側から熊鈴の音が近づいてきた。ススキの中から姿を現したのは年配夫婦と思しき二人連れ。太った奥さんが一方的に何かをまくしたてながら歩いて来るが、全くリアクションのないご主人。そのままの状態で二人ベンチに腰かけ普通に食事が始まるからおもしろい。

 浅間尾根は登山初心者や年配ハイカーにはもってこいのルート。眺めがいいうえに上りはわずかで急登なし。行程の約70%が緩やかな下りなので体力に自信のない方にもおすすめである。

湯ノ丸山・烏帽子岳

 長らく雨雲優勢の日々が続くと、無性に青空が恋しくなってくる。しかも山が少しずつ色づく季節だというのに……
 未登頂の山で眺めがよく、できれば紅葉も期待できる山域ということで、長野県東御市・上田市と群馬県嬬恋村の県境にある標高2,101mの“湯ノ丸山”を選んでみた。しかも目と鼻の先には、信州百名山の一つに数えられる標高2,066mの“烏帽子岳”もそびえる。せっかくなので両山を周ることにした。コースタイムを調べても六時間弱と、カメラを向けながら歩くにはちょうど良さそうだ。
 
 自宅を午前五時に出発。関越道~上信越道~小諸ICを経て、湯ノ丸スキー場に到着したのは八時ジャスト。POLOの外気温度計は8℃を示していたが、青空が広がり降り注ぐ直射日光も強く、さらには風がほとんどなかったので、体感はやや暖かさを感じるほど。ウィンドブレーカーは脱いでザックに戻し、長袖ネルシャツ一枚で出発。まずは目の前のゲレンデを上ってツツジ平へと向かった。

 初っ端からけっこうな傾斜が続いたが、リフト乗り場を過ぎると道は平坦になった。ツツジ平の入口は目と鼻の先で、ここが湯ノ丸高原になるようだ。前方が開けると湯ノ丸山が姿を現した。いかにも急登らしい登山道が遠目でもはっきりと確認できる。案の定、分岐を過ぎると同時に傾斜はきつくなり、脚には余力があったものの息がすぐに上がってしまう。十歩進んでは呼吸を整えるの繰り返しだ。この感じは二が月前に登った平標山にとてもよく似ている。救いは気温が低かったので、それほど汗をかくことはなく、喉の渇きが思ったより小さかったことだ。それでも立ち休みごとに振り返って眺めた景色は、標高が増すごとに迫力を増し、いつしか富士山もその姿を見せてくれた。苦しい中でも元気の出る一瞬である。

 湯ノ丸山南峰の頂上はとても広く、三六〇度の眺望はすばらしいのひとこと。南に八ヶ岳、東に浅間山、そして西には北アルプスまでがくっきりと見渡せる。ここで最初の休憩を取った。
 コロッケパンを食べ終えるころになってやっと男性ハイカーが上がってきた。それまで頂上は独り占めだったのだ。湯ノ丸山の頂上は南峰と北峰の二つから成り立っているので、休憩後はとりあえず目と鼻の先にある北峰へ向かってみた。ちなみに南峰は標高2,101m、北峰は2,099mである。
 北峰に立つと間もなく先ほどの男性が追い付いてきた。
「今日は本当にいい天気ですね」
「ここは初めてなんでラッキーですよ」
「でも紅葉が大幅に遅れているのが残念かな~」
 途中から気がついたが、どこを見回しても紅葉はやっと始まったレベル。男性が言うには、昨年の同時期に訪れたときは、鮮やかな紅葉の斜面を見られたそうだ。しかも一週間前は黒斑山へ登ったそうだが、浅間山界隈も同様に紅葉は遅れているとのこと。
「私はこれから烏帽子岳へ向かいますが」
「今日は体調がイマイチなんで下山します」
 男性の年齢はおそらく六十歳前後と言ったところか。住まいは福島県郡山とやや遠方。帰路は車で四時間かかるので、体力を温存しておきたいらしい。
「気をつけて!」
「それじゃ」
 男性は登ってきた道、私は反対側の急斜面へと歩を進めた。

湯ノ丸山北峰から烏帽子岳を望む

 烏帽子岳へは一旦鞍部まで急斜面を下り、その後上り返しとなるが、この下りが右膝に厳しかった。負担をかけまいと意識すればするほど、左脚を酷使してしまうのだ。とにかく下りはゆっくり。これが私の歩き方。
 中盤ほどまで下ってきたとき、後方から話声が近づいてきた。ピッチが早そうだったので、路肩へ寄って先に行かせることにした。
「どうもすみません!」
 年配男性四人組である。歩き方から察してそこそこに山慣れしてそうだ。私もすぐに歩きだしたが、楽しそうにおしゃべりするその後ろ姿は瞬く間に見えなくなった。

 鞍部にある分岐にはちょっとした休憩スペースがあり、先ほどの四人組が一服つけていた。あいさつの後、この界隈は初めて訪れた旨を告げると、
「烏帽子岳、いいですよ。ここから先はそれほどの急登もないし、なにより今日は天気がいいから絶景を拝めますよ」
 面々を見回すと、全員私と同じくらいの年齢と見た。聞けば皆七十一歳から七十三歳までで、同じ会社の元同僚とのこと。定年退職後はもっぱら登山を楽しんでいるようで、月に一度から二度はこのメンバーで歩いているという。明るくフレンドリーな方達ばかりで、はたから見ても羨ましくなるほどのパーティーだ。
「じゃ、先に行ってます」
「気をつけて」

 小休止を終えると、しばらくは樹林帯歩きになった。四人組の言ってたとおり山道は歩きやすく、傾斜もきつくないので息もほとんど上がらない。木々を通る風は冷ややかで、適度に体から熱を奪ってくれるので足取りも軽くなる。
 尾根に出てしばらくすると、烏帽子岳の手前にある小烏帽子へ到着。ここの眺めも十分に素晴らしいが、その先の烏帽子岳を仰げばさらに期待は膨らんだ。

「どうもおつかれさん!」
 頂上へ到着すると、四人組がストーブやコッヘルなどを並べて調理の準備にかかっている。私も腹が減っていたので、なにはともあれおにぎりにかぶりついた。
「ずいぶんと本格的じゃないですか」
「うちらはこれが楽しみなんで♪」
 一人はホットサンドメーカーでお好み焼き、その隣ではナポリタンを煽り、離れたところでは焼き網を使って焼肉、向かいではなんとトウモロコシを焼いている。女性ハイカーだったらまだしも、年配男性でここまでやる人達は見たことがない。
「この楽しみはほんと金がかからないですよ。料理は自分で作るし、交通費は車一台に四人相乗りだし、ウェア、ザック、靴なんてもんは十年以上買い替えなしだからね」
 皆豪快に笑って自作の料理に舌鼓を打っている。頂上には彼らの他に八人のハイカーが寛いでいたが、この四人組は突出して盛り上がっていた。

 定年退職後の山歩きは、予報“晴れ”のみを選んで出かけるので、90%以上の確率で絶景を拝んでいる。山々に同じ景色はなく、それぞれの山域にはそれぞれの眺めが待ち構え、心は躍る。次はどの山どの季節と、探求心は膨らむ一方である。